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サステナ台湾――環境・エネルギー政策の理想と現実――

第2回 温暖化対策・エネルギー転換の政策立案と法整備

PDF版ダウンロードページ:http://hdl.handle.net/2344/00051504

2019年11月

(7,114字)

第2回は、台湾における温暖化対策とエネルギー転換に関する主要な政策立案と法整備について、直近10年間の動向を紹介する。これまで政権交代などの政治的要因は、政策・法案を大いに推進する原動力ともなってきたが、一方でそれまで地道に積み上げてきた実績をリセットしてしまいかねないような事態も、現実として起こっている。こうした台湾政治と政策の現状を、脱原発に関連する事例を中心に論じる。また、現在の蔡英文政権が進める再生可能エネルギー政策の柱である太陽光と風力発電の開発状況を紹介し、懸念されるリスクなどについても触れる。
温暖化に関する主な対策と法整備

台湾の温暖化対策は、国連を中心に展開されてきた国際交渉から大きな影響を受けている。ざっと振り返ると、1997年に気候変動解決のための「京都議定書」が採択され、2008年から締約国への遵守義務が生じた。翌2009年には早くも「ポスト京都」をめぐる国際交渉がデンマークのコペンハーゲンで幕を開け、6年間の交渉を経て2015年に「パリ協定」が採択された。この「京都議定書」「パリ協定」という二つの合意文書が国連の気候変動交渉の根幹をなす重要な成果である。

台湾は正式な国連加盟国ではないが、これまで毎年、環境保護署の官僚や研究者、産業・ビジネス界の実務者、学生などがオブザーバーとして積極的に国連の気候変動交渉に参加してきた。またその他にも、国際交渉の進展に合わせて1998年、2005年、2009年、2015年に、温暖化対策や今後のエネルギー利用の在り方などを議論する「全国エネルギー会議」(National Energy Conference: NEC)を開催するなど、国内の議論の活性化にも注力している。さらに2015年には、パリ協定の採択に合わせるように「温室効果ガス排出量削減管理法(温減法)」を制定し、「2050年までに2005年比で50%削減」という数値目標を法律により定めただけでなく、国連事務局には「2030年までに2005年の排出量から20%程度を削減する」という自主的排出削減目標を提出するなど、国連と足並みを揃えつつ意欲的な姿勢をアピールしている(図1)。

図1 台湾の温室効果ガス排出量推移と削減目標(2030年、2050年)

図1 台湾の温室効果ガス排出量推移と削減目標(2030年、2050年)

(出所)台湾環境保護署「2018年温室効果ガス排出インベントリ」(政府報告書)、 「温室効果ガス削減推進方案」(2018年3月)のデータより筆者作成。

一方で、台湾でも大型台風や集中豪雨など、自然災害による被害が年々拡大している。そのなかで気候変動の影響が懸念されており、政府内でも適切な対応が急務との認識がなされているようである。事実2012年以降、適応策のための政策綱要や行動計画の策定、一連の法改正などが実現してきただけでなく(本連載第1回参照)、行政院国家発展委員会も2013年から台北市と最南端の屏東県において、「地方における気候変動適応のためのパイロット・プロジェクト」を実施したほか、17の地方自治体が行う適応事業にそれぞれ補助金を提供するなどしてきた。

エネルギーに関する主な政策と法整備

上記の適応策とは異なり、気候変動の深刻化そのものを食い止めようとする、いわゆる緩和策の推進には、エネルギー・発電部門からの温室効果ガス排出寄与分を減少させることが重要とされる。現状では、世界全体における再生可能エネルギー(主に水力、風力、太陽光、バイオマス、地熱)の占める割合は、2018年に発電設備容量で33%、発電量で26.2%に達しており、風力と太陽光を合わせた発電量はこの26.2%のうち8%を占める1

台湾政府も再生可能エネルギーの普及のため、2009年から「エネルギー管理法」改正や「再生可能エネルギー開発条例」成立による固定価格買取(FIT)制度の導入など積極的な動きを見せており、これら二つの法律・条例は、前出の温減法と合わせて「二酸化炭素排出削減関連三法」とも呼ばれている(図2)。

図2 温暖化・エネルギー政策の立案に関する主な組織と法案

図2 温暖化・エネルギー政策の立案に関する主な組織と法案

(出所)筆者作成。

再生可能エネルギーについて積極的な対応をとってきた台湾政府だが、一方で原子力発電は非常に難しい状況になっている。例えば、前述の、国連交渉に合わせて開かれてきた全国エネルギー会議の第2回が2009年に開催された際、排出削減、低炭素社会、そしてエネルギー効率の改善などについてはコンセンサスが取れていたものの、原子力の役割と今後の利用に関しては、会場でも大きな論争となった。それから10年経った現在、蔡政権の下で太陽光や風力など再生可能エネルギーが本格的に推進されており、今後の発電設備容量は目標の数値を大幅に上回る見込みであるが、原子力発電をめぐってはいまだに熾烈なイデオロギー・政治的対立の俎上で身動きが取れていない。原発の是非、またそれに関連する第四(龍門)原発の建設問題に関する論争および現状については、今後の連載にて詳述する予定である。

蔡英文総統は選挙キャンペーン時の「サステナブル・エネルギー政策」を2016年の就任後も一貫して打ち出している。最も特徴的なのがクリーン・エネルギー(原子力・火力以外の発電方法により得られるエネルギーを指す)の全体に占める発電量を、現状の6%から、2025年に20%まで引き上げることを目標として掲げたことである。このチャレンジングな目標を達成するため、2016年に関係部会(省庁など)間の意思疎通と対立の調整を担う行政院直轄の組織である能源及減碳弁公室が設置されるなどしている。

ここで、政策立案に関する主な組織を紹介しておきたい(図2)。能源及減碳弁公室の下には、温暖化関連対策の立案を主に担当する環境保護署、緩和策の要となるエネルギー起源の排出削減を担当する経済部とその一部局である能源局、また、環境・低炭素技術の研究開発や政策ツール・戦略の策定や提案に資する研究に助成する科技部がそれぞれ置かれている。また、こうした研究は経済部管轄の財団法人、工業技術研究院(ITRI)でも行われる。さらに、経済部能源局はこれまで発電、送電、売電を独占してきた国営の台湾電力会社(Taiwan Power Company: 台電)を管轄している。政府と直接縦のつながりがある台電には、政府主導のエネルギー政策の推進にあたって、今後大きな役割と変革が求められていくことが予想される。

脱原発のための「非核家園」政策
蔡政権の原発政策は、「非核家園、永続台湾」(原発のないふるさと、サステナブル台湾)である。このスローガンの下で2025年までに原発をゼロにする脱原発政策を推進しようとしている。実際に2017年には「電業法」(電気事業法)の第95条を改正し、屏東県恆春鎮に位置する第三(馬鞍山)原発の予定稼働停止年、すなわち2025年をもってすべての原発を停止させるとする法律を定めた。さらに蔡政府は原発の稼働免許を延長させない立場をとっており、これまでに第一(金山)原発の1号機と2号機について、それぞれ2018年と2019年に廃炉プロセスが始まった(表1、図3)。

表1 台湾における各原子力発電所の稼働許可期限

表1 台湾における各原子力発電所の稼働許可期限

(出所)行政院原子能委員会情報より筆者作成。

図3 台湾における原子力発電所の位置図

図3 台湾における原子力発電所の位置図

(出所)筆者作成。

しかし、2018年11月の統一地方選挙で民進党が大敗し、同時に行われた蔡政権の目玉政策に関する国民投票にもその流れが及んでいた。国民投票で問われた内容は10件、うち4件が環境・エネルギー関係であり(表2)、そのうちの一つである脱原発の是非を問う国民投票案は、憲法が定める「複決権」、すなわち、立法機関の制定した法律に対して国民が賛否を決定する権利(レファレンダムの権利)が行使され実現したものである。この脱原発を問う国民投票の結果、改正された電業法第95条の「すべての原発が2025年までに稼働停止とする」という規定は直ちに廃止となり、しかも廃止後2年以内は同様の法改正ができない仕組みになっている。

このように、国民投票と統一選挙を同時に行うことは、投票行為を効率的に管理するという面では一理あるかもしれないが、国家の将来に関わる問題が容易に政治イデオロギーや権力闘争に翻弄されてしまうという側面も否定できない。

表2 2018年11月行われた国民投票案(環境・エネルギー関係)とその結果

表2 2018年11月行われた国民投票案(環境・エネルギー関係)とその結果

(出所)筆者作成。
看板政策となる太陽光と風力発電

前述の再生可能エネルギー目標を達成するため、2019年4月に再生可能エネルギー開発条例が改正され、2025年の装置容量目標が合計27GWまで引き上げられた。その内訳は主に太陽光20GW、風力4.2GW、水力2.1GWであり、政府は太陽光と風力の拡大に注力する方針である。

まず太陽光発電だが、この10年間で著しい発展を遂げている。全発電設備容量に占める太陽光発電の割合は、2008年にほぼゼロだったのに対し2018年には5.2%に拡大している(図4)。この急発展を支えているのは、工場や住宅などの屋上に設置された太陽光パネルによる自家発電である。国や国営企業、地方自治体などによる大規模太陽光発電所(メガソーラー)に適した土地の取得が思うように進んでいないことから、今後は日照時間の長い中南部を重点として、屋上太陽光発電のさらなる普及が期待されている。

図4 台湾の再生可能エネルギー発電設備容量の割合の推移

図4 台湾の再生可能エネルギー発電設備容量の割合の推移

(出所)経済部能源局資料より筆者作成。

一方、風力発電に関しては、国内外のデベロッパーおよび産業・ビジネス界から洋上風力が特に注目されており、洋上風力だけで投資規模が9625億台湾元(約310億米ドル)に及び、2万人の雇用が創出されるとの試算もある(経済部、2019年4月12日)。また陸上風力が主力であった2008年から2018年までの10年間で風力発電の設備容量にはあまり変化がないが、今後は洋上風力の急速な拡大が見込まれている。その理由は台湾海峡に高い風力発電ポテンシャルを持つエリアが多数存在するからである。

建設コンサルティング会社4C Offshoreが2014年に発表したレポート「23年間平均風速観測」では、全世界で風速のもっとも速い、つまり風力発電のポテンシャルが高い20か所のうち、16か所が台湾海峡に位置するとした(Lin et al., 2016)。これは、地理的にモンスーン(季節風)の影響を強く受けているからである。この海域では、毎年10月から5月にかけて北東の季節風が吹き、台湾の中央山脈と大陸福建省の武夷山脈の間を通ることで、平均風速が速くなる。例えば、台湾の彰化(Changhua)沿海地域では、2018年の年平均風速は約7.8メートル/秒以上に達しており(4C Offshore Official Website2)、一般的に効率的な風力発電に必要とされる6.5メートル/秒を上回っている。

洋上風力の開発が本格化するにつれ産業界からの関心は高まっており、国内のみならず、デンマーク、ドイツ、シンガポール、カナダをはじめとする国外のデベロッパーがすでに洋上風力の市場に参入して存在感を示している。実際に2018年4月に経済部が公表した建設入札の結果によると、10件のうち7件は5つの外国企業が主導することになっている。政府は、2025年に風力発電設備容量を4.2GWとする前出の目標を確実に達成するため、実際には発電設備容量を6.7GW(陸上1.2GW+洋上5.5GW)まで拡大する計画であり、洋上風力は今後の展開から目が離せない。

ただし、洋上風力に関してはまだ問題も多く、「国産化」や「環境破壊」に関する懸念などについて、以降の連載にて詳細に分析していきたい。

写真:台中市高美湿地の風力発電設備

台中市高美湿地の風力発電設備
急速な開発に伴うリスク

イメージのよい再生可能エネルギー政策を今後も強力に推進するにあたり、現実には様々なリスクが伴うことも忘れてはならない。連載の初回で言及したが、石炭の代替であるLNGの輸入増加による貿易赤字や、資源輸入への依存によるエネルギー供給の不安定化、というリスクがある。

さらに自然環境や生態系へのインパクトも懸念されており、陸上太陽光発電の開発を目的とした森林や農業用地の乱開発、ため池などに設置される水上太陽光発電設備による養殖漁業への悪影響などが指摘されている。洋上風力発電も例外ではなく、着床式の場合、海底へのパイルの打設が必要であることから建設時・稼働時の騒音と頻繁の船舶往来で海域生物(例えばシナウスイロイルカ)の生殖地の消失が強く懸念されており、環境保護団体の強い反対を受けている。

次回の連載に向けて
連載2回目となる本稿は、中央政府が主導する政策立案および立法・法改正の現状に焦点を当てた。特に、2018年の国民投票によって脱原発の推進が頓挫した経緯と背景、および再生可能エネルギー政策の要となる太陽光・風力発電の現状を紹介し、開発に伴うリスクにも触れた。次回は、再生可能エネルギー、特に太陽光と洋上風力の開発状況、そして生態環境の破壊などをめぐる論争や対立について、具体的な事例を紹介したい。
写真の出典
  • lienyuan lee, 高美濕地 Gaomei Wetland Preservation Area(CC-BY-3.0[https:// creativecommons.org/licenses/by/3.0/deed.en])
参考文献
  • 商業週刊(2019)「特集:離岸風電元年 全台追蹤一個兆元產業的誕生」(特集:洋上風力元年 一兆元産業の誕生に迫る)第1659号、2019年8月28日。
  • Paul Hawken, ed. (2017) Drawdown: The Most Comprehensive Plan Ever Proposed to Reverse Global Warming, New York: Penguin Books.
  • Yun-Wei Lin, Yung-Hsiang Wu, Cheng-Chang Chen and Jian-Li Dong (2016)"Development of Wind Power in Taiwan and the Communication for Control and Monitoring of Offshore Wind Turbine," in Wen-Pei Sung and Ran Chen, eds., Architectural, Energy and Information Engineering: Proceedings of the 2015 International Conference on Architectural, Energy and Information Engineering (AEIE 2015), Xiamen, China, May 19-20, 2015, pp. 69-72, Leiden: CRC Press.
  • 徐千偉(2014)「我國政府因應氣候變遷的治理政策」(我が国政府が気候変動対応のためのガバナンス政策)人文與社會科學簡訊、第15巻2号、25-32頁。
著者プロフィール

鄭方婷(チェンファンティン)。アジア経済研究所海外研究員(台湾・台北市)。2014年4月~2019年4月アジア経済研究所新領域研究センター法・制度研究グループ研究員。博士(法学)。専門は国際関係論、国際政治学、国際環境問題(気候変動)、グローバル・ガバナンス論。主な著作に、『「京都議定書」後の環境外交』三重大学出版会(2013年)、『重複レジームと気候変動交渉:米中対立から協調、そして「パリ協定」へ』現代図書(2017年)など。2019年4月より国立台湾大学にて客員研究員として勤務。

書籍:京都議定書後の環境外交

書籍:重複レジームと気候変動交渉

  1. REN21. 2019. Renewables 2019: Global Status Report, Renewable Energy Policy Network for the 21th Century, June 2019.(2019年9月16日にアクセス)。
  2. 4C Offshore, Global Offshore Wind Speeds Rankings.(2019年9月27日にアクセス)。

(2021年3月3日文字修正)