アジア経済研究所
発展途上国研究
奨励賞

アジア経済研究所発展途上国研究奨励賞

ジェトロ・アジア経済研究所では1963年より、日本の開発途上国研究の水準向上と研究奨励を目的に、途上国研究に関する優秀図書を選定、表彰しています。
(※1963年~1979年「優秀論文賞」、1980年より「発展途上国研究奨励賞」)

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第46回「アジア経済研究所発展途上国研究奨励賞」(2025年度)受賞作品

ジェトロ・アジア経済研究所は、1963年以来、開発途上諸国の経済などの諸問題に関する優秀図書、論文の表彰を行ってきました。1980年度に創設された「発展途上国研究奨励賞」は、開発途上国・新興国または地域に関する社会科学およびその周辺分野における調査研究の優れた業績を評価し、この領域における研究水準の向上に資することを目的としています。

今回、選考の対象となった作品は、2023年10月~2024年9月の1年間に公刊された研究書(英文書籍は2024年)のうち開発途上国・新興国または地域の経済、社会などの諸問題を調査、分析したものです。個人・出版社等から推薦された29点の中から次の2点が受賞作品として選定されました。

第46回(2025年度)受賞作品

書籍:Fueling Sovereignty : Colonial Oil and the Creation of Unlikely States

Fueling Sovereignty : Colonial Oil and the Creation of Unlikely States” (Cambridge University Press)

著者 向山直佑 東京大学未来ビジョン研究センター 准教授

書籍:中国共産党の神経系――情報システムの起源・構造・機能

中国共産党の神経系――情報システムの起源・構造・機能』(名古屋大学出版会)

著者 周 俊 神戸大学大学院国際文化学研究科講師

表彰式は7月1日(火曜)に、アジア経済研究所にて開催されました。

表彰式の写真①(左から木村所長、周氏、向山氏、竹中委員長、村山理事)

(左から木村所長、周氏、向山氏、竹中委員長、村山理事)

表彰式の写真②(受賞講演)

(受賞講演)

表彰式の写真③(受賞講演)

(受賞講演)

受賞のことば(向山 直佑氏)

このたびは、第46 回アジア経済研究所発展途上国研究奨励賞という栄誉ある賞を賜り、誠に光栄に存じます。選考委員の先生方、ならびに本書を出版する過程でお世話になった恩師や同僚、友人、家族、編集者や出版社の皆さまに心よりの御礼を申し上げます。

本書は、石油をめぐる植民地期の政治が、脱植民地化を通じた国家の形成、特に小規模な植民地が周辺とは別個に単独で独立する過程にどのように影響したのかを解明するものです。脱植民地化の過程において、宗主国はより安定した単位を作り出して主権を移譲するために、しばしば複数の植民地を統合しようと試みました。地域大国の併合などもあり、小さな植民地はより大きな単位に吸収されることが多かったわけですが、ごく一部の事例では、合併の圧力に抗して単独での独立が達成されました。本書では、ブルネイ、カタール、バーレーンという3 つの事例にとくに焦点を当て、歴史資料を分析しつつ、植民地時代に始まった石油生産と宗主国の保護領制度が、これら「存在しないはずの国家」の誕生にいかにしてつながったのかを明らかにしました。本書の日本語版は、『石油が国家を作るとき』というタイトルで慶應義塾大学出版会から2025 年1 月に刊行されております。

主権国家の形成についての既存研究は、これまでヨーロッパの歴史に基づいて理論化を行うものがほとんどでした。しかし戦争や貿易や外交を通じた「オーガニック」なプロセスによって誕生した国家というのは世界200 弱の国家のうちごく一部であり、大多数は植民地支配からの独立によって生まれた事実があります。にもかかわらず、ヨーロッパの事例がスタンダードとされた上で、脱植民地化は単なる植民地から国家への単純なアップグレードとしてみなされることが多く、その過程でさまざまな政治的思惑や経済的・社会的・文化的要素が影響して今日のような世界地図が出来上がっていったことは、必ずしも認識されていません。何かが少し違っていれば、たとえばブルネイに石油が出ていなければ、南アラビアの保護国で石油が出ていれば、ナイジェリアの石油が戦間期に発見されていれば、今とは大きく異なる世界地図を我々は眺めていたかもしれないのです。今ある国家を相対化し、あったかもしれない国家やなかったかもしれない国家に想像を向ける契機として、本書を形にしました。

脱炭素が世界的な目標になり、さまざまな分野で脱植民地化が再びのトレンドとなり、一方でグローバル化が進んだ反動で国境や国籍の問題がことさらに取り沙汰される世界に対して、少し回り道ではありますが、本書が何かしらの理解の助け、あるいは議論のきっかけを提供できることを祈っております。この賞を励みに、今後も発展途上国の歴史と現在を接続するような研究を継続してまいりたいと思います。

<向山 直佑氏略歴>

1992 年 大阪府生まれ
2015 年 東京大学法学部卒業
2021 年 オックスフォード大学政治国際関係学部にてDPhil in International Relations取得
2022 年より東京大学未来ビジョン研究センター准教授。

<主要著作>
  • 『石油が国家を作るとき―天然資源と脱植民地化―』慶應義塾大学出版会、2025 年(単著)
  • “Colonial Oil and State-Making: The Separate Independence of Qatar and Bahrain.”Comparative Politics 55(4): 573-595(2023、単著)

受賞のことば(周 俊氏)

この度は、第46回「アジア経済研究所発展途上国研究奨励賞」という歴史のある賞をいただき、誠に光栄に存じます。賞の選定に関わってくださった皆様と、本書の出版を支えてくださった数多くの皆様に心より御礼申し上げます。

本書の眼目は、中華人民共和国の建国にあたり、国家の動静を把握すべく、中国共産党は支配や施策に必要な情報をどのように収集・処理したかを実証的に明らかにし、それによって斬新な歴史像を提示することです。また、情報・認知という新機軸を盛り込んで、権力や富を研究対象としてきた従来の政治史研究に心臓の鼓動を吹き込み、研究アプローチのパラダイムシフトを引き起こすことも狙いの一つです。

周知のように、現代社会は、情報社会と言われて久しいです。しかし、情報の問題に焦点を当てた歴史研究・地域研究は盛んに行われるどころか、むしろ稀少です。これまで秘密のベールに包まれてきた中国共産党の情報システムについても我々はほぼ無知な状態にあります。周囲はみな恐れをなして都合の悪い真実を伝えず、独裁者はヨイショする声に踊られる独りよがりの「バカ」になる、と。情報と独裁の関係を考える際に、独裁体制の弱点を辛辣に捉えたアンデルセンの童話作品『裸の王様』を思い浮かべる人が多いかもしれません。政治学では、この問題は「独裁者のジレンマ」と呼ばれます。

しかし、本書は、この通念を覆し、正しい情報が与えられていても都合の良い情報のみを活用した毛沢東の認知バイアスと、その背後にある彼の知識体系こそが問題の本質であるという新しい解釈を示しました。

今日、人工知能やビックデータなどの発達により、中国共産党の情報システムがさらに多様化し精緻化しているでしょう。しかし、科学技術により得られた情報を用いて意思決定するのが人間である以上、中国共産党の指導者らの認知バイアスに対する分析が重要であることに変わりはないです。

情報をどう扱うのか。認知バイアスといかに付き合うのか。これは単なる中国共産党史研究の領域にとどまらず、いつの時代も、どの国でも、誰しもが考えなければならない普遍的な問いではないでしょうか。今回の受賞により、少しでも多くの方が中国共産党史研究、そして情報・認知の問題について興味をもってくだされば、これ以上の喜びはありません。

最後に、私の日本留学や著書執筆を強く支持してくれた両親に感謝を伝えたいです。秘境中の秘境とも言えるこのテーマに真正面から取り組むことは、中国にいる両親に大きな迷惑をかけるかもしれません。

一つの旅は終わり、また新しい旅立ちが始まります。今回の受賞を励みとしまして、今後とも研鑽を重ねてまいります。

<周 俊氏略歴>

1987 年 中国湖南省生まれ。
2023 年 早稲田大学大学院アジア太平洋研究科にて博士号(学術)取得。
2024 年 神戸大学大学院国際文化学研究科講師着任、現在に至る。

<主要著作>
  • 『中国現代史資料目録集―毛沢東時代の内部雑誌―』東京大学社会科学研究所グローバル中国研究拠点、2023 年(単著)。
  • 『20 世紀中国史の資料的復元』京都大学人文科学研究所、2024年(分担執筆)。

最終選考対象作品

最終選考の対象となった作品は受賞作のほか、次の1点でした。

  • 『香港を耕す:農による自由と民主化運動』(岩波書店)
    著者:安藤 丈将 武蔵大学 社会学部 教授

選考委員

委員長
竹中 千春    立教大学 法学部 元教授

委 員
遠藤 貢     東京大学大学院総合文化研究科 教授
木村 福成    ジェトロ・アジア経済研究所 所長
黒木 英充    東京外国語大学 アジア・アフリカ言語文化研究所 教授
園田 茂人    東京大学 東洋文化研究所 教授
藤田 幸一    青山学院大学国際政治経済学部 教授

担当部課
ジェトロ・アジア経済研究所 研究推進部 研究事業開発課
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