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2021年インドネシアの十大ニュース

Indonesia’s Top 10 News of 2021

PDF版ダウンロードページ:http://hdl.handle.net/2344/00052931

アジ研・インドネシアグループ
Indonesia Study Group, IDE

2022年2月

(8,563字)

アジア経済研究所では、インドネシアを研究対象とする研究者が毎週集まって「先週何が起きたか」を現地新聞・雑誌などの報道に基づいて議論する「インドネシア最新情報交換会」を1994年から続けています。毎年末には、その年のニュースを振り返って、私たち独自の「十大ニュース」を考えています。

今年も、アジ研・インドネシアグループの考える「2021年インドネシアの十大ニュース」を発表します。

1位 新型コロナウイルス変異株による感染爆発が発生

インドネシアでは7月から8月にかけて、感染力と重症化リスクが高まった新型コロナウイルス変異株である「デルタ株」による感染者数が急増し、アジア地域では最悪レベルとなる感染爆発に見舞われた。

デルタ株の感染は5月上旬に国内で初めて確認されたが、直後の5月半ばにはイスラームの断食月明け大祭に向けた帰省シーズンに突入した。政府は帰省を禁止する措置を発令したが、多くの地方政府は禁止措置を施行するうえでの十分な予算やマンパワーを保有しておらず、また観光産業を維持するために禁止措置の適用期間中も観光施設の営業が許可された。そのため、ジャカルタなどの都市部から地方への人的移動は十分に制限されなかった。さらに政府は、3月には海外からの観光客や帰国者に対する隔離期間をワクチン接種者で3日、未接種者で5日と定めたが、専門家はこれを短すぎると問題視していた。

これらの問題が積み重なった結果、変異株による感染者数は帰省シーズンがひと段落した6月中旬から急増し始め、政府の新型コロナウイルス対策タスクフォースは30日に感染の「第2波」に入ったと発表せざるをえなくなった。感染の急拡大を受けて、7月3日には都市封鎖レベルの移動制限措置として「緊急社会活動制限措置(PPKM Darurat)」がジャワ島とバリ島に発令され、12日にはその他の地域の一部都市などにも適用範囲が拡大された。

デルタ株による予想外の感染爆発に医療体制は対応できず、実質的な医療崩壊が起きた。特に深刻であったのは病床、救急車、そして医療用酸素などの医療設備不足で、病院外での患者の死亡が相次いだ。7月中旬から下旬のピーク時には政府発表で1日あたりの新規感染者数と死者数がそれぞれ5万6千人と2千人を超え、ブラジルやインドを抜き世界最多を記録した。検査率の低さや貧弱な接触追跡体制、さらに地方政府による感染者数の改ざんが行われた事例などを考慮すると、実態としては一層多くの感染者・死者数が出ていたものと考えられる。

ジョコ・ウィドド(通称ジョコウィ)政権はワクチンをコロナ対策の切り札として捉え、東南アジアではシンガポールに次いで早い1月13日からワクチン接種を開始した。しかし、地方や農村におけるワクチンの供給不足やワクチン忌避が原因で接種率は伸び悩んだ。政府が公共交通機関の利用の際に接種証明書の使用を義務付けるなどしてワクチン接種を後押ししたこともあり、9月下旬には感染爆発は収まりを見せた。12月末の政府発表では、感染者は累計約426万人、死者は累計約14万人に達した。また、全国のワクチン接種率は1回目が接種対象者の77.34%、2回目が54.58%に留まった。(水野祐地


ワクチン接種第1号となったジョコウィ大統領

新型コロナ・ワクチンが安全かつイスラームの戒律に沿ったもの
であることを強調するため接種第1号となったジョコウィ大統領
2位 気候変動外交で積極姿勢に舵を切る

インドネシアは、石炭火力発電の割合が高いことや、有数の面積を誇る熱帯雨林の破壊が課題となっているため、気候変動対策では難しい立場にある。しかし、2021年の気候変動にかかわる外交は、国内産業支援を重視しながらも積極的に展開された。

まず4月にジョコウィ大統領はアメリカが主催した気候サミットに参加し、森林減少率が過去20年間で最低となったことなどの成果を演説した。また、国連気候変動枠組み条約第26回締約国会議(COP26)に先立つ7月には、インドネシアが2060年までのカーボンニュートラル達成を目指すことを表明した。10月に国会で成立した租税調和法では炭素税を導入することが規定されており、排出量取引制度などの導入も決まった。

11月にイギリスのグラスゴーで開催されたCOP26にはジョコウィ大統領が出席し、「石炭火力発電に関する共同声明」に条件付きで支持を表明した。このなかで、再生可能エネルギー発電の増加やエネルギー効率性の向上、2030年代に石炭火力発電からクリーンエネルギーに移行するための技術導入や政策実施、そして影響を受ける労働者や産業、そしてコミュニティ支援については支持を表明した。しかし、二酸化炭素回収・貯留(CCS)等の低炭素化措置を講じない石炭火力発電所の新規許可や新規建設を停止するという国内産業に対して影響が大きい項目については、国際的資金と技術支援があることと条件をつけたうえで、2040年代に石炭火力発電の段階的な廃止を考慮すると慎重な言い回しとなった。

COP26では、2030年までに森林伐採と土地荒廃を防止し反転させることを約束する「森林と土地利用に関するグラスゴー首脳宣言」も出され、世界の森林面積の9割が対象となる141カ国が支持を表明し(2022年1月15日現在)、インドネシアもこれに賛同した。しかし調印後、シティ・ヌルバヤ・バカ―ル環境・林業相がこの宣言は不適当で不公平だと述べたり、マヘンドラ・シレガル外務副大臣が、インドネシアはこの宣言を完全に森林削減をやめるのでなく、持続可能な森林管理を進めることと解釈していると発言したりして、対策を後退させる印象を国際社会に与えた。インドネシアは、気候変動外交でこれまでの成果を発信し、積極的に貢献をする方向性を示しつつ、国内経済に負の影響がでない方策を模索したといえよう。(道田悦代

3位 EV電池生産とグリーン工業団地が始動

国際舞台でジョコウィ大統領自ら積極的な姿勢をアピールした気候変動対策の具体策として、電気自動車(EV)電池生産とグリーン工業団地が始動した。しかし、実際にはどちらの事業にも、インドネシアがもつ資源を活用して重工業化を推進しようとする国家産業戦略が色濃く表れている。

3月26日、エリック・トヒル国営企業相は、EV用リチウムイオン電池生産の事業主体として国営企業4社のコンソーシアム、インドネシア・バッテリー・コーポレーション(IBC)の設立を発表した。IBCは9月、韓国LGグループおよび現代自動車との合弁による電池工場の建設に着工した。現代自動車はすでにEV組立工場を建設中で、2022年にEV組立を開始する。IBCはまた、世界最大手の中国CATLとの合弁でも2024年に電池生産を開始するとしている。リチウムイオン電池の原料である硫酸ニッケルでは、6月に国内初の工場が北マルク州オビ島で操業を開始した。これは中国の寧波力勤資源科技開発と国内民間資本との合弁事業で、ルフット・パンジャイタン海事・投資調整相が開所を行った。ジョコウィ政権は、世界最大の確認埋蔵量(2020年時点で2100万トン)を誇るニッケルを国内でのEV生産に活用する戦略を進めてきたが、これが2021年に具体化した。

12月21日、世界最大級とされるグリーン工業団地の着工式が北カリマンタン州で行われ、大統領と複数の大臣が参列した。この工業団地は、カヤン川に国内最大規模の水力発電所9000MWを中国水利水電建設と提携して建設し、そのグリーン電力を利用してアルミニウム、ニッケル加工、太陽光パネル、鉄鋼などの重工業を3万ヘクタールの敷地に集積させる計画である。事業体の代表は、石炭開発で財を成した民間企業家で国営企業相の実兄でもあるガリバルディ・トヒルが務める。大統領は4月の気候サミットで、このグリーン工業団地をインドネシアの気候変動対策の切り札として演説していた。(佐藤百合)

4位 汚職撲滅委員会の弱体化が進む

汚職撲滅委員会(KPK)で大型汚職事件などの捜査を担当していた捜査官ら57人が非合理的な理由で退職に追い込まれた。2019年のKPK法の改正で捜査権限が縮小され、政治的独立性が低下した同委員会の弱体化がさらに進んだ。

2019年の法改正でKPKは独立機関から行政機関に地位が変更されたが、それにともなって職員を国家公務員に編入するための試験が「国民理解テスト(TWK)」という名称で3月に実施された。しかし、この試験がフィルリ・バフリ委員長の意向で強引に実施されたことや、同委員長が試験の目的を「組織内のタリバン(イスラーム過激主義者)を排除することにある」と発言していたこと、さらに試験の内容に異性との交際方法、個人的信条、政治的態度などに関する項目が含まれていたことなどが次々と明らかになった。そのため、この試験の背後には、捜査官としての能力を問うためではなく、大物政治家らの関与が疑われる汚職事件を担当していたり、KPK法の改正に反対していたりした捜査官を排除するという政治的な意図があるのではないかという疑念が生じた。

この試験に対しては、手続き的な瑕疵や権限乱用があったとする独立機関オンブズマンからの指摘や、KPK職員に対する人権侵害にあたるとする国家人権委員会(Komnas HAM)からの指摘が出されるなど、他の国家機関も問題点を指摘し、大統領に是正を求める勧告を提出した。しかし、最高裁や憲法裁が問題ないとの判断を下したこともあり、ジョコウィ大統領はこれらの勧告をすべて無視した。試験に不合格となった75人の捜査官のうち、再試験などにも合格しなかった57人が9月30日に解雇され、10月1日には改正法の規定にしたがってKPKが行政機関へ移行した。

なお、KPKから解雇された57人のうち44人の捜査官は、12月9日に特段の手続きも経ないまま国家警察に雇用され、国家警察長官直属の部署として新設される汚職犯罪特別捜査チームに配属されることになった。(川村晃一

5位 政府批判に「アレルギー」か? 進む言論統制

政権2期目の就任以来、ジョコウィ大統領は一貫して高い支持率を維持してきたが、新型コロナの感染爆発を防げなかったことや移動制限措置に対する不満から、2021年7月には支持率が目に見えて低下した。ジョコウィ政権は支持率の低下を死活問題として捉え、政府批判が社会全般に飛び火しないよう徹底的な封じ込めと取締りを行うことで対処したため、「政府批判にアレルギーを持っている」と指摘され続けた。

物議をかもしたのは、コロナ対応の不満を表明した壁画に対する徹底した取締りである。政府はこれらの壁画を「公の秩序に反する行為」と見なし、壁画を直ちに除去していった。また、警察の捜査により創作者が特定されると、家宅捜索を行い、公的な場で謝罪を行うよう命じた。この政府の対応は、感染爆発の最中にあっても政府批判の抑え込みが優先されているとして市民団体の強い批判を浴びた。

また、2021年に特に目立ったのは主要閣僚自身による直接的な批判の抑え込みである。9月に、ムルドコ大統領首席補佐官とルフット・パンジャイタン海事・投資担当調整相が、それぞれの背後に巨大な経済的利権があることを指摘した市民団体のメンバーを刑事告訴した。両告訴とも、解釈の曖昧さが懸念されてきた電子情報取引法(ITE法)に基づいて政府批判することを「中傷」と見なしたため、言論統制であるとの批判を浴びた。市民団体はITE法改正をジョコウィ大統領に求め続けているが、2月にはITE法に基づいて警察によるソーシャルメディアのモニタリングを行う「バーチャル警察」が設置されるなど、むしろ言論統制に向けた体制整備が進められた。(水野祐地

6位 経済のデジタル化が進む

経済のデジタル化が進んでいる。新型コロナの影響による在宅勤務や移動制限で通販サイトのTokopediaやBukalapak、シンガポールのShopeeなどネットを通じた買い物が急拡大した。ネットの買い物には電子決済がともなうため、金融のデジタル化も加速した。

2020年12月には、配車アプリ大手Gojek社が自社の電子決済サービスGoPayを提供するDompet Karya Anak Bangsa社を通じて地場銀行Artos Indonesiaの株式22%を取得し、デジタル銀行Bank Jagoを設立した。Bank Jagoにつづき、2021年2月にはShopeeを運営するシンガポールのSeaグループがBank Kesejahteraan Ekonomi (Bank BKE)を買収してデジタル銀行Sea Bankを設立した。こうした動きを受けて、10月末に金融サービス庁(OJK)はデジタル銀行設立に関する規則を施行し、普通銀行からデジタル銀行への転換を後押しする姿勢を示した。

デジタル経済の雄であり、2018年にインドネシア初のユニコーン(企業価値が10億ドル以上の未上場企業)となったGojekは、同じくユニコーンの電子商取引(EC)企業Tokopediaと5月に事業統合し、GoToグループを設立した。同グループの国内総生産(GDP)への貢献は2%に上るとされ、政府からも経済のデジタル化の強力な後押しになると大きな期待が寄せられている。

同じくECスタートアップのBukalapakはスタートアップ初の新規株式公開(IPO)を果たし、初日には公開価格の25%を上回る値をつける人気となった。EC市場拡大を背景に2021年はJ&T Express(宅配)、Xendit(フィンテック)、Ajaib(同)、Kopi Kenangan(コーヒーチェーン)4社が新たにユニコーン企業となった。(濱田美紀

7位 ミャンマー・クーデタ問題でASEAN外交を主導

2月1日に発生したミャンマーでの軍事クーデタは、周辺国にも大きな衝撃を与えた。とくに、2007年のASEAN憲章制定を機に民主主義や法の支配の強化、人権の尊重を掲げるようになった地域機構・東南アジア諸国連合(ASEAN)にとって、ミャンマー・クーデタへの対処は、内政不干渉や全会一致というこれまでの運営原則とどう両立させるかという難しい問題であった。インドネシアは、この問題に対して、民主主義や人権を重視する立場を貫き、ASEANはクーデタを容認しないという対応を主導した。

レトノ・マルスディ外相は、クーデタ直後から加盟国および米中などと協議を行い、2月24日にはバンコクでタイ外相とミャンマー国軍代表との会談を行った。3月2日にはインドネシアの呼びかけでASEAN非公式外相会議が開催され、そこに出席したミャンマー国軍代表に対して、デモ隊への武力行使の自制、アウンサンスーチーの即時解放、国連特使の受け入れなどを求めた。4月24日には、ミャンマー国軍のミンアウンフライン総司令官も出席してジャカルタで緊急首脳会議が開催され、①国内の暴力の即時停止、②国軍と民主派の対話開始、③ASEAN特使の派遣、④ASEANによる人道支援、⑤特使と関係者の面会容認、を内容とする5項目が合意された。

しかし、ミャンマー国軍は5項目の合意内容をその後も無視し続けた。これを不服としたインドネシア政府は、「包括的なプロセスで民主主義を回復するまで、ミャンマーの政治的代表がASEAN首脳会合に参加するべきではない」と提案し、10月26日に開催された首脳会議にミンアウンフラインの出席を認めなかった。その後に開催された米中欧など域外国との首脳会議には、ミンアウンウフラインは招待さえされなかった。ジョコウィ大統領は「我々加盟国は民主主義や人権尊重の原則を守る義務がある」と述べ、ASEANがミャンマー国軍のトップを会議に招かなかったのは必要な決断だったと強調した。(川村晃一


ジャカルタで開催されたASEAN緊急首脳会議

ミャンマー・クーデタへの対応を話し合うため、インドネシアのイニシアティブ
によりジャカルタで開催されたASEAN緊急首脳会議(2021年4月24日)
8位 治安悪化と特別自治法改正で揺れ動くパプア

パプア州と西パプア州では、2019年頃から武装犯罪集団(KKB)による襲撃事件が続発し、医療従事者や教師、インフラ事業関連者など一般市民も標的にされ、多くの住民が犠牲となっている。4月25日には、国家情報庁(BIN)のパプア州本部長が武装犯罪集団によって殺害された。その4日後、マフッド政治・法務・治安担当調整相は、政府がこれら武装犯罪集団をすべて「テロ組織」に認定したことを発表した。これによってパプアの独立を目指す運動体などが、テロ犯罪撲滅法にもとづいて取り締まられることになった。

一方、11月に新国軍司令官に任命されたアンディカ・プルカサは、パプアの治安・人権問題へ取り組むことに意欲を示しており、武力行使とは異なる解決策を見出すことを宣言している。12月に入ると、2度にわたりパプアを訪問した。

2021年はパプア特別自治法(法律2001年第21号)に規定されていた特別自治資金の施行期限が11月に切れる重要な年であった。7月15日、国会本会議で同法の改正案が可決され、パプア特別自治資金の割り当てを一般配分資金(DAU)全体の2%から2.25%に引き上げ2041年まで配分することや、石油・天然ガス収入の70%特別配分を2041年まで延長すること、地方議会の定数の4分の1をパプア先住民の任命議員とすることなどが規定された。一方、特別自治資金の過半の使途や自治体新設に中央政府の関与を増やすことが定められたり、地方首長をパプア先住民とする規定が廃止されたりしたことで、現地からは不満の声もあがっている。また、今回の改正案を策定するにあたって現地政府・住民との十分な協議がなかったとして、州知事らが憲法裁に違憲審査を請求している。(土佐美菜実)

9位 米中対立のはざまで積極的な外交を展開

米中対立が深まるなかインドネシアは両国から秋波を送られているが、いずれかの陣営に近づくことはなく、あくまで中立的な立場を貫く姿勢が南シナ海問題や米英豪3カ国の安全保障協力AUKUSへの対応にはっきり表れた。

3位のニュースにあるように、EVバッテリーやグリーン工業団地の建設など2021年も経済面での中国との関係は深化したが、政治面では、中国の主張する「九段線」とインドネシアの排他的経済水域が重なる南シナ海で対立する場面があった。インドネシア政府は、「北ナトゥナ海」と自ら名付けた同海域における経済権益を確保する姿勢を示すため、7月から11月にかけて石油・天然ガスの試掘を行った。中国政府はこの試掘の動きに抗議する文書を外交ルートを通じてインドネシア政府に提出したが、インドネシア政府は「国際法で認められた正当な行為」であるとして、中国政府の抗議を完全に無視した。

一方、バイデン政権下で東南アジアへの接近が図られているアメリカとは軍事面での協力が進められた。6月には、アメリカ政府の協力の下、ナトゥナ諸島に近いバタム島で海洋保安庁の人材育成・能力向上のための海事トレーニングセンターの建設が始まった。8月には、離島防衛を目的として両国陸軍関係者4500人以上が参加した過去最大規模の合同軍事演習が行われている。一方で、9月に米英豪がAUKUSの立ち上げを発表すると、レトノ外相が「地域の軍拡につながる」として即座に批判する声明を発表し、東南アジアが米中対立の草刈り場となることを拒否する姿勢を示した。(川村晃一

10位 雇用創出法関連の政令が制定される

2020年11月2日の雇用創出法(オムニバス法)施行から3カ月以内に制定することが義務付けられていた施行細則のうち、49本が期限直前の2月3日と4日にまとめて制定され、47本の政令と4本の大統領令の合計51本の施行細則がすべて公布された。

雇用創出法の主な目的のひとつである最低賃金制度の改定は、賃金に関する政令2021年第36号によって最低賃金の算出式が大幅に変更された。従来の最低賃金の伸び率は、各州の経済成長率とインフレ率を足し合わせた数値であったが、新方式では家計の1人あたり消費額や家族数、勤労者数などから上限と下限を算出し、それらと成長率とインフレ率のどちらか高い方を用いて伸び率を計算する非常に複雑なものとなった。新方式が適用される2022年の最低賃金は全国平均で1.09%の伸び率にとどまった。ジャカルタ特別州の最低賃金は0.85%増でしかなく、労働組合からの不満が続出した。ジャカルタ州知事のアニス・バスウェダンは、一旦は最低賃金を承認したものの、購買力の低下を懸念して年末に5.1%増に修正した。

一方、雇用創出法は制定過程において国民参加の手続きがなかったことで労働者が損失を被ったとしてインドネシア労働組合連合(KSPI)と全インドネシア労働組合総連合(KSPSI)などから違憲審査が請求されていたが、その判決が11月25日に憲法裁判所によって下された。オムニバス法という形式や条文のミス、審議過程の公開性など法律の制定過程に問題があったことは認められて違憲と判断されたものの、政府と国会には2年以内に適切な手続きに則って法案をあらためて審議する猶予が与えられ、その間は現行法が有効であるとした「条件付き違憲」の判決であった。(濱田美紀

※この記事の内容および意見は執筆者個人に属し、日本貿易振興機構あるいはアジア経済研究所の公式意見を示すものではありません。
写真の出典
  • 写真1 Presidential Secretariat Photo by Laily Rachev
  • 写真2 Office of Indonesian Foreign Minister
著者プロフィール(執筆順)

水野祐地(みずのゆうじ)アジア経済研究所地域研究センター
道田悦代(みちだえつよ)アジア経済研究所新領域研究センター
佐藤百合(さとうゆり)アジア経済研究所名誉研究員、国際交流基金理事
川村晃一(かわむらこういち)アジア経済研究所地域研究センター
濱田美紀(はまだみき)アジア経済研究所開発研究センター
土佐美菜実(とさみなみ)アジア経済研究所学術情報センター