レポート・報告書

アジ研ポリシー・ブリーフ

No.189 「もしトラ」のシミュレーション分析 ──米60%関税の世界経済への影響

2024年4月23日発行

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  • トランプ前大統領が当選した場合、中国製品に対する関税を60%に、また他のすべての国々に対しても10%までの関税引き上げを公約していることから、その世界経済への影響をシミュレーション分析した。
  • 中国のみへの関税引き上げでは、中国のGDPは0.9%減少、米国のGDPは1.4%減少する一方、日本、ASEAN、インド、EUはプラスの影響を受ける。世界全体では0.3%のGDP減少となる。
  • 他のすべての国にも10%の関税を課した場合、中国への負の影響は変わらないものの、米国のGDP減少幅は1.9%と拡大する。日本への影響は0.0%、ASEAN、インド、EUなどはプラスの影響を受ける。世界全体のGDP減少幅は0.5%と拡大する。

米国の11月の大統領選において、トランプ前大統領とバイデン大統領が再び対決する構図が固まった。トランプ前大統領は、2018年と2019年に、中国製品に対して段階的に追加関税を課した。2020年からは関税による輸入制限よりも、先端半導体などの輸出規制が中心的な政策に移り、バイデン政権も引き続き輸出規制の強化を行ってきた。

このように、米国の対中貿易政策は輸入制限よりも輸出規制へと移ったかと思われたが、もしトランプ前大統領が返り咲いた場合、再び関税による輸入制限が強化される予定である。中国に対する関税を60%、日本を含む、それ以外のすべての国に対しても10%まで引き上げると公言している。そこで本ポリシーブリーフでは、もしトランプ前大統領が返り咲き、これらの追加関税が発動された場合、世界各国にどの程度の経済的影響が出るのか、アジア経済研究所の経済地理シミュレーションモデル(IDE-GSM)を用いて試算した。

IDE-GSMは企業レベルでの規模の経済を前提とした空間経済学に基づく計算可能な一般均衡(CGE)モデルの一種である。2007年よりアジア経済研究所で開発が進められ、国際的なインフラ開発の経済効果分析などに利用されてきた。ここでは、①米国が中国に対する関税のみを60%に引き上げた場合、②米国が①に加えて世界の他のすべての国に対しても10%まで引き上げた場合、の2通りのシナリオについて、各国・各地域経済への影響を試算した。

分析のシナリオ

トランプ前大統領が返り咲いた場合の輸入関税引き上げの公約についてのシミュレーションを、以下のシナリオに沿って行った。

ベースライン:米国がすべての国に対して関税のさらなる引き上げを行わないケース。2018年に開始された米中貿易戦争における両国間の関税率の引き上げに加え、RCEPとCPTPPによるメンバー国間の関税率の引き下げスケジュールは含まれている。

中国に対する関税引き上げ:米国が中国の全品目に対する関税を60%に引き上げる。

全世界に対する関税の引き上げ:中国に対する60%の関税に加え、世界の他のすべての国に対して、全品目について現行の関税率と10%のいずれか高い方の率の関税を課す。

ここでは、関税の引き上げは2025年に開始されたと仮定し、ベースライン・シナリオと関税引き上げシナリオについて、2年後の2027年時点で比較し、各国・各地域のGDPの差分を関税引き上げの影響とみなしている。

推計結果

表1では、米国が中国に対する関税の引き上げを行った場合の影響を、産業別・国・地域別に示した。中国への影響はGDP比で-0.9%なのに対し、米国への影響は-1.4%となり、中国よりも大きな影響が出ている。日本(0.1%)、ASEAN10(0.4%)、インド(0.3%)、EU(0.1%)はいずれもプラスの影響を受けており、これは、米国の中国からの輸入を代替する、いわゆる「漁夫の利」であると考えられる。世界全体で見ると、-0.3%の影響が出ている。

表1 中国に対する関税引き上げの影響
(2030年、ベースライン比)

表1 中国に対する関税引き上げの影響(2030年、ベースライン比)

  1. (出所)IDE-GSMによる試算。

産業別に見ると、米国の場合は自動車産業(-3.9%)が大きなマイナスの影響を受けており、これは中国から輸入されている自動車部品に高関税がかかることの影響とみられる。一方、繊維・衣料産業(5.2%)はプラスの影響を受けており、これは中国からの輸入品を国内で代替生産することで生じていると考えられる。加えてサービス業(-1.7%)、鉱業(-0.9%)、農業(-0.6%)および電子・電機産業(-0.1%)がマイナスの影響を受けている。中国については農業と鉱業以外のすべての産業にマイナスの影響がでているが、食品加工業(-2.3%)とその他製造業(-2.0%)への影響がとくに大きい。

その他の国では、ASEAN10とインドの繊維産業が大きなプラスの影響を受けているが、これは米国が中国から輸入していた繊維・衣料製品が、ASEANやインド産で代替されているためと考えられる。

表2では、米国が中国に加えて、他のすべての国からの輸入についても関税を引き上げた場合の影響を、産業別・国・地域別に示した。中国への影響はGDP比で-0.9%と表1と変わらず、米国への影響は-1.9%となり、中国のみに対して関税を引き上げた場合と比べて大きくなった。他の国については、日本への影響が0.0%となり、中国に対する高関税による「漁夫の利」と自国に対する10%の関税による負の影響が丁度バランスしている。一方で、ASEAN10、インド、EUなどへの影響はプラスで、世界全体への影響は-0.5%とマイナス幅が拡大している。産業別の傾向は表1とほとんど同じである。

表2 全世界に対する関税引き上げの影響
(2030年、ベースライン比)

表2 全世界に対する関税引き上げの影響(2030年、ベースライン比)

  1. (出所)IDE-GSMによる試算。
まとめ

米国が中国に対する輸入関税を60%に引き上げた際の影響は、中国が-0.9%、米国が-1.4%、全世界が-0.3%となり、「60%」という数字のインパクトに比べると小さく感じる。これは、2018年からの米中貿易戦争で既に対中関税が既に20%程度まで引き上げられていることも影響しているだろう。

また、関税の引き上げを行う米国の方が中国よりもGDP比でのマイナスの影響が大きい点、中国以外の国からの輸入関税を引き上げると中国への影響がほとんど変わらない一方で、米国へのマイナスの影響がさらに大きくなる点にも注目すべきであろう。

参考文献

熊谷聡・磯野生茂編(2015)『経済地理シミュレーションモデル ――理論と応用――』アジア経済研究所

a.開発研究センター・経済地理研究グループ/b.バンコク研究センター/c.ERIA/d.東洋大学/e.千葉商科大学

本報告の内容や意見は執筆者個人に属し、日本貿易振興機構あるいはアジア経済研究所の公式見解を示すものではありません

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