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(混沌のウクライナと世界2022)第10回 ウクライナ・ロシア戦争とインドのバランシング外交

Ukraine-Russia War and India’s Balancing Diplomacy

PDF版ダウンロードページ:http://hdl.handle.net/2344/00053082

近藤 則夫
Norio Kondo

2022年7月

(8,786字)

2月24日にロシアがウクライナに侵攻したのはインドにとっても驚きであった。欧米などはロシアを非難し、経済制裁、軍事支援を加速している。対照的なのがインドでロシアと欧米諸国の間で巧みにバランシングをとっているように見える。この小論ではインドが置かれた戦略的環境のなかで、インド人民党(BJP)のナレンドラ・モディ首相率いる国民民主連合(NDA)政権がこの戦争にどう対応しているか分析してみたい。まずインドとソビエト連邦(ソ連)/ロシアの歴史的関係を振り返った後で、インドがロシア、アメリカなど西側諸国、そして中国など大国がおりなす国際関係のなかでどのような位置を確保してきたか整理し、最後に展望を述べてみたい。

ソ連/ロシアとの戦略的パートナーシップの進展

歴史的にみて、インドとソ連/ロシアとの関係は総じて戦略的に相互補完的であった。例えばインドは1956年のソ連のハンガリーへの軍事介入や、1968年のソ連や東欧社会主義諸国のチェコスロバキアへの軍事介入ではソ連をあからさまには批判しなかった。一方、ソ連は南アジアではインドとパキスタンの間でバランスをとっていたが、中ソ対立、そして1969年の中国との国境紛争により中国との亀裂が露わになり、中国がパキスタンを介してアメリカと接近するという状況下で、インドとの協力を模索した。関係が決定的に緊密になったのは1971年末の第3次インド・パキスタン戦争である。1970年に東パキスタンではベンガル民族主義政党のアワミ連盟が選挙で大勝し自治権の大幅拡大を目指したが、西パキスタン軍政に弾圧され大量の難民がインドに流入する事態となった。これに対してインドは軍事介入を行う決心をするが、アメリカや中国の介入を牽制するために結ばれたのが、「1971年インド・ソ連平和友好条約」であった。これは第三国への共同防衛を定めており実質的には軍事条約であった。インドがこのような条約を締結したのはソ連だけであり、この後、両国の戦略的な協力関係は明白になる。例えばソ連/ロシアは国連安全保障理事会においてカシミール問題でインドに不利な決議が採択されることを阻止し、一方、1979年のソ連のアフガニスタン侵攻ではインド政府はソ連の侵攻を表だって非難しなかった。

1991年のソ連の崩壊後、1971年の条約は共同防衛条項を除いたうえで1993年に更新された。しかし、両国の戦略的親密さは維持され、2000年には戦略的パートナーシップがNDA政権のA・B・ヴァジェペーイー首相(BJP)とロシアのプーチン大統領によって宣言された。関係は2010年に「特別で特権的な戦略パートナーシップ」に格上げされ現在に至っている。

戦略的パートナーシップにおいては、軍事、エネルギー面が重要である。インドは兵器輸入では1960年代以降、ソ連/ロシアに大きく依存してきたため、現在では兵器の約6割はソ連/ロシア製とされる。2016~2020年の間でも兵器輸入の約5割をロシアが占めている(Business Standard [Feb. 26, 2022])。またロシアからの原子力潜水艦のリース(1988年~)、ロシアで退役した空母の購入(2004年)、巡航ミサイルの共同開発なども行われている。アメリカの反対にもかかわらず、地対空ミサイルシステムS-400の第1陣は2021年11月に引き渡された1。フリゲート艦も2023年に引き渡される予定である(The Hindu [Apr. 16, 2022])。両国間の合同軍事演習も、2003年から始まったINDRAなどが定期的に行われている。

エネルギー面においては、原子力発電所建設での協力が目を引く。インドは1974年の核実験後、原子力供給国グループ(NSG)の制裁で原子力関連技術や核燃料の輸入を制限されたが、規制をかいくぐって1988年にロシアと建設が合意されたタミル・ナードゥ州のクダンクラム原子力発電所は2002年に建設が始まり2013年に電力供給が開始されている。さらに、インドの1998年の核実験への制裁として主要国は核燃料供給を停止したが、ロシアは2001年に低濃縮ウランを輸出しインドを支援した。また、インドは石油天然ガス公社の海外部門が2001年にサハリンI開発プロジェクトに参加した。

国際政治でも関係は親密である。例えば、ロシアは印パ両国の係争地であるインドのジャンムー・カシミール州に対するインド政府の立場を支持してきた。2019年8月にモディ政権が同州の特別な自治権を停止したとき、ロシアはその決定を真っ先に支持した。また、インドは中央アジアのウランや石油などの資源確保を重視しているが、中央アジア諸国との関係発展にはロシアとの良好な関係が欠かせない2。インドは2022年1月に第1回インド・中央アジア首脳会議をデリーで開催した。中央アジア諸国への接近は中国の一帯一路構想に対抗するという意味もある。インドにとってロシアは中国への仲介でも重要で、2020年6月のインドと中国の東ラダックでの両軍の衝突など、両国間の未確定境界の実効支配線をめぐる紛争では、ロシアは仲介を試みている(Indian Express [June 23, 2020])。

ロシアが2014年にクリミアを併合したとき、インドがロシアを非難しなかったのは以上のような背景がある。

写真1 モスクワ・クレムリンで会談するモディ首相とプーチン大統領(2015年12月24日)

写真1 モスクワ・クレムリンで会談するモディ首相とプーチン大統領(2015年12月24日)
西側諸国、中国との関係と戦略的「バランシング」

しかし、インドはロシア一辺倒ではない。インドは、本格的な経済自由化に舵を切り、同時にソ連が崩壊した1991年以降、西側との関係を強化していく。アメリカとの関係は1998年のインドの核実験で一時的に悪化するものの、2000年のクリントン大統領の訪印を契機として、2001年9月11日の同時多発テロ事件、アフガニスタン侵攻と事態が推移するなか改善した。2004年には両国は「戦略的パートナーシップにおける次の段階」に入ることが宣言され、2020年には「包括的グローバル戦略的パートナーシップ」が両国間で確認された(White House [Sep. 24, 2021])。協力関係はアメリカとインドの民生用原子力協定の締結でさらに進展した。2006年にはアメリカは「アメリカ・インド原子力平和協力法」を制定し、翌2007年に核物質や関連資機材・技術の輸出入の条件を定める123協定をインドと結んだ。アメリカの強い後押しで、2008年には国際原子力機関(IAEA)理事会でインドの民生用核施設の査察に関する協定がなり、続いてNSGの原子力輸出規制でインドを例外とする合意がなった。これによりインドは原子力の平和利用で国際的孤立状態を脱した。

防衛面ではインドとアメリカの間では1995年に覚え書きがかわされたが、それは2005年に「インド・アメリカ防衛関係の新しい枠組み」に発展した。同枠組みは2015年に10年間延長された。この枠組みの下、防衛装備品取引の拡大、人的交流の強化、共同演習の強化につながった。共同演習では1992年から実施されている海軍軍事演習「マラバール」が特筆される。

インドの西側諸国との関係強化は、他の西側諸国とも戦略的パートナーシップが広く締結されていること、中国への対抗という意味合いが強い「クアッド」(日米豪印戦略対話)にインドが参加し、「自由で開かれたインド太平洋」構想にコミットしていることからも明らかである。もっとも、中国(そしてロシア)との直接的な対決姿勢を示しているとは取られたくないインドは、クアッドでの発言も慎重である。

一方、中国との関係は対立と協調が入り交じったものである。インドは1962年に中国と国境戦争を戦い、現在も領土問題で対立している。しかし、1988年にラジーヴ・ガンディー首相の中国訪問以降、徐々に関係改善が進んだ。中国の方でもアメリカとの対立が目立つようになるとインドとの関係改善を模索した。2005年に両国が戦略的パートナーシップを宣言したのにはこのような背景がある。両国は「上海協力機構」など様々な多国間フォーラムでの接触を通じて争点ごとに協調を模索している。経済面でも両国の貿易は急速に拡大し、インドの大幅な赤字とはいえ、中国は最大の貿易相手国の一つとなっており経済での相互依存も進んだ。

しかし、インドは中国に対する警戒感を緩めてはいない。近年、2017年のブータンのドクラムでの軍事緊張、2020年の東ラダックでの紛争などインドにとって中国への不信感を強める事件が起こった。中国の南アジアへの影響力の浸透に対するインドの警戒感も強い。特に、インドは中国によるパキスタンの核やミサイル開発への関与を懸念し、また、中国の一帯一路構想で建設が進められている中国のカシュガルからパキスタンのグワダル港までの回廊は、インドが領有権を主張するカシミール地域を通るため強く反対している。他方、中国はインドが国連安全保障理事会の常任理事国となることに反対し、NSGへ加入することにも反対している。

インド外交は全方位外交とも言われるが、以上のように、ロシア、アメリカ、中国など大国の間で複雑な協調と対立の「バランシング」を行いながら国益を追求してきたのが、インド外交である。このようなバランシングのなかでインドに突きつけられたのが、ウクライナとロシアの戦争であった。

ロシアのウクライナ侵攻とインドのバランシング外交

ロシアのウクライナ侵攻直前の2月23日にインドのジャイシャンカル外務大臣はウクライナとロシアとの対立の原因はNATOの拡大、ロシアと西側の歴史的関係にあると述べ、ロシアの立場に理解を示しつつ外交によって問題を解決することが望まれると表明した(Indian Express [Feb. 23, 2022])。侵攻前のこの姿勢、すなわち、ロシアを直接的に非難せず、かつ、あからさまに西側寄りの姿勢をとることなく、対話と外交によって紛争解決を求める姿勢が今日までインドの基本線である。この点をまず確認したい。

2月24日にロシアが軍事侵攻を開始したことを受けて、ロシアと親密な関係にあるインドの動向が焦点となった。同日夜、モディ首相はプーチン大統領との電話会談で、プーチン大統領に自制、停戦を要請し、同時に在留インド人のウクライナ紛争地帯からの撤退への協力を要請した。デリーではロシア大使館、ウクライナ大使館はインドの支持を得ようと激しいつばぜり合いを演じた。

25日には国連安全保障理事会に提出されたロシア非難決議はロシアの拒否権で採択されなかった。インドは非常任理事国であったが、中国とアラブ首長国連邦とともに棄権した。T・S・ティルムルティ・インド国連大使は「対話が、相違と紛争を解決することへの唯一の答えである」と投票説明において述べた(Hindustan Times [Feb. 26, 2022])。国連安全保障理事会がロシアの拒否権で機能不全に陥ったことから、国連総会にロシア軍の即時かつ無条件の撤退を求める決議が出され、3月2日の採決で141カ国が賛成、ロシアなど5カ国が反対、インド、中国、パキスタンは棄権という結果となった。

翌3月3日には、バイデン大統領の発案でクアッド首相会議がオンラインで急遽開催された。ウクライナ問題で4カ国が共同歩調をとることを内外に示す狙いがあったとされるが、インドは「対話と外交の道」の必要性を強調したのみであった。ロシア軍のチェルノブイリ原発占領という事態を受けて、同じ3日にIAEAが開催した緊急理事会ではロシア批難決議が理事国の賛成多数で採択されたが、ロシアと中国の2カ国が反対し、インドは棄権した。一方、翌4日に開かれたジュネーブの国連人権理事会のロシア軍の人権違反を調査するための国際調査委員会を設立する決議でも、インドは中国などとならび棄権した。3月24日には、ロシアが国連安全保障理事会に提出した人道支援についての決議案はロシアと中国が賛成したのみで採択されず、インドを含む他の13カ国は棄権した。

国連安全保障理事会で、名指しではないにせよ、インドがロシア軍の行為に非難の色を示したのは、ウクライナの首都キーウ郊外ブチャで民間人虐殺が明らかになったときであった。4月5日、ウクライナのゼレンスキー大統領がオンライン出席した国連安全保障理事会でティルムルティ大使は、虐殺を非難し、調査実施を支持した。この虐殺事件の衝撃は大きく4月7日に国連総会の緊急特別会合が開かれ、ロシアの国連人権理事会の理事国資格を停止する決議案が採択された。投票では中国やロシア、北朝鮮などが反対し、インドは棄権した。一方、インドとアメリカとの4月11日の外務・防衛閣僚会合の冒頭で、バイデン大統領はウクライナ問題でインドに政策変更を求めたが、インドの姿勢に変化はなかった。

5月12日にも国連人権理事会で、軍事的敵対行動の即時停止、ウクライナでの人権侵害およびロシアによって強制移送させられた人々の調査などを求める決議が採択された。決議で中国は反対し、インドはやはり棄権した。

以上のようにインドはブチャの事件でロシア非難に傾くとも思われたが、国連決議などでは、基本的に大きな変化はなく、ほとんど「棄権」である。このようなインドの「中立」姿勢を、ロシアは維持させようとし、西側は自陣営に引き寄せようと激しく競り合っている。この間3月31日にアメリカの国家安全保障アドバイザーのダリープ・シン、4月1日にはロシアのセルゲイ・ラブロフ外務大臣がインドを訪れているが、ダリープ・シンは「もし中国が(中印の紛争地である)実効支配線をまた破ったとき、モスクワが救出に来ることを期待するべきではない」と発言しインドを牽制した(India Today [Apr. 1, 2022])。

写真2 クアッド首脳会議(2022年5月24日)

写真2 クアッド首脳会議(2022年5月24日)
国内世論の動向

モディ政権がバランシング外交を続ける背景のひとつとして、国内世論の支持があるとみられる。まず、モディ政権と与党BJPとの間で大きな齟齬はみられない。また、野党も大勢として政府の姿勢を容認している。インド共産党(マルクス主義)などは開戦初期にNATOの東方拡大を批難し、対話による紛争解決を求めたが、しかし、戦争の実態が明らかになるにつれ、次第にそのような論調は目立たなくなっている。最大野党の会議派は、3月3日の外務省でのウクライナ問題に関する会議で前党総裁ラーフール・ガンディーは、インド市民を退避させる際の不手際を批判しつつも、政府が一方に偏らず公正に「バランシング」を維持していることを支持した。もっともロシア軍の残虐行為があからさまになるにつれて論調は徐々に変化した。4月5日の連邦下院での討議では会議派は、政府の政策を支持しつつも、「侵略者とその犠牲者を、恥ずかしくも同等にあつかうという」政府の姿勢を批難した(Times of India [Apr. 6, 2022])。

一方、都市の中間層以上を主な対象とする世論調査では、政府の外交政策も支持するが、同時にロシア制裁も支持する傾向が読み取れる。世論調査サイトlocalcirclesの世論調査によれば、2月28日時点で、62%の応答者は「インド政府のロシア非難決議棄権」を支持し、33%は「ウクライナを支持し、国連の決議に賛成し、制裁に賛成すべきである」と表明している。また「ロシアへの制裁を支持するか」という質問に対して28%は「支持」、22%は「支持し、より多くの制裁が必要」と答え、合わせると50%がロシアへの制裁を支持している。それに対して「ロシアへの制裁を支持しない」は34%にとどまった。世論形成で重要な役割を果たす中間層の多くはウクライナに同情的ではあるが、しかし、インド政府の外交を基本的に支持しているのである。

新聞などのメディアに目を向けると、ウクライナ戦争の扱いは現在徐々に小さくなっている。インドは周辺でアフガニスタンのタリバーン政権、ミャンマーの軍事政権という大きな問題を抱え、最近ではカシミール問題で対立するパキスタン政府の政変、スリランカの政情不安といった問題にも神経をとがらせていることから、ウクライナ戦争の比重が徐々に小さくなるのは自然な流れであろう。4月26日にジャイシャンカル外務大臣は「インド太平洋地域においては他の挑戦があり、ウクライナ危機の先を見るべきである」と発言したのはこのような状況にも関係しているとみるべきである(Hindu [April 25, 26, 2022])。

さらに、大衆の関心は生活に密着した問題に大きなウェイトがあるという点にも注意すべきである。ロシアへの国際的制裁下でインド政府がロシア原油を輸入することを決定したのは、国内での石油価格の高騰で庶民の不満が高まっていることが大きな理由である。4月1日に財務大臣シターラーマンは、ロシアから安い価格で石油の購入を開始したと発表した。また、ウクライナ・ロシア戦争で小麦の供給が世界的に逼迫していることを受けて、政府は一旦は5月12日に小麦輸出の可能性を探求するために貿易派遣団を外国へ派遣すると発表した。しかし、政府は2日後、急転直下、「エジプト」などすでに契約があるものをのぞき小麦の輸出を制限した。4月の国内小麦価格の8.4%上昇という物価高騰がその背景にあるものと考えられている。

展望

インドとロシアは長らく戦略的に相互依存関係にあるが、ウクライナ・ロシア戦争はその関係にひびを入れかねない事態である。しかし、インドはロシアに一定の働きかけを行うことはあっても、アメリカなど西側からの圧力によってロシアとの関係を悪化させるのは、失うものが多すぎる選択になる可能性が高い。インドはロシアの無条件の支持を期待できない場合、カシミール問題、パキスタンや中国との対立、周辺国との軋轢、インド国内の人権や宗教問題3が国際的問題となるとき、支持国を一つ失うことになる。また兵器やエネルギー供給などでもインドは選択肢の一つを失うことになる。近年、アメリカに対抗してロシアと中国は関係強化が進んでいるが、インドとロシアの関係悪化は、反作用としてロシアと中国の結びつきをより強め、インド・中国関係にも影響を及ぼすことになりかねない。

西側諸国は以上のようなインドの立場を理解し、過度な圧力はかけていない。インドは南アジアの要となる地域大国で、問題は多いが民主主義国であり、ウクライナ戦争を他の紛争と比べて過度に重要視することを避けようとするインドの主張にも一定の説得力があるからである。S-400の導入に関してアメリカでは「アメリカの敵対者を阻止する制裁法」を発動してインドに制裁を科す議論があったが、インドの反発を考えればそのような措置を取ることは難しいであろう。反対に上述の4月11日の外務・防衛閣僚会合では、アメリカはインドへの兵器輸出強化を表明しインドをより西側向きにしようとしている。しかし、兵器の過半数がロシア製である状況では短期的にインドの兵器体系を西側に近づけることは難しい4

デリーで5月16日にパキスタン、ロシア、中国と4つの中央アジア諸国の反テロ当局者が集まる上海協力機構―地域反テロ機関が開催された(Economic Times [May 16, 2022])。また5月19日にはオンラインでブラジル、ロシア、インド、中国、南アフリカのBRICS外相会議が開かれた。前者ではアフガニスタンやテロリズムの現状が議論され、後者ではウクライナ問題も議論されたが、これらの会議では直接的なロシアへの批判はなかったといわれる(Indian Express [May 20, 2022])。一方、5月24日に東京で開催されたクアッド首脳会議の共同声明でも、インドに配慮してウクライナ問題に関して、ロシアや中国への直接的言及はなかった5。このようにインドは現在もバランシング外交路線を慎重に継続し、かつ、主要国もその立場を理解しており、現状では政策を早急に変える必要性は生じていないと考えられる。

ただし、今回の戦争は対ロシア関係を従来どおり維持することの限界も露わにしている。戦争ではロシア製兵器に対し西側兵器が優位にあることが示された。またロシア軍の残虐行為は、国内外の世論においてインドがロシアと関係を維持しつづける正統性に疑問を投げかけている。このような要因はバランスの支点を西側よりに徐々に近づけることになる可能性がある。

※この記事の内容および意見は執筆者個人に属し、日本貿易振興機構あるいはアジア経済研究所の公式意見を示すものではありません。
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著者プロフィール

近藤則夫(こんどうのりお) 地域研究センター・南アジア研究グループ、主任研究員(学術博士)。インドや南アジアの現代政治社会、民主化と連邦制の比較政治などを研究。主な著作は『現代インドの国際関係――メジャー・パワーへの模索』日本貿易振興機構アジア経済研究所、2012 年(編著)、『現代インド政治――多様性の中の民主主義』名古屋大学出版会、2015年、「スリランカの民族紛争における和解の可能性――分権化を軸にして――」(荒井悦代編著『内戦後のスリランカ経済――持続的発展のための諸条件――』日本貿易振興機構アジア経済研究所、2016年)など。


  1. 取引はアメリカの制裁を避けるため、ドルではなく、ルピー・ルーブル決済で行うことが2018年の契約当時から検討されていた(India Today [October 6, 2018]).
  2. ロシアは中央アジアの多くの国と「集団安全保障条約機構」(CSTO)、「経済統合のためのユーラシア経済連合」(EEU)を構成している。
  3. 欧米ではインド国内の人権問題、宗教問題に対して批判がある。4月25日に「アメリカ国際的宗教の自由委員会」は、インドでは信教の自由が2021年において「際立って悪化して」いると報告した。3年連続の批判である(Hindu [April 25, 2022])。
  4. 末次富美雄「ジレンマに立つアメリカ――QUADとロシア――」実業之日本フォーラム、2021年11月30日。
  5. 中露に対する直接的言及はないのに対して、北朝鮮、ミャンマーへの批判はある。外務省「日米豪印首脳会合共同声明」2022年5月24日。
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