ライブラリアン・コラム

特集

ウェブ資料展:途上国と感染症

蚊媒介の感染症に苦しむブラジル

則竹 理人

2020年9月

新型コロナウイルスだけではないブラジル

2020年現在、世界は新型コロナウイルスの話題一色に染まっていると表現しても過言ではない。ブラジルもご多分に漏れず、例えば同国で最も多く販売されている総合週刊誌であるVejaにおいても、新型コロナウイルスに全く関係ない記事を探すのは簡単ではないほど、多くの記事のなかに同感染症の名前が登場する。

このパンデミックによって陰に隠れてしまったが、実は既に何年も感染者が発生している別の病気が、それまで減少傾向もしくは横ばいであったにもかかわらず2019年に急増したことで、2020年はどうなるか大いに注目されるはずであった。

政府のウェブサイト上を蚊が飛び回る

感染症の広がり方には様々なタイプがあるが、デング熱や黄熱病をはじめとした、蚊が感染者の血液を吸って媒介するものも多く見られる。近年話題となった蚊媒介の感染症のひとつに、ジカ熱がある。感染すると頭痛や皮膚に赤い斑点などが生じ、妊婦の場合は胎児にも影響が及び、小頭症で生まれるといった症状が見られる。この感染症は、ラテンアメリカ諸国をはじめとした世界各地に流行し、2016年頃に猛威を振るった。

感染が広がり特に被害の大きかったブラジルでは、国民の注意を喚起するため、政府のウェブサイト上を蚊が飛び回る仕掛けが施された。蚊にマウスオーバーすると矢印のアイコンがハエたたきのようなものに変わり、クリックすると「蚊を殺すだけでは意味がない。蚊が生まれないようにしなければならない。それは私たち一人一人にかかっている」というバナーが出てくる演出が仕込まれた1

ブラジルは元々、蚊媒介の感染症に悩まされてきた国のひとつであり、ジカ熱が流行し始める前から、既にデング熱やチクングニア熱の被害が続いていた。2015年にはデング熱による死者が972人に上り2、1998年以降最も多かった3。その意味でも、蚊への対策はブラジルにとって喫緊の課題であった。ブラジル政府ウェブサイトの「装飾」は、当時の状況がわかりやすく表された一例である。

数字で見るブラジルの感染症制

近年のブラジルにおける感染症の統計は、ブラジル保健省保健監視局がオンラインで刊行している『伝染病レポート(Boletim Epidemiológico)』にまとめられている。(年によってばらつきがあるが)年間数十点刊行されるこのレポートでは、その時々に流行している感染症がテーマとして取り上げられ、感染者数や死者数などの統計が記されている4

2020年8月現在、オンラインで公開されているのは2003年以降のレポートである5。蚊媒介の感染症が近年取り上げられる際には、蚊を含む節足動物によって伝播するウイルスの総称である「アルボウイルス」というカテゴリーで、デング熱、チクングニア熱、ジカ熱の3つの感染症が示される。オンラインで確認できるレポートの範囲では、デング熱の名前が最初にタイトルに登場したのは2007年である。その後2014年途中からチクングニア熱が、2015年途中からジカ熱がレポートのタイトルに上げられるようになった。

そのため、3つの感染症の年間の統計が出揃ったのは2016年からであるが、3つともその時から2018年までは、年を追うごとに感染者数が減少傾向にあった。デング熱は2015年をピークに2017年まで年々減少し、2018年は少し増加したもののほぼ同等の数であった。チクングニア熱は、2016年をピークにその後は2018年まで年々減少した。ジカ熱は、最初に年間の統計が出された2016年にはチクングニア熱と同等の感染者数を記録したものの、2017年、2018年は減少した。

しかし、2019年には3つともその感染者数が増加した。特にデング熱は、2018年は20万件台であったのが、2019年は150万件台に急増し、死者数も782人に上り、2015年に次ぐ規模となっていた6。現地メディアでは、大都市での感染拡大、気候変動、そしてこれまでになかった血清型のデング熱が流行したことが、数が増大した原因であると報じられている7

2020年8月26日現在、3つの感染症について2020年初頭から29週分(ジカ熱のみ27週分)の統計がブラジル保健省により公表されているが、2019年よりはやや下回るペースであるものの、同等の規模の感染者数が見込まれる8

現地の週刊誌の反応――ジカ熱の事例

ブラジル現地で発行されている総合週刊誌Vejaのバックナンバーを振り返ると、感染症の広がりに伴う現地社会の反応をうかがい知ることができる。本節では、Vejaで何度も取り上げられただけでなくひとつの号のトピックにもなった、ジカ熱に関する記事を見ていく。

ジカ熱がVejaで初めて取り上げられたのは、2015年11月25日号であった。ブラジル北東部で新生児の小頭症の事例が見られ、それらがジカウイルスと関連する可能性があることを報じた内容だが、妊婦の写真とともにたった1ページの記事が掲載されただけであった。

同年12月9日号では、ジカ熱について初めて表紙に(小さくではあるが)取り上げられた。同年4月以降、小頭症の事例が7.32倍に膨れ上がったことを見出しに、ジカ熱に関するQ&Aが掲載された。

2016年1月13日号では、本格的な夏を迎えるにあたり、4人の妊婦へのインタビュー内容も交えながらジカ熱に関する記事が取り上げられ、再び表紙でも扱われた。記事の掲載されるページのあちこちには蚊の写真がちりばめられ、先述の政府のウェブサイト同様、蚊による多大な影響をイメージさせるデザインになっている。

そして同年2月3日号では、その号の中心テーマとしてジカ熱が採用され、表紙には蚊の顔の写真が大きく掲載された。他国からもたらされたわけではなく、自国で発症したのはブラジルを含むラテンアメリカ・カリブ諸国のみであることや、感染者数は増える一方であることなどが報じられた。

写真:アジア経済研究所図書館で所蔵するブラジルの総合週刊誌Veja

アジア経済研究所図書館で所蔵するブラジルの総合週刊誌Veja

その後、リオデジャネイロオリンピックが近づくにつれて、ジカ熱の流行が収まらないなかでの開催について取り上げる記事が2月24日号、6月8日号に掲載された。35カ国が開催中止を求めていることが提示されながらも、世論調査によるとブラジル国民の77%がオリンピック中止は想像できないとし、87%が蚊に注意さえすればブラジルに渡航しても問題ないとしたことや、デング熱の統計からは、オリンピックの開催時期である8月は感染者数が例年減少傾向にあることなどが述べられた。

結果的にオリンピックは予定どおり開催され9、2017年以降は、ジカ熱をテーマとする記事はほとんどなくなった。先述のとおり、感染者数が2016年に爆発的に増加したものの、その後2017年、2018年はみるみるうちに減少していった傾向に沿った形となった。ただ、2019年は感染者数が再度増加したにもかかわらず、Vejaの表紙に取り上げられることはなかった。

四重苦との戦い

このように、ブラジルは2019年より再び増加したジカ熱、デング熱、チクングニア熱に「頭を痛めた」ものの、ジカ熱の最初の流行時ほど大きな話題にはならなかった。2020年になってからは、他国と比較しても目立つほどに新型コロナウイルスの感染が拡大し10、その話題で持ちきりになってしまった。

ブラジルは現在、新型コロナウイルス感染者数の多さだけでなく、ボルソナロ大統領の経済を最大限に優先した対応によって注目を浴びている。今後の効果や影響に関心が持たれており、手洗いうがいやマスクの着用、人と人とのソーシャルディスタンスといった感染拡大防止策とは異なった面での解決策が求められる感染症との戦いも注目に値する。

参考文献
  • Secretaria de Vigilância em Saúde, Ministério da Saúde(ブラジル保健省保健監視局). Boletim Epidemiológico(『伝染病レポート』)
  • Veja. São Paulo : Editora Abril.
写真の出典
  • 筆者撮影
著者プロフィール

則竹理人(のりたけりひと) アジア経済研究所学術情報センター図書館情報課。担当はラテンアメリカ。最近の著作は「ドミニカ共和国・プエルトリコ・米州開発銀行における公文書管理の実態」『ラテンアメリカ・レポート』36(1), 2019.7。

  1. 当時のブラジル政府のウェブサイトの様子を、ブラジルの通信社”Agência Brasil”のウェブサイトの動画で見ることができる(2020年8月26日現在)。
  2. 次のレポートを参照。
    Secretaria de Vigilância em Saúde, Ministério da Saúde. "Monitoramento dos casos de dengue, febre de chikungunya e febre pelo vírus Zika até a Semana Epidemiológica 49, 2016." Boletim Epidemiológico 47(38).
    なお、ブラジル保健省がまとめている感染症に関する統計は、独自のカレンダーによって週が区切られており、年末年始の数日がその前後の年に組み込まれていることがあるため、本稿で言及する年の表す範囲は通常とは異なる点に注意されたい。詳しくは、ブラジルの届出対象疾患に関する国家情報システム(SINAN)のウェブサイト参照。
  3. Estado de S. Pauloのウェブ記事を参照。なお、死者数は986人とされているが、具体的な出典が不明であったため本稿にはこの数値は採用しなかった。
  4. 以下、本節で言及する感染者数はこのレポート各号を参照してまとめた。なお、数値はその時々の暫定のものが記載されており、前年の感染者数であっても号によってばらつきがあるため、本節では具体的には記載しないこととする。
  5. 2020年8月26日現在、2009年、2011年、2017年分は掲載されていない。
  6. Secretaria de Vigilância em Saúde, Ministério da Saúde. "Monitoramento de dengue, chikungunya e Zika, até a SE 52 de 2019; Campanha de vacinação contra o sarampo." Boletim Epidemiológico 51(2).
  7. 注3に示した記事を参照
  8. Secretaria de Vigilância em Saúde, Ministério da Saúde. "Monitoramento das arboviroses (dengue, chikungunya e zika), SE 1 a 29, 2020; sarampo – SE 1 a 29, 2020; Síndrome Inflamatória Multissistêmica Pediátrica (SIM-P), temporalmente associada à COVID-19; SIM-P temporariamente associada ao SARS-CoV-2 em crianças hospitalizadas em Belém e surto de DTHA." Boletim Epidemiológico 51(31).
  9. Vejaではないが)下記文献によると、スペイン選手団117名をオリンピック後に検査したところ、4名が陽性であったという報告がある。
    Rodriguez-Valero, Natalia, et al. 2017. "Zika Virus Screening among Spanish Team Members After 2016 Rio de Janeiro, Brazil, Olympic Games." Emerging Infectious Diseases 23(8): 1426-28.
  10. 世界保健機関の提供する情報によると、2020年8月26日現在、ブラジルはアメリカに次いで世界第2位の感染者数を記録している。