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海外研究員レポート

中産階級の台頭とメイド不足

PDF版ダウンロードページ:http://hdl.handle.net/2344/00049925

2011年7月

3年ぶりにエチオピアの首都アディスアベバを訪れてまず驚いたのが、市内のどこに行ってもある建築中の高層ビルである。こんなに需要があるのだろうかと不安になるぐらいあちらこちらでビルが建設されている。人口300万人の都市であれば、これぐらいの数のビルはあってもいいのかもしれないし、アディスアベバでオフィスを構えているエチオピア人の知り合いに聞いても、まだまだオフィスの家賃は上昇傾向にあるらしい。

そしてさらに驚いたのが、住宅地が急速に拡大していることである。13年前アディスアベバに住んでいたときには、牛の市が立つような鄙びた場所だったところが高級住宅地に変容している。週刊で発行される英字新聞には、毎週のように新築住宅の広告が掲載されており、日本と比べれば格安とはいえ、エチオピア人の収入を考えると、かなり高額な物件がほとんどである。2011年7月17日付けFortune紙に掲載された広告をみると、66平方メートル2LDKのマンションで円に換算して約250万円、190平方メートルの一軒家で970万円である。高層ビルのオフィスで働き、これらの家を購入できるような「中産階級」ともいえる階層が、エチオピアでも形成されつつあるのかもしれない。

それを間接的にだが裏付けるのが、アディスアベバでのメイド不足である。インフレの進む中、アディスアベバで都会の生活を維持するためには共働きが必須である。そうすると、どうしても家事を担う人間が必要となる。そこで、安い給料でメイドを雇う家庭が急増しているのである。地方にからやってきた親戚の娘をメイドとして住み込みで雇うというパターンは昔からあった。今でも、夜間学校に行かせてもらいながら、住み込みのメイドとして親戚の家で働くというパターンは珍しいことではない。しかし、それだけではメイドの需要に追いつかないようで、近年では、ブローカーが仲介にたってメイドを斡旋することが普通になってきているようである。私の家の近くにも、女性たちがいつも集まって、何をするわけでもなく佇んでいる場所がある。時々、これらの女性たちの中に混じって、数名の男性が「ブローカー」と書かれたビブス(編集部注:ゼッケンを記したベストのようなもの)のようなものをつけて彼女たちを仕切っている。地方からのバスが発着するバス・ターミナル周辺でも、地方からやってきた女性たちを斡旋するブローカーが多数待ち受けていると聞く。

しかし、ブローカー経由のメイドたちは身元がはっきりしていないため、雇い主がメイドに金品を盗まれたり、少しでも給料が高いところを求めてメイドたちも移ってしまうので長続きしなかったり、いろいろと問題が生じているようである。それでもブローカー経由でメイドを雇うのは、時間の節約もあるが、洗濯機や掃除機などを購入するよりも、給料の方がはるかに安いということもある。親戚の娘だとあまり安月給でこき使うわけにはいかないが、ブローカー経由だと月1000円前後の給料ですむ場合も多い。

農村部での土地不足が深刻化するなか、男性だけでなく、女性も生計維持のために離村を余儀なくされていることを思うと、メイドの需要は女性の雇用吸収に貢献しているといえるのかもしれない。しかし、物価の高いアディスアベバでは、食・住込みであったとしても、月1000円での暮らしがぎりぎりであろうことは容易に推測できる。ちなみに、公務員の給料は最低で月約2000円、部長クラスで約2万円となっている(2011年1月30日)。このような低賃金でもメイドとして働くことを選択している理由としては、都会への憧れもあるであろうが、この低賃金であっても、農村部で女性が得られる現金収入よりも高い場合が多いことが考えられる。農村部と都市部との経済格差が広がりつつあるのである。

エチオピアのGDPは、2003/04年度以降、2008/09年度の8.8%を除けば、2009/10年度まで二桁成長を維持している。また、セクター別のGDPの内訳を見てみると、2008/09年度に初めてサービス部門が農業部門を抜いて1位となった(MOFED資料:http://www.mofed.gov.et, 2011年7月19日アクセス)。この傾向はそれ以降も継続している。エチオピア経済の中で都市の経済活動の比重が高まるとともに、「中産階級」ともいえる層が拡大してきているのだろう。

しかし、このようなアディスアベバでの活況がいつまで続くのかは、依然不透明である。新しい商業ビルの中に入ってみても、閑散として空き店舗が目立つことが多い。これから次々と完成しつつある高層ビル群が、どれだけ採算が取れるのかは未知数なのである。もしこれらの建築ブームがひと段落したときに、オフィスビルへの需要や、商業ビルを成立させる購買力のある消費者が十分に育っていなければ、アディスアベバの経済は、一気に悪化する可能性もある。そのときにまっさきに影響をうけるのは、メイドたちのようなもっとも脆弱な立場にある人々なのである。

(在アディスアベバ海外調査員・児玉由佳)