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(混沌のウクライナと世界2022)第7回 ウクライナ危機の長期化による習近平政権の誤算と調整

Miscalculations and Diplomatic Adjustments by the Xi Jinping Administration on the Ukraine Crisis

PDF版ダウンロードページ:http://hdl.handle.net/2344/00053063

江藤 名保子
Naoko Eto

2022年6月

(7,052字)

対米競争を念頭に置いた対処

2022年2月24日にロシアがウクライナ侵攻を開始してから3カ月以上が経過し、さらなる長期化が懸念されている。この間、欧米諸国はロシアに対して国際銀行間通信協会(SWIFT)からの排除を含む強力な経済制裁を科し、ウクライナへの人的・軍事的支援を段階的に強化してきた。5月にはスウェーデンとフィンランドが北大西洋条約機構(NATO)への加盟を申請し、欧州政治の歴史的な地殻変動が進行中である。

習近平政権にとって、こうした展開はおそらく予想外であっただろう1。国際情勢は明らかに同政権が望まない方向へと変化しつつある。在ウクライナ中国人の退避が大幅に遅れたことが示すように、中国政府は当初、ロシアによる軍事侵攻があったとしても短期に収まる、あるいは大規模ではないと考えていた可能性が高い2。また、4月上旬にロシア軍による民間人虐殺が明るみに出たことによって国際世論は急速に対ロ強硬に傾き、欧米日は即座に追加制裁に踏み切るとともに、戦争犯罪としての責任を追及すると表明した。ロシアがあまりに国際世論を無視した言動を繰り返すことを、習政権は苦々しい思いで見ていただろう。

ウクライナ危機に対する習政権の姿勢はあいまいである。中国はロシアと戦略的認識を共有し蜜月関係にあるが、ロシア支持を明言はしない。習政権はロシア・ウクライナ間の仲介こそ務めようとしないものの、一貫して「対話による解決」を主張して両国との協議を実施している。また、3月2日にウクライナ侵攻を論じる国連総会緊急特別会合が開催された際には、ロシア軍の即時撤退などを求める決議に棄権票を投じ、対ロシア制裁による圧力は「分裂的対立をうみ、状況をより複雑にし、危機の悪影響がより多くの国に急速に波及する」との理由を示した(中華人民共和国外交部 2022b)。こうした説明は「平和国家」中国の自己イメージに則った外交方針の表明であり、中国国内においても同様の見解で世論を誘導している。

一方で習政権は、ウクライナ問題の予想外の長期化に伴う誤算や懸念への対処から、対米競争を念頭に置いた外交攻勢を加速させ、新たな国際秩序形成に向けた勢力図の塗り替えを試みている。本稿では、ウクライナ問題により中国がどのように外交政策の調整を迫られ、いかに対米競争を強化しているのかを論じる。

中ロ蜜月の背景と一致した戦略的認識

そもそもロシアと中国は極めて良好な関係にあった。2月上旬には、北京冬季オリンピック開幕に合わせて訪中したプーチン大統領を習近平国家主席が歓待したことは記憶に新しい。この時、ロシアは組織的なドーピング問題から国家としてのオリンピック参加を認められていなかった。他方でウイグル人への人権侵害に抗議して北京に政府関係者を派遣しない「外交的ボイコット」が広がりを見せており、習近平主席の面子は潰れかかっていた。国際的な非難を浴びる両国が、2月4日の首脳会談後に発表された共同声明に「中ロの新型の国家間関係は冷戦期の軍事・政治同盟関係のモデルを超越する」「両国の友好には限界がなく、協力には禁止領域がない」(中華人民共和国外交部 2022a)、と記したのは象徴的であった。

北京の釣魚台国賓館で会談したプーチン大統領と習近平国家主席(2022年2月4日)

北京の釣魚台国賓館で会談したプーチン大統領と習近平国家主席(2022年2月4日)

そしてこの中ロ共同声明からは、両国が共有する米国への強い不信や国際秩序への不満も浮かび上がる。例えば両国は「世界はかつてないほどの大変局を迎えて」おり、そのなかで「頑なに一国主義を追求し、パワーポリティクスに頼り、他国の内政に干渉し、他国の正当な権益を損なうなどして、矛盾や分裂や対立を生み出すことで、人類社会の発展と進歩を阻害し続ける」少数の勢力が存在する、という情勢認識を示した。また「国際法に合致し普遍的認識に基づいた取り決めやメカニズムを、個別の国や国家グループが制定した『小サークル(小圈子)』のルールで置き換える企みに反対する」とも主張した。さらに、これから両国が世界の「多極化と国際関係の民主化」を推進し、「新型国際関係」構築を目指すとのビジョンも掲げた。すなわち中ロの蜜月関係は、主要7カ国(G7)首脳会議など米国を中心とする「小サークル」が主導する国際秩序への対抗と表裏一体なのである。

欧米への対抗意識とともに共同声明からにじむのは、発展途上国を取り込む思惑だ。例えば「個別の国家がイデオロギー的な線引きで他国に自分たちの『民主主義の標準』を受け入れさせ、(中略)民主主義の定義権を独占しようとすること」に反対し、「民主主義と人権の擁護が他国に圧力をかけるための道具として使われることがあってはならないと固く信じる」との主張には、2021年12月に「民主主義のためのサミット」を開催したバイデン政権への批判が含まれる。この批判は同サミットに招待されなかった、すなわち同政権による「民主主義の標準」で承認されなかった国々に寄り添う論法でもある。

こうした戦略的認識で一致するロシアは、中国から見てどのような存在なのか。筆者は習近平政権とプーチン政権との紐帯には、(1)米中対立におけるサポーター、(2)経済の相互補完パートナー、(3)歴史認識の共有、(4)求める国際秩序の一致、の4つの要素があると考える。(1)と(2)においては、米国との戦略的競争が広範囲にわたり厳しさを増すなか、エネルギー大国であり国連安全保障理事会の常任理事国であるロシアとの協力は、中国にとって現実的かつ死活的に重要である。実際に2月の首脳会談ではロシア産天然ガスや小麦の輸入拡大で合意した。新型コロナウイルス感染症パンデミックを受けて中国経済の減速圧力が強まり、また国際的にエネルギー価格が高騰していることから、ロシアからの安価なエネルギーはなおさら手放しがたいだろう。(3)については、今次のウクライナ危機におけるプーチン大統領の「失地回復」への固執に対し、中国はロシアの行動には「複雑で特殊な歴史的経緯」と「安全保障に関する合理的な懸念」があるとの理解を示している。先の共同声明に「ロシアと中国は、外部勢力がいかなる口実であれ主権国家に内政干渉することや、『カラー革命』 3に反対する」と明記したように、両国の主観からすれば民主主義を口実とする「内政干渉」によって奪い取られた領土の回復と「国民」保護は正当な権利であり、NATOの拡大は脅威なのである。それは両国が現行の欧米中心の国際秩序においては不利な立場に置かれ、「不当に評価されてきた」という不満を共有している(4)の要素とも関連する。

ゆえに、中ロにとって望ましいのは、米欧中ロが並び立つ「世界の多極化」であり、自国(あるいは発展途上国)の意見が十分に尊重される「国際社会の民主化」なのである。

ウクライナでの戦闘の長期化と中国外交の調整

ウクライナ危機が想定以上に長期化し国際社会の対ロ強硬路線が拡大すると、習近平政権が予想していなかっただろういくつかの懸案が生じた。大きく3つある。

第1は冷戦後の安全保障秩序が大きく転換し始めたことである。まずヨーロッパにおいて、軍事同盟であるNATOの求心力が高まりつつある。ウクライナ危機が各国の安全保障上の危機意識を呼び覚まし、迅速な防衛力の強化を促したのである。「永世中立国」を掲げたスイスがNATOに接近し、中立を保ってきたフィンランドやスウェーデンがNATO加盟に舵を切ったのは、NATOによる――直接には米国が提供する核の傘で――拡大抑止を確保するためである。

そして同じ構図が東アジアにも生じている。5月にバイデン米大統領が韓国、日本を歴訪して首脳会談を実施し、両国との共同声明で拡大抑止の強化を確認した。日米両国は中国に対して、「核リスクを低減し、透明性を高め、核軍縮を進展させるアレンジメントに貢献するよう要請」するとともに、「南シナ海における、中国の不法な海洋権益に関する主張、埋立地の軍事化および威圧的な活動への強い反対」を強調し、「両岸問題(筆者注――中国・台湾問題)の平和的解決」を求めた(外務省 2022)。日米両国にとって地域安全保障上の主たる懸念は中国であり、対中警戒感がロシアへの脅威認識と連動して高まったことを示している。

第2は、中国国内での政府批判につながりかねない異見の表出である。そもそもロシアのウクライナ侵攻について、中国の知的エリートたちは当初から懐疑的であった。侵攻開始直後の2月26日には、5人の歴史学者が連名で「ロシアのウクライナ侵攻と私たちの態度」と題する声明を発表し、戦争反対と即時停戦を訴えていた。3月13日に胡偉上海交通大学特任教授が発表した論考「ロシアとウクライナの戦争の起こりうる結末と中国の選択」は、ロシアは目的を達成できないとの観測に基づき、ロシア寄りの立場から脱して米国や西側との関係を改善すべきだと提案する。また5月10日に報じられた高玉生元駐ウクライナ大使の講演記録には、この戦争がロシアの完敗によって終了することで「冷戦時代の延長が最終的に終了」し、国際秩序の変容につながっていくとの見解が示された。いずれもウェブ上では削除または閲覧不能となっているように4、明らかに政府見解とは異なる解釈であった。

こうしたウクライナ危機をめぐる異論の増加は、国内での苛烈な「ゼロ・コロナ」対応への不満、それに伴う経済減速や失業率の悪化への懸念と相まって、世論の政府不信を高める効果を発揮しつつある。当初、習政権はウクライナ問題が秋に予定されている第20回党大会に影響を及ぼすとは考えていなかったであろう。しかし、同問題への政府対応を「失策」とみなす認識が社会に広がるようであれば、党大会に向けて国内の社会・経済的「安定」を重視する政権にとっての懸念材料となり得る。

第3は、欧米による対中批判および疑念の高まりである。ロシアと蜜月関係にある中国に対して、ロシアを経済的および軍事的に支援するのではないかとの疑念から、中国が2次制裁の対象となる可能性が取りざたされた。3月14日にローマで中国外交トップの楊潔篪党政治局委員と会談したサリバン米大統領補佐官(国家安全保障問題担当)は、ロシアを支援した場合は「相応の結果(consequences)が待っている」と警告したと報じられた(BBC News 2022)。続く18日のバイデン大統領と習近平国家主席によるオンライン首脳会談についても、ホワイトハウスは「ロシアに中国が物資を支援した場合の結果と代償について説明した」と発表した(White House 2022)。

これに対し中国は制裁回避を念頭に、多様な国々との意思疎通を強化しながら、「そもそも対ロ経済制裁は望ましい結果をもたらさない」と国際世論に働きかけた。特に注目を集めたのが、王毅国務委員兼外相による対面式での多数の会談である。3月25日からインドやネパールを訪問していた王毅外相は、31日に安徽省で開催された「第3回アフガニスタン隣国外相会議」に参加した。中国はアフガン問題の協議を主導することでバイデン政権を牽制する意図もあったと考えられる。そしてこの機に王外相は、パキスタン(3月30日)、アフガニスタン(3月30日)、イラン(3月31日)、ロシア(3月30日)、タジキスタン(4月1日)、トルクメニスタン(3月30日)、ウズベキスタン(3月31日)の6カ国、さらには来賓として出席したカタール(3月31日)の外相らと相次いで会談した5

王毅外相は続いてインドネシア(3月31日)、ミャンマー(4月1日、国軍による任命のワナ・マウン・ルイン外相)、タイ(4月2日)、フィリピン(4月3日)などASEAN 4カ国およびパナマ(4月4日)を招いての外相会談を行い、ウクライナ問題における意思疎通を図った。この間、習近平国家主席は4月1日にEU首脳とオンライン会談を実施し、EUに「自主的な」対中政策を呼びかけた6。楊潔篪政治局委員も含め、習政権は中東、東南アジア、ヨーロッパ(中東欧を含む)の各方面との協議を精力的に実施している。

「グローバル安全保障イニシアティブ」のねらい

中国が積極的な外交攻勢をとる背後には、国際情勢が流動化するなかで対米競争をいかに有利に進めるか、という戦略的な思惑が見て取れる。その外交方針が端的に浮かび上がるのが、4月21日に開幕したボアオ・アジア・フォーラムで習近平国家主席が打ち出した「グローバル安全保障イニシアティブ」(中国語――全球安全倡议)である。習主席は演説において、世界は新型コロナ肺炎のパンデミックと「伝統的安全保障の新しいリスク」を抱え、経済では発展格差の矛盾、気候変動などのガバナンスでも課題に直面しており、人類は運命共同体であると訴えたうえで、「グローバル発展イニシアティブ」(Global Development Initiative: GDI)7と「グローバル安全保障イニシアティブ」(Global Security Initiative: GSI)の推進を提案した。習主席は「安全保障は発展の前提である」とも述べており(新華社 2022)、GSIという枠組みを経済的影響力にリンクさせ、国内外の世論に対して「経済だけでなく安全保障でも指導力を発揮する」中国像を浸透させることをねらったと考えられる。

4月24日の『人民日報』に掲載された王毅外相の論考「グローバル安全保障イニシアティブを実施し、世界の平和と安寧を守る」によれば、GSIが提起されたのは新型コロナ感染症の拡大とウクライナ危機がきっかけであった(王 2022)。同論考で王外相はアジアにおける新しい地域安全保障枠組みの必要性に言及し、「我々は『インド太平洋』戦略を利用して地域を分裂させて『新冷戦』を作り出すこと、軍事同盟を寄せ集めて『アジア太平洋版NATO』を作り出すことに断固反対する」と明記した。5月の日米首脳会談やQUAD(日米豪印)首脳会談でも明らかであった、台湾有事を念頭に置いた対中抑止のメカニズム構築が進むことへの懸念を示したと言える。

なお習近平政権が「イニシアティブ」(中国語――倡议)と銘打つ場合、ある程度包括的な国際戦略を意味する8。その筆頭は「一帯一路」イニシアティブ(Belt and Road Initiative: BRI)であり、これら3つの「イニシアティブ」の中核にあるのが、習主席が2013年から提唱する「人類運命共同体」(中国語――人类命运共同体)の概念である。総合的に考え合わせると中国政府は、3つの「イニシアティブ」により国際的な課題について中国が世界をリードする方向性を指し示し、そのゴールとして「人類運命共同体の発展」を設定しているようである。

以上のように習近平政権は、ウクライナ危機の長期化とそれに伴う国際・国内情勢の変化を受けて、対ロ関係や欧米からの批判に慎重に対応しながらも外交政策を調整し、対米競争への対策を打ち始めている。言い換えれば、国際情勢の流動化を奇貨として中国による情勢認識を世論に埋め込み、パートナー国を多数取り込むことで米国に対抗する構図を描いていると考えられる。5月26日から6月4日にかけて王毅外相が南太平洋島嶼国7カ国と東ティモールを訪問したこともその一環であり、これからも勢力図の塗り替えを図る外交攻勢が続くだろう。

※この記事の内容および意見は執筆者個人に属し、日本貿易振興機構あるいはアジア経済研究所の公式意見を示すものではありません。
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著者プロフィール

江藤名保子(えとうなおこ) 学習院大学法学部教授。専門は現代中国政治、東アジア国際政治。スタンフォード大学国際政治研究科修士課程および慶應義塾大学法学研究科後期博士課程修了。博士(法学)。ジェトロ・アジア経済研究所地域研究センター副主任研究員、シンガポール国立大学東アジア研究所客員研究員、北京大学国際関係学院客員研究員などを経て現職。著書に『中国ナショナリズムのなかの日本――「愛国主義」の変容と歴史認識問題』(勁草書房、2014年)ほか。


  1. 関連する論考として江藤(2022a)を参照。
  2. 各国は侵攻前にウクライナ在住の自国民に退避勧告を出していた。また米政府が中国政府にロシアの軍事行動に関する情報提供をしていた。だが24日に実際に軍事進攻が始まっても、駐ウクライナ中国大使館は自宅待機と中国国旗の掲示を指示するのみで、中国人の退避開始は28日までずれ込んだ。
  3. 「カラー革命」とは、2000年代半ば頃から旧共産圏諸国で起きた独裁政権の交代を目指す民主化運動の総称だが、中国政府は「外部勢力が民主化を口実に作り出す反政府運動」であり内政干渉の一環と解釈している。例えば香港で起きた一連のデモについても、「黒幕」のいる「香港版のカラー革命」と位置付けていた。
  4. これらの資料はいずれも元々の掲載先では確認できない状況になっている。関連する報道として冨名(2022)、比嘉(2022)、『日本経済新聞』(2022)がある。
  5. アフガニスタンはタリバン暫定政権のムッタキ外相代行、ウズベキスタンはウムルザコフ副首相兼投資貿易相との会談である。
  6. 習近平国家主席は4月8日にフィリピンのドゥテルテ大統領との電話協議も行った。
  7. GDIとは2021年9月の国連総会で習主席が提起した概念で、国連の「持続可能な開発のための2030アジェンダ」(いわゆるSDGsを記載した国際目標)の実施を主眼とする。習政権は国連でのGDIの浸透を図っており、2022年5月9日には国連ニューヨーク本部で「グローバル発展イニシアティブ友の会」ハイレベル・オンライン会合を開催した。また中国の「発展(development)」をキーワードとする外交戦略について、詳しくは江藤(2022b)を参照。
  8. ここで示した3つ以外に、2020年9月に王毅外相が「グローバル・データセキュリティ・イニシアティブ」を提案していた。詳細は宗金(2020)を参照。