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(混沌のウクライナと世界2022)第5回 ロシアのウクライナ侵攻とイスラエル――「曖昧」路線の舞台裏

What's Behind the Israeli 'Ambiguity' over Ukraine War?

PDF版ダウンロードページ:http://hdl.handle.net/2344/00053029

池田 明史
Akifumi Ikeda

2022年5月

(6,247字)

ウクライナとロシアへの「等距離」外交

2022年2月24日のロシアによるウクライナ侵攻に際して、イスラエルは一方で基本的に「中立」の立場を闡明せんめいしつつ、他方ではいち早くウクライナに対する人道的支援に着手するという曖昧な姿勢に終始することとなった。戦災を逃れた避難民への医療資材や生活必需品の搬入とともに、ウクライナ国内に野戦病院を設営し、交替制で医療チームを送り込むなどの迅速な行動は、必ずしも厳正中立を唱道する国家の施策ではない。実際、イスラエルは国連総会でのロシア非難決議(3月)や人権理事会でのロシアの理事国資格停止決議(4月)には賛成票を投じたが、拘束力を持つ安全保障理事会のロシアを非難し軍の即時撤退を求める決議案には署名せず、米国から批判されている(Daoud 2022; Abrams and Weiss 2022.)。

イスラエルのナフタリ・ベネット政権が心情的にウクライナを支えたいと考えているのは明らかである。国民の同情もウクライナ側にあり、3月の世論調査では回答者の75%以上がウクライナを支持すべきだとしている(Scheindlin 2022)。それは、必ずしもウクライナのゼレンスキー大統領がユダヤ系の出自を持つからではない。同大統領がクネセト(イスラエル国会)でのオンライン演説においてウクライナ支持を訴えた際、ロシアによる一般市民への戦争犯罪をホロコースト(ナチスドイツによるユダヤ人絶滅政策)に例えたのに対して、多くの議員がこれを不適切として反発した。ユダヤ人にとってホロコーストは人類史上唯一無二の大犯罪であり、ヒロシマ・ナガサキへの原爆投下を含めて他の事象との比較は許されないとされているからである。ユダヤ系であるからこそ、ゼレンスキーへの風当たりは強かった(Times of Israel 2022a)。

一方で政権には、ロシアを刺激したくないという思惑も歴然と見てとれる。900万人規模のイスラエルの人口のうち、120万人が旧ソ連からの移民とその子孫で、ロシア系40万人、ウクライナ系40万人と拮抗しているため(残りの40万人は主として中央アジア系)、いずれの側にも肩入れできないという事情がある。

写真1 クネセトでオンライン演説するゼレンスキー大統領とイスラエルの首都テルアビブのハビマ広場で支援を訴える市民(2022年3月22日)

写真1 クネセトでオンライン演説するゼレンスキー大統領とイスラエルの
首都テルアビブのハビマ広場で支援を訴える市民(2022年3月22日)
シリア内戦をめぐる三角関係

中東における米国の最大の戦略的盟友と目されているイスラエルが、ロシアのウクライナ侵攻に対して欧米と同様のロシア非難を打ち出せず、経済制裁にも加われない最大の理由は、隣国シリアの内戦にある。周知のように2011年に勃発したシリア内戦は、2015年にロシアが軍事介入したことによって攻守が逆転し、アサド政権側が勝勢となった。シリアの領空はロシアが完全に統制する結果となり、シリア内に展開するロシア軍の許諾がなければイスラエルはいかなる軍事行動も取れない状態となっている(詳細は後述)。

他方、ロシアとともに政権側を支えて参戦したイランが、シリア領内に軍事拠点を構築し、勢力を伸張させてきている。当初はイラン傀儡であるレバノンのヒズブッラー1など民兵主体だったものが、現在はイラン革命防衛隊の正規部隊の増強にまで発展し、現実にゴラン高原などイスラエルに接する戦域で砲戦が繰り返されている。こうしたシリアにおけるイラン軍事力の展開と、シリアを通じてレバノンに搬入される精密誘導ミサイルなどイラン製兵器のヒズブッラーへの移転を阻止することは、イスラエルにとって現下最大の安全保障上の課題と看做されている。イスラエルが想定する通常軍事力による「次の一戦」は、北方正面が戦場となるからである(池田2019; 2020a)。

1973年の第四次中東戦争以降、シリアとの間に軍事衝突は起きていない。レバノンとの間には1982年の第一次レバノン戦争、2006年の第二次レバノン戦争(ヒズブッラー戦争)と軍事衝突はあったが、イスラエルの国家的安全を脅かすまでには至らなかった。しかしながら、内戦勃発以降のシリアにおけるイラン軍事力の展開とそのイランに支援されたレバノンのヒズブッラーとが相互に連携してイスラエルを攻撃してくるという「次の一戦」のシナリオは、イスラエルにとって極めて深刻な脅威となる。これを抑止するためには、シリア領内のイラン軍事勢力の拠点を叩き、またすでに数万発の備蓄を持つと伝えられるヒズブッラーのロケットやミサイルの精密誘導化を阻止し続けなければならない。

従来イスラエルは、交戦事由を内外に明らかにしておいて、これに即した場合に武力を行使するという姿勢であった。しかしながら、シリアにおけるイラン系軍事力の拡大によって状況は一変した。個別具体的な交戦事由を満たさなくとも、ユダヤ人国家イスラエルに対してあからさまな敵意を隠さない勢力が、隣接する地域に定着するのは容認できないため、適宜武力を行使してこれを阻止するという方針を鮮明にしたのである。これは「戦間期戦闘」(Campaign Between Wars: CBW)ドクトリンと呼ばれ、主としてシリア領内に展開するイラン系軍事力に対する空爆の根拠となっている。しかしシリア領空はロシア空軍・対空部隊が統制しているので、こうしたイスラエルの空爆にはロシアの黙認が必要となる。ネタニヤフ前政権時にプーチン・ロシア政権との間に成立したこの点をめぐるゲーム・ルールは、ベネット現政権においてもそのまま引き継がれ、イスラエルにとってはこれを保全することが国家の安全保障政策上の最優先課題のひとつとなっているのである。

イラン核合意復活折衝の機微

さらにイスラエルは、非通常兵器による「実存的脅威」、すなわちイランが進めようとしている核武装への対応というもうひとつの課題を抱えている。2015年に当時のオバマ米政権がイランのロウハニ政権と締結した核合意「包括的共同行動計画」(JCPOA)2は、2018年にトランプ米前政権の一方的離脱によって棚上げ状態にあった。しかし、オバマ後継を自任するバイデン現政権によって復活に向けた折衝が、2021年11月以降ウィーンで断続的に行われている。イランの核武装阻止を唱え続けてきたイスラエルにとって、折衝の行方は最大の関心事である。イスラエルの本音は、交渉が決裂してイランに対する国際的な制裁が解除されない展開だが、それが叶わない場合には可能な限りブレイクアウトタイム(核兵器一個分の製造に要する期間)を引き延ばしたいところである。

ロシアは国際交渉団(国連安保理常任理事国およびドイツ、いわゆるP5+1)の重要な一翼を担っているが、ウクライナ侵攻によりP5+1内で孤立することとなった。さらにプーチン政権は核合意復活後の対イラン経済制裁の解除と、ロシアに対する経済制裁の解除とをリンクさせようとして、交渉を遅滞させ複雑化させているようである。これは、イスラエルにとっても当面の時間稼ぎとなり、イランへの打撃を拡大するという点で有利に作用する3

いずれにせよ、ロシアはイランに対する核施設や原料の主要な提供者であり、そのロシアを必要以上に刺激してイスラエルにとって不利な展開につながることは避けなければならない(AFP and Times of Israel 2022; Brumberg 2022; Doha Institute 2022)。

米国とロシア――中東における存在感の消長

このように、ロシアのウクライナ侵攻に際してイスラエルが他の欧米諸国と同様にプーチン・ロシア政権に対する厳しい批判や非難、あるいは制裁に同調することなく、「中立」を標榜しているのは、シリアにおけるCBWの継続と、ウィーンでの核合意協議という、いずれもイラン絡みの自国の安全保障上の要請によるものである。こうした曖昧政策は、しかし、イスラエルに限られた現象ではなく、トルコやイラン、あるいは湾岸諸国を含めた多くのアラブ諸国に共通している。

その背景にあるのは、過去10年を通じて前景化した、米国の中東におけるプレゼンスの縮小、すなわちリバランシングと、これに代わって中東での影響力を格段に強めつつあるロシアの存在感であろう。これは、冷戦の最中からポスト冷戦期にかけて自国の安全を担保してくれるのは良好な対米関係であったという時代はすでに過去のものとなり、各国は軍事的にも政治的にも有力なプレイヤーとして復活したロシアとの関係強化に腐心せざるを得ないとの現実を端的に示している。米国と敵対関係にあるイランのみならず、親米と形容されるアラブ湾岸諸国もロシアから戦略物資や兵器を調達するようになった。トルコは自身が北大西洋条約機構(NATO)の一員であるにもかかわらずロシア製の最先端対空ミサイルシステム(S-400)を導入している。これらの諸国は、イスラエルと同様に、ロシアのウクライナ侵攻に対して必ずしも欧米に同調する姿勢を見せているわけではない(池田2021a; 2021b)。

イスラエルへの批判――ユダヤ系オリガルヒとの関係

他方で、イスラエルは伝統的に米国との「特別な関係」を誇示し、自他ともに中東における欧米の戦略的盟友であると認識されていただけに、その曖昧政策に対する風当たりは強い。とりわけ、いわゆるオリガルヒと呼ばれるロシアの新興財閥に対する制裁に、イスラエルが抜け道を提供していると疑われているからである。プーチン大統領との個人的関係で財を成したユダヤ系オリガルヒは、イスラエルの「帰還法」4によって市民権を付与され、莫大な財産をイスラエル経済への投資に向けて、政財界の要人と密接なネットワークを構築している。自身が旧ソ連モルドバからの移民であるリーバーマン蔵相をはじめ、エルキン住宅相、ガンツ国防相ら、こうしたオリガルヒとの親交を喧伝される有力政治家は与野党を問わず枚挙に暇がない。近年、イスラエルは「スタートアップ国家」として国を挙げて技術系起業を奨励し、少なくとも5000社に上るスタートアップ事例を擁するとみられるが、その起業資金のかなりの部分は帰還したオリガルヒの投資によっている。欧米は彼らの資産を凍結し、ウクライナでのロシアの継戦能力を財政面から阻害しようとしているが、イスラエルはこれに応じていない(Kingsley 2022, McEvoy 2022)。

イスラエル「仲介」の思惑

侵攻勃発から間もない3月5日、ベネット首相はモスクワを訪問してプーチン・ロシア大統領と対面で会見した最初の外国首脳となった。ウクライナとロシアとの休戦の仲介を申し出たのである。ウクライナとロシア、いずれにも多数のユダヤ人コミュニティがあり、既述のように両国からのイスラエル国内への移民も多い。またイスラエルは、欧米、ロシア、ウクライナそれぞれに太い政治的なパイプを持っている。したがって、十分に仲介者たり得るという主張に立った動きともいえるが、イスラエルの本音は、欧米からの批判に対して、仲介者として紛争当事者のいずれに対しても偏った姿勢はとれないという口実を得ようとするところにある。

そのような本音を見透かしつつ、はっきりとしたウクライナ支持の表明を求める欧米のイスラエルに対する圧力は一段と強まりつつある。これを受けて、イスラエルのガンツ国防相は4月20日、ヘルメットや防弾チョッキなど、防御的装備をウクライナの一般市民や医療関係者に提供すると発表した。もとより、イスラエルはこうした装備品の提供はどこまでも人道支援の一環であり、軍事的な意図を持つものではないと強調している。ウクライナが求める防御的装備、例えば近接的ロケット弾迎撃システム「アイアン・ドーム」や、電子戦用の盗聴システム「ペガサス」などについては、提供を峻拒してきた。それでも、ロシアの駐イスラエル大使は、ヘルメット等が実際にウクライナに送られることが確認されれば、ロシアは「相応の対応を行う」と警告を発した(Bassist 2022; Bateman 2022; Kirchgaessner 2022; Mackey 2022; Oren 2022; Svetlova 2022; Times of Israel 2022b)。

写真2 イスラエル国防軍の先端迎撃システム「アイアン・ドーム」

写真2 イスラエル国防軍の先端迎撃システム「アイアン・ドーム」
内政の不安定化と曖昧路線の継続

いずれにせよ、イスラエルは2022年4月末の時点でウクライナ紛争に対する政策を劇的に転換する状況にはない。何よりも、国内治安が悪化し、それが政情不安に直結しつつある。本年4月は、ユダヤ教の過ぎ越し祭(ペサハ)とイスラームの断食祭(ラマダン)、そしてキリスト教の復活祭(イースター)がすべて重なり、これら3つの一神教がそれぞれ聖都と仰ぐエルサレムではユダヤ人とパレスチナ人との間で暴力的な衝突が繰り返された。今世紀4度目のガザ戦争に発展した昨年5月の記憶が新しいなか、こうした衝突が、ガザに拠るイスラーム過激派ハマスからのイスラエル領内に対するロケット攻撃につながった。今回もエルサレムをはじめ、ユダヤ系とパレスチナ系の住民が混在する諸都市での緊張は高まりつつある。5月から6月にかけて、イスラエル独立記念日(パレスチナ側ではナクバすなわち大破局記念日)や第三次中東戦争でのエルサレム回復/剥奪55周年など、人々の情動が一気に昂進する時期が待ち受けている。ベネット政権としては、ウクライナ情勢など外交上の懸案にかまけている余裕はない(池田2021c)。

政権の基盤そのものも掘り崩されつつある。ベネット首相とラピド外相とに主導された現政権は、極右派から中道・左派、さらにはアラブ政党までを含み込むイスラエル政治史上最も多様で複雑な大同連立政権となっている。この寄り合い所帯の唯一の接着剤は、野党指導者となっているネタニヤフ前首相の復権を許さないという決意だけである(池田2020b)。クネセト総計120議席のうち、政権与党は61議席の最小過半数を押さえていた。しかし、4月早々に議員1人が連立を離脱して過半数を割り込んだうえ、アラブ政党がエルサレムでの衝突に対する政府による力での鎮圧に抗議して連立政権での活動を「凍結」すると表明した。これにより、イスラエルの政局は5月以降大きく混乱することが確実視されている。2年間で4度の総選挙の結果、漸く成立したベネット政権は、1年を経ずしてクネセトを解散し新たな総選挙に打って出る公算が大きい。当然ながらこの間、好むと好まざるとにかかわらず、ウクライナ情勢に対するイスラエルの曖昧路線は継続されざるを得ないだろう。

※この記事の内容および意見は執筆者個人に属し、日本貿易振興機構あるいはアジア経済研究所の公式意見を示すものではありません。
写真の出典
  • Oren Rozen, Israel Stands With Ukraine" rally at Habima Square in Tel Aviv, corresponding with Volodymyr Zelenskyy's online address to the Knesset(Own Work).(CC BY-SA 4.0
  • IDF Spokesperson's Unit, Israel's "Iron" Dome air defense system, Operations Guardian of the Walls, 2021.( CC BY-SA 3.0
参考文献
著者プロフィール

池田明史(いけだあきふみ) 東洋英和女学院学事顧問、東洋英和女学院大学客員教授、法学士(東北大学)。専門は中東現代政治。主な近著は「誰が中東地域を『統合』しうるのか――中東地域における主体の多義性――」石戸光・鈴木絢女編『多元化する地域統合』(グローバル関係学No.3)岩波書店(2021年)、「『アラブの春』と政軍関係」酒井啓子編『途上国における軍・政治権力・市民社会――21世紀の「新しい」政軍関係』晃洋書房(2016年)、「サイバー大国イスラエルの光と影」国際経済連携推進センター編『デジタル地政学――コロナ後のブルーオーシャンを目指して』産経新聞出版(2022年)。


  1. 1980年代以降、レバノンに侵攻したイスラエルに対する武力闘争を展開するために組織されたシーア派系民兵集団。イランの支援を受け、レバノン内政にも大きな影響力を持つ。
  2. 国連安保理常任理事国(米英仏露中)に独を加えた6カ国とイランが取り交わした合意で、イランが核兵器開発を制限する見返りに対イラン経済制裁を段階的に解除するとの内容。
  3. イスラエルはシリアにおいてイラン革命防衛隊ほかイラン系民兵と交戦中だが、戦火はイラクその他にも飛び火しつつある。
  4. 「ユダヤ人の民族的郷土」として建国されたイスラエルは、世界中のユダヤ人がイスラエルに帰還する権利を認める法的根拠を1950年に制定した。