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ライブラリアン・コラム

ミャンマーの民政移管10年を記録する――図書館・資料収集の現場から

小林 磨理恵

2021年3月

ミャンマーでクーデターが起きた。2011年に民政移管を実現した後、ミャンマー国内の出版環境の改善とともに、アジ研図書館におけるミャンマー現地資料の収集体制も軌道に乗り始めていた。その矢先の事態である。先行きを見通すことは困難だ。だから本稿では、ミャンマーが民主化を歩んだこの10年間に、当館でどのような資料をどのように収集してきたかを書き記しておきたい。
スーチー政権総括の資料群

近年、当館におけるミャンマー関連の資料収集は充実していた。直近では2020年の資料収集が印象深い。コロナ禍に揺れた時期、もとよりミャンマー現地への渡航はかなわず、外国送金による調達であった。

総選挙という国の一大事を控えたミャンマーでは、2020年8月に2016年以降の国民民主連盟(以下、NLD)政権を総括する資料群が出版された。一次資料として価値ある内容であり、すぐに購入を決断したものの、出版を報じる新聞記事1中に資料名の記載がなく、リストアップすることができない(資料の発注には正確な資料名の提示が基本)。一方、少部数しか刷られていないことも予想され、悠長にしている時間はなかった。

そこで当館の資料購入担当者に相談したところ、すぐにヤンゴンにある書店、ミャンマー・ブック・センターに問い合わせてくれた。ほどなくして同書店から返信があり、資料全点をリスト化したインヴォイスを入手することができたのである。資料がヤンゴンの書店を発ってまもなく、コロナの感染拡大によりヤンゴン全域に自宅待機措置が通達された。間一髪の資料収集劇であった。

その資料の概要を紹介しよう。資料は下記のとおり、演説集、改革の記録、少数民族武装勢力との和平交渉の記録の3種類に大別され、計18冊からなる。いずれも蔵書検索システム(OPAC)で検索し、当館にて閲覧できる。英語記事もわずかに含まれるが(例えばアウンサンスーチーの英語でのスピーチ全文)、大部分がビルマ語で記された資料である。ビルマ語の原タイトルは、括弧内の当館請求記号に貼ったリンクから、OPAC書誌情報を参照されたい。

(ア) 政治指導者の演説集
  • アウンサンスーチー国家顧問の演説集(2016~19年の各年、計4冊)[Br/32/N4~7]
  • ウィンミン第10代大統領の演説集(2018~19年の各年、計2冊)[Br/32/N10~11]
  • ティンチョー第9代大統領の演説集(2016~18年、計1冊)[Br/32/N9]
(イ) NLD政権の改革の記録
  • 4年間の政府の活動記録(計2冊)[Br/32/N2/1~2]
  • アウンサンスーチー国家顧問の全国各地への訪問記録(2016~20年、計1冊)[Br/32/N8]
  • 最初の100日間の記録(計1冊)[Br/32/P3]
  • 国営日刊紙『チェーモン』(鏡)と『ミャンマーアリン』(ミャンマーの光)の掲載記事の再録(2016~19年の各年、計4冊)[Br/32/N3/1~4]
(ウ) 少数民族武装勢力との和平交渉の記録
  • 「21世紀パンロン会議」議事録(第1回~第3回、計3冊)[Br/323.2/P1/1~3]

ここに紹介した資料は、ミャンマー政府情報省が中心となって編纂したもので、多くが2020年8月に公刊された。11月の総選挙を見据えて、スーチー率いるNLD政権の改革の成果をアピールするねらいもあっただろう。一方で、4年間の政治記録であることは紛れもない事実であり、民主化に向かった時代を分析する基礎資料として十分な価値を有している。今後の調査研究に役立てられることを期待したい。

現地での資料収集——ネーピードー編

少し時間をさかのぼる。筆者は2019年10月にネーピードーとヤンゴンを訪れ、国立図書館や中央統計局、また様々な書店をめぐり、資料収集と資料事情調査を行った。

クーデターが起きて、公務員のなかには職務放棄により抵抗の意を表明する者もいるという。そこで思い出すのは、ネーピードーの統計局の皆さんのことである。ネーピードーは2006年以来の新しい首都で、統計局のある庁舎エリアはどこか人工的にみえた。しかし建物のなかに足を踏み入れると、一転して村役場のようなのどかな雰囲気。飛び入りした外国人を拒むこともなく、執務室の空席に座らせてくれた。そこで購入したものは、過去3年分の『主要経済指標月報』[BURMA/0M1]である。在庫の有無に不安があったが、職員の皆さんが棚から各人の机の下までくまなく捜索してくださったおかげで、ほとんど欠号なく入手することができた。

統計局で揃えたかった資料はもう一つ、『2014年人口・住宅センサス』である。人口センサスは、その国の人口や社会経済の動態に関わる最も基礎的な情報源であり、当館としては必ず収集すべき対象に位置づけている。加えて、ミャンマーの2014年人口センサスは実に31年ぶりに実施されたもので、歴史的にみても重要度は極めて高い。2014年に第1巻(暫定結果)が公刊されて以降、2017年までに第2巻(全国)、第3巻(州別)、第4巻(テーマ別)が五月雨式に発行された。収集する側も必死で発行状況を追いかけたが、一部については入手できずにいた。したがって統計局を訪問した最大の理由は、この残りのセンサスを網羅することにあった。

しかし残念ながら、統計局に在庫はなかった。版元にないことで絶望と諦めの境地に差し掛かるところであったが、ヤンゴンの書店が収集を継続してくれたおかげで、後日なんとか入手することができた。資料はヤンゴンに流れ、集まるのだろう。

現在当館では、2014年人口センサスの全4巻計33点とアトラス1点を閲覧に供している[BURMA/1Ir1]。なお、調査項目に含まれながら公表が遅れていた、そして注目されていた、宗教別および民族別の人口統計について。宗教別人口は2016年に公表されたが(第2巻C[BURMA/1Ir1/2-C])、結局、民族別人口の調査結果が公表されることはなかった。髙橋昭雄は、宗教別人口の公表遅延の背景には、イスラーム教徒のロヒンギャが人口センサスの対象とならなかったことや、仏教徒のナショナリスト団体が、イスラーム教徒人口の増大は国家の「大問題」だと唱えていたことがあると指摘する。また民族別人口については、ミャンマー国軍と少数民族軍との和平協議の行方が不透明であり、これに参加しないグループとは未だに戦闘が続いていることが要因だといわれているという(髙橋 2017)。

写真:ヤンゴンの古書店にて(2019年10月)

ヤンゴンの古書店にて(2019年10月)
民主化の進展と共に

表現の自由は、言うまでもなくその国における出版活動に決定的な影響を与える。図書館による資料収集もまた、表現の自由が保たれた状態においてこそ実現し得るものだ。

表現の自由が損なわれた時、とりわけライブラリアンの頭を悩ませるのは定期刊行物の収集である。図書館では、新聞や雑誌を、欠号なく長期にわたり継続収集することを重視する。したがって、検閲等により出版の継続性が危ぶまれる場合には、たとえその内容が調査研究に資する重大なものであったとしても、なかなか定期購読に踏み切ることができない。

2011年の民政移管より前から当館で継続収集してきたミャンマーの新聞は、ビルマ語の『ミャンマーアリン』と英語の『The New Light of Myanmar』(2014年10月に紙名冒頭にGlobalが付く紙名変更があった)の二紙。いずれも国営日刊紙で、軍事体制においては、軍政が知らせたい情報を知らせるための媒体であった。

民政移管後に改革を推し進めたテインセイン政権下で、表現の自由は徐々に拡大した。まず、1962年印刷出版法の下で事前検閲を行っていた報道審査・登録局は、2012年8月に事前検閲を止め、翌年1月に解体された。2014年3月には自由な出版を認める印刷出版会社法が施行され、検閲が撤廃されるに至る(中西 2020)。2013年には約50年ぶりに民間の日刊紙が誕生した。

当館では、2013年からビルマ語の週刊新聞を二紙、新たに購読を開始した。『The Voice Weekly』と『Weekly Eleven News』である。前者は2004年、後者は2005年に民間団体が創刊した(Ohnmar Nyunt 2018)。継続性の観点から不安は残ったものの、検閲の緩和を受けて政治記事の充実化を図るこれら二紙に、大きな期待を寄せた。今日まで収集を継続できたことは、結果として民主化時代のミャンマーの記録・保存を図書館として担うことにもつながったわけである。

これからの資料収集

ヤンゴンの街並みを歩くと、小さい子どもから大人までがスマートフォンに目を落とし、あるいはスマートフォンで撮影する光景が、当たり前のように広がっていた。いったん解き放された表現の自由と劇的に進展した通信環境は、かつての軍政時代のように言論を封じ込めることを難しくするだろう。しかし、ミャンマーの資料収集を今後さらに拡充していくことは、難しくなるかもしれない。

実は昨年夏の図書館会議において、2021年度よりミャンマーの雑誌3誌を新たに購読開始することが決定されていた。うち一誌は『Mizzima Weekly』という民間の英字週刊誌である。限られた予算のなか、毎年ギリギリの調整をして、ようやくミャンマー雑誌の新規購読にこぎつけた。しかし、今となっては遅きに失したと言わざるを得ない。無事に4月から購読できるのかも不透明だ。

不安定な状況にあったとき、作家は物を書き、ジャーナリストは取材に行き、古書店の店主は書籍を収集していた。文字になって表出する声が確実に存在する。制約された場所から発せられる声を聞き逃さないことが、今後の資料収集の鍵となっていくだろう。

謝辞

アジ研図書館におけるミャンマー関係の蔵書構築は、アジ研内外の研究者の協力により成立している。NLD政権総括の資料群公刊を知らせてくださったのは、ミャンマー研究者の石川和雅さん、検閲緩和後に週刊新聞の購読を推薦してくださったのは、当時アジ研研究員で、現GRIPS教授の工藤年博さんである。また本稿で記すことはできなかったが、ヤンゴンでの資料収集においては、ビルマ語通訳を含む全面的なサポートを兵頭千夏さんからいただいた。ここに記して感謝の意を表したい。 

写真の出典
  • 筆者撮影。
参考文献
  • 髙橋昭雄2017.「ミャンマー—— 31年ぶりの人口・世帯センサス」末廣昭・大泉啓一郎編『東アジアの社会大変動 ——人口センサスが語る世界』名古屋大学出版会.
  • 中西嘉宏2020.「自由とソーシャルメディアがもたらすミャンマー民主化の停滞」見市建・茅根由佳編『ソーシャルメディア時代の東南アジア政治』明石書店.
  • Ohnmar Nyunt 2018. Challenges to Press Freedom of Private News Media in Myanmar. Chiang Mai: Regional Center for Social Science and Sustainable Development, Faculty of Social Sciences, Chiang Mai University.
著者プロフィール

小林磨理恵(こばやしまりえ) アジア経済研究所学術情報センター図書館情報課。担当は東南アジア(2011年~現在)。2016~2018年海外派遣員(バンコク)。最近の著作に「タイの「読むこと」をめぐる世界」(『バンコク日本人商工会議所所報』694号、2020年)、「The Nation終刊――タイ社会と新聞の寛容さをめぐる一考察」(『IDEスクエア』2019年)など。

  1. "MoI Launches Books on Reform Activities of Government." The Global New Light of Myanmar, 28 August 2020.