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ライブラリアン・コラム

ビルマ語資料をめぐる諸問題──文字、翻字、そして書誌

小林 磨理恵

2023年4月

インド由来のまるい文字

南アジアや東南アジアには、豊かな文字文化が広がっている。一直線の横棒にぶら下がるデーヴァナーガリー文字(インドのヒンディー語等)、動物を象ったようなタイ文字、視力検査表の記号のようなビルマ文字、など。まったく異なる文字に見えるが、いずれもインドで生まれたブラーフミー文字に由来することから、「インド系文字」として括られる。

その一つのビルマ文字は、ミャンマー公用語のビルマ語に用いられる。ビルマ文字はモン文字を範に考案され、モン文字は南インドに起源がある。その歴史の一端は、南インド・ケーララで使用されるマラヤーラム文字とビルマ文字が、まるまるとしてよく似ていることに見て取れる(写真1)。

ビルマ文字の音節は、「字母」と呼ばれる中心の文字(子音字)の上下左右を、母音記号や声調記号が取り囲むようにして構成される。これはインド系文字に共通する特徴だが、ビルマ文字は他のインド系文字と比較して、「子だくさん」にみえる。つまり、一つの字母に付随する記号が多く、一音節の範囲を捉えにくい(と感じる)。この特徴は、次に述べる独特なローマ字翻字法にも影響したように思われる。

写真1 ビルマ語図書(左)とマラヤーラム語図書(右)。

写真1 ビルマ語図書(左)とマラヤーラム語図書(右)。
「Ne praññʿ toʿ」とは……

図書館でビルマ語資料を受け入れると、まず書誌データを作成する。書誌データとは、タイトルや著者、出版者、形態等々の当該資料の一連の情報のことで、目録規則に基づき記述される。蔵書検索システム(OPAC)やCiNii Booksで表示される情報をイメージしてほしい。

ビルマ語資料の書誌作成におけるポイントは、独特なローマ字化(翻字)にある。非ラテン文字資料の場合、米国議会図書館(LC)が定めたルール(ALA-LCローマ字翻字表)を用いて、タイトルや著者名をローマ字翻字形で表記することが必須であるが、ビルマ語をLC方式でローマ字化すると、実際の発音と乖離するのである。

例えば、「ミャンマー」をLC方式でローマ字化すると「Mranʿ mā」となり、首都の「ネーピードー」は「Ne praññʿ toʿ」となる。こうした現象は、なぜ起きるのか。それは、一音節を構成する字母とそれに付随する記号を一体に捉えず、纏まりを崩したうえで、それぞれローマ字と様々な記号に置き換えるからである。つまり発音を無視するので、LC方式のローマ字を読んでも、意味が通らない。深刻な問題は、書誌データのローマ字タイトルからは、その資料の実際のタイトルを容易に特定できないことである。おそらく、ビルマ語資料を扱うミャンマー研究者に、OPACを使った資料検索は当てにされていないだろう。

ビルマ語の「フォント問題」

ローマ字翻字形が謎の文字記号の羅列だったとしても、ビルマ語の原綴り、つまりビルマ文字が併せて記述されていれば、資料タイトルを特定できる。しかし、長年にわたりLC方式のローマ字翻字形だけに頼らざるを得ない事情があった。それは、文字コードの国際規格であるUnicodeのビルマ語フォントが、WindowsやMacintoshでサポートされず、原綴りの入力ができなかったことである。

ビルマ語がキーボードに加わったのはWindows 8以降のこと。インターネットの普及とともに、ミャンマー国内ではZawgyi(ゾージー)と呼ばれるフォントが独自の発展を遂げ、主流化した。ミャンマー政府によるUnicode使用の方針は、2019年10月を待たねばならず、Unicodeの浸透には長い年月を要した。

今ではビルマ語キーボードを簡単に追加できる。Unicodeでのビルマ語入力が容易になった結果として、それまでローマ字だけだった書誌データに、ビルマ語原綴り・ローマ字翻字形の併記が実現した(写真2)。ローマ字翻字形とフォント問題という二重の不幸に見舞われたビルマ語資料の書誌データだが、ようやくそこから脱しようとしている。

写真2 ビルマ語資料の書誌データの業務用入力画面(一部)

写真2 ビルマ語資料の書誌データの業務用入力画面(一部)
変わるビルマ語資料の検索方法

日本の図書館では、近年徐々にビルマ語原綴りの入力を進めている。アジア経済研究所図書館でも、2019年にビルマ語原綴りの入力を開始した。是非OPACで、ビルマ語でのキーワード検索、あるいは本文言語をビルマ語に絞った条件での検索を試してほしい。原綴りのある書誌データは近年に出版された資料ばかりだが、有用な資料が見つかるかもしれない。

コロナ禍、そして軍事クーデタによる政変を経て、ミャンマー社会は再び様変わりし、2010年代の出版市場の活況は、すでに過去のものとなってしまった。しかし、当館では変わらずビルマ語資料を重視し、2022年にも100冊ほどの新刊を購入した。2019年頃の書籍タイトルに目立った「デモクラシー」の言葉はすっかり影を潜め、2021年以降は、歴史、民俗、文化を主題とする書籍が大半を占めている。民主化時代、そして危機の時代に何が出版され、何が出版されなかったのか、その歴史を伝える図書館を目指して、書誌作成を続けたい。

写真3 古本は路上で循環する(ヤンゴン、2019年10月)

写真3 古本は路上で循環する(ヤンゴン、2019年10月)
参考文献
  • 東京外国語大学アジア・アフリカ言語文化研究所編『図説アジア文字入門』河出書房新社、2005年。
  • 町田和彦編著『華麗なるインド系文字』白水社、2001年。
写真の出典
  • すべて筆者撮影
    インデックス写真の説明──ミャンマー国立図書館のビルマ文字の展示(ネーピードー、2019年10月)

著者プロフィール

小林磨理恵(こばやしまりえ) アジア経済研究所学術情報センター図書館情報課。担当は東南アジア(2011年~現在)。2016~2018年海外派遣員(バンコク)。

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