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BRICSと世界)第4回 マレーシアの選択――経済的実利と中立外交

Malaysia‘s Strategic Decision: Economic Benefits and Neutral Diplomacy

PDF版ダウンロードページ:https://hdl.handle.net/2344/0002001418

2025年6月

(4,376字)

BRICS加盟は「反欧米」か? 

2024年10月、マレーシアはBRICSのパートナー国となることを正式に認められた。近年の米中対立やウクライナ戦争の影響もあり、BRICSはロシアや中国を中心とする「非西側陣営」であると、欧米や日本では受け止められているだろう。したがって、マレーシアをはじめとする国々が続々と加盟に名乗りをあげたことは、「反欧米」の動きとして映るかもしれない。

だが、マレーシアにとってBRICSへの参加は、特定の陣営に加わるという政治的メッセージではなく、自国の経済的実利を最大化するための現実的な選択である。その背景にあるのは、マレーシアがこれまで一貫して掲げてきた「中立・非同盟」の外交方針という小国としての生存戦略である。

成長戦略の一環としてのBRICS参加

マレーシアが参加を決断した最大の理由は、経済的実利への期待である。BRICSは現在、世界の国内総生産や人口の約4割を占める経済圏である1。これらの国々とつながり、貿易や投資の機会が広がることは、輸出依存度の高いマレーシアにとって魅力的である。近年、マレーシア経済では民間消費の寄与が高まっているものの、輸出の比重も依然として大きい(2024年時点でGDPに対する輸出額の割合は58.7%)2。また、マレーシアは長年、世界銀行の分類における「高所得国」入りを目指してきたが、基準越えを目前にしながら達成できていない。こうした状況から、輸出市場や外国投資の拡大・多様化は経済政策上の重要課題とされている。

加えて、BRICSの掲げる「脱ドル化」の方針は、マレーシア政府の意向とも重なる(谷口2024)。マレーシア・リンギは米ドルに対して変動幅(ボラティリティ)が大きく、2024年も1998年のアジア通貨危機以来の安値を記録するなど、不安定な値動きが続いている。変動による影響を避けるため、政府は中国、インドネシアなどと自国通貨建てでの貿易決済への移行を進めており、米ドル依存の軽減を目指している。

経済成長のための機会や選択肢を拡げようとする一方で、アメリカもマレーシアにとっては依然として重要な貿易相手である。アンワル首相は産業の高度化と外資誘致を成長戦略の柱に据えており、これは2023年に発表された「マダニ経済政策3」にも示されている。2024年にはマイクロソフト、グーグル、アマゾン(AWS)などの米系大手IT企業が相次いでマレーシアへの大型投資計画を表明した。また2024年のマレーシアからの輸出額では、トランプ政権下で導入されるであろう関税政策を見越した輸出の前倒しもあり、アメリカ向け輸出が16年ぶりに中国を上回り、シンガポールに次ぐ第二位の輸出先となった。マレーシアの経済成長にとって、アメリカも欠くことのできない存在なのである。

「小国」意識に基づく中立外交

つまり、マレーシアのBRICS加盟は、多方面に選択肢を開き、経済的実利を追求するという姿勢の表れである。背景にあるのは、マレーシアが長年掲げてきた「中立・非同盟」という外交方針である。この方針は、自らを「小国」と位置付けるマレーシアの自己認識に基づいており、経済的実利の最大化と安全保障上の安定を維持するための生存戦略といえる。

第二次世界大戦後までイギリスの植民地支配を受けていた歴史、約3300万人という人口規模や国土、経済規模など、いずれの側面をとっても、マレーシアは世界における大国にはなりえない。マレーシアのような国が特定の大国と距離を詰めすぎれば、他の国との関係構築の障害になるうえ、その大国との関係で主導権を握るのは難しい。こうした前提のもと、特定の大国に過度に接近せず、各国とバランスを取って良好な関係を築きながら国益を確保することが、外交戦略の要となってきた。実際、アンワル首相も2023年のインタビューで「マレーシアのような小国( a small country like Malaysia)」という表現を繰り返し用いて、マレーシアの外交や経済政策上の立ち位置や制約を語っている4

マレーシア外交の中立路線が定まったのは、1960年代後半以降のことである。独立当初は、反政府ゲリラ活動を行うマラヤ共産党の存在や、隣国インドネシアとの対立(いわゆる「コンフロンタシ」)といった脅威に直面し、イギリスからの支援に依存せざるを得なかった。そのため、西側諸国に親和的な立場をとっていた。しかし、そうした脅威が次第に和らぎ、イギリス軍の撤退が現実的となるなかで、中立・非同盟路線へと転換していった。

ラザク政権下では1971年に非同盟運動(NAM)への参加が認められ、同年にはクアラルンプールで開催されたASEAN外相会議における「東南アジア平和・自由・中立地帯(Zone of Peace, Freedom and Neutrality:ZOPFAN)」宣言の採択を政権が主導した。さらに冷戦下においても1967年にはソ連、1974年には中国など、共産圏の国々と外交関係を樹立し、中立外交を体現するように関係を多角化させてきた。

1980~90年代にマハティール首相が推進した「ルック・イースト政策」や「東アジア経済協議体(EAEC)構想」「南南外交」などでは、ASEAN、東アジア諸国をはじめ、アフリカやラテンアメリカ、イスラーム諸国などとの協力や連帯が目指されてきた。また、インドやインドネシアなど他の中立外交を掲げる国と同様に、マレーシア空軍ではアメリカとロシアの双方から戦闘機やミサイルが調達、運用されてきたという長年の経緯からも、中立性の維持を実践してきたことがうかがえる。

ただし、マレーシアの中立路線には、しばしば反「大国」、とりわけ反欧米という姿勢が伴ってきたのも事実である。上述のマハティール首相による一連の政策は、欧米中心の国際秩序への対抗を念頭に置き、マレーシアが途上国やイスラーム諸国の「代表」となることを志向したものであった。

しかし、マハティールが欧米へ舌戦を仕掛けていた一方で、アメリカからの武器購入や軍同士の安全保障協力、投資誘致も並行して推進されていた。アメリカは当時も上位を占める貿易相手であり、その外交姿勢は「プラグマティック」あるいは「二枚舌」とも評されてきた(Milne & Mauzy 1999)。極端な側面があったとはいえ、たとえ相手国との間に摩擦や対立の要素を抱えていたとしても、経済的利益の拡大を優先し、関係を維持・活用していくというマレーシアの中立路線が明確に示されているといえる。

アンワル政権もまた、こうした中立外交を受け継いでいる。良好な経済・貿易関係の一方で、たとえば、マレーシアはロシアやイランなどに対する欧米主導の制裁に加わることを拒否し、国連安全保障理事会で合意がなされたものではない、一方的な経済制裁には加わらないという立場を繰り返し表明してきた5

現在のマレーシアと中国との関係に対しても、同様の見方ができる。たしかに、国民の約20%を占める華人系住民の存在は、中国との心理的・経済的な近接性を生み出しやすい土台となってきた。さらに、中国は2009年以降、マレーシアにとって最大の貿易相手国である。

こうした経済関係の深化の一方、中国との間には他の東南アジア各国と同様に、南シナ海の領有権をめぐる対立を抱えている。とくにボルネオ島沖の排他的経済水域(EEZ)では、中国の海洋調査船や沿岸警備船の活動が継続しており、マレーシア政府は主権の侵害として抗議してきた。2021年には中国軍機が同島沖の領空へ侵入し、マレーシア空軍が緊急発進を行った。直近では、2024年に同EEZ内での国営石油会社ペトロナスによる資源開発に対し、中国政府が反発し、主権の侵害だと主張しているという報道があり、アンワル首相は同社の探査活動はマレーシアの領域内で行われているとして、継続する意志を中国政府に伝えたという6。欧米との関係と同様に、中国に対しても一定の摩擦を抱えつつ、マレーシアは経済的実利を優先して関係の維持を図っているのである。

とはいえ、マレーシア外交において「中立」という原則が当てはまらない例外も存在する。それが、イスラエルである。建国以来、マレーシアはイスラエルと国交を持たず、パレスチナの独立を一貫して支持してきた。2023年以降のパレスチナとイスラエルの衝突においても、政府・世論ともにイスラエルに対して批判的な姿勢を明確に示してきた。それに伴い、とくに市民のあいだでは、イスラエルを支持する欧米への懐疑が広がっている。現在、状況は概ね落ち着いたものの、2023~2024年にかけてはイスラエル支援企業とされた飲食チェーンへの不買運動が盛り上がり、店舗の閉鎖や売上高の減少につながった。

写真1 2023年10月にクアラルンプールで行われたパレスチナ支持集会の様子

写真1 2023年10月にクアラルンプールで行われたパレスチナ支持集会の様子

ただし、こうした動きは経済面で悪影響を及ぼす可能性があり、首相や政府は一定の距離を置いている。イスラエルに投資するファンドの子会社を含む連合体にマレーシアの空港運営会社が買収される問題7をめぐって、アンワル首相は「すべてのイスラエル支援企業を排除するのは現実的ではない」と国会答弁で発言しており、パレスチナ・イスラエル問題においてすら経済的利益を重視する姿勢を示している。ここにも、まさしくマレーシアの中立・バランス外交の姿勢が垣間見える。

もっとも、マレーシアは中立外交という原則を維持しつつも、外的な圧力や国際環境の変化に直面するなかで、経済的実利を最大化するために対応を調整せざるをえない場面も生じる。4月2日にアメリカ・トランプ政権が発表した相互関税政策では、マレーシアには24%の関税が課されることになった。こうした圧力を受けて、経済的損失を補うために、中国などとの貿易関係を深める動きが加速する可能性はある。実際、中国の習近平主席はこの機に合わせて、マレーシア、カンボジア、ベトナムを訪問し、高関税を課された各国との関係強化に乗り出している。

またアンワル首相はロシアとの関係強化にも積極的であり、2025年5月にはプーチン大統領と就任以降二度目となる首脳会談を行った。一方、これまでのところアメリカとの首脳会談は実現していない。さらに、マレーシアは2025年のASEAN議長国として、ASEANと中国、湾岸協力会議(GCC)の合同首脳会議を実施し、10月の東アジアサミットにはプーチン大統領を招待したいという意向も表明している。

写真2 東方経済フォーラムで握手を交わすアンワル首相とプーチン大統領(2024年9月)

写真2 東方経済フォーラムで握手を交わすアンワル首相とプーチン大統領(2024年9月)

マレーシアのBRICS加盟は、こうした国際環境の大きな変動に直面した際も主体的に対応するための選択肢の一つである。反米でも親中でもない、現実的な外交・経済戦略の延長としてBRICSという枠組みを新たに活用しようとする姿勢が、そこには表れている。

※この記事の内容および意見は執筆者個人に属し、日本貿易振興機構あるいはアジア経済研究所の公式意見を示すものではありません。
写真の出典
参考文献
  • 谷口友季子 2024.「BRICS加盟に踏み出すマレーシア」『外交』Vol.86(7-8月号)。
  • 谷口友季子 2025.「2024年のマレーシア――政治・経済両面での政権維持への努力」『アジア動向年報』アジア経済研究所。
  • Milne, R. S. & Diane Mauzy. 1999. “6. Foreign policy,” R. S. Milne & Diane Mauzy, Malaysian Politics Under Mahathir. Routledge.
  • Mohd Faizal Musa. 2023. The Evolution of Madani: How Is 2.0 Different from 1.0? Trends in Southeast Asia 18. Singapore: ISEAS-Yusof Ishak Institute.
著者プロフィール

谷口友季子(たにぐちゆきこ) アジア経済研究所地域研究センター東南アジアⅠ研究グループ研究員。博士(政治学)。専門は比較政治学、マレーシア現代政治。


  1. Spencer Feingold. “BRICS: Here’s What to Know about The International Bloc,” World Economic Forum, 2024-11-20.
  2. 谷口(2025, 343-344)を元に算出。
  3. 「マダニ」は、アラビア語で開明的、先進的なことを意味する語に由来する。本政策名の「マダニ」は1995年に当時財務大臣であったアンワルが提唱した「Masyarakat Madani」という概念に起源をもち、アンワルはこれをイスラームの思想に基づく自由や正義、民主性を備えた市民社会だと説いていた(Mohd Faizal Musa 2023)。1998年のアンワル失脚以降、「マダニ」は狭義の「市民社会」として解釈されるようになった。本政策では,マダニ(Madani)の各字がマレー語の「持続可能性、繁栄、変革、尊敬、信頼、思いやり」の語にそれぞれ対応していると説明されている。
  4. A Conversation With Prime Minister Anwar Ibrahim of Malaysia,” Council on Foreign Relations, 2023-09-21.
  5. Malaysia Does Not Condone Unilateral Sanctions but Free Trade - PM Anwar,” Bernama, 2024-09-05.
    Sebastian Strangi. “Malaysia Will Not Recognize Unilateral Sanctions on Iran, Official Says,” The Diplomat, 2024-05-10.
  6. Malaysia Will Not Stop South China Sea Exploration despite China Protests, PM Says,” Reuters, 2024-09-05.
  7. マレーシア国内の空港を運営するマレーシア・エアポート・ホールディングス(MAHB)を政府系投資会社カザナ・ナショナルやアメリカのインフラ投資会社グローバル・インフラストラクチャー・パートナーズ(GIP)などの連合が買収した。この連合のうちGIPがイスラエルに巨額の投資を行うアメリカの資産運用大手ブラックロックによる買収を受けていたため、MAHBを買収しようとする企業の親会社が「イスラエル支援企業」であるとして野党政治家を中心に政府に対する批判の声が上がった。
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