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2020年インドネシアの十大ニュース

PDF版ダウンロードページ:http://hdl.handle.net/2344/00052095

アジ研・インドネシアグループ

2021年3月

(7,459字)

アジア経済研究所では、インドネシアを研究対象とする研究者が毎週集まって「先週何が起きたか」を現地新聞・雑誌などの報道に基づいて議論する「インドネシア最新情報交換会」を1994年から続けています。毎年末には、その年のニュースを振り返って、私たち独自の「十大ニュース」を考えています。

今年も、アジ研・インドネシアグループの考える「2020年インドネシアの十大ニュース」を発表します。

1位 止まらない新型コロナウイルスの感染拡大

新型コロナウイルスは、国内で感染者(2人)が初めて確認された3月2日以来、感染拡大の波は一度として収まることがなかった。感染抑制に比較的成功している東南アジアのなかにあって、インドネシアの感染者数・死者数は最多で、人口あたりでみてもフィリピンと並び域内では最悪レベルの状況となった。

1月中旬から下旬にかけて東南アジアでは感染者が次々と確認され、各国政府が対策に乗り出していたが、その間インドネシアでは感染者がまったく確認されなかった。専門家からはウイルス侵入の可能性が指摘されていたが、政府の危機意識は低かった。

3月中旬以降、感染者は増加の一途をたどった。それでも、ジョコ・ウィドド(通称ジョコウィ)大統領は都市封鎖(ロックダウン)は行わない考えを早い段階から示すなど、経済活動の維持を優先させる姿勢をとった。しかし、地域での感染拡大に直面した地方自治体から中央政府の対応の遅さに不満が噴出したため、ジョコウィ大統領は3月末になってようやく「公衆保健緊急事態」を宣言するとともに、「大規模社会制限(PSBB)」を地方政府からの提案にもとづいて実施する方針を決定した。ジャカルタ特別州政府はすぐにPSBBの実施を提案し、4月10日から施行した。これにより外出時のマスク着用、学校の休校、在宅勤務への移行、公共交通機関における乗客数や運行時間の制限、そして社会・文化活動の制限などの措置が実行されることになった。その後、4月から5月にかけて、ジャカルタ周辺の自治体だけでなく、ジャワ、スマトラ、スラウェシなど感染が拡大した地域の地方自治体でもPSBBが実施されていった。この間、閣議など政府の各種会議、国会の審議、裁判所の審理などが次々とオンライン化されていった。

しかし政府は、感染拡大の勢いが収まらないにもかかわらず、6月5日にはジャカルタにおけるPSBBの一部解除を決定した。7月20日には、3月に設置された「新型コロナウイルス対策チーム」が「新型コロナウイルス対策・国家経済復興委員会」に拡大改組され、アイルランガ・ハルタルト経済担当調整相が委員長に、エリック・トヒル国営企業相が委員長代理に指名された。これらの動きには、あくまで経済対策を重視するというジョコウィ政権の姿勢が表れていた。

感染対策よりも経済対策を重視する政府の姿勢もあって、その後も大都市を中心に多くの自治体では感染拡大に歯止めがかからず、PSBBの延長や強化が繰り返された。それでも感染拡大は続き、2020年12月末までに国内の感染者数は累計74万3198人に、死者は2万2138人に達した。医療従事者の感染も相次いでおり、500人以上の医療従事者が死亡するなど、医療体制の逼迫も深刻である。(土佐美菜実・川村晃一

図1 インドネシアにおける新型コロナウイルス感染者数の推移

図1 インドネシアにおける新型コロナウイルス感染者数の推移

(注)累計感染者数は左縦軸、新規感染者数は右縦軸を参照。単位はいずれも人。
(出所)European Centre for Disease Prevention and Controlのデータから筆者作成。

図2 インドネシアにおける新型コロナウイルス死者数の推移

図2 インドネシアにおける新型コロナウイルス死者数の推移

(注)累計死者数は左縦軸、新規死者数は右縦軸を参照。単位はいずれも人。
(出所)European Centre for Disease Prevention and Controlのデータから筆者作成。
2位 コロナ禍で経済に大きな打撃

インドネシア経済は、新型コロナウイルス感染拡大の影響により1998年のアジア通貨危機以来のマイナス成長となった。国内総生産(GDP)成長率は第2四半期にマイナス5.32%に落込み、通年でもマイナス2.07%となった。3月にアメリカが金利を引き下げたことが引き金となり新興国市場から資本が流出し、インドネシアからも大量の資本が流出した。それにともないルピアも急落し、3月23日には1ドル1万6575ルピアとアジア通貨危機以来の安値を記録したが、資本が戻り始めた6月には為替相場も落ち着いた。政策金利は、国内経済を支えることを目的に通年で5回、合計1.25%ポイント引き下げられ、3.75%と歴史的な低水準となった。

政府は、2月25日、欧米を中心に移動制限が強化されはじめたことで国内の航空業界や観光業界に影響が表れ始めたため、観光業支援を中心に10.2兆ルピアの経済政策パッケージを発表した。3月に入り国内でも感染者が確認されたことから政府は財政刺激策を強化し、3月13日に所得税・法人税の減税等を含む22.9兆ルピアの第2弾パッケージを発表した。3月後半になると1日の新規感染者数が100人を超え始め、経済への影響が深刻化しはじめたため、3月31日に国家財政政策・金融システム安定に関する法律代行政令2020年第1号が制定され、低所得層への生活必需品や現金の支給、条件付き現金給付策である希望の家族プログラム(PKH)や就業準備カード(Kartu Prakerja)プログラムの拡大など405.1兆ルピアにのぼる大規模な経済対策が盛り込まれた。5月11日には、社会的保護、零細小中企業支援、法人税の減免など641.17兆ルピア規模の国家経済復興プログラム(PEN)が策定された。しかし、感染の拡大が止まらないことから、その後も経済対策は2度にわたって増額され、最終的に695.2兆ルピアにふくれあがった。その結果、2020年度の財政赤字は対GDP比で6.34%に達した。財政赤字の上限は財政法によってGDPの3%と定められているが、先述の法律代行政令によって2020年度から3年間に限りその上限は撤廃され、さらに財源不足を補うために中銀の国債購入が認められた。これをうけ、中銀は397.56兆ルピアの国債を発行市場から直接引き受けたうえで、利子を政府に返却し、コロナ対策の財政負担を政府と分担することとなった。中銀は、これ以外にも12月末までに650.45兆ルピアの国債を購入した。(濱田美紀

3位 雇用創出法が可決成立

10月5日、コロナ禍のなかで雇用創出法(法律2020年第11号)が国会で可決された。ビジネス環境を改善して投資を喚起し、雇用を創出することがこの法律の目的である。ジョコウィ大統領は2期目の就任演説で、複数の法令を一括して改正するオムニバス法という手法を提案し、成長を加速させる立法に強い意欲を示していた。同法は初めてのオムニバス法で、78の法律、1237もの条文が一挙に改定された。

同法の規定のなかで新しい変化として注目されるのは、リスクベースの事業許可制である。これまでは常に事業許可が必要だったが、政府の審査・許可が要るのはリスク事業のみ、通常は事業登録さえすればよい形に抜本的に制度が簡素化された。政府系ファンドの投資管理機構(LPI)や、土地の再配分を促す土地銀行庁も新たに設立されることになった。大きな議論を呼んだのは、労働市場を硬直化させていると産業界が不満を表明していた2003年労働法の改定である。退職金支払い義務の軽減、長期休暇の詳細規定の削除、契約・派遣労働の制限撤廃、外国人就労の規制緩和、最低賃金制度の簡素化などが、多くの労組の反対を押し切って規定された。

産業界からの強い後押しで成立した同法に対しては、労組以外からの反対も強い。NGOなどの市民団体からは、規制緩和による環境破壊を懸念する声や地方分権化に逆行するとの批判があがっている。また、法案の審議過程が民主的でなかったとする批判も強い。政府が法案を国会に提出したのは2月上旬だったが、コロナ対策に集中すべき時期に審議が強行されたことに労組や学生団体は強く反発した。政府は4月下旬に労働関連条項の審議延長を一旦は決めたものの、国会休会中も審議が続けられ、最終的な意見の調整は国会外の密室で行われた。しかも、本会議での法案可決後に条文が修正された疑いも浮上した。法案可決後にジャカルタなど全国で行われたデモに対しても政府は強硬な姿勢で臨み、暴動を扇動したり偽情報を拡散したりしたとして反政府的な言動を行ったグループを厳しく取り締まった。(佐藤百合・川村晃一

写真:雇用創出法に反対する労組のデモ

雇用創出法に反対する労組のデモ
4位 急進的イスラーム保守派団体FPIが解散処分に

ジョコウィ政権は、12月30日、急進的イスラーム保守派団体「イスラーム防衛戦線(FPI)」の活動を全面的に禁止する処分を下し、実質的に組織を解散に追い込んだ。

FPIは、もともとジャカルタの暴力組織にすぎなかったが、2016年12月2日のイスラーム保守派による大規模デモを主導してジャカルタ州知事選で華人キリスト教徒の現職候補バスキ・チャハヤ・プルナマを落選に追い込むなど、ジョコウィ政権発足以来、反政府運動のなかで中心的な役割を果たしてきた。その後ジョコウィ政権はFPIに対してさまざまに圧力をかけてFPIの政治力を削ごうとした。2017年4月下旬にはFPI代表のリズィク・シハブをサウジアラビアに逃亡せざるをえない状況に追い込んだ。そのリズィクが11月10日に3年ぶりに帰国すると、5万人以上の支持者が空港まで出迎えに集まった。FPIの動員力に衰えがみられないことを目の当たりにしたジョコウィ政権は、FPIを解散に追い込むことを決断する。12月13日、警察がコロナ禍でイスラームの祈祷集会と娘の結婚式を兼ねた集会に大人数を集めた容疑でリズィクを逮捕したことにつづき、政府はFPIの活動を禁止する処分を決定したのである。政府は、FPI自身が法的登録の手続きを怠ったばかりでなく犯罪行為に関与してきたためと処分の理由を説明しているが、結社の自由を侵すものだとイスラーム組織以外の市民団体からも批判があがっている。(川村晃一

5位 巨大汚職事件が相次いで摘発される

1月14日、最高検察庁は不正な証券取引による損失から保険金の未払いが問題となっていた国営生命保険会社ジワスラヤの元社長ヘンドリスマン・ラヒムらを汚職容疑で逮捕した。一審の裁判では被告6人全員に終身刑が下っている。

7月30日には、2009年にバンク・バリ債務譲渡事件で禁錮2年の実刑判決を受けたのち11年間に渡り海外に逃亡していたムリア・グループ創業家のジョコ・チャンドラが、マレーシアで現地警察と協力したインドネシア警察により逮捕された。その後、警察高官や検事などがジョコ・チャンドラの逃亡の手助けをしていたことが発覚して逮捕された。

さらに、11月から12月にかけては、現職の閣僚が相次いで汚職撲滅委員会(KPK)によって汚職容疑で逮捕された。汚職撲滅委員会は、2019年9月の法改正によって権限と地位が弱められて以降検挙件数が減っていたが、久々の大捕物となった。11月25日、エディ・プラボウォ海洋・漁業相がロブスター稚魚の輸出許可に関する収賄容疑で逮捕された。12月6日には、ジュリアリ・バトゥバラ社会相が新型コロナウイルスの経済対策として貧困家庭に生活必需品を支給する社会扶助(Bansos)プログラムの実施において横領・収賄があったとして逮捕された。エディは国会第3党のグリンドラ党、ジュリアリは第1党の闘争民主党からの入閣で、いずれの収賄も党の資金調達の一環だった疑いがもたれている。(土佐美菜実)

6位 新型コロナ対策で中国と密に協力

2020年前半には北ナトゥナ海域の排他的経済水域における中国漁船の違法操業、コロナ禍における中国人労働者の入国疑惑、中国漁船におけるインドネシア人労働者の虐待など、中国をめぐってさまざまな問題が発生したが、インドネシア政府は中国政府との関係を強化することを通じて新型コロナ対策の切り札としてワクチンを早期に調達することを目指した。8月にはレトノ・マルスディ外相とエリック・トヒル国営企業相が訪中して中国製ワクチンの調達に合意するとともに、中国のシノバック・バイオテック社とインドネシアの国営製薬会社ビオ・ファルマが協力して第3相臨床試験をバンドンで実施し、その後国内でワクチンを生産することが決まった。12月には、ワクチン調達の第1陣としてシノバック製のワクチン約300万回分が到着した。ルフット・パンジャイタン海事・投資担当調整相は、「インドネシアを新型コロナ・ワクチン生産のハブにする」との方針を明らかにしている。(川村晃一

7位 首都圏の新港、パティンバン港がソフトオープン

12月20日、ジョコウィ大統領はジャカルタの東方145キロに位置するパティンバン港(西ジャワ州スバン県)の第1期開業式典を執り行った。大統領は、同港は国家戦略事業のひとつであり、ブカシ県、カラワン県の工業地帯やクルタジャティ空港に近く、地域の連結性と輸出迅速化のカギになると述べた。式典では、新港から自動車140台の初輸出も行われた。首都東方の新港湾は、もともと前スシロ・バンバン・ユドヨノ政権期に首都集中を緩和するため日本との協力事業として計画されたが、2015年に立地が変更され、第1期完了も2019年の予定から遅れていた。3期の工期からなる総工費は約30億ドルで、第1期向けに1189億円の円借款が供与された。第1期の港湾能力はコンテナターミナルが375万TEU、自動車ターミナルが21.8万台、第3期までに700万TEU、60万台に拡大される予定である。

2020年にはこのほか、ジョグジャカルタの新国際空港、西カリマンタンや東南スラウェシの工業団地、ダムや高速道路など11の国家戦略インフラ事業の完成が発表された。(佐藤百合)

8位 RCEP、韓国との包括的経済連携協定に署名

11月15日、ASEAN10カ国、オーストラリア、中国、日本、韓国、ニュージーランドが東アジア地域の包括的経済連携(RCEP)協定に署名した。世界のGDPの3割にあたる巨大経済圏での地域貿易協定となった。RCEPは2011年、ASEANの自由貿易協定の枠組みをより深化させる目的もあり、インドネシアが議長を務めた第6回東アジア首脳会議で議論が始まった。インドネシアが調整役を果たし、10年近い交渉を経て妥結に至った。

12月18日には、2012年に韓国との間で交渉を開始した包括的経済連携協定(CEPA)に両国政府が署名した。二国間協定としては2019年のオーストラリアとのCEPAに続くものである。インドネシアは92%、韓国は96%の物品で関税を撤廃し、RCEPよりも高い水準での合意となった。インドネシアから資源加工品の輸出の増加が見込まれ、韓国からの投資も期待される。2019年、韓国向け輸出額は72億ドルと、韓国はインドネシアの第7番目の輸出相手国となっている。(道田悦代

9位 第2期ジョコウィ政権で初めての内閣改造を実施

ジョコウィ大統領は、第2期政権発足から1年あまりが経った12月23日に内閣改造を実施した。直接的な契機となったのは、海洋・漁業相と社会相が相次いで汚職容疑で逮捕されたことであるが(5位の項参照)、新型コロナウイルスの感染拡大に対する初動対応の失敗などで批判を浴びた保健相を含め、あわせて6大臣ポストと5副大臣ポストの交代が発表された。汚職容疑で大臣ポストを失ったグリンドラ党と闘争民主党に対しては、サンディアガ・ウノ(通称サンディ)を観光・創造経済相に、トゥリ・リスマハリニ(通称リスマ)を社会相に任命することで埋め合わせが図られた。

サンディは、若手企業家として人気のある人物であるが、2019年の大統領選挙では副大統領候補としてジョコウィと戦った相手である。サンディと組んだ大統領候補のプラボウォ・スビアントも第2期政権発足時に国防相として入閣しており、選挙の対抗馬が2人とも入閣したことに対しては健全な政治的競争を阻害し民主主義の質を下げるとして批判もあがっている。一方、リスマはインドネシア第2の都市スラバヤの市長として市政改革を推し進め、国民的な人気も高い女性政治家である。また、政権発足時に軍出身者を任命したことで批判を浴びた宗教相には、インドネシア最大のイスラーム組織ナフダトゥル・ウラマー(NU)出身のヤクット・ホリル・コウマスを充てるなど、連立与党や世論に配慮した人事となった。(川村晃一

10位 コロナ禍のもとで統一地方首長選挙を実施

統一地方首長選挙が12月9日に269の州および県・市で行われた。新型コロナウイルスの感染拡大をうけ、9月の当初予定を延期しての実施となった。選管である総選挙委員会(KPU)は、選挙戦をオンラインとすることなど防疫指針の順守を呼びかけたが、立候補の届け出から選挙キャンペーン、そして投票日まで密集状態を避けることはできず、ウイルスに感染したり死亡したりする候補者も出た。ただし、選挙戦や投開票は平穏に進められた。投票率も76.09%を記録して、過去の統一地方首長選の平均を上回った。

有力政治家の親族の立候補が目立った選挙でもあった。ジョコウィ大統領の親族からは、長男のギブラン・ラカブミン・ラカが中ジャワ州のスラカルタ(ソロ)市長選に、娘婿のボビー・アフィフ・ナスティオンが北スマトラ州のメダン市長選に立候補し、両者とも当選を果たした。(土佐美菜実)

写真の出典
  • Monitor Civicus, A labour union protesting with, flags, posters, and alphabet blocks that read "TOLAK OMNIBUS LAW" meaning "REJECT THE OMNIBUS LAW," a term widely used among protesters. (CC BY-SA 4.0)