レポート・報告書

アジ研ポリシー・ブリーフ

No.174 グローバルな「デカップリング」が世界経済に与える影響──IDE-GSMによる分析(概要版)

2023年2月6日発行

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  • 「デカップリング」が世界経済に与える影響は、米中貿易戦争並みの分断(非関税障壁の付加)では2030年のGDPへの影響はマイナス2.3%(約2.7兆米ドル)、相互に関税率換算で100%の非関税障壁を設ける場合では同マイナス7.9%(約8.7兆米ドル)となった。
  • 地域別では東西陣営に分断される欧州、米国、東アジア各国についてはGDPに大幅なマイナスの影響が出る一方、ASEANや南米など中立的な国々は「漁夫の利」を得ることが示された。
  • デカップリングは両陣営に大きなダメージを与える一方、利益を得る中立国を自陣営引き入れることが難しいため、相手陣営を完全に世界から孤立させることは難しいことが示された。

米中貿易戦争以降、世界経済の「デカップリング」に対する関心が高まっている。今日の世界情勢下でグローバルな「デカップリング」が生じるとすれば、米国陣営(西側)と中国ロシア陣営(東側)間の分断と、両陣営に加わらない中立国の3つに分かれる可能性がある。

この「デカップリング」は日本、アジアや世界経済全体にどのような影響を与えるか、Kumagai et al. (2023)を基にNHKスペシャル『混迷の世紀』取材班の協力を得て新シナリオを作成するとともに、各国・各地域への影響をアジア経済研究所の経済地理シミュレーションモデル(IDE-GSM)を用いて試算した。

世界の分断についての想定

ここでは、世界が米国陣営(西側)、中国ロシア陣営(東側)に分断されると想定する。西側陣営は米国と外交政策の類似度が高い日本、英国、EUなど34カ国・地域、東側陣営は米国によって何らかの経済制裁が科されている国々のうち、中国、ロシア、中東、アフリカ諸国などIDE-GSMがカバーする16カ国とした。

シミュレーションのシナリオ

東西両陣営間の貿易に、2018〜19年にかけての米中貿易戦争における米国側の関税率引き上げと同等の非関税障壁が2025年以降追加的に課される場合を「シナリオ①」、両陣営の貿易に課される追加的な非関税障壁が100%関税相当になる「最悪ケース」を「シナリオ②」とし、「デカップリング」が行われない「ベースライン」シナリオの2030年の国内総生産(GDP)からの乖離を計算し、分断の影響を調べた。

シナリオ①の推計結果(表1、図1)

シナリオ①では、世界経済への影響は−2.3%(約2.7兆米ドル)、日本、米国、EU、中国への影響は−3.0%〜−3.5%となる。西側陣営全体への影響は−3.4%、東側陣営への影響は−2.7%となる一方で、中立国への影響は+0.3%となる。中立国は両陣営に従来どおり貿易できるため「漁夫の利」を得る。ロシアは中国と同じ陣営に入り、負の影響を緩和できる。

表1 シナリオ①の影響(2030年、ベースライン比)

表1 シナリオ①の影響(2030年、ベースライン比)

(出所)IDE-GSMによる試算。

図1 シナリオ①の影響(2030年、ベースライン比)

図1 シナリオ①の影響(2030年、ベースライン比)

地図上の境界線はアジア経済研究所による主権や帰属についての判断を意味するものではありません。
(出所)IDE-GSMによる試算。

表1(続) シナリオ①の影響(2030年、ベースライン比)

表1(続) シナリオ①の影響(2030年、ベースライン比)

(出所)IDE-GSMによる試算。

産業別の影響の大小は、財の生産地や代替可能性の違いに依存する。比較的代替が容易な衣料・繊維産業では、西側陣営に主に中国からの輸入を代替するかたちで正の影響が出る。電子・電機産業への影響も西側陣営では日米欧韓台と主要な生産国が揃っており、それほど大きくない。一方で、日米欧韓台と分断される中国には−7.9%と大きな影響が出ている。西側陣営にも、産地を代替することが難しい農業や食品加工業で大きな負の影響が出ている。

シナリオ②の推計結果

世界経済への影響は−7.9%(約8.7兆米ドル)とシナリオ①と比較して大きい。国別では、日本が−11.6%、中国が−9.4%、米国が−12.0%などと負の影響が出る。西側陣営への影響が−12.2%、東側陣営への影響が−8.1%、中立国への影響は+1.8%となっている。産業別に影響を見ると、傾向はほぼシナリオ①と同じであるが、影響の大きさは数倍になる。

まとめ

中国とロシアの経済規模の差により、米中を軸とした世界の分断は、ロシアのウクライナ侵攻に伴う対立(ポリシーブリーフNo.156参照)と比較して著しく大きな影響を各国に与える。「デカップリング」に際して、代替できない財の貿易が阻害される影響など、経済的コストについても現実的に判断する必要がある。相手陣営のみならず、自陣営にも対立に応じたマイナスの影響を被るからである。

また、どちらの陣営にも属さない中立国が大きな「漁夫の利」を得るので、両陣営が「デカップリング」の動きを強めても、相手陣営を世界全体から孤立させることはできない。両陣営の対立が深まれば深まるほど、中立国にとって、どちらかの陣営に属するコストが高まるためである。

より詳しい情報や解説を掲載した
IDEスクエア・世界を見る眼「「デカップリング」が世界経済に与える影響──IDE-GSMによる分析」
こちらからご覧いただけます。

a.開発研究センター・経済地理研究グループ/b.バンコク研究センター/c.ERIA/d.東洋大学/e.千葉商科大学

本報告の内容や意見は執筆者個人に属し、日本貿易振興機構あるいはアジア経済研究所の公式見解を示すものではありません

©2023年 執筆者一同