アジア経済研究所について

アジ研いま何してる?(活動紹介)

広報担当のネタ探しの旅:アジ研いま何してる?(アジいま)

「アジいま」は、アジア経済研究所の広報担当者が、研究者を中心とする研究所職員を10分間インタビューし、「いま」取り組んでいることをわかりやすくお伝えする連載記事です。アジ研のいまと、新興国・途上国研究のいまを、のぞいてみませんか?

「粒良さん、いま何してますか?」(2025年8月12日)

粒良 麻知子/新領域研究センター 法・ガバナンス研究グループ

粒良 麻知子/新領域研究センター 法・ガバナンス研究グループ

いまメインで進めているのは、「サハラ以南アフリカにおける優位政党の大統領候補選考」という個人研究です。私はタンザニア政治を継続して研究しているのですが、タンザニアは独立してからずっと与党が変わらない「一党優位体制」の国なんですね。私が関心を寄せてきたのは、なぜ与党がそんなに選挙で勝ち続けられているのかということ。その鍵のひとつは与党内の大統領候補選びにあると考えていて、たとえば2015年総選挙では与党が派閥争いを統制して大統領候補を一本化したことで、政権を維持しました。そこからさらに視野を広げ、同じように一党優位体制が長いボツワナ、モザンビーク、ナミビア、南アフリカを加えた5カ国を比較研究しようというのがいまの個人研究です。

その後一党優位体制が崩れた国もありますが、基本的にこれらの国では大統領候補選びのルールが厳格に決められていて、異論を挟む余地がほとんどありません。タンザニアだと最初に5人を選び、3人、1人と3段階で絞り込んでいくという具合です。それが最善かどうかは別として、与党政権の持続性という意味では有効な仕組みだと考えています。

ところが欧米では、政権が変わらない国は民主主義が未熟だという考え方が根強いんですね。私はそうは思っていなくて、ずっと与党が交代していなくてもその国なりの民主主義というものがあると考えています。日本も与党政権が長く続いてきたので、アフリカの一党優位体制に共通点を感じるところもあります。欧米の研究者たちに新たな視点を提示したい――それがこの研究のモチベーションかもしれません。

そのほか、「出発選挙の包括的比較研究」というプロジェクトが本格化しています。東京大学の湯川拓先生が進めている科研費課題で、権威主義体制から民主主義に移行したあとの最初の選挙についての特徴を比較分析するものです。私はサハラ以南アフリカ全般を担当するので大変ですが、しっかり貢献していきたいと思います。

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アフリカの社会には2つの「予想外」があると明るく話す粒良さん。ひとつは日本とはまったく違うところ、もうひとつは日本とよく似ているところだそうです。予想外を前向きにとらえ、自らの研究に繋げていく逞しさを感じました。

(取材・構成:池上健慈、2025年7月25日)
(写真:青山由紀子)

「青木さん、いま何してますか?」(2025年7月28日)

青木(岡部)まき/地域研究センター 動向分析研究グループ

青木(岡部)まき/地域研究センター 動向分析研究グループ

今月から『アジア動向年報』の責任者を務めることになりました。無事に引継ぎを終えたところです。『アジア動向年報』は各年版と10年ごとのバンドル版があるのですが、いまは1970年代のバンドル版に向けた解説の執筆期間で、私も「タイ」編の執筆を進めています。

私自身はそれと並行して、冷戦期にタイ国王が行った海外訪問を再検討する研究を始めています。これまでのタイ外交は、タイ国内の資料を除くとアメリカの外交文書を中心に位置づけられることがほとんどでした。そこで描かれるタイといえば、時局に応じてしなやかに立ち回る「竹の外交」とか、バランスを重視した「外交上手の国」といったイメージです。ところが2020年ごろから、そうしたタイ外交像に一石を投じる研究者たちが出てきました。私もその一人で、新たな仮説として『「竹の外交」から「多元的外交」へ』と題したレビューを発表しています。

国王の海外訪問については、米国以外の訪問先、たとえば日本や台湾、英国、オーストラリアなどのアーカイブ資料から紐解くことがポイントになります。近年、各国で公式文書の公開が進んできました。米国一辺倒だったこれまでの資料からいったん離れることで、これまでとは違った視座が得られると考えています。私は外交文書を読み込むのが好きで、それは書いた人の声が聞こえてくるからなんですね。一見すると無機質な文書にも、ところどころに憂いや怒りを含んだ本音が見え隠れする、私はそういう声をつぶさに拾い出して、これまでみえていなかったタイの外交像を描き直したいのです。これまでのところ、国王の海外訪問は国王自身や外務省、国軍などの思惑が錯綜しながら形作られ、アメリカ以外の訪問先に対するアメリカや国軍の影響は定説でいわれるほど強くなさそうだということがわかってきました。

タイという国は不思議なところがあって、国民レベルでも政治レベルでも、みんなそれぞれ違う方向で勝手にやっているのに、最後にはうまく帳尻が合って窮地を脱する、というような局面があります。それぞれのアクターは真剣そのものなのに、結果に至るまではとにかくまとまりがない。私はこれを「ばらばらモデル」と仮に呼んでいるのですが、この「真面目なまとまりのなさ」みたいなものが、タイをみていく上でひとつのヒントになりそうな気がしています。

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ASEAN研究を皮切りにタイに関心を寄せ、タイ外交のエキスパートとなった青木さん。最近では需要に応えて内政にも造詣を深めるあたり、タイにも通じる柔軟性を感じる一方、定説を覆したいという研究者の強い意志も垣間見えました。

(取材・構成:池上健慈、2025年7月17日)
(写真:青山由紀子)