アジア経済研究所について
アジ研いま何してる?(活動紹介)
「アジいま」は、アジア経済研究所の広報担当者が、研究者を中心とする研究所職員を10分間インタビューし、「いま」取り組んでいることをわかりやすくお伝えする連載記事です。アジ研のいまと、新興国・途上国研究のいまを、のぞいてみませんか?
永島 優/開発研究センター ミクロ経済分析研究グループ
現在、最も力を入れているのはケニア西部のマラリアに関する研究です。この地域では長年にわたり、主に熱帯医学の研究者たちが調査を行ってきましたが、マラリア感染が続く理由や予防を妨げる社会経済的要因についての分析が求められています。そこで、誰がどのようなタイミングで予防行動を取るのかを経済学的手法で分析しています。具体的には、予防の重要性を伝える動画を作成し、啓蒙活動後の知識の変化やその持続性を測定しています。また、給付金の配布が予防行動や有病率にどのような影響を与えるか、分析しています。これら2つの介入の効果を測定するべく、様々な学問分野の専門家と社会実験を実施するなど、共同研究を進めています。
さらに、アフリカ熱帯地方にはマラリアが広く残存しており、「マラリアベルト」と呼ばれますが、実は一夫多妻制の分布と非常によく重なることがわかりました。マラリアと一夫多妻制が強く関連しているとすれば、「貧困」が両者をつないでいる可能性があると考えています。そこで、自身の科研費課題「マラリアと一夫多妻制のフィールド調査と経済分析」で、一夫多妻制は貧困、ひいてはマラリアの拡大に影響を与えているのかを解明する研究を進めています。また、一夫多妻制は民族的・文化的な側面もあり、量的分析による理解では十分とはいえません。そこで、質的調査を行うために、所内の共同研究プロジェクト「サハラ以南アフリカの一夫多妻家計における家計内資源配分と人的資本投資」を立ち上げました。同じく一夫多妻制が広くみられるブルキナファソと、私が調査対象とするケニア西部で、どのような類似点や相違点が見られるか、比較検討も試みながら、多面的な分析をする予定です。
同時に、HIVに関する研究成果も執筆しています。サブサハラアフリカで最も早くHIV治療を無償化したボツワナを対象に、治療薬の無償化がもたらした経済的効果と、それに伴う感染予防意識の低下の可能性について研究しています。
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現実世界の問題を解決したいという強い思いを抱き、ときにはフィールドに出て、ときには数字や理論と向き合う永島さん。その研究から、学術研究が社会にどう貢献できるかについてのヒントが得られそうです。
(取材・構成:金信遇、2024年10月15日)
塚田 和也/開発研究センター ミクロ経済分析研究グループ
私の関心は、どこの国にもある「農村」と呼ばれる空間での生活や経済活動が、経済発展や社会の変化を経て最終的にどのような状態にたどり着くかです。これまで、経済学の理論や実証研究を参考にしながら、タイとベトナムを中心に東南アジアにおける農村と農業を研究してきました。例えば、農村からの人口流出や農業の近代化が進むなかで、農業機械の導入とそれを用いた農作業の受委託市場が迅速に形成され、比較的小さな農家でも経営を維持してきたことは、この地域の特徴の一つです。
今年度立ち上げた共同研究プロジェクト「タイ農村の構造変化と農業の資源配分」では、タイの農村が直面している二つの大きな変化に注目します。一つは、急速な少子高齢化です。タイは先進国入りする前の段階で人口減少社会に突入しました。社会福祉制度もまだ十分ではない状況下で、少子高齢化が農村の構造や農業にもたらす変化について考察します。もう一つは、気候変動や自然災害の影響です。タイでも洪水や干ばつなどが農家に与える被害は深刻化しています。作物や栽培方法の変更など、自然環境のリスクに対する適応についても調査します。
このプロジェクトでは、10年ぶりに行われた農業センサスの結果や、農家レベルのミクロデータ、衛星画像や地理情報システムを活用した分析を行います。現地の農家や関係省庁へのヒアリング調査もあわせて実施する予定です。経済に加えて社会や自然環境の変化にも直面するタイの農村では、農業の基礎をなす労働と土地という二つの資源の利用パターンが、大きく再編されるのではないかと予想しています。本研究の成果は、一般読者向けの和文電子書籍として出版することを目指しています。
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質問票を使ったデータ収集に加え、農村の変化を歩いて発見することや調査協力者とのコミュニケーションも楽しんでいるという塚田さん。塚田さんの話から、農村とそこで暮らす人々に対する温かい眼差しを感じました。
(取材・構成:金信遇、2024年5月24日)
谷口 友季子/地域研究センター 東南アジアⅠ研究グループ
入所以来、『アジア動向年報』のマレーシアの章の執筆を担当しています。毎日マレーシアに関する新聞やウェブメディアをチェックし、現地の動向を追いつつ、日誌の整理を行っています。2008年に初めて訪れて以来、ずっとマレーシアについて学んできました。比較政治学の理論や先行研究の勉強にも力を入れていますが、現地の情報を追うことで新たな問いが浮かぶこともあり、作業は大変ですが、知的好奇心を刺激される面白さがあります。
動向分析から見出した研究テーマの一つとして、議員の政党間移動に注目しています。マレーシアでは、近年政党間移動が活発化し、2020年には政権交代の引き金にもなりました。それ以降、議員個人の政党移籍だけでなく、政党同士の連合、連立状況も複雑になり、政党間移動に規制が設けられ始めています。所内の共同研究プロジェクト「途上国における政党ラベルの役割」で今後2年間、議会における規制の影響を中心に研究し、その成果を英語の学術論文として発表する予定です。
また、これまで科研費(20K13418、19K20876)を活用して取り組んできた権威主義体制における反体制派の政治参加に関する研究も続けていきたいと考えています。マレーシアでは、制度外の政治参加として大規模なデモが発生することはあったものの、それによって体制が崩壊することはありませんでした。反体制派も、武力ではなく選挙による政権獲得を目指した背景には、長年にわたる選挙の経験があったからだと思います。マレーシアにおける制度内外の政治参加の相互作用について、引き続き研究を深めていきます。
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いつか研究成果を現地に還元したいと語る谷口さん。方法論に詳しい政治学者としての印象が強かったのですが、お話を伺う中で谷口さんの強い現地愛を感じました。地域研究と他のディシプリンの間の方法論論争が続くなか、谷口さんは若手研究者のロールモデルの一人になり得ると思いました。
(取材・構成:金信遇、2024年4月24日)
松本 はる香/地域研究センター 東アジア研究グループ
いまは、習近平政権下の中国の外交政策、特に米中関係と台湾問題に焦点を当てて研究しています。その成果のひとつとして、北東アジア地域のバイラテラルな関係から中国の対外関係を分析した『〈米中新冷戦〉と中国外交――北東アジアのパワーポリティクス』(編著)を出版しました。直近では、空間経済学や経済地理シミュレーションモデル(IDE-GSM)を専門とするアジア経済研究所の研究者たちと共同研究を実施し、中国と台湾の関係が緊張するなかで、いわゆる台湾有事が起きた場合の世界経済に与える影響について、2024年1月の台湾総統選挙の結果を踏まえつつ分析しました。これに関しては、ウェブマガジン『IDEスクエア』の特集で「『台湾リスク』と世界経済」の連載記事として公開しています。さまざまな地域や分野の研究者との共同研究は非常に面白く、知的好奇心を大いに刺激してくれるものです。このような多様な専門家が集う知のコラボレーションは、本研究所において研究を続ける醍醐味のひとつと言えます。
また、これまで東アジアの冷戦史、特に、1950年代の台湾海峡危機について長年研究してきました。科研費課題(研究代表者・研究分担者)でもこのテーマに関する研究を進め、アメリカや中国、台湾でアーカイブと呼ばれる歴史史料館で外交文書を読んで分析する、地道な作業を少しずつ続けてきました。今度、冷戦時代の台湾海峡危機をめぐる米台関係について外交史的に跡づける本を日本語で出版する準備を進めています。
2024年5月からは、台湾の国立政治大学台湾史研究所で在外研究を1年間行います。様々な史料を通じて歴史を俯瞰的に振り返りながら、台湾海峡をめぐる現在進行形の国際関係についても考察をさらに深めていきたいと思っています。
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米中・中台関係は国際社会で最も重要なイシューの一つですが、常に揺れ動いているため正確な現状の理解は難しいものです。ただその時々の動きに注目するだけでなく、歴史的文脈を踏まえた松本さんの冷静な分析は、この複雑な問題を理解する上で非常に重要な手がかりとなっています。
(取材・構成:金信遇、2024年4月12日)
(写真:青山由紀子)
荒井 悦代/地域研究センター 南アジア研究グループ
スリランカの研究をしています。スリランカでは、2022年の反政府運動で権力を失うまで、ラージャパクサ―一族が大統領や首相、財務大臣といった要職を占めていました。一族政治は途上国でよくみられますが、前任者から権力を引き継いだのではなく、同時に、そして、複数の重要なポストを一族で分け合っていたという点が特徴的です。スリランカは、教育や医療を無償で提供し、1931年には普通選挙を実施するなど、福祉国家や民主主義国家として高く評価されていました。しかし、気づかないうちに権威主義的な国になってしまいました。どこでどう変わったのか、シンハラナショナリズムや法律制度、財政など、さまざまな角度からスリランカの状況を分析する共同研究「ラージャパクサ一族政治の成り立ち」を進めており、2024年度には日本語の本として研究成果を出版する予定です。
2022年の反政府運動の背景には、外貨不足による燃料不足や激しいインフレなど、経済的な問題が大きく関係しています。スリランカの人々の我慢の限界はどこにあるのか、スリランカの経済を安定させ、国民の不満を抑えるにはどうすればいいのか、その道しるべを見つけることが私の大きな研究目標です。
さらに、スリランカに加え、モルディブの状況にも注目しています。モルディブやスリランカの対中関係は、一帯一路などの影響で、日本国内でも関心が高いと思います。また、スリランカとモルディブの国内では、反中国路線、反インド路線というのが選挙の争点になることが多いです。このような側面も引き続き観察していきます。
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グローバルサウスという「括り」に注目が集まるなか、各地域や国にはそれぞれの政治と社会のダイナミズムが存在するということがわかりました。スリランカは小さな国ですが、そこに虫眼鏡を当てることで、新しい国際秩序が見えてくる気がします。
(取材・構成:金信遇、2024年1月12日)