新興国・途上国のいまを知る

IDEスクエア

世界を見る眼

ノーベル平和賞受賞の栄光と米国トランプ政権の軍事圧力に揺れるベネズエラ

Venezuela Caught Between Nobel Glory and Trump's Military Pressure

PDF版ダウンロードページ:https://hdl.handle.net/2344/0002001604

2025年12月

(7,878字)

写真1 ベネズエラの反政府派政治リーダー、マリア・コリナ・マチャド(中央)と彼女の代替候補として大統領選で勝利したエドムンド・ゴンサレス(右)

写真1 ベネズエラの反政府派政治リーダー、マリア・コリナ・マチャド(中央)
と彼女の代替候補として大統領選で勝利したエドムンド・ゴンサレス(右)

ベネズエラは、ノーベル平和賞受賞の栄光と軍事攻撃の脅威という相反するふたつの状況下で、激動の2025年末を迎えようとしている。12月10日、オスロでノーベル平和賞が、ベネズエラの民主化闘争を主導するマリア・コリナ・マチャドに授与された。1年以上国内に潜伏して逮捕を逃れ、出国禁止命令を受けている彼女が無事にオスロに到着できるのかが注目されたが、命をかけた脱出劇のすえ、式典には数時間遅れたものの無事オスロにたどり着いた。その一方、米国のトランプ政権がニコラス・マドゥロ独裁政権への軍事圧力を日に日に強めており、なんらかの軍事行動がいつ始まってもおかしくないほど緊張が高まっている。ベネズエラではいったい何が起きているのか、本報告ではこれらの背景についてみていく。

2024年大統領選挙と反政府派への弾圧の強化

ベネズエラでは2024年7月28日に大統領選挙が実施され、反政府派候補のエドムンド・ゴンサレスがマドゥロに圧勝し、それを証明する動かぬ証拠を公開した1。それに対してチャベス派(マドゥロを筆頭に故ウーゴ・チャベス大統領の支持勢力)の影響下にある選挙管理委員会(以下「選管」)は証拠を公開せぬままマドゥロ勝利という虚偽の発表をし、マドゥロは実効支配を続けている2。過去20年以上ベネズエラでは、司法、検察、選管などすべての国家権力をチャベス派が支配し、権威主義体制を固めてきた。

選管のあからさまな虚偽発表に反発して全国で大規模な抗議行動が発生し、マドゥロ政権はそれを厳しく弾圧した。選挙後約1カ月で1500人以上が逮捕され、25人が犠牲になった。(UNHCR 2024)。反政府派の政治家、ジャーナリスト、人権活動家などへの弾圧も厳しさを増し、ゴンサレスには逮捕状が発出されたため、彼はスペインへの亡命を余儀なくされた。マチャドは国内に残ることを選び、潜伏先からSNSを駆使して国内外の支持者を鼓舞し、闘争の指示を出し続けている。

マリア・コリナ・マチャドの政治闘争

マチャドは、2010年の国会議員選挙に初めて立候補し、与野党を通じて最多得票で国会議員に選出された。しかし反政府派の多くの有力政治家と同様、彼女もマドゥロ政権からの迫害を受けてきた。2014年には一方的に国会議員資格を剥奪され、2023年には15年間の公職追放処分を科された。

2023年10月、大統領選挙を控えて反政府派が統一候補を選ぶ予備選挙が実施され、マチャドは9割という圧倒的支持を集めて統一候補となった。しかし、チャベス派が支配する最高裁が彼女への公職追放処分の継続を決定したため、マチャドは自らの立候補を取り下げる苦渋の決断をし、ゴンサレスを代替候補に指名した。マチャドはゴンサレスの選挙行脚に伴走し、短期間で自らへの支持をゴンサレスに反映させることに成功し、大統領選勝利へと導いた。

2025年1月10日の新大統領就任式を前に、帰国を試みるゴンサレスに対して、マドゥロはカラカス市内に多数の兵士を配備し、帰国すると逮捕すると脅した。就任日の3日前にはゴンサレスの娘婿が拘束され(いまだ拘束中)、就任日前日には、潜伏先から4カ月ぶりに姿を現して反政府派の集会に参加したマチャドも国軍に拘束された。マチャド拘束のニュースは瞬時に世界をかけめぐり厳しい非難が集まった。おそらく米国の反応を懸念したマドゥロ側はマチャドを短時間で釈放し、彼女は潜伏先に戻った。このような状況で、ゴンサレスの帰国は見送らざるを得なくなったのである。

ふたつの「国際テロ組織」

一方、11月末以降マドゥロ政権に対する米トランプ政権の軍事圧力が急激に高まっている。ベネズエラの「国際テロ組織」撲滅を目的に、トランプ政権はカリブ海のベネズエラ近海に海軍艦隊や軍用機を大規模に展開している。世界最大の空母フォードをはじめ、原子力潜水艦、イージス駆逐艦、ステルス戦闘機などを集結させている。そして9月以降、麻薬密輸船であるとする小型船舶20隻以上を爆撃し、その結果80人以上の命が奪われた(Walter 2025)。11月末には、トランプ大統領は航空会社に対してベネズエラ領空の飛行を控えるよう警告し、それを受けてほぼすべての航空会社はベネズエラ便を中断している。軍事攻撃がいつ始まってもおかしくないといった緊迫感が11月末以降急激に高まっている。

トランプ政権がいうベネズエラの「国際テロ組織」とは何か。トランプ大統領は2期目就任直後から、麻薬問題と不法移民の流入による治安悪化を国家安全保障上の最重要課題と位置づけ、そのいずれにおいてもベネズエラを重要な原因とみなしている。マドゥロ下の厳しい経済破綻3と政治的弾圧、劣悪な治安などを理由に、10年間で人口の4分の1にあたる約800万人が国外に逃れた。トランプ大統領は、この移民・避難民の流れにまぎれて南北米大陸に広がった犯罪組織「トレン・デ・アラグア」(TdA)と、マドゥロ政権内部や軍内部の多くが麻薬取引に手を染めている「太陽カルテル」(Cartel de los Soles)のふたつを国際テロ組織と認定した。さらに、それらとマドゥロ政権幹部との密接な関係を糾弾している。

TdAは、ベネズエラの刑務所内で生まれた国際犯罪組織で、移民にまぎれて南米や米国に流れ、誘拐殺人事件など数多くの凶悪犯罪を起こし、各国で捜査対象となっている。2023年には、マドゥロ政権から離反して逮捕され、その後チリに亡命した元ベネズエラ軍人がチリで惨殺された。チリの捜査当局は、逮捕した容疑者グループがTdAメンバーであり、殺害命令と謝金がマドゥロ政権のナンバー2であるカベジョ内務大臣から出ていた証拠を得たと発表した(Castro 2025)。米国も過去数年の捜査から、マドゥロ政権がTdAと関係があるとみている(Crellin 2025)。

写真2 ニコラス・マドゥロ(中央)、ディオスダード・カベジョ(左)、マドゥロの妻でチャベス派政治家のシリア・フローレス(右)(2013年4月19日)

写真2 ニコラス・マドゥロ(中央)、ディオスダード・カベジョ(左)、
マドゥロの妻でチャベス派政治家のシリア・フローレス(右)(2013年4月19日)

一方、太陽カルテルとは、チャベス期以降ベネズエラの政府高官や軍内部に広がった、麻薬取引に手を染める人々の総称である。カルテルと称されるが階層的指揮系統をもつ制度化された組織ではなく、政府や軍内部に広がる麻薬犯罪者のネットワークを指す総称といわれている(InSight Crime 2025)。2010年、ベネズエラの麻薬ブローカー、ワリッド・マクレがコロンビアで逮捕された際、彼は40人ものベネズエラの軍高官や閣僚と麻薬取引でつながっていたと、実名を挙げて証言した。それには当時の内務大臣、その後チャベスが国防大臣に起用した将軍、元軍情報部トップなど、チャベスに近い人物も含まれていた(InSight Crime 2018, 19-22)。InSight Crimeの2018年報告は、123人の軍人や閣僚、政治家の麻薬取引への関与を指摘している。2015年には、マドゥロの義理の甥ふたりも麻薬取引容疑で国外で逮捕され、米国で有罪判決を受けた(写真3)。

写真3 マドゥロの義理の甥ふたり(左から2人目と4人目)。 2015年11月10日に麻薬取引容疑でハイチで拘束され、米国に送致された

写真3 マドゥロの義理の甥ふたり(左から2人目と4人目)。
2015年11月10日に麻薬取引容疑でハイチで拘束され、米国に送致された

米国はチャベス期より、ベネズエラの政府高官や軍高官の麻薬取引に関する情報を数多く蓄積し、複数の情報源からの情報を照合することで情報の精度を高めている。情報源は多岐にわたる。麻薬取引で逮捕された人物の証言、押収されたスマートフォンの通信記録、政権から離反して亡命した政府高官や軍高官の証言、10年以上にわたりチャベスとマドゥロの護衛官や私設秘書を務めた後にマドゥロから離反し米国に亡命した軍人の証言、そして彼らの取引相手であり、米国で逮捕されたメキシコや中米の麻薬密輸人の証言や通信記録などである4

12月初めには、ふたりのベネズエラの元軍高官がトランプ大統領へ別々に書簡を送ったとのニュースが流れた5。ひとりは軍情報部門トップでチャベス、マドゥロとも近かったウーゴ・カルバハル、もうひとりはTdAの本拠地であった刑務所の所在地域を担当していた元少将クレベル・アルカラである。いずれも国外で逮捕、あるいは自首後に米国の裁判で、自身がチャベス、マドゥロ政権下で麻薬取引などの犯罪に関わったことを認める有罪答弁(plea guilty)をしている。彼らの証言およびトランプ大統領に送った書簡はいずれも、太陽カルテルの存在とTdAとマドゥロ政権の関わりを裏付けている。さらにそれら2通の書簡は、チャベス、マドゥロ両政権がイラン政府と密接な関係を築いてきたこと、キューバの情報部やコロンビアの左翼ゲリラFARCに加えて中東のテロ組織ヒズボラとも関係を持っていたこと、TdAなどの犯罪組織を使い、チャベス、マドゥロ両政権が米国に麻薬や犯罪者を送り込んでいたことを証言し、マドゥロ政権が米国の安全保障上の脅威であると主張している。書簡の内容の多くは、すでに広く語られているが証拠がないもの、米国側も入手ずみの情報も含まれるだろう。チャベス、マドゥロ両政権の内部事情に詳しく、自らの麻薬取引関与を認めている元軍人ふたりが書簡で暴露したことの意味は大きい。有罪答弁後まだ量刑が決まっていないカルバハルについては、米国当局に情報提供することで自身の減刑をねらい、トランプ政権の意向に合わせて書いている可能性も考えられるため、慎重に分析する必要がある。

トランプ大統領が、マドゥロ政権は国際テロ組織であると主張し、米国の安全保障上のリスクであると主張している背景には、これら蓄積された膨大な情報がある。

トランプ大統領の軍事行動への批判

トランプ大統領の海軍派遣や船舶への爆撃は、国内外から批判を集めている。事前に連邦議会の承認を得ていないこと、ベネズエラへの内政干渉にあたること、船舶への爆撃は人道に背き、国際法に違反していること、また実際にそれらが麻薬を運搬していたとしても殺害するのは過剰であること、などであり、その大半は正当な批判といえるだろう。

これらの批判に対して、トランプ大統領の言動から浮かび上がる彼のロジックは次のようになる。まず、マドゥロは選挙で敗北したにもかかわらず不当に実効支配を続けているのであり、正統な大統領ではない。米国社会の安全を脅かす麻薬犯罪組織の首領である。すなわち、これは国家としてのベネズエラへの攻撃ではなく、国際犯罪組織「太陽カルテル」への攻撃である。そのためこれは戦争ではなく犯罪者への攻撃なのであり、議会の承認は不要で、ベネズエラへの内政干渉にもあたらない、というものである。

それでは、米国社会を国際麻薬組織から守るためというレトリック以外に、トランプ大統領が今回の海軍派遣にふみきった動機として何が考えられるだろうか。ひとつには、世界最大の埋蔵量をもつベネズエラの石油を狙ったとの見方がある。しかしこの点については慎重に考える必要がある。トランプ大統領は就任直後に「米国は十分石油を持っている。ベネズエラの石油は必要ない」と発言している(Shalal and Mason 2025)。また、バイデン政権が経済制裁下でもシェブロンなど個別企業に対してベネズエラでの石油オペレーションを許可していたが、トランプ大統領はそれを撤回した(その後以前より制限したかたちで再開)。

実際、米国は21世紀に入りシェールオイル革命で石油の生産量が飛躍的に拡大し、世界最大の産油国(ベネズエラの産油量の10倍以上)、かつ2020年以降は石油(石油製品を含む)の純輸出国にもなっている6。とはいえ原油はまだ輸入が必要であり、精製設備の最適稼動のためなどの条件から、ベネズエラの比重の重い原油が有用な面もある。またベネズエラの世界最大規模の石油埋蔵量が魅力的であることは確かである。しかしながら、米国の石油産業はシェールオイル革命前の20世紀とは様相が大きく異なり、「石油を求めて産油国に介入する米国」という図式ほど、実際は単純ではない。

トランプ大統領は第1期目ではより明確に、ベネズエラの民主主義の擁護や反米を掲げるマドゥロ政権の打倒といった、ベネズエラの内政への強いコミットメントをみせていた。2019年に反政府派の国会議長フアン・グアイドが暫定大統領に就いた際にも、政権交代をめざして強力にグアイドを支援した。しかし、グアイドが政権交代を実現できなかったことは、トランプ大統領にとっては外交上の大きな失点となった。トランプ大統領がベネズエラへの海軍派遣において、ベネズエラの民主主義の危機についてほとんど言及しないのは、ひとつにはこれは内政干渉ではなくあくまでも米国の安全保障の問題であるというスタンスを貫いていることに加え、2019年の失敗が背景にあることも考えられる。1期目に達成できなかったベネズエラの政権交代を実現できれば、ウクライナやイスラエル・ガザの和平で成果を出せていないトランプ大統領にとって、1期目の失敗を挽回するだけでなく、来年の中間選挙を前に外交面で大きなポイントを稼ぐことができるだろう。

マドゥロに対する軍事圧力は米国社会に麻薬を送り込む国際テロ組織撲滅のためであり、米国の安全保障上の対策であるとのトランプ大統領の主張に対しては、米国社会をもっとも危険にさらしているのはコカインではなく合成麻薬フェンタニルであること、また南米から米国へ持ち込まれる麻薬のうちベネズエラを経由するのはごく一部であるなど、厳しい批判がある(Ramirez Uribe 2025)。そして実際には、反米でキューバやイランと密接な関係にあるマドゥロ政権を失脚させることが本来の目的であろうとの指摘も多い。おそらくこれらの指摘は正しい。しかしそれだけではないとも考える。第一に、「麻薬運搬船」への攻撃はその後ベネズエラが接しない太平洋側でも繰り返されている。第二に、マドゥロ政権を米国の安全保障上のリスクとトランプ大統領が認識しているのは、単に麻薬密輸だけでなく、TdAの米国への送り込みや、イランやキューバといった米国が敵対する国々との親密な協力関係、コロンビアのFARCELN、中東のヒズボラなどの国際テロ組織との関係も含まれており、その点でほかの麻薬送出し国とは異なるのであろう。

上陸を伴う軍事侵攻の可能性

カリブ海に大規模な海軍派遣をしてはいるが、ビジネスマンでナショナリストのトランプ大統領は、巨額の出費を伴い、アメリカ人兵士も犠牲になり得る上陸作戦や国土への空爆は回避したいと考えていると思われる。第1期も含めてトランプ大統領はシリアやイランで空爆はしても上陸を伴う軍事侵攻はしていない。空爆も最小限にとどめており、歴代政権によるアフガニスタンやイランへの軍事侵攻には批判的である(Kinnard 2025)。あくまで現時点での私見だが、今回の海軍派兵でトランプ大統領が目ざしていたのは、圧倒的な軍事力をみせつけ、上陸作戦の可能性もあると思わせることで、軍事行動に出る前にマドゥロに自ら政権を去ることを決断させること、あるいはマドゥロをとりまく政治家や軍高官にマドゥロを差し出させることで政権交代につなげることではないかと考えられる。ちなみに米国は海軍を派遣する直前の8月に、マドゥロ逮捕につながる情報提供への報奨金を2500万ドルから5000万ドルへと引き上げている7

12月10日に米国は、ベネズエラを出港してキューバに向かっていたとされるタンカーを拿捕し、国内外から批判を集めた。米国は2019年にベネズエラとの石油貿易を禁止する制裁措置を発動していたが、実際にタンカーが拿捕されたのは初めてである。このタンカーの所有企業は、イランのヒズボラを支援する石油密輸ネットワークを形成する企業のひとつとして、2022年に米国財務省が制裁対象者リスト(SDN List)に認定していたものである(Bazail-Eimil and Bikales 2025)。

マドゥロ政権を支える資金源は、米国の経済制裁を回避した石油輸出と麻薬取引や金などの違法輸出である。麻薬運搬船とされる船舶への爆撃に加えてタンカーが拿捕されたことにより、今後は石油輸出ができなくなり、マドゥロ政権の資金源が早々に先細ることが想定される。海軍配備で圧力をかけてもねばるマドゥロ政権に対して、タンカー拿捕は、上陸作戦を回避してマドゥロ失脚をねらう次の手とみることもできる。

しかしこの状況がさらに膠着状態に陥ると、トランプ大統領は何らかの行動に出ざるを得なくなるだろう。これだけ大規模な海軍派遣をしながら、手ぶらで引き揚げるわけにはいかないからである。船舶爆撃について国内外から批判の声が高まっており、支持率も低下しているトランプ大統領にとって、成果を出せずに引き返すことは大きな失点となる。そのような状況になれば、衛星写真で特定されているジャングル内に作られた麻薬運搬拠点などに対するピンポイント空爆があるかもしれないが、上陸を伴う軍事侵攻の可能性は小さいと考えられる。

マチャドのノーベル平和賞受賞とトランプ大統領

マチャドはノーベル平和賞受賞の知らせを受けて、「ノーベル平和賞をベネズエラ国民と、私たちの正義のために決定的な支援をしてくださるトランプ大統領に捧げる」と発信した(Sexton and Hubenko 2025)。トランプの海軍派遣については、「2024年7月の選挙後にベネズエラ国民に対して戦争を始めたのはマドゥロだ。トランプ大統領はそれを終わらせようとしている」と発言した8。また、「ベネズエラは米国に軍事侵攻されると思うか」という質問に対しては、「ベネズエラはすでにロシアやイランの諜報部、ヒズボラ、ハマス、コロンビアのゲリラや麻薬カルテルなどの外国勢力に侵略されている。私たちは戦争を望んでいるのではない。国際社会に対して、マドゥロ政権の資金源を切断することを望んでいる」と答えている9

これらの発言を受けて、マチャドはトランプの傀儡なのか、あるいはマチャドはノーベル平和賞にふさわしくないといった批判が上がっている。しかしマチャドら反政府派とすれば、国内のすべての国家権力と軍や警察をチャベス派が掌握し、弾圧を強めるなかで、国際社会、とりわけ米国の支援がなければ、民主化闘争を継続し民主化を実現することはきわめて困難であると確信しているのであろう。事実、過去20年以上にわたり、選挙、非武装の抗議行動、対話・交渉など、民主主義の枠組みであらゆる手段で闘ってきたが、強固な独裁政権を倒せないでいる。そして民主化が達成されないうちは、マドゥロ政権による人権侵害が継続する。現在も902人の政治犯(174人の軍人、4人の未成年者を含む)が獄中にいて10、先日もその1人が獄中で亡くなったばかりだ。

トランプ大統領は自らがノーベル平和賞にふさわしいと受賞者決定前から繰り返していたところ、自分が支援するマチャドが受賞するという予期せぬ結果に機嫌を損ねたようである。マチャドの平和賞受賞発表後にホワイトハウスが発したのは、祝福ではなく「ノーベル委員会は平和よりも政治を優先することが判明した」というコメントであった(Anderson 2025)。トランプ大統領が機嫌を損ねてベネズエラへのコミットメントから手を引けば、民主化の可能性が一気に遠のくは明らかで、ベネズエラの民主化を達成するためにはマチャドにとってトランプ大統領を擁護する以外の選択肢はないのだろう。

トランプ大統領の言動は予測困難であり、今後事態が動くのか、動かないのか、予断を許さない状況が続く。

(2025年12月15日脱稿)

※この記事の内容および意見は執筆者個人に属し、日本貿易振興機構あるいはアジア経済研究所の公式意見を示すものではありません。
写真の出典
  • 写真1  筆者の友人A氏撮影
  • 写真2  Cancillería del EcuadorCC-BY-SA 2.0
  • 写真3  U.S. Attorney's Office Manhattan(Public Domaine)
参考文献
著者プロフィール

坂口安紀(さかぐちあき) アジア経済研究所地域研究センター アフリカ・ラテンアメリカ研究グループ主任研究員。専門はベネズエラ地域研究。おもな著作『ベネズエラ──溶解する民主主義、破綻する経済』中央公論新社(2021)、『チャベス政権下のベネズエラ』(編著)アジア経済研究所(2016)、『途上国石油産業の政治経済分析』(編著)岩波書店(2010)。ベネズエラ情勢について定期的に『ラテンアメリカ・レポート』『IDEスクエア』(いずれもオンライン無料公開)で発信している。

書籍:ベネズエラ──溶解する民主主義、破綻する経済

書籍:チャベス政権下のベネズエラ


  1. 反政府派が公開した証拠とは、全国約3万機の投票機が印刷し、与野党双方の立会人が署名したのちそれぞれに渡された集計票である。投票機はデータを暗号化して処理するため技術的に改ざんができない。反政府派選挙対策本部は全国の立会人に密かに指令を出し、8割にあたる約2万5000機分の集計票を短時間に集め、すべての画像をインターネット上に公開した(Resultados con Venezuela)。一方、選管はマドゥロ勝利と発表したものの、それを証明する集計票を公開していない。そのかわり、選管同様チャベス派が支配する最高裁が、マドゥロ勝利が真実であることを「確認した」とする。
  2. マドゥロ勝利という選管の発表が虚偽であり、反政府派候補ゴンサレスの勝利が真実であると筆者が考える根拠は、坂口(2024、2025)に詳細に説明しているため参照されたい。欧米やラテンアメリカの民主主義国家もこの認識を共有している。
  3. 2014年以降わずか7年で国内総生産(GDP)は5分の1に縮小し、最大13万%のインフレに見舞われ、食料や医薬品などの基礎生活物資が店先から消え、命を落とす人が出た(坂口2023, 45)。
  4. 米国の麻薬捜査については、Petit(2018)がマドゥロの義理の甥ふたりに対する捜査や逮捕後の裁判の様子を詳細に記述している。そのなかでは、コロンビアの麻薬テロ組織FARCからマドゥロの甥たちがコカインを買い付け、それを中米経由でメキシコのシナロア・カルテルに売却し、彼らが米国に持ち込むというコカイン密輸の国際分業体制が描かれている。米国で有罪となった中米の麻薬密輸人がおとり捜査に協力する様子も描かれている。
  5. EXCLUSIVE: Former Maduro Spy Chief’s Letter To Trump Seeks To Expose Narco-Terrorist War Against U.S.The Dallas Express, December 3, 2025、およびEXCLUSIVE: Letter To Trump 2 – How Maduro Exported Tren de Aragua To U.S.The Dallas Express, December 8, 2025.
  6. The United States Became a Total Petroleum Net Exporter in 2020.” US Energy Information Agency(EIA)website.
  7. ちなみに、それまでの報奨金の最高額がサダム・フセインとオサマビンラディンのそれぞれ2500万ドルであった。
  8. María Corina Machado respaldó la lucha de EEUU contra el narco: ‘Maduro inició la guerra, Trump la está terminando’.” Infobae, 26 de octubre, 2025.
  9. María Corina Machado on a Possible Military Intervention: “Venezuela Has Already Been Invaded”.” ABC Mundial, December 11, 2025.
  10. 2025年12月15日現在。Foro Penal website.
この著者の記事