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サステナ台湾――環境・エネルギー政策の理想と現実――

第3回 風力発電の開発状況と懸念

PDF版ダウンロードページ:http://hdl.handle.net/2344/00051561

2020年2月

(5,541字)

連載3回目のテーマは台湾の洋上風力発電(off-shore wind power)の開発状況である。政府主導で強力に推進されている洋上風力だが、一方で様々な問題も表面化しており、今回は国内外から寄せられる期待という正の側面と、環境問題や生態系への懸念など負の側面の双方から、その現状について詳述する。

再生可能エネルギーの世界的拡大

再生可能エネルギーの現状について、国際的な自然エネルギー政策ネットワークであるREN21が2019年に発表した報告書によると、2018年に世界全体で水力、風力、太陽光、バイオマス、地熱などの再生可能エネルギーが全エネルギーに占める割合は、発電設備容量で33%、発電量で26.2%に達していると推定された(REN21 2019)。また、この26.2%のうち8%が風力・太陽光発電であり、すなわち全世界の発電総量の約8%を占めることになる。

国際エネルギー機関(IEA)の報告書『世界エネルギー見通し2019』には、世界各国で公表された最新のエネルギー政策等がすべて確実に実行されたと仮定した「公表政策シナリオ」に基づき、将来のエネルギー動向が予測されている。この報告書でIEAは、今後世界規模で再生可能エネルギーを含む低炭素のエネルギーが急速に拡大すると見ている。

具体的には、まず石油需要の世界的な伸びは2025年以降鈍化し、2030 年代には横ばいになる。その過程で、太陽光発電が発電設備容量ベースで最大の電源に成長する。風力と太陽光による発電の拡大により、2020 年代半ばには電源構成に占める再生可能エネルギーの割合が総発電量ベースで石炭を超える。そして2040年までに、低炭素のエネルギー源が発電総量の半分以上を占めるようになるとIEAは見込んでいる(IEA 2019)。

再生可能エネルギーのなかでも洋上風力発電の開発に対する期待は一段と高い。国連が発表した最新の温室効果ガス削減に関する報告書『The Emissions Gap Report 2019』によれば、洋上風力開発プロジェクトへの投資は2040年までに累計1兆米ドルに達する見込みである(UNEP 2019)。前掲のIEA報告書では、「パリ協定」の目標達成を前提とし、そこに至るまでの過程を描く「持続可能な開発シナリオ」に基づいた予測もなされている。これによると、特に洋上風力の技術水準が高い欧州連合(EU)において、今後洋上風力の発電規模は陸上風力に匹敵し、同地域の電力部門の完全脱炭素化に道筋をつける主要電源となり得る。

台湾の洋上風力発電開発
2019年10月、台湾北西部の苗栗県沖合約2キロから6キロの海域に、台湾の洋上風力発電所第一号となる「フォルモサI」(中国語名は「海洋風電」)が竣工し、同年末より商業運転を開始した(図1)。2019年11月12日に行われたフォルモサIの竣工式(写真1, 2)では、蔡英文総統が今後2026年から2030年までの5年間で風力発電設備容量を5GWにするという現在の目標を、2035年までの10年間で10GWに引き上げると表明するなど、洋上風力に対する政府の意気込みは非常に高いようである。

図1 風力発電所「フォルモサI」位置図

図1 風力発電所「フォルモサI」位置図

(出所)筆者作成。

写真1 2019年11月12日行われた「フォルモサI」竣工式。中央は蔡英文総統。

写真1 2019年11月12日行われた「フォルモサI」竣工式。中央は蔡英文総統。

写真2 「フォルモサⅠ」の竣工は国内外から多くの注目を集めた。

写真2 「フォルモサⅠ」の竣工は国内外から多くの注目を集めた。

実際に、台湾政府が現在最も開発に注力している再生可能エネルギーが、この洋上風力発電である。経済部が2019年4月に発表した試算では、現在洋上風力だけで投資規模が9625億台湾元(約310億米ドル)に及び、2万人の雇用が創出される見込みである。

これまで台湾では、陸上風力が主力で洋上風力の開発はほとんど行われていなかった。しかし現行の政府目標では、2019年から2025年までの7年間で、風力の発電設備容量を2008年の約0.72GW(陸上のみ)から6.7GW(陸上1.2GW+洋上5.5GW)まで9倍以上に拡大する計画であり、現在は政府の強力なバックアップを受け開発が進められている。

こうした潮目の変化には、政府のエネルギー転換政策以外にも大きく二つの原因がある。一つ目は、台湾海峡には高い発電ポテンシャルを持つ場所が多数存在するなど恵まれた環境にあるという認識が広まり、国内外からの注目度が非常に高まっていることである。そして二つ目は、陸上風力発電には建設地の不足や風車稼働時の騒音などが原因で建設許可が下りにくいという問題があるが、洋上風力はこのような問題とは無縁である、という点である。

政府主導で洋上風力発電の開発が本格化するにつれ、産業界、特に国外の開発業者からの関心が高まっている。経済部能源局が管轄する大規模洋上風力発電所の開発案件は現在10件あり、このうち3件は台湾企業だが、残り7件についてはデンマーク、ドイツ、シンガポール、カナダに籍を置く5つの外国企業が受注しており、市場で存在感を放っている(表1)。

表1 各洋上風力発電所における配分容量とデベロッパー

表1 各洋上風力発電所における配分容量とデベロッパー

(出所)2018年4月台湾経済部の公表資料に基づき筆者作成。内容は公表当時のもの。

ただ、上記案件を担当する開発業者には、「国産化」の条件が課される。これは、建設事業への発注や製品・部品調達の際に国内の業者を採用することを、審査・選抜段階で予定あるいは約束することである。ただし、「国産化」に関しては、台湾国内の技術水準や経験の不足、また巨額の設備投資に対する企業の消極姿勢といった課題も指摘されている。そこで政府はこれまでの経験を踏まえ、今後の1、2年間で利害関係者と協議し、2025年以降の洋上風力発電所の開発に関して、国産化の基準や審査手続きなどを策定する予定である。

風力発電開発への懸念と対策

サステナブル(持続可能)な社会を目指す再生エネルギー事業だが、様々な問題も抱えている。クリーンエネルギー事業と生態系・環境問題との緊張関係は「クリーン・クリーン・コンフリクト」と呼ばれ、洋上風力発電では海洋生物や鳥類だけでなく、人間の生活環境との間にも摩擦や衝突が起こっている。以下、それぞれの事例について紹介する。

海洋生物への影響

洋上風力発電所の開発に伴い、シナウスイロイルカなどのクジラ類をはじめとする、海洋生物の生態系に対する悪影響が懸念されている。この問題について各洋上風力事業者が検討している対策の一つが、「台湾クジラ類観察員」執行計画(Taiwan Cetacean Observer, TCO)である。これは、クジラ観察員が施工期間中に当該地域を観測船で巡回する際、クジラ等を発見した時点で風車の基礎構造のパイル打設工事を直ちに停止するという制度であり、クジラ観察員はトレーニングにより養成され認定を受ける(写真3)。しかし、観察員養成関連業務を担う機関の選定や工事を中断する条件などについて詳細な規定がないうえ、観察員には工事を中断させる権限もないなど、問題点は少なくない。

写真3 「台湾クジラ類観察員」(TCO)のトレーニングを受ける様子。

写真3 「台湾クジラ類観察員」(TCO)のトレーニングを受ける様子。

鳥類への影響

鳥類に関しては、群れが風車を通過する際にブレードや支柱などへの衝突によって多数死傷する事例が後を絶たない(浦2015)。動物保護団体の「中華鳥会」は、洋上風力発電設備から鳥類を保護するため政府や開発業者に求めていくべき内容として、①洋上風力発電所の建設サイト選定に関わる事前調査資料の公開、②調査研究人員の補充、③「エクエーター原則」(Equator Principles,EPs)に則った資金繰り、④国内の環境と社会レビュー・メカニズムの立ち上げ、があるとしている。

③のエクエーター原則とは金融業界の自主的ガイドラインであり、インフラ建設プロジェクトなど大規模プロジェクトへの融資の際に、環境・社会リスクを評価・管理する基準である。また、④の実行にあたっては、世界銀行グループの一機関である国際金融公社(IFC)が定めた環境保護と社会コミュニケーションのための取組みなどの国際規範を参考にするよう同会は呼び掛けている。

一部の開発業者は、鳥類が自由に飛行できる空間として「生態回廊」(Ecological Corridor)を予め設けておき、鳥類が頻繁に往来する海域で風車の設置を回避したり、あるいは洋上風力発電所付近を鳥の大群が移動する際、発電負荷削減メカニズムを開始して巻き込み事故を減らしたりすることを約束している。発電負荷削減メカニズムとは、発電所近辺で鳥の群れが見つかった場合、タービンを低速回転にして発電量を減らす仕組みである。発電効率の低下を伴うことから、業者にはリスクを回避するために建設サイトを慎重に選定するインセンティブが働く。

しかし、計画時に鳥類が生態回廊を飛行する確率を算出したり、稼働後、群れの通過を事前に予測したりするのは容易ではない。負荷削減メカニズムが適切に運用されているか監督する必要もある。この対策が狙いどおりの効果をあげるかどうか、まだ不透明だ。

生態系への影響を抑制するには、まずは施工時および商業運転開始後の影響を正確に把握しなくてはならない。現段階で2025年までの開発計画が既に決定されていることもあり、政府は各発電所の事業者に対し、環境保護に関する取り決めを遵守するよう、早急に指導するとともに、生態系への影響を長期にわたり調査研究する体制を整える必要がある。

漁業への影響

漁業事業者との摩擦も深刻な問題である。具体例としては、漁場の環境変化や、場合によっては漁場自体が消失するなど自らの生活が脅かされることに対する強い懸念から、2015年頃から苗栗(Miaoli)県の漁業者団体により海上デモが組織されるようになった。これを受けて、現在も開発業者から漁業従事者への補償金の支払いに向けた協議がもたれている。2016年に全国共通の補償基準と支払金額の計算式などがようやく設定されたにもかかわらず、補償方法や金額についてはなかなか合意に至っていない(2019年12月現在)。

別の解決手段として、漁業事業者に対して養殖業や観光業、または洋上風力発電の関連事業への転職が推奨されている。しかし、これには個々の漁民と漁業協同組合に加え、地方・中央政府、開発業者と第三者機関による積極的な参画とリソース投入が必要であり、まだ長く厳しい道のりが待っている。


台湾の洋上風力発電は、いよいよ本格的な稼働期を迎える。洋上風力発電事業は、政府の目指す「非核家園」(本連載第2回参照)とエネルギー転換目標を達成するのに非常に重要な役割を果たし得るだけではなく、基礎工事などを含む洋上風力発電の国内サプライチェーンを構築する契機ともみられており、その可能性は大きく広がっている。とはいえ、開発経験の不足や直面する様々な課題も克服していかなくてはならず、そのためにはローカルな開発経験を積み重ねながら、各々の問題に一つずつ丁寧かつ地道に対処していくことが必要である。台湾政府には国内外の事例を参考にし、試行錯誤を自ら重ねることで、生態・環境とのバランスを重視するという次世代のエネルギー開発モデルを構築する絶好の機会ととらえてもらいたい。

次回の連載に向けて
今回の連載では、台湾の洋上風力発電所第一号の「フォルモサI」の竣工から全体の開発状況、国内外から寄せられる事業拡大への期待と、その一方で生じた急速な開発に伴う生態・環境破壊への懸念、とられ始めた対策について述べた。次回は、事業者による生態環境に配慮した開発への取組みの具体例を詳しく紹介する。あわせて、太陽光発電の開発状況と問題点、展望についても紹介したい。
写真の出典
  • 写真1、2 中華民國總統府(Office of President, Republic of China (Taiwan))ウェブサイト
  • 写真3 Ocean Conservation Administration, Ocean Affairs Council, Taiwan提供。
参考文献
著者プロフィール

鄭方婷(チェンファンティン) アジア経済研究所海外研究員(台湾・台北市)。2014年4月~2019年4月アジア経済研究所新領域研究センター法・制度研究グループ研究員。博士(法学)。専門は国際関係論、国際政治学、国際環境問題(気候変動)、グローバル・ガバナンス論。主な著作に、『「京都議定書」後の環境外交』三重大学出版会(2013年)、『重複レジームと気候変動交渉:米中対立から協調、そして「パリ協定」へ』現代図書(2017年)など。2019年4月より国立台湾大学にて客員研究員として勤務。

書籍:京都議定書後の環境外交

書籍:重複レジームと気候変動交渉

この著者の記事

(2021年3月3日文字修正)