IDEスクエア

世界を見る眼

(グローバルサウスと世界)第1回 グローバルサウスの経済的影響力
――世界経済の「第三の極」をどうとらえるか

Economic Influence of the Global South: Perspectives on the ‘Third Pole’ of the World Economy

PDF版ダウンロードページ:http://hdl.handle.net/2344/0002000016

2023年8月

(5,663字)

経済成長を続けるジャカルタ

経済成長を続けるジャカルタ
特集にあたって

米中対立の深刻化やロシアによるウクライナ侵攻など、国際社会における分断が深まっています。そのなかで、国連での対ロシア非難決議を棄権する国や、米国・欧州や日本など西側諸国が科している対ロシア経済制裁に加わらない国が多数存在します。そうした国々は「グローバルサウス」の国々と称され、その独特の行動にいま注目が集まっています。

ここでいう「グローバルサウス」とは、アジア、中東、アフリカ、ラテンアメリカの地域に含まれる発展途上国や経済新興国の総称です。ただし、この「サウス」は単に、これらの国々が主に南半球に位置しているという地理的な位置を表しているだけではありません。これらの国々でみられる経済発展の遅れや政治・社会的不安定が、先進諸国である「北」によって作り上げられた世界政治・経済の構造に起因するという認識から、「北」に対する「南」という呼び方がなされているのです。

グローバルサウスに含まれるこれらの国々は、なぜ独自の外交スタンスを取っているのでしょうか。国際社会における影響力や役割は今後どうなっていくのでしょうか。この特集では、世界経済の分断がグローバルサウスに与える影響とともに各国の外交姿勢を分析することで、グローバルサウスの実像を明らかにします。(川村晃一

台頭するグローバルサウス

「グローバルサウス」は、発展途上国や経済新興国の総称であり、そこにどの国が含まれるのか明確な定義はない。また、2023年1月にインドが「グローバルサウスの声サミット」を主催したものの、グローバルサウスとしてまとまって主体的に動いているという実態もほぼ見られない。それにもかかわらず、なぜ注目を浴びているのだろうか。

グローバルサウス台頭の理由については、地理的、政治的、社会的な観点からさまざまな議論が展開されているが、ここでは、「グローバルサウスの経済的影響力」という観点からその理由を分析する。グローバルサウスの世界的なプレゼンスが向上している背景には、その経済規模が継続的に拡大しており、今後も経済発展が期待できることがある。また、今般の世界経済の分断といえる状況において、中立を維持することが経済的な利益を得ることにつながる構造が生じていて、グローバルサウスの国々がその構造からメリットを受けていることも、理由のひとつである。さらに、対立する2つの陣営がグローバルサウスの国々を自らの陣営に引き入れようと支援や協力を申し出ていることも、これらの国々が注目を浴びる原因となっている。

以下では、グローバルサウスが台頭している理由を、経済データとアジア経済研究所の経済地理シミュレーションモデル(IDE-GSM)1による分析結果をもとに説明する。

グローバルサウスの経済規模

上記のように、「グローバルサウス」に明確な定義は存在しないものの、グローバルサウスのイメージに沿ういくつかのグルーピングは存在する。ひとつは新興国で形成する国連の枠組み「77カ国グループ(G77)」である(図1)。中国を含めない場合、G77は133カ国になる2。経済協力開発機構(OECD)による「政府開発援助(ODA)受け入れ国」も途上国を示すグループの例として用いられていることから3、グローバルサウスのイメージとも近いといえる。

図1 G77の国々(中国を除く)

図1 G77の国々(中国を除く)

(注)G77は中国を除いて133カ国。地図に示された境界線はERIA、アジア経済研究所、
ないしジェトロによる主権の帰属についての支持や判断を意味するものではない。
(出所)G77ウェブサイトより筆者作成

グローバルサウスの国々は、着実に経済的な存在感を増してきている。たとえば名目GDPを見ると、2000年から2020年に世界の経済規模は2.5倍に拡大したが、そのなかで、先進7カ国(G7)のシェアは低下する一方、中国のシェアが急増するとともに、G77でみた「グローバルサウス」のシェアも増加している(図2)。G7のシェアは2000年には世界の3分の2を占めていたが、2020年には半分を切り、G77のシェアは2000年の11.1%から2020年には16.4%に上昇した。

図2 「グローバルサウス」の経済規模

図2 「グローバルサウス」の経済規模

(注)露はロシア、土はトルコ、尼はインドネシア、越はベトナム、孟はバングラデシュを表す。
執筆時現在、OECD、G77双方に所属する国は、2000年、2020年とも「他OECD」として集計した。
(出所)@_Kcnarf、国連データより筆者作成

今後、経済発展が続いたと想定した未来の世界経済では、どのような状況になるだろうか。たとえば、IDE-GSMチームによる2050年の推計では、G7のシェアは31.7%にまで減少する一方、中国のシェアは28.4%に、G77のシェアは22.2%に増加する。将来的に、グローバルサウスの経済規模はG7や中国と並び立つレベルになるとも考えられている。これはあくまでひとつの推計に過ぎず、実際には中国、G77ともにそこまで経済規模が拡大しないかもしれない。だが、2020年の時点でG77の人口シェアは全世界の58.9%を占めており、将来にわたって経済的な存在感が増すというシナリオはけっして不自然とはいえない。

貿易シェアを見ればすでにグローバルサウスは十分大きな存在感を示している。図3は各国の2000年の数値を1.0と基準化した貿易の変化である。各国とも2000年から2020年にかけて貿易額が伸び、どの国においても中国のシェアは大幅に伸びているが、天然資源の存在もあってG77が一定のシェアを有していることがわかる。インド、インドネシア、ブラジル、南アフリカは貿易額の伸びも大きく、貿易シェアに占めるグローバルサウスの割合も大きい。

図3 貿易シェアの変化(各国の2000年=1.0)

図3 貿易シェアの変化(各国の2000年=1.0)

(注)執筆時現在、OECD、G77双方に所属する国は、2000年、
2020年とも「他OECD」として集計した。
(出所)UNComtrade

以上のように、グローバルサウスは一定の経済規模を有しており、これがプレゼンス上昇の基礎になっている。そこには、現在の経済規模だけでなく将来の経済発展のポテンシャルも加味されていると考えられる。この点は、以下で議論する中立国の役割でも重要な要素となる。

世界経済の分断におけるグローバルサウスの役割

それでは、世界経済の分断といえる今般の状況はグローバルサウスの国々にどのような影響を与えているのであろうか。世界経済の分断といえる状況を表している現象として、たとえば、2018年からの米中貿易戦争で中国からベトナムへの工場移転が行われたことや、ロシアのウクライナ侵攻に伴う西側諸国による対露経済制裁の後、中国、インドなどとロシアの間の貿易が増加したことが指摘されている。さらに現在、米国主導による中国への半導体関連の輸出規制が進められている。

「世界経済の分断(デカップリング)」は、米国が率いる「西側」諸国と、中国・ロシアなど「東側」諸国が、①対立する陣営に対し貿易・投資・技術・人の移動に制限を課すことと、②企業の行動としてサプライチェーンを中国とその他の地域に分離することの2つの意味で語られる。たとえば、2023年1月にはソニーグループが日米欧向けのカメラ生産を中国からタイに移管したことが報道され、これが企業の行動としての「デカップリング」の事例のひとつであると指摘された。

アジア経済研究所は、IDE-GSM(熊谷・磯野2015)でこれらデカップリングに関連するシミュレーションを行い、その後も分析結果をアップデートしてきた。米中貿易戦争、対露経済制裁、世界経済分断に関するシミュレーション分析を行い、さらに世界経済分断に関して設定を精緻にした分析をIDEポリシーブリーフ(No. 174)IDEスクエア(2023年2月)で公開した。これらの分析結果はNHKスペシャル「混迷の世紀」で紹介され、2023年6月には『通商白書2023』に引用された。東アジア・アセアン経済研究センター(ERIA)からは東南アジア諸国連合(ASEAN)の影響に着目した分析がERIAポリシーブリーフとして公開され、『日本経済新聞』の経済教室の記事で一部改良された分析結果が紹介された。

これらの分析に共通する結論は以下の3点である。第1に、他陣営への制裁等に参加する西側・東側の諸国は経済的にマイナスの影響を被る。それらの国の経済規模の大きさから、この分断の状況は世界経済全体にもマイナスの影響を与える。第2に、ASEANや南米など中立設定をした国々(=グローバルサウス)は世界経済の分断から「漁夫の利」を得る。西側と東側は双方で制限をかけあいダメージを受けるものの、中立国は従前どおり西側とも東側とも貿易が可能なため相対的な優位性が生まれるからである。第3に、政策的な分断が激化するほど東西両陣営ともに影響のマイナス幅は大きくなる。一方、中立国にとっては政策的な世界の分断が激化するほど便益が大きくなる。このことは、経済的観点から見ると東西両陣営ともに中立国を自陣営に引き入れることが難しく、さらに相手陣営を完全に世界から孤立させることも難しいという結論を導く。

実際に、この傾向はすでに貿易データにあらわれている。図4は、実際の米国の輸入額を2017年を1.0と基準化して図示したものである(貿易額はUNcomtradeによる)。米中貿易戦争が始まって以降、中国から米国への輸出は伸び悩んでいる。一方、ASEANから米国への輸出が急伸している。ベトナムは2021年の数値が2017年の2倍以上となり、カンボジアは3倍近くになっている。貿易データからは、同じ時期に中国からASEANへの輸出も急伸したことが示されている。これは、中国から米国へ直接輸出するかわりに、中国から一度ASEANに輸出し、付加価値を伴う生産工程を経てから米国に再度輸出するという動きが発生していることを示している。

図4 米国の輸入額(2017年=1.0)

図4 米国の輸入額(2017年=1.0)

(出所)Isono and Kumagai (2023)

以上の結論をサポートするIDE-GSMの分析結果をいくつか具体的に紹介しよう。2023年2月にIDEスクエアで紹介したシミュレーション分析では、世界が西側(34カ国)、東側(16カ国)、その他中立国にわかれ、東西両陣営間の貿易の非関税障壁が高まり、さらに「最悪ケース」ではその非関税障壁の上昇幅が100%関税相当となると想定した。図5はその「最悪ケース」を図示したものである。日本、米国、欧州、中国といった西側および東側諸国はマイナスの経済効果を被り、世界全体の経済効果もマイナス7.9%になる。逆に、ASEAN、インド、アフリカ、中南米の諸国は、プラスの経済効果となる。このことは、世界経済が分断されるなかでグローバルサウスの国々が漁夫の利を得る状況にあることを示している。

図5 分断「最悪ケース」の経済効果(2030年)

図5 分断「最悪ケース」の経済効果(2030年)

(注)地図に示された境界線はERIA、アジア経済研究所、ないしジェトロ
による主権の帰属についての支持や判断を意味するものではない。
(出所)熊谷他(2023)

ASEANに着目したERIAの分析では、ASEANが中立性を維持することの意義と難しさの両方が示されている(図6)。デカップリングが起こり、ASEANが西側・東側のどちらにも与さないシナリオ1では、ASEANは正の経済効果を得る。一方で、ASEANが西側(シナリオ2)、東側(シナリオ3)のどちらかに参加すると、ASEANの経済効果はマイナスに転じる。このことはASEANが中立性を維持することのメリットを再確認するものである。

一方、中立を維持することは容易ではない。米国、中国双方にとって、ASEANが相手陣営に加わると、それぞれの国へのマイナスの影響が大きくなる。よって、他の地政学的要素を加味せず経済的側面だけを見ても、米国と中国にはASEANを自陣営に引き入れようとする誘因が発生し、結果としてASEANは両陣営の勢力争いに巻き込まれることになる。

図6 ASEANの中立設定(2030年)

図6 ASEANの中立設定(2030年)

(出所)Isono and Kumagai (2023)

以上のように、グローバルサウスの国々は、どのグループにも属さないことで経済的メリットを受ける。さらに、これらの国々を自陣営に引き入れたい西側・東側双方から、大規模インフラのような国家主導の投資案件やさまざまな支援・協力などを得やすい状況になる。これがグローバルサウスの国々が現在注目されるもうひとつの大きな理由である。その前提条件として、グローバルサウスが経済規模において存在感を増していることも忘れてはならない。グローバルサウスは各国それぞれに異なる事情を有し、まとまって行動している実態はないとしても、中立を維持することが経済的メリットにつながるという構造において共通している。

グローバルサウスとどう向き合うか

このような状況下で、日系企業はじめ多国籍企業はどのように行動すべきか。また日本はどう対処すべきか。企業は、今後、政策による世界経済の分断がどの程度まで進むかについていくつかのシナリオを設定し、サプライチェーンの最適化や再構築を進めることが求められる。シミュレーション分析から得られた結論は、企業は中国のサプライチェーンを他の地域から完全に切り離そうとしているわけではなく、ただ中国への生産集中の度合いを下げる行動をとっているということである。ニュースなどで「デカップリングの一例」として取り上げられる企業の事例も、実際には「デカップリング」ではなく中国への過度の依存を減らす「チャイナプラスワン」の一例と解釈したほうが適切である。欧米政府の政策やG7コミュニケでは、デカップリングは現実的に不可能であるという見方から、「デカップリング」ではなく「デリスキング(脱リスク)」を志向するという主張がなされているが、多国籍企業は以前からこのデリスキングのアプローチに沿う行動をとり続けていた。

日本は何をすべきか。従来、日本政府は経済安全保障の考え方から、この状況下での対外経済政策の柱として、「生産の国内回帰(リショアリング)」や「同盟国への移転(フレンドショアリング)」と、ルールベースの国際貿易秩序の維持を掲げていた。一方、筆者は2023年4月の日本経済新聞の記事で、シミュレーションや現実に行われている企業の移転先は国内や同盟国に限定されるものではなく、グローバルサウスの国々が移転先として積極的に選ばれていると主張した。そのため、西側・東側の対立構造において中立を志向するグローバルサウスの国々をサプライチェーン再構築のなかでどう位置づけるか、またそれら企業の行動をどう支援するかが課題となると提起した。奇しくも、2023年6月の『通商白書2023』では、「グローバルサウスとの関係強化」が、「ルールベースの国際貿易秩序の再構築」や「有志国との信頼できるサプライチェーンの構築」と並ぶ戦略の柱として明記された(経済産業省2023, 90-92)。今後は、中国からの生産移管が容易ではない中小企業に対する支援など、より具体的な政策の実行が求められる。

最後に、グローバルサウスをひとまとめにして議論することの限界について指摘したい。各国は、歴史的、地理的、政治的、経済的、社会的背景が大きく異なる。経済面だけを見ても、発展の度合い、市場規模、経済成長率、マクロ経済の安定性、産業構造、投資環境、経済政策、西側・東側諸国との貿易・投資関係、それらの情報や統計の正確性などが各国で異なり、今後も変化していく。同じ国のなかでも、大都市部においては先進国以上にフィンテックが普及している一方、地方部ではインターネットを利用していない層が多数を占めるなど、地域間で大きな格差が存在する場合も多い。本稿の分析では、グローバルサウスの国々が中立を維持することで経済的メリットにつながるという構造を明らかにしたが、各国国内でも産業や地域によってその影響は異なる。協力分野や投資案件によってはグローバルサウス各国は「中立」ではなく、西側・東側の支援・協力を状況に応じて選んでいるのが実態である。個々の具体例を見れば、「グローバルサウス」の中身は多種多様である。政策や企業の戦略を考えるうえでも、学術的な議論を行ううえでも、「グローバルサウス」という用語を使用する際には、その多様性と複雑性を常に考慮する必要がある。

※この記事の内容および意見は執筆者個人に属し、日本貿易振興機構あるいはアジア経済研究所の公式意見を示すものではありません。
写真の出典
  • 筆者撮影
参考文献
著者プロフィール

磯野生茂(いそのいくも) 東アジア・アセアン経済研究センター(ERIA)シニアエコノミスト。専門は空間経済学、東アジア・アセアンの経済統合、特にコネクティビティ分野。ERIAではアジア総合開発計画などのフラッグシッププロジェクトに参加。主な著作『経済地理シミュレーションモデル――理論と応用――』(2015年、アジア経済研究所研究双書、共編)。


  1. IDE-GSMは、開発初期より共同研究を通じて東アジア・アセアン経済研究センター(ERIA)の支援により強化・改良されてきた。ERIAとの共同研究バージョンはIDE/ERIA-GSMとして知られている。
  2. G77は、1964年の第1回国際連合貿易開発会議(UNCTAD)にて「発展途上国77カ国共同宣言」に署名した発展途上国77カ国によって設立された。その後加盟国数は増減している。
  3. 「途上国」の定義については、熊谷聡「第5回 発展途上国と先進国を分ける基準って何ですか?」『IDEスクエア』2018年9月を参照。
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