IDEスクエア

世界を見る眼

ベネズエラ2024年大統領選挙―― 2つの相反する「選挙結果」

Venezuela’s 2024 Presidential Elections: Two Contradictory “Results”

PDF版ダウンロードページ:https://hdl.handle.net/2344/0002001061

2024年8月

(5,189字)

相反する選挙結果の発表

2024年7月28日、ベネズエラで大統領選挙が実施された。その結果をめぐり、現職と対立候補の間で激しい争いが生じている。選挙管理委員会(以下「選管」)は翌日未明に、2013年以来政権を支配するニコラス・マドゥロが51.2%、反政府派連合の統一候補エドムンド・ゴンサレスが44.2%の得票率で、マドゥロが再選を決めたと発表した1。しかしその直後、反政府派連合を率いる元国会議員マリア・コリナ・マチャドが会見を開き、40%の集計時点でゴンサレスが70%を得票しており、次期大統領候補に選出されたのはゴンサレスであると主張し、その証拠を公表すると発表したのである(Tagliafico 2024)。

選管の発表に対しては直後より国内外から強い疑義が呈され、根拠となる詳細な開票結果の開示を求める声が高まっている。選挙から1週間が経過したが、選管は詳細な開票結果をまだ公表していない。そのため選管の発表は信ぴょう性が低く、反政府派が発表した結果のほうが信頼できるというのがおおかたの見方となっており、筆者もそう考えている。

表1 選挙管理委員会、反政府派連合それぞれが発表した大統領選挙結果

表1 選挙管理委員会、反政府派連合それぞれが発表した大統領選挙結果

(注)上記は双方ともアップデートされたデータであり、文中で紹介した1回目の発表数値とは異なる。
(出所)選管が発表した選挙結果は以下より(選管のウェブサイトはアクセスできなくなっている)。“El Consejo Nacional Electoral de Venezuela ratifica que Maduro ganó las elecciones pero aún no muestra las actas.” BBC News Mundo, 2 agosto, 2024.
反政府派連合の選挙結果サイト:Resultados con Venezuela(2024年8月5日最終閲覧)
政権の支配下にある選挙管理委員会

ベネズエラでは前任のウーゴ・チャベス大統領が権力の集中を進め、それ以降選管は政権の支配下にある。選管はさまざまな方法でチャベス派候補の勝利をお膳立てし、選挙の中立性、透明性が失われていった。マドゥロ政権下では経済が破綻し治安が悪化するとともに、治安当局の対応で多くの市民が命を落とすなどしたため、政権支持率は低下した。そのなかで政権を死守するために、選管は反政府派の主要政党や有力政治家を排除したうえで選挙を実施するなど、選挙を形骸化させていった。世界各国の自由民主主義に関する評価を行うフリーダムハウスは、選挙プロセスに関する評価(12点満点)において、マドゥロ政権初年度のベネズエラを5としていたが、2019年にはついにゼロ評価としている2

反政府派統一候補への妨害

ゴンサレスが反政府派連合の統一候補に指名されたのは、選挙のわずか3カ月前であった。それまで反政府派連合の統一候補として圧倒的支持を集めていたのは、選挙キャンペーンでいつもゴンサレス候補の横に並び、支持者を鼓舞していた元国会議員のマチャドであった(写真1)。

写真1 カラカス市内の勝利集会で支持者に応えるゴンサレス候補(右)とマチャド(中央)

写真1 カラカス市内の勝利集会で支持者に応えるゴンサレス候補(右)とマチャド(中央)

反政府派連合は、2023年10月に大統領選挙の候補一本化のために予備選を実施し、マチャドが9割以上の圧倒的支持を集めて選出された。多くの反政府派政治リーダーと同様マチャドも繰り返し政治的弾圧を受け、現在も公職追放処分を受けている。彼女は、同処分には正当性がないとして意に介さず、予備選に立候補して圧倒的な支持を得て選出された。米国をはじめとする諸外国が、マチャドに対する公職追放の解除を求めたが、チャベス派が支配する最高裁は同処分を維持することを決定した。

マチャドは大統領選挙で勝利しても、大統領への就任を阻止される可能性が高い。そのため2024年3月末の立候補登録の締め切り直前に、マチャドは立候補を断念することを余儀なくされた。そして自らの代わりとなる統一候補の擁立を急ぎ、紆余曲折のすえ4月にゴンサレスをマチャドの代替候補とすることで反政府派連合のコンセンサスが形成された。

ゴンサレスは元キャリア外交官で政治経験をもたない無名の人物であった。しかしマチャドが支持者らに対して、政権交代のためにゴンサレスを支持するよう強く求め、二人三脚で全国を行脚し、マチャドへの高い支持をそのままゴンサレスに反映させることに成功した。

選挙結果の証拠

マチャドはゴンサレス候補の勝利を宣言した際に、それを証明する証拠をもっていると発言していた。そして、選挙後1日足らずで全国の投票所の自動投票機の開票表の画像を、インターネット上で公開したのである(Resultados con Venezuela)。そこでは、全国→州→市→区→投票所→自動投票機の各段階における集計データに加え、全国の投票所に配置された約3万台のうち2万5000台以上の自動投票機で印刷された開票表の画像が公開されている(図1)。開票表は、与野党双方の立会人によって署名され、印刷日時や投票所名など、その文書に関する情報とQRコードが印刷されており、どの投票機(つまり選挙区)の開票結果であるかが一目瞭然である。反政府派連合の選挙本部は、各投票所の反政府派側の立会人に対して、自動投票機の開票表が渡されたら速やかにその画像を送信するように求めていたとみられる。

自動投票機は選管が準備、管理したものであり、開票表は投票締め切り後に電子データが中央選管に送信されるとともに機械が自動的に印刷するため、反政府側が改ざんすることは技術的に不可能である。また、反政府側立会人がそれをもっているということは、その投票機は問題なく開票表を印刷したということであり、選管やマドゥロ側の立会人も同じものをもっているはずである。選管は途中で通信妨害があったため集計が遅れたと言っているが、8割の集計結果として「マドゥロの揺るがない勝利」という結果を発表したからには、それを裏付ける各投票所のデータが存在するはずである。にもかかわらず、選管は2度の結果発表のいずれにおいても全国集計数値のみを発表し、詳細な開票表を提示していない。

図1 反政府派連合の選挙結果ウェブサイトに掲載されている開票表の画像

図1 反政府派連合の選挙結果ウェブサイトに掲載されている開票表の画像

(注)上部には、州、市、区、投票所などの名称と、2024年7月28日午後6時47分に印刷された開票表であることが表記されている。投票者は412人。候補者の得票数は政党ごとに記され、Nicolas Maduroは合計96票、Edmundo Gonzalezは310票。その下には投票所の責任者、幹事、2人の立会人、オペレーターそれぞれの氏名、身分証明書番号、署名が続く。QRコードは当該自動投票機またはこの開票表個別のIDを示すと思われる。全国の投票所に設置された自動投票機の開票表の画像が、反政府派選挙結果ウェブサイトに公開されている。トップページは全国集計値で、その下部から州(estado)を選び(右端の印をクリック)、同様に市(municipio)→区(parroquia)→投票所(centros)→投票機(mesa)と同様に選択し、mesaページ上段の開票表(acta)をクリックすると同様の画像が表示される。表(tabla)をクリックすると、集計グラフが表示される。
(出所)Wikimedia Commons: Minute issued by the CNE voting machine, signed and delivered to the ConVzla delegate according to the official website of the coalition (28 July 2024)(Public Domain, Law on Copyright of 14 August 1993, Venezuela)
事前の世論調査や当日の出口調査

事前の複数の世論調査や当日の出口調査でも、大きいマージンでのゴンサレス勝利が予測されていた。7月に行われた3社の世論調査では、マドゥロに投票すると答えた人は12.1~24.6%、ゴンサレスに投票すると答えた人は59.1~71.9%となっており、ゴンサレスがマドゥロに35~60ポイントの大差をつけている3。また当日行われた出口調査でも、ゴンサレスに投票したと答えた人が65%、マドゥロに投票したと答えた人が31%となっている4。これらはいずれも、反政府派連合が発表した選挙結果(表1)とほぼ一致している。

厳しい政治経済状況と国外移民・避難民の急増

ベネズエラは、マドゥロ政権下の7年間で国家経済(GDP)が5分の1に縮小するほどの経済破綻とハイパーインフレに見舞われた。それは貧困層により大きな打撃となった。生活困窮や政治的弾圧、治安悪化から逃れるために、人口の3割弱に相当する約780万人が国を出た5。そのような状況下で、政権の責任者が国民の支持を集めて再選されたという主張を信じるのは容易ではない。

国外に500万人ほどの有権者が存在するが、国外に出た経緯から大半は反政府派支持であると考えられる。ベネズエラでは憲法が在外投票の権利を規定しているため、世界各地のベネズエラ人は選挙登録と在外投票を強く求めてきた。しかし選管がそれを無視したため、在外投票はごくわずかの有権者(以前から居住国の大使館で選挙登録ずみであった人たち)に限られた。もし在外投票が実施されていたならば、ゴンサレスへの投票は100万票単位で増え、マドゥロとの得票差はさらに広がっていたと考えられる。

今後の展開のカギを握る要因

いまだ混迷を極める状況ではあるが、今後を展望するうえでカギを握る要因として以下3つをあげたい。1つは、反政府派による抗議行動の継続的展開である。マチャドらの呼びかけに呼応して全国で大規模な集会が展開されており、スペインのマドリッドをはじめ世界各地でも在外ベネズエラ人による抗議集会が行われている。今まで反政府派は幾度もマドゥロ政権を追い詰めたが、治安当局による弾圧の広がりと混乱の長期化で反政府派市民の熱量は徐々に奪われ無力感が広がっていった。マドゥロ側はおそらくそれを待っている。

2つめは、軍や一部のチャベス派政治リーダーに対して、政権から離反するよう働きかけを強めることである。マチャドは選挙前から、「軍やチャベス派の一部と話をしている」と発言し、揺さぶりをかけてきた。「軍は政権の延命のために国民に武器を向けるのではなく、国民の意思を尊重すべき」というメッセージを動画で発信する軍人や、市民の抗議行動の鎮圧命令に従わずに退去する軍の部隊や警察も出ている。現時点ではまだその動きは限定的だが、それがさらに広がること、とくに軍高官レベルで政権からの離反者がどれだけ出るかが重要になる。逆にいえば、軍が政権から離反しなければマドゥロ政権が継続することになる可能性が高い。

3つめは、国際社会の監視・関与である。マドゥロ再選という選管発表を支持したのは、ロシア、中国、キューバ、ニカラグア、ボリビア、ホンジュラスなど6、チャベス、マドゥロ政権と親密な関係にある国々である。一方、米国やアルゼンチン、ペルー、ウルグアイなどの南米諸国は、選管の発表には信ぴょう性がないとして、次期大統領に選出されたのはゴンサレスとの認識を表明した7。また、日本も含め多くの国は、選挙の透明性を担保すべく、選管に対して詳細な開票表の公開を求めており、スペインなど欧州7カ国はその趣旨の共同声明に署名した8

米州機構(OAS)でも選管発表に強い疑義が出され、開票表の公開を求める決議案が出された。同決議案は、賛成が17カ国、反対はゼロだったが、11カ国が棄権、5カ国が欠席したため成立しなかった9。なかでも域内大国のブラジル、メキシコ、コロンビアが棄権したことは注目される。それら3カ国はチャベス、マドゥロ両政権と友好的な左派政権であるが、今回の選挙結果をめぐり必ずしもマドゥロを擁護するとは考えにくい。とくに隣国のコロンビアとブラジルにはそれぞれ286万人、57万人のベネズエラ人が流れこみ10、経済社会的問題になっている。そのためベネズエラの政治経済が安定化して多くのベネズエラ人が帰国することは両国にとって重要であるが、マドゥロ政権が今後6年間継続するとなれば、より多くのベネズエラ人が両国に脱出することが予想される。

これら3カ国の大統領は8月1日に、選管に対してすべての開票表の開示を求める共同声明を発表した(Rodríguez 2024)。彼らはマドゥロと直接コミュニケーションをとれる関係にあり、仲裁役としての役割に期待がかかる。とくにブラジルのルーラ大統領は、自身が一度選挙で敗北して下野するも再度大統領選で勝利して政権に返り咲いた経験をもつため、マドゥロを説得するには適任の人物といえる。

おわりに

今回の選挙では、反政府派側が周到に準備をしてきたことが示された。ゴンサレスが勝利しても選管とマドゥロがそれを認めないという事態は、事前に想定されたシナリオでもあった。そして彼らはおそらくそのような事態に対応する次の手も十分に準備していたのではないだろうか。それは、軍人やチャベス派政治家への働きかけ、市民の抗議行動の熱量を維持すること、国際社会からの協力をとりつけることなどであろう。

一方、それらには大きな危険も伴う。マドゥロは選挙前に「自らが敗北するようなことになればベネズエラは血の海になる」と発言し、市民の恐怖心をあおった。この発言は国内外から非難を集め、ブラジルのルーラ大統領もマドゥロに電話で忠告している11。選挙後、市民の抗議行動に対する治安当局の対応で、すでに23人が犠牲になり1000人以上が拘束されている12。また、マドゥロはマチャドとゴンサレスを拘束すると公言している。マチャドの選挙チームメンバーの一部は拘束され、他のメンバーはアルゼンチン大使館に逃れており、マチャドとゴンサレスの身の安全も危惧される。

マドゥロはチャベスのようにチャベス派政治リーダーらの間で圧倒的に強い立場にはなく、彼らや軍高官に支えられて政権を維持してきた。マドゥロを含め彼らの多くは汚職、市民に対する弾圧、麻薬取引やマネーロンダリングなど多くの犯罪に手を染めており、政権交代すると法の裁きを受けることが必至である。麻薬取引などの国際犯罪の場合は、米国で訴追される可能性もある。マドゥロ自身についてはすでに国際刑事裁判所(ICC)が捜査中である。そのため、彼らは自らを守るためには政権交代を絶対に避けねばならない。マドゥロを含め彼らが選挙での敗北を認めて政権を去るためには、彼らが安全に去ることができるように「バックドアが開いている」必要がある。政権維持の可能性がきわめて低いということを強く認識させたうえで、政権から離れることがもたらしうる個人のリスクを下げる交渉を働きかけること、すなわちそれらチャベス派政治家や軍人に第三国への出国をもちかけることなども含めて、高度な交渉を進めることも考えられるのではないだろうか。

憲法は新政権就任日を2025年1月10日と定めている。今後5カ月間で事態がどのように展開するのか注視する必要がある。

(2024年8月6日脱稿)

※この記事の内容および意見は執筆者個人に属し、日本貿易振興機構あるいはアジア経済研究所の公式意見を示すものではありません。
写真の出典
  • 筆者の友人A氏より写真提供
著者プロフィール

坂口安紀(さかぐちあき)。アジア経済研究所地域研究センター主任調査研究員。専門はベネズエラ地域研究。おもな著作に『ベネズエラ──溶解する民主主義、破綻する経済』中央公論新社(2021)、『チャベス政権下のベネズエラ』(共編著)アジア経済研究所(2016)、『途上国石油産業の政治経済分析』(共編著)岩波書店(2010)など。

書籍:ベネズエラ──溶解する民主主義、破綻する経済

書籍:チャベス政権下のベネズエラ


  1. 選管のウェブサイトはアクセスできない状況になっているため、EFE紙報道より。表1は5日後に発表された最新発表(第2次報告)であるため、数字が若干異なる。 Elecciones Venezuela: Nicolás Maduro pide “respeto a la voluntad popular” tras ser proclamado presidente reelecto de Venezuela.” EFE, 29 julio, 2024.
  2. Freedom House. “Freedom in the World.”(2024年8月5日閲覧)
  3. 3社(Meganálisis, Delphos, ORC Consultores)のデータ。Chase Harrison, Poll Tracker: Venezuela's 2024 Presidential Election.” AS/COA, 24 July, 2024.
  4. Edison Research. Edison Research Conducts Exit Poll in Venezuela.” Edison Research. July 28, 2024.
  5. Refugees and Migrants from Venezuela.” R4V, updated 3 June, 2024.
  6. Estos son los únicos países que han felicitado a Nicolás Maduro tras elecciones.” El Universal, 30 de julio, 2024.
  7. Crece el reconocimiento internacional a González Urrutia como ganador de los comicios en Venezuela.” EFE, 3 de agosto, 2024.
  8. スペイン、イタリア、フランス、ドイツ、オランダ、ポーランド、ポルトガルの7カ国。Machado agradece a siete países de la UE por su ‘compromiso con la democracia’ venezolana.” EFE, 4 de agosto, 2024.
  9. La OEA no aprobó la resolución sobre la situación en Venezuela: así votaron los países de la región.” NTN24, 31 de julio, 2024.
  10. 注5と同じ。
  11. Lula confiesa que se “asustó” con la amenaza de Maduro sobre ‘un baño de sangre’ si pierde.” EFE, 22 de julio, 2024.
  12. Ascendió a 23 el número de muertos en las protestas contra el fraude electoral de Nicolás Maduro en Venezuela.” Infobae, 5 de agosto, 2024/Foro Penal website.(2024年8月6日閲覧)
この著者の記事