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ベネズエラ危機の真相――破綻する国家と2人の大統領

PDF版ダウンロードページ:http://hdl.handle.net/2344/00050844

2019年4月

(6,767字)

169万パーセントのインフレ、5年連続マイナス経済成長、3年間で総人口の1割(300万人)以上の国民が国を脱出、5日におよぶ全国停電。これらが起きているのは戦下の国ではない、南米ベネズエラだ。さらに今年1月以降は2人の大統領が並び立つという異常な事態にある(写真1)。

暫定大統領に就任したフアン・グアイド氏(2019年2月2日カラカスにて)

暫定大統領に就任したフアン・グアイド氏(2019年2月2日カラカスにて)
なぜ2人の大統領が誕生したのか?
そのカギは、2018年5月の大統領選挙の正当性に関する認識の相違にある。ニコラス・マドゥロ大統領は、反政府派の有力政治リーダーを政治的に排除し、立候補できない状況に追いやったうえで大統領選挙を実施しようとした(表1)。そのような状況での大統領選挙は民主主義の最低限の基準をも満たさないとして、反政府派は選挙をボイコットし、国際社会からも選挙の中止を求める声が集まった。しかしマドゥロ政権は選挙を強行して「再選」され、それにもとづき今年1月10日に二期目の就任式を行った。

表1 反政府派主要リーダーに対する政治的権利の剥奪(2018年時点)

表1 反政府派主要リーダーに対する政治的権利の剥奪(2018年時点)

(出所)各種資料から筆者作成。

一方反政府派は、上記の選挙は公平、民主的な選挙ではなく、その結果には正統性が認められないため、マドゥロ政権の任期が切れた1月10日以降は正統な大統領が不在であるとする。そのうえで大統領不在に関する以下の憲法規定に基づき、フアン・グアイド国会議長が暫定大統領に就任し(1月23日)、大統領選挙の実施をめざしている。
「(略)民主主義の価値、原則、保障および人権を尊重しないいかなる政権、法律、権力をも、ベネズエラ国民は拒否する。」(憲法350条)
「(略)就任以前に選出された大統領が不在となった場合、連続する30日以内にあらたな大統領選挙を実施する。新大統領が選任され就任するまでの間は、国会議長が暫定的に大統領の任に就く。」(憲法233条)

諸外国はどちらを支持?

マドゥロ政権を支持するのは、中国、ロシア、キューバ、ボリビア、ニカラグア、トルコ、イラン、北朝鮮、シリア、ベトナムなどのアジア諸国、アフリカ諸国などである。一方グアイド暫定大統領を支持・承認しているのは、米国、カナダ、EU、ヨーロッパ各国の大半、ラテンアメリカ諸国の大半、オーストラリア、イスラエル、日本など、西側諸国を中心に50カ国以上である。

グアイドを支持する国々は、上述のとおり2018年の大統領選挙が民主的ではないとしてその正統性を否定し、すみやかに大統領選挙を実施することを求めてきた。しかしマドゥロ側が選挙実施に同意しない一方グアイド国会議長がその実施を主張していることから、グアイド氏を暫定大統領として支持・承認する立場を表明している。

米国は各国のなかでもっとも強力にグアイド支持を実行してきた。マドゥロ政権に対する経済制裁の強化(後述)、人道支援物資の提供、そして軍事介入の可能性までも示唆しながら、マドゥロ陣営に圧力をかけている。一方中国とロシアは、米国による関与を内政干渉であるとして強く批判し、マドゥロ政権を擁護する。2月末には国連安保理において、米国とロシアがベネズエラに関する決議案をそれぞれ提出し、相互に拒否権を発動しあう泥仕合を展開した。

マドゥロ政権に対する米国の経済制裁とは?

マドゥロ政権に対する米国の制裁措置は、2015年オバマ政権期から始まったが、いずれも政府や軍高官などに対する個人制裁(米国への渡航禁止や米国内の個人資産の凍結など)であった。経済全体に影響を与える制裁措置が始まったのは2017年以降で、同年8月の金融取引に関する制裁措置と、今年1月末に発動された石油貿易に関する制裁措置である。前者は、ベネズエラ政府や国営企業が発行する債権の取引(のちに、より広い金融取引、金や仮想通貨の取引も対象に)に米国人・法人が関与することを禁止するもので、マドゥロ政権による対外債務の借換えや外貨獲得を困難にする。一方今年1月末に発動された石油貿易に関する制裁措置は、ベネズエラからの石油輸入および米国からベネズエラへの石油輸出を事実上禁止するものである。ベネズエラの外貨獲得の9割以上が石油輸出によるもので、その半分弱が米国市場向けであるため、この制裁措置によってマドゥロ政権は外貨獲得源の半分近くを失ったことになる。

ベネズエラの経済破綻の原因は?

マドゥロ政権およびそれを支持する人々は、現在国が直面する経済破綻は米国がしかけた「経済戦争」によるものだとの説明を繰り返しているが、それには説得力がない。図1が示すとおり、経済成長率は2013年第1四半期には1%前後に急落し、翌2014年第1四半期にはマイナス5.2%と大幅なマイナス成長が記録され、その後5年連続してマイナス成長(過去3年はマイナス幅が2ケタ)という深刻な経済破綻状態にある。一方米国のふたつの制裁措置が発動されたのは、マイナス成長に落ちこんでから2年半以上も経過して以降のことである。さらにいえば、経済成長率が1%前後からマイナス成長に落ちこんだ2013年~2014年第3四半期までは、国際石油価格は1バレル当たり100ドル前後と高止まりしていた。すなわちベネズエラ経済は、米国の経済制裁や国際石油価格の下落以前からマイナス成長に落ち込んでいたのである。

図1 経済成長率と石油価格の推移

図1 経済成長率と石油価格の推移

(出所)筆者作成。GDP成長率は、2012-2014年までは中央銀行、2015年以降は中央銀行がデータを公表していないためEIU(2019)にもとづく。石油価格は2014年まではOPEC(various years)、2015年以降はBP(2018)、2018年以降は石油省ウェブページにもとづく。
(注)GDP成長率は四半期ごとの数字をそれぞれ四半期の最終月として表示。石油価格はブレント価格、2019年は石油省ウェブページのブレント価格(2019/2/18-22)。なお、ベネズエラバスケット価格は通常ブレント価格より1バレル当たり8~10ドルほど安い。

ベネズエラの経済危機は、チャベス政権が推し進め、マドゥロ政権が引き継いだ、国家介入型の経済政策の失敗にある(坂口2018)。価格や為替レートの非現実的なレベルでの固定、外貨統制、企業や農地の接収などが、農業や製造業の投資を抑制し生産縮小を招いた。国内供給の不足分を輸入品に依存する構造ができあがっていたところに、石油価格の下落や産油量の縮小、対外債務の支払いなどで外貨不足が深刻化し輸入が困難になったことが、現在の食料や医薬品の欠乏の理由である。

一方ハイパーインフレは、チャベス期以来の際限なき財政肥大が財政赤字をもたらし、それを政権が安易に貨幣増発で埋め合わせてきたため、通貨価値が下落し続けていることが原因である。

ベネズエラの現在の経済破綻は、このようなチャベス、マドゥロ両政権の経済政策の失敗が生んだ生産部門の弱体化とマクロ経済の歪みという構造的問題がベースにある。石油部門も、国家介入と経済合理性に乏しい政策、投資不足により、産油量がチャベス政権期以前の3分の1に縮小してしまった。これら政策の失敗のうえに、2017年以降の米国の経済制裁と2014年以降の国際石油価格の下落が追加的ブローとなってベネズエラ経済をさらに弱めたのである(写真2)。

2019年1月10日、政権2期目に就任するマドゥロ氏

2019年1月10日、政権2期目に就任するマドゥロ氏
なぜマドゥロ政権は国際人道支援物資の国内持ちこみをブロックするのか?

食料や医薬品の欠乏が続くなか、近年ベネズエラでは子供たちや病人を中心に、十分な栄養や医療サービスを受けられずに健康状態を悪化させ、命を落とす人が増えている。国連データベースによると、乳児死亡率(1,000人当たり)は2011年の14.3から2017年には25.7にまで上昇(悪化)している。また、栄養失調で死亡した5歳未満の乳幼児は2017年の71人から2018年には194人へと増加し、2019年の最初の45日間だけで29人の子どもが栄養失調で命を落とした(Maya 2019)。また、国内で受けられない医療サービスを求めて、多くの病人や妊産婦が隣国コロンビアやブラジルの国境の町の公立病院をめざして移動している。

このような状況においてもマドゥロ政権は国内に人道的危機は存在しないと主張し続け、海外からの支援物資の受入れを拒否してきた。支援物資を受入れると国内に人道的危機が存在することを認めることになり、政権としてその責任を問われかねないからである。マドゥロ政権が人道支援物資の持ちこみを許可しないため、国連難民高等弁務官事務所や各国の支援組織は、ベネズエラ国内ではなく、国境を越えコロンビアやブラジルに流れてきた多くのベネズエラ人に対して支援を提供している。

グアイド暫定大統領は各国に支援物資の協力を求め、米国および南米諸国が提供した人道支援物資がコロンビアやブラジルの国境の町に集められた。マドゥロ陣営はそれらの国内持ち込みを阻止すべく、コロンビアとの国境の橋に大型コンテナを設置してブロックした。2月23日には、別の国境の橋で大型トラックに積まれた支援物資をベネズエラ市民(非武装)が持ち込もうとしたところ、治安当局および武装した政権支持のギャング組織が発砲し、400人以上の負傷者が出てコロンビアの病院に搬送された1。ブラジルとの国境付近では、支援物資の持ち込みを阻止するために国防軍が近隣の先住民の村人に発砲し、25人が犠牲になり、60人が行方不明と、先住民枠選出の国会議員が発表している(マドゥロ政権は犠牲者を4人と発表)2

停電は米国によるサイバー攻撃?

3月7日以降ベネズエラではほぼ全州において大規模な停電が発生し、場所によっては4~6日間断続的または継続的に停電状態が続いた。停電はいったん復旧したものの、その後2度ほど全国規模の数日にわたる停電が再発している。停電により水の供給も数日にわたり止まり、地下鉄も止まり、停電の長期化や再発で市民は疲弊している。病院では停電によって医療器具が使用できず、透析患者やケアが必要な新生児らが命を失う事故が相次いだ。

マドゥロ政権は、停電は米国によるサイバー攻撃であると主張するが、証拠は提示していない。一方グアイド側は、チャベス、マドゥロ両政権下における電力部門に対する投資・メンテナンス不足が原因であるとする。実際チャベス政権期以来、国内需要の7~8割を担うグリ水力発電ダムへの過度の依存や送電網も含めたメンテナンス不足、そして国営電力企業の投資資金が汚職に流れていることなどが繰り返し指摘されてきた3。3月7日の停電は、グリ水力発電ダムから全国に送電する基幹送電線付近で、安全のために必要な草木の伐採が行われておらず、それが自然発火したことが原因との見方が強まっている4

今後の展望は?

グアイド暫定大統領は2月23日の国際人道支援物資の持ち込みによって、マドゥロ政権を切り崩すことをめざしていたが失敗した。膠着状態が長引くにつれ、反政府派市民の間に「今回もダメか」といった無力感が広がりつつある。また膠着状態が長引くと、米国の経済制裁の国民生活へのダメージも大きくなるため、それを維持することについてグアイド派や米国に対する国内外の見方が変化する可能性もある。

一方でマドゥロ政権がこのまま政権を維持する可能性も高いとはいえない。現在の厳しい状況で政権を死守するためには、軍の支持と外貨獲得のふたつが最も重要なカギである。外貨不足から軍人への十分な待遇が困難になれば、彼らの政権に対する不満が高まる。米国による経済制裁と産油量のさらなる減少で、外貨収入は今後先細りする一方であろう。対外債務の支払いも事実上デフォルト状態にあるため、債権者による海外資産の差し押さえが始まる可能性もある。外貨不足がマドゥロ政権にとってのアキレス腱となる可能性が高い。

軍人の離反はすでに始まっている。とくに2月以降は、チャベス、マドゥロ両大統領とも近く、情報組織トップなどを担ってきた将軍2人がマドゥロ政権から離反しグアイド側についたことが大きい。彼らからマドゥロ政権にとって都合のよくない情報が出てくれば、マドゥロ政権にとっては打撃だ。

国際社会の動きも大きなカギを握る。米国は軍事介入の可能性を示唆するものの、グアイドを支持する国々からもそのオプションは支持されておらず、現時点で米国が軍事介入を実施する可能性は低いと思われる。一方ロシアは基本的にはベネズエラにもつ石油利権や債権の回収といった経済的利害を重視しており、財政的にも負担となる軍事コミットメントをしてまでマドゥロ政権を支えるメリットがロシアにあるとは考えにくい5

膠着状態に持ちこんだマドゥロ政権は、このまま政権を維持するために、いっそう強権化を強め、グアイド側への弾圧を強めることで政権を維持しようとするだろう。実際、マドゥロ政権およびそれが支配する会計検査院は、グアイド暫定大統領に対して海外渡航費用に関する調査を実施し、15年の公職追放処分を検討中である。そして4月2日には制憲議会がグアイド氏の議員特権を剥奪し、最高裁での調査開始を可能にしたとする6。また反政府派の抗議行動やグアイド陣営の動員に参加する市民に対しては、治安部隊のなかでももっとも暴力的とされる特殊部隊(FAES)や武装した政府系のギャング組織を使った暴力的威嚇行為が拡大している。

マドゥロ政権がすべての国家権力と暴力装置を独占する状況では、グアイド側には民主主義の制度内で、また海外からの強力な支援がない限り、膠着状態を打破する手段が今のところ見当たらず、短期的には現在の膠着状態が継続すると思われる。しかし中期的には(数カ月以上)、外貨不足がアキレス腱となり、再びマドゥロ政権の危機が訪れることになることが予想される。

直近で注目すべきは、今後マドゥロ側がグアイド暫定大統領の逮捕に動くかである。米国をはじめ国際社会からの監視はきわめて強くなっており、もしマドゥロ政権がグアイド逮捕に踏みきった場合には、米国あるいは他の国も参加する軍事介入の可能性も否定できなくなってくるだろう。今後も注視が必要である。

(2019年4月4日脱稿)

付記(2019年8月1日)

本記事以降の展開については、坂口安紀「ふたりの大統領の間で揺れるベネズエラ――これは『終わりの始まり』なのか?――」(『ラテンアメリカ・レポート』36巻1号、2019年7月)をご参照いただきたい。

著者プロフィール

坂口安紀(さかぐちあき)。アジア経済研究所地域研究センター主任調査研究員。MA(修士)in Latin American Studies, UCLA. 専門はベネズエラ地域研究。おもな編著に、『チャベス政権下のベネズエラ』アジア経済研究所(2016年)、『途上国石油産業の政治経済分析』岩波書店(2010年)など。『ラテンアメリカ・レポート』に定期的にベネズエラ情勢を執筆。

書籍:アジ研選書「チャベス政権下のベネズエラ」

書籍:「途上国石油産業の政治経済分析」

参考文献
写真の出典
  • 写真1 暫定大統領に就任したフアン・グアイド氏(2019年2月2日カラカスにて): Alexcocopro [CC BY-SA 4.0 (https://creativecommons.org/licenses/by-sa/4.0)]
  • 写真2 2019年1月10日、政権2期目に就任するマドゥロ氏:Presidencia El Salvador [CC0]
  1. "Regresión ordenada por Maduro dejó 423 heridos en la frontera con Colombia." Caraota Digital¸ 27 febrero, 2019.
  2. "Diputado Guzamana presume 25 indígenas muertos a manos de la FAN." NTN24, 27 de febrero, 2019.
  3. Vinogradoff, Ludmila, "Venezuela, al borde del colapso eléctrico." ABC, 29/03/2016.
  4. Francisco Rodríguez and Jorge Alejandro Rodríguez. "Venezuela’s Powerless Revolution." The New York Times, March 26, 2019.
  5. 3月末にロシアは100人近いロシア軍人をベネズエラに派遣したため、緊張が高まった。しかしそれは数年前にベネズエラがロシアから購入したミサイルシステムの修復のためといわれている("US Says Russians in Venezuela to Fix Missile System." AFP, March 30, 2019)。
  6. 議員特権(任期中は逮捕されない権利)に関する憲法200条は、「(略)犯罪を起こしたことが推定される国会議員に対しては、国会の事前承認を受けて、最高裁が拘束や裁判継続を命令することができる。(略)」(下線は筆者)と規定している。今回のグアイド氏に対する議員特権の剥奪に関しては、国会の承認はむろん存在せず、また制憲議会にはそのような権限はない。