IDEスクエア

世界を見る眼

サステナ台湾――環境・エネルギー政策の理想と現実――

第8回 「エネルギー・トランジション」に立ちはだかる「クリーン・クリーン・コンフリクト」――天然ガス拡大と「藻類礁」問題

PDF版ダウンロードページ:http://hdl.handle.net/2344/00052157

2021年6月

(5,916字)

前回の連載では、小規模太陽光発電所の乱開発、台湾電力会社・台中石炭火力発電所をめぐる国と自治体の対立、そして「脱原発」の推進状況と、太陽光、石炭火力、原子力分野での様々な状況に焦点を当てた。今回は、2025年のエネルギー・トランジション目標の達成をも左右する天然ガスの開発における重要な展開について紹介する。

天然ガス発電の推進状況

台湾政府は、2025年のエネルギー構造(発電設備容量)を「天然ガス50%、石炭20%、再生可能エネルギー20%(原子力0%)」にすることを目標としている。この目標の達成のためには、石炭火力の段階的削減、脱原発の推進、再生可能エネルギーの普及以外に、天然ガスの拡大も非常に重要な位置を占めている。とりわけ、台湾政府は、脱炭素化と汚染削減を目指し、石炭火力の代わりとして、天然ガス火力発電へのエネルギー転換を推し進めている。

台湾における2018年の天然ガス総消費量は1699万トン、うち99%にあたる1681万トンは輸入されており、その外国依存度は非常に高い(経済部能源局2019)。加えて天然ガスの国内備蓄量はおよそ10日から2週間分程度しかなく、将来石炭を天然ガスで代替する場合には、安定したエネルギー供給が重要な課題の1つとなる。

安定したエネルギー供給には、国内備蓄量だけでなく輸入ルートの確保も欠かせない。2018年における台湾の液化天然ガス(Liquefied Natural Gas: LNG)輸入元は16カ国に上り、上位3カ国はカタール、マレーシア、オーストラリアである(図1)。入手先を分散することは、不測の事態が生じても安定的にLNGを確保するための対応として重要であると思われる。

図1 2018年の台湾におけるLNGの主要入手先

図1 2018年の台湾におけるLNGの主要入手先

(出所)経済部能源局(2019)をもとに筆者作成。

天然ガスを海外から国内へ輸送するにはLNG専用の運搬船が用いられるが、海上衝突事故や海賊行為などのリスクに備え、運航ルートも分散する必要がある。現在の運航ルートは主に次の4つであり、①カタール、マレーシア、インドネシア、ブルネイ、アフリカからの輸入にはインド洋・マラッカ海峡を通る「西南ルート」、②オーストラリア、パプアニューギニアからの輸入には太平洋・フィリピン海を通る「東南ルート」、③ロシアからの輸入には日本海・対馬海峡を通る「西北ルート」、④アメリカ、トリニダード・トバゴ、ペルーからの輸入にはパナマ運河を通り太平洋を横断する「東北ルート」が、それぞれ使われている。

このように、輸入元と運航ルートが分散されていることで、戦争や事故によってLNGが供給困難になるなどといった事態を最大限回避できる。実際、台湾経済研究所によると、「台湾LNG輸入リスク指標」は、2018年(リスク指数:0.71)に18年前の2000年(リスク指数:1.66)に比べて半分と、大きく低減している(台湾経済研究院2020)。台湾は、安全保障上のリスクを分散しながら、脱炭素社会に向けて天然ガス比率を高めている。

天然ガス第三ターミナル建設事業

天然ガスをめぐる別の課題は、LNG貯蔵ターミナルの建設である。LNGとは一時的に液体に変換された天然ガスのことであり、一般的に、天然ガスはガス田から気体として採掘された後、パイプラインを通して液化施設に送られ、液化・貯蔵されてLNGとなる。液化する目的は貯蔵スペースの節約と、パイプラインが利用できない場所での保管と輸送を可能にすることである。

その後LNGは専用の運搬船で目的地に運ばれ、現地で再ガス化を経て天然ガスのターミナルにて貯蔵庫に保管される(写真1)。運搬船より天然ガスを球状のタンクごと受け入れるため、天然ガスターミナルはほとんどが海岸に建設されている。

写真1 LNG運搬船

写真1 LNG運搬船

台湾では、天然ガスによる発電目標が2025年までに50%と高く設定されているにもかかわらず、天然ガスターミナルは台中と高雄に2つしかなく(図2)、貯蔵庫は合わせて9基にとどまっている。天然ガス発電量を増やすため、現在国営石油会社の中国石油公司(China Petroleum Company: CPC)が、北部の桃園市で港のある観塘工業区に第3ターミナルの建設を行っている(写真2)。

図2 既存の天然ガスターミナルおよび第3ターミナル建設予定地

図2 既存の天然ガスターミナルおよび第3ターミナル建設予定地

(出所)筆者作成。

写真2 建設中の天然ガス第3ターミナル(桃園海岸沿い)

写真2 建設中の天然ガス第3ターミナル(桃園海岸沿い)

第3ターミナルの予定地が桃園なのには4つの理由がある。1つめは、桃園の大潭火力発電所に新たにガス発電設備が導入されたことである。ターミナルを桃園に建設し、建設済みのガス発電設備に供給することで、ガスの輸送距離が短くなるだけでなく、新たな発電設備建設を行わなくてすむメリットがある。2つめは、環境への配慮である。後述するように、台湾では、湾岸地域での工業開発が環境に与えるインパクトに対して強い懸念が持たれており、天然ガスターミナル建設も当初の計画と比較すると開発面積が最小限に縮小されている。そして、環境破壊の懸念のある地域を避け、既存の埋め立て地を利用できる用地が代替地として選ばれており、第3ターミナルの最終案は「迂回代替修正案」と呼ばれている。3つめは、「2025年時点でのエネルギー目標達成のため、ガス供給を2022年から23年にかけて開始する」という政府目標に合わせたシビアな工期に対応できる点である。観塘工業区には完成した埋め立て地および埠頭があり、施工・建設期間を短く抑えられる。4つめは、北部の桃園市に第3ターミナルが完成すれば、中部と南部に位置する他2つのターミナルと地理的なバランスがよく、課題となっている国内供給の安定性が向上することである。複数の利点がある第3ターミナルの建設は順調に進むと考えられていたが、建設地周辺における環境破壊の懸念から、計画の続行が課題に直面している。

「藻礁」の生態破壊への懸念と建設反対運動

2015年当初、CPCの計画ではこの第3ターミナルの敷地面積は232ヘクタールとなる予定であった。しかし、環境への影響に対する強い懸念を受け、CPCは2018年1月にこれを37ヘクタールまで縮小し、さらに環境影響評価への対応で初期計画の1割程度となる23ヘクタールまで縮めたという経緯がある。そして同年8月にこの内容が盛り込まれた迂回代替修正案を以て、第3ターミナル建設計画は環境影響評価の審査に合格したのである。

だが、合格決定の前日に当時の環境保護署副署長で環境弁護士出身の詹順貴氏が辞任を表明し、環境影響評価審査、とりわけ下で述べる藻類礁の保護に重大な欠陥があると訴え、審査プロセスについて問題提起した。この出来事と次に述べる第3ターミナル工事中の事故をきっかけとして環境保護運動の機運が一気に高まった。台湾では、「公民投票法」に基づき、施策または法律に対する異議がある場合、国民から一定の署名を集めれば国民投票を実施することで、今後の政策決定に対して圧力をかけたり、法律を直ちに廃止したりすることが可能である。第2回連載で紹介したように、2018年には環境、エネルギー問題で国民投票が行われており、このターミナル建設問題も、今年8月、国民投票で問われることとなる。

第3ターミナル建設工事において藻類礁に対する影響の大きさが懸念されるようになったきっかけは、2020年3月に起こったCPC工事船舶の座礁事故で藻類礁が破壊されたことである。

「藻類礁(algae reefs)」は中国語では「藻礁」と言い、無節珊瑚藻類が死んで石灰化し、小石海岸に沈積して形成された石灰岩礁体の「植物礁」であり、その成長の速度は10年で1センチメートル程度であると言われている(写真3)。国立台湾大学の研究結果によると、最も古い藻類礁は、南北に延びる桃園の海岸沿いの藻類礁の下層約3〜5メートルの深さに分布し、現在の姿になるまでに約7600年の歳月がかかっているという(戴ほか2009)。桃園の藻類礁は世界でも数少ない浅瀬の藻類礁で、生物多様性の宝庫である。約100種の生物がその恩恵を受けているが、これまでに工業区の開発によって、沿岸27キロ程度から5キロ程度まで縮小している。

写真3 桃園海岸沿いにある藻類礁

写真3 桃園海岸沿いにある藻類礁

作業船の座礁事故を受け、この海域での経済活動により希少な生態系が破壊される懸念が高まったことから、昨年12月には70以上の民間団体がターミナル建設予定地の変更を求める国民投票署名運動を展開した。必要な29万の署名に対し最終的には70万の署名が集まった。これらは今年の3月に中央選挙委員会に送付されており、正式に成案されれば8月下旬に国民投票が実施される。

この運動を組織する環境保護団体は、現在の建設予定地をさらに北部の台北港に移すことで、生態環境へのインパクトが小さく、海洋の状態もよく、かつ運搬船がより操作しやすくなると主張している。これに対しCPCは、建設計画が変更されると環境影響評価などすべて一からやり直さなければならず、2025年の供給開始が達成できないと主張し、桃園での建設計画を堅持している。政府は現在の与党・民進党とこれまで長い間親交を深めてきた民間の環境保護団体と交渉を継続し、打開策を模索している。

国民投票で問われる第3ターミナルの計画変更と第4原発の凍結廃止

第3ターミナル建設問題は、台湾のエネルギー・トランジションにおいて2つの面から非常に重要であり、その1つは与党民進党の政治的な立場である。

民進党政府が掲げる「2025年のエネルギー・ミックスにおける天然ガス比率50%の達成」という政策の期限と設備容量の数値目標が厳然と存在しており、第3ターミナルの建設計画が遅延し目標未達が確実になれば、政府は政治的に非常に不利な状況に置かれることになる。

またそれだけではなく、第2回の連載でも触れたように、深刻化する大気汚染を受け、石炭火力発電に対する国民の抵抗感はかなり強い。実際2018年11月に実施された国民投票では、「平均して毎年1%の石炭火力発電量を減らさなければならない」という提案が承認されている。石炭火力を減らせないことは、そのまま世論の強い批判を受けることに直結するのである。

もう1つは、エネルギー政策としての天然ガス発電の推進が、既に後戻りができない状態になっていることである。第3ターミナル建設計画が環境影響評価の審査に合格し、天然ガス発電量が引き上げられることが確実となったことを受け、台湾北部の新北市で計画されていた深澳石炭火力発電所の建設が2018年をもって中止されるなど、既に「天然ガス拡大・石炭火力縮小」のプロセスは始まっている。第3ターミナルの計画は国民投票の実施によって変更される可能性が出てきていることから、政府目標の達成はより不確実性が高くなったと言えるだろう。

一方、今年の8月28日に実施される国民投票では、天然ガス第3ターミナルの計画変更に対する賛否とともに、脱原発の一環となる第4原発の行方も争点の1つとなる。脱原発は、2018年の国民投票で脱原発を推進する電業法95条が廃止されたことでその法的根拠が失われ原発の稼働を続ける機運がでてきているが、今回の国民投票では、さらに第4(龍門)原子力発電所の凍結廃止と商業運転開始が問われる予定である。第3ターミナルの建設場所および第4原発の稼働に関する2つの国民投票案が承認されれば、「天然ガス拡大による脱石炭」と「脱原発」という蔡政権のエネルギー・トランジションの核心が揺らぐことになる。2025年のエネルギー目標そのものに加え、時期や達成方法などについて大幅な修正を余儀なくされることは必至であり、政府にとって、第3ターミナル建設問題で民間の環境保護団体および専門家との交渉を経て妥協案を獲得することが、現時点で最も優先度の高い課題であることは間違いないだろう。

今後の連載に向けて

天然ガス第3ターミナル建設問題を紹介してきたが、この問題もまた、エネルギー・トランジションにおける「クリーン・クリーン・コンフリクト」の事例の1つである。そしてこの問題が示すのは、温室効果ガス排出を削減するためのクリーンなエネルギーを求めることが生態環境の破壊につながるという対立の事例である。さらに、生物多様性を犠牲にしたエネルギー政策に対して、国民からの理解は得られにくいことが明らかになっている。古典的な「経済」と「環境」の両立という議論ではなく、クリーン・エネルギー開発と生態環境の保護、つまり「環境」と「環境」の両立という、新たなステージの議論をしなくてはならない時代が来ているのだろう。

次回は、2021年8月下旬に実施される国民投票を中心に、議論の展開および結果の分析について報告する予定である。

参考文献
  • 経済部能源局(2019)『能源統計月報』2019年6月。
  • 台湾経済研究院(2020)「アジア政経展望:天然ガス供給と需要の変化への対応、台湾の天然ガス供給の挑戦と開発の契機(亞洲政經瞭望:因應天然氣供需情勢變化、台灣天然氣供應之挑戰與發展契機)」『台湾経済研究月刊』第43巻第6号、2020年6月。
  • 戴昌鳳、王士偉、張睿昇など(2009)『桃園観音藻類礁生態解説マニュアル』中国石油公司LNG事業部。
著者プロフィール

鄭方婷(チェンファンティン) アジア経済研究所海外研究員(台湾・台北市)。2014年4月~2019年4月アジア経済研究所新領域研究センター法・制度研究グループ研究員。博士(法学)。専門は国際関係論、国際政治学、国際環境問題(気候変動)、グローバル・ガバナンス論。主な著作に、『「京都議定書」後の環境外交』三重大学出版会(2013年)、『重複レジームと気候変動交渉:米中対立から協調、そして「パリ協定」へ』現代図書(2017年)など。2019年4月より国立台湾大学にて客員研究員として勤務。

書籍:京都議定書後の環境外交

書籍:重複レジームと気候変動交渉