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クルスク派兵によるロシアとの関係強化

Strengthened Relations between D.P.R of Korea and Russian Federation by the Dispatch of People’s Army to Kursk

PDF版ダウンロードページ:https://hdl.handle.net/2344/0002001562

2025年12月

(5,313字)

ロシア軍のクルスク奪還戦闘に対する朝鮮民主主義人民共和国(以下、朝鮮)の軍隊の派遣に関する情報は2024年10月17日にウクライナ政府および韓国国家情報院によって発表された。そして、2025年4月26日にロシア軍のクルスク奪還戦闘が終了すると、28日に朝鮮側もロシア側も、朝鮮のクルスク派兵が事実であることを認めた1。さらに、2025年8月22日にYouTubeに掲載された平壌の朝鮮中央テレビの報道「朝鮮人民軍海外作戦部隊指揮官・戦闘員たちのための祝賀公演」によって、クルスク派兵に関する金正恩の決定は2024年8月28日に下され、10月から派兵が実施されたことなどが明らかにされた2

ここでは、この朝鮮のクルスク派兵についてその目的を明らかにしたうえで、派兵された部隊の内容についてこれまでわかったことを示してみよう。

派兵の目的

韓国では、朝鮮が派兵によってロシアから経済的利益を獲得するとか、軍事技術や防空装備などが提供されている、核兵器や弾道ミサイル技術が提供される可能性があるといった、国防関係者や政府関係者の話が報じられている3。これらの報道は朝鮮の派兵の目的がロシアから直接的な見返りを得るためであるとの印象を与えている。

しかし、経済的利益に関しては、最近の朝鮮の経済事情は援助を求めるほど逼迫したものではない。2022年9月17日に、駐朝ロシア大使館のマツェゴラ大使は、ロシアが当時朝鮮に対して小麦の提供を準備したが、朝鮮側が豊作を理由に丁重に断ってきたとタス通信のインタビューで述べている4。また、2024年7月27日に朝鮮平安北道とその周辺で大規模な水害が発生したが、8月8~9日に金正恩が同地方の復旧事業を現地で視察した際に、外国と国際機関による人道支援の申し出を丁重に断ったと発表した5。派兵が始まったのはこの2024年の10月であり、経済援助を求めて派兵が実施されたとするのは無理がある。また、軍事技術的な利益供与に関しても、戦闘が続いているロシアが自国の兵器生産に直結する軍事技術や軍事産業関連の科学者や技術者を第三国に派遣すると見るのは難しい。

そのため、派兵の一義的な目的はロシアとの関係強化にあるとみるのが自然である。そして、それに加えて自国の兵士に実戦の経験を積ませることも目的であったとみられる。朝鮮が1966年10月にベトナムに空軍部隊を派遣した時にも、1973年5月にエジプトに空軍部隊を派遣した時にも、当時の最高指導者金日成は実戦における「鍛錬」について言及していた6

同盟関係の消滅と回復

そもそも朝鮮は、日本の敗戦後にソ連軍政下におかれた朝鮮半島北半部において、ソ連軍の信任を得た金日成が建てた国である。朝鮮とソ連は初めからマルクス・レーニン主義を共通の政治理念として軍事的にも協力し合う事実上の同盟関係にあったといえる。1950~53年の朝鮮戦争時に、ソ連は朝鮮に多くの経済的支援を与えたのみならず、秘密裏に第64戦闘飛行軍団を組織して中国空軍に紛れて朝鮮の上空で戦闘に参加した7。1961年7月6日に締結された朝ソの相互援助条約は、戦争になった時に互いに支援する自動介入条項が定められたが、これは既存の事実上の同盟関係を国際条約のかたちで示すようになったものである。

しかし、1990年にソ連が韓国と国交を正常化し、1991年12月にソ連が消滅したことで、政治理念の共有は失われた。ソ連の外交的責任を継承する新生ロシアは、モスクワから遠く、経済的利益がほとんどない朝鮮と従来の同盟関係を維持するつもりはなかった。1995年9月7日に、ロシア外務省は、1961年7月6日条約が事実上無効になっていることをロ朝ともに確認したうえで同条約に代わる新たな条約を準備する話し合いが進行中であると発表した8。2000年2月9日に朝ロの間で新たな友好親善条約が締結されたが、かつての自動介入条項に関する部分は、戦争になった時に互いに「速やかに接触する」という申し訳程度の文言に差し替えられた。

2000年5月7日に就任したプーチン大統領は7月19~20日に平壌をロシアの首脳として初めて訪問することで朝鮮に対する配慮を見せた。続いて朝鮮の最高指導者金正日も翌2001年7月26日~8月18日にロシアを訪問した。プーチン政権第1期および第2期とそれを継承したメドベージェフ政権の時代には、朝ロの間で鉄道運輸やガスパイプライン建設に関する協議が進行した。2008年4月26日には朝鮮鉄道省とロシア鉄道株式会社との間で協力協定が結ばれ、6月16日には合弁会社の羅先国際貨物輸送合営会社が設立された。ガスパイプラインに関しても、2011年9月15日に朝鮮原油工業省とガスプロム社との間で協力に関する了解覚書が交わされた。2012年5月にプーチン第3期政権が発足すると、ソ連時代の借款に関する政府間協定が締結され、ロシアは朝鮮の債務109億6000万ドルのうち90%を帳消しにして、朝鮮は残り10億9000万ドルを朝ロ共同事業の形式で20年間にわたって返済することになった9

とはいえ、鉄道運輸の合弁会社の活動は2017年末以来、進展が見られなくなった。ガスパイプライン建設の話も具体的な動きは見られなかった。そこに、2022年2月24日にロシアがウクライナに対する「特別軍事作戦」の実施に入ったことは、朝鮮にとってロシア社会での存在感を向上させる好機となった。7月13日に朝鮮外務省はロシアが支持するドネツク人民共和国とルガンスク人民共和国の独立に対する承認を発表し、10月3日にロシアのドネツク、ルガンスク、へルソン、ザポロジエの4州併合に対する支持を発表した。一方、ウクライナに侵攻したことで西欧諸国から相手にされなくなってきたロシアとしては友人を確保しておく必要があった。そして2023年7月25~27日にプーチンの側近であるショイグ国防相(2024年5月から国家安全保障会議書記)が朝鮮を訪問して、朝鮮の支持に感謝を表明し、朝ロ関係は新たな段階を迎えることになった。9月10~19日には三代目最高指導者の金正恩がロシアを訪問、2024年6月19日にはプーチンが平壌を訪問して、包括的戦略パートナーシップ条約を締結した。この新たな条約では戦争発生時の自動介入条項が復活するとともに、互いの投資の奨励と保護、科学技術分野における交流協力の促進など協力していく分野が具体的に明記された。

同盟関係の強化

ただし、2024年の条約の位置づけに関して、朝鮮とロシアとの間には微妙な違いが見られた。2024年6月19日の条約締結に際して、金正恩とプーチンによる共同発表では、金正恩がこの条約の締結によって朝ロの関係が「同盟関係という新たな高い段階」に入ったと述べ、繰り返し「同盟関係」という言葉を用いてこれを強調した。それに対して、プーチンはロ朝の関係を「戦略的パートナーシップ」としか述べず、「同盟関係」という言葉を使わなかった10。さらに、6月29日にロシア外務省の報道官は、「この条約は西側の基準に沿って軍事同盟を形成するという目標を追求するものではなく、また第三国に向けられたものでもない」と述べ、「同盟」という言葉を避ける態度を見せた11

2024年6月19日に訪朝したプーチン・ロシア大統領を迎える金正恩国防委員会委員長

2024年6月19日に訪朝したプーチン・ロシア大統領を迎える金正恩国防委員会委員長

2024年8月6日にウクライナ軍がロシアの「特別軍事作戦」に対する反撃の一環としてロシア領域内のクルスク州に進入したことは、条約の位置づけに関するズレを解消するのに絶好の機会であった。28日に金正恩は条約の自動介入条項の有効性を示すべく、ロシアに対する派兵を決定した。すると、ロシア外務省も態度を変えた。9月26日にラブロフ外相は条約の締結によってロ朝関係が「これまでにない高度なものになり、一つの同盟関係にまで進化した」と述べた。のみならず、ラブロフは朝鮮のミサイル開発と核開発に対する理解を示し、「『朝鮮の非核化』はもはや意味を失っており、ロシアはこれを交渉から除外する」と宣言した12。こうして、核に関する外交で朝鮮はロシアをはっきりと味方につけることができたのである。

10月にロシア軍はクルスク州を奪還する作戦行動に入り、朝鮮人民軍の派遣も実施に移された。翌2025年4月26日にその作戦行動が終了すると、28日付の『労働新聞』にはクルスク派兵を公に認める27日付の朝鮮労働党中央軍事委員会の発表を掲載した。また同日、クレムリンも「朝鮮人民軍区分隊たち」が戦闘に参加していたことを明らかにした13。5月9日には、モスクワで開かれた独ソ戦勝利パレードの会場でプーチンが朝鮮人民軍の将軍たちと、ほかの国の軍人たちに比べて親しい挨拶を交わし、抱擁までしてみせた14。これにより、朝鮮は片思いでない同盟関係の存在をロシア側に確認させるとともに、朝鮮のロシア社会における存在感を向上させることに成功したのである。

派遣された部隊の属性

クルスク派兵が知られるようになって間もない2024年10月24日に、韓国の金龍顕国防部長官は「弾除けの傭兵にすぎない」との認識を発表した15。日本でも『朝日新聞』電子版同年11月16日が「北朝鮮兵はロシア軍部隊の『弾よけ』として前線に配置」されているとの元韓国軍将校の見解を伝えた。しかし、実際に派遣されたのは、その規模については本稿執筆時点では明らかにされていないものの、質的には精鋭部隊として知られる特殊作戦部隊の将兵および通訳員、支援要員である。この特殊作戦部隊の属性については、先に述べた2025年5月9日にモスクワでの独ソ戦勝利パレードでプーチンが挨拶を交わした5人の将軍たちの所属によって明らかになった。1人目は朝鮮人民軍副総参謀長兼特殊作戦部隊司令官の金永福上将、2人目は偵察総局長の李昌浩上将、3人目は氏名未詳の国防省第1副相の中将、4人目は総参謀部第525軍部隊[作戦総局]の金炳哲中将、5人目は総参謀部第525軍部隊[作戦総局]の申琴哲中将である16

金永福上将はパラシュート部隊である第11軍団を率いていることが知られている17。そして偵察総局傘下の部隊は1968年1月の青瓦台襲撃や1996年9月の江陵上陸浸透などの特殊作戦を実施した経験がある18。作戦総局傘下の部隊も空挺作戦などの訓練を積んでいる19

派兵部隊の編成については、朝鮮側の報道でもプーチンの発言やタス通信の報道でも朝鮮の派兵部隊について「区分隊たち」(подразделения)と表現されている20。区分隊とは朝鮮でもロシアでも大隊以下の単位を指す用語である。そして、朝鮮中央テレビの報道「朝鮮人民軍海外作戦部隊指揮官・戦闘員たちのための祝賀公演」では、ロシアの国旗を持って戦っている兵隊の姿や、ロシア軍の空挺軍団の軍旗を掲げた場所で会議をしている派兵部隊軍人たちの姿も見られる21。また、9月10日発のタス通信では、クルスク戦闘に参加した朝鮮人民軍の写真展で、ロシア軍アフマト特殊部隊司令官のアプティ・アラウジノフ中将と朝鮮兵士が並んで写っている写真が展示されたと伝えられている。これらの公式発表から、派兵部隊は主に大隊以下の単位に分かれてロシア軍の空挺軍団やアフマト特殊部隊などとともに戦闘行動に従事していたことがわかる。

クルスク奪還戦闘は2025年4月26日に終結し、8月1日にロシア軍の輸送機に運ばれた戦死者の遺体が到着した。8月22日付『労働新聞』の写真で公表された遺影は101枚であった。先に述べたとおり派兵部隊の規模は公表されておらず、また、負傷者や行方不明者の数も本稿執筆時点では発表されていないものの、ロシアとの関係は兵士たちが血を流すことで強化され、朝鮮人民軍も貴重な実戦経験を得たのであった。6月17日に平壌で金正恩と会談したロシア安全保障会議のショイグ書記は、金正恩がクルスク州に地雷除去のための工兵1000人とインフラ復興のための軍人建設者5000人の派遣を決定したと発表しており22、軍人の派遣を通じた関係強化の努力が続けられることが明らかにされた。

また、朝鮮の国内でもロシアとの関係強化の動きが確認される。2025年2月9日付『ロシア新聞』電子版に掲載されたマツェゴラ駐朝ロシア大使とのインタビューでは、朝鮮の療養所や病院で「特別軍事作戦」での負傷兵数百人がリハビリを受けていることが明らかにされた23。マツェゴラは5月20日付の『イズヴェスチヤ』紙電子版に掲載されたインタビューのなかで、ロ朝間の共同プロジェクトとして、共同医療機関の設立、農業生物学分野の科学研究、考古学的発掘、職業訓練プログラム、ロシア語と朝鮮語の教材の開発、観光ルートの開発などが進行中であることや、朝鮮で4月1日に始まる新学期からすべての学校と大学でロシア語が主要外国語になったことを発表した24。現在の資料状況では、共同プロジェクトの具体的な進展状況は不明である。一方のロシア語教育の拡大は、朝鮮社会のなかのロシアの存在感を高めることに貢献するといえよう。

※この記事の内容および意見は執筆者個人に属し、日本貿易振興機構あるいはアジア経済研究所の公式意見を示すものではありません。
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著者プロフィール

中川雅彦(なかがわまさひこ) アジア経済研究所地域研究センター北東・東南アジア研究グループ主任研究員。主要著書は、『朝鮮民主主義人民共和国の党軍関係』アジア経済研究所2025年、『朝鮮社会主義経済の理想と現実──朝鮮民主主義人民共和国における産業構造と経済管理』アジア経済研究所 2011年、『アジアは同時テロ・戦争をどう見たか』(編著)明石書店2002年、『アジアが見たイラク戦争』(編著)明石書店2003年、『朝鮮社会主義経済の現在』(編著)アジア経済研究所 2009年、『朝鮮労働党の権力後継』(編著)アジア経済研究所2011年、『朝鮮史2』(共著)山川出版社 2017年。


  1. 2025年4月28日発タス通信;『労働新聞』2025年4月29日。
  2. 조선중앙텔레비죤[朝鮮中央テレビ]「조선인민군 해외작전부대 지휘관, 전투원들을 위한 축하공연 진행」[朝鮮人民軍海外派兵作戦部隊指揮官・戦闘員たちのための祝賀公演進行]2025年8月22日掲載。なお、この公演で上映された「화면편집물《조국은 기억하리라 용사들의 위훈을》」[祖国は記憶する、勇士たちの偉勲を]は総聯映画製作所が運営するウェブサイト「エルファテレビ」にも掲載されている。
  3. 『朝鮮日報』[韓国]電子版2024年11月22日;同2025年4月9日。
  4. 2022年9月18日発タス通信英語版。
  5. 『労働新聞』2024年8月10日。
  6. 『金日成全集(37)』朝鮮労働党出版社、平壌、2001年、380ページ;『金日成全集(51)』朝鮮労働党出版社、平壌、2003年、473ページ。
  7. Капица, М.С. [カピッツァ,M.S.], КНР : три десятилетия-три политики[中華人民共和国──その30年と3つの政策──], Москва[モスクワ], Изд-во политической литературы[政策文献出版社], 1979年, 53ページ;И. М.Попов, / С. Я. Лавренов/ В. Н. Ьогданов[ポポフ, I.M./S.Ya.ラヴレノフ/V.N.ボグダホフ], Корея в огне войны: К 55-летию начала войны в Корее 1950-53 гг.[ 戦火の朝鮮──朝鮮開戦55周年に際して──], Москва-Жуковский[モスクワ-ジュコフスキイ], Куцково поле[クツコヴォ・ポレ] 2005年, 259~317ページ。
  8. Коммерсантъ[コメルサント]電子版 1995年9月8日。
  9. Известия[イズヴェスチヤ] 電子版 2011年9月14日;2012年9月17日発朝鮮中央通信。
  10. 『労働新聞』2024年6月20日;“Заявление для прессы итогам россиско-корейских переговоров” [ロ朝交渉結果の報道機関向け声明] 19 июня 2024 года, Пеньян [平壌], Официальный сайт Президента России [ロシア大統領公式サイト], 2024年6月19日掲載。
  11. Комментарий официального представителя МИД России М.В.Захаровой о Договоре о всеобъемлющем стратегическом партнерстве между Российской Федерацией и Корейской Народно-Демократической Республикой”[ロシア外務省ザハロバ報道官のロ朝包括的戦略パートナーシップ条約に関するロシア外務省ザハロバ報道官の解説], Министерство иностранных дел Российской Федерации[ロシア外務省], 2024年6月26日掲載。
  12. 2025年9月26日発ロイター通信;“Ответ Министра иностранных дел Российской Федерации С.В.Лаврова на вопрос МИА «Россия сегодня», Нью-Йорк[ニューヨーク], 26 сентября 2024 года”[『ロシア・セヴォニャ』通信社の質問に対するラブロフ外相の回答2024年9月26日], Министерство иностранных дел Российской Федерации[ロシア外務省], 2024年9月26日掲載。
  13. 『労働新聞』2025年4月28日;2025年4月28日発タス通信; “Заявление Президента России для СМИ 11 мая 2025 года, Москва, Кремль”[報道機関向けロシア大統領声明2025年5月11日、モスクワ、クレムリンにて], Официальный сайт Президента России[ロシア大統領公式サイト], 2025年5月11日掲載。
  14. テレ東BIZ【ライブ】全部見る! ロシア軍事パレード~プーチン大統領演説で何を語る?~」2025年5月9日掲載。
  15. 2024年10月24日発聯合ニュース。
  16. 注11に同じ。なお、ウクライナ政府は金永福上将、李昌浩上将、申琴哲中将がロシア入りしたことを2024年10月に把握していた(2024年10月31日発ロイター通信)。
  17. 『労働新聞』2015年2月15日;『労働新聞』2017年4月13日。
  18. 『東亜日報』[韓国]1968年1月23日;『東亜日報』[韓国]1996年9月20日。
  19. 『労働新聞』2016年11月4日。
  20. 注11に同じ。
  21. 注2に同じ。
  22. 2025年6月17日発タス通信。
  23. Российская газета[ロシア新聞]電子版 2025年2月9日。
  24. Известия[イズヴェスチヤ]電子版 2025年5月20日。
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