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インドネシア大統領選をどう見るか

 

PDF版ダウンロードページ:http://hdl.handle.net/2344/00050846

2019年4月

(4,936字)

インドネシアの大統領選挙は2019年4月17日に投票日を迎える。選挙戦が始まった2018年9月から2019年3月までの半年間は、組織固めなどの選挙運動が中心だったこともあり静かな展開だったが、3月24日から屋外での大衆動員をともなった選挙運動が解禁され、いよいよ選挙戦も熱を帯びてきた。投票日が迫ってきた2019年の大統領選を見る際のポイントはどこか。3つの観点から考えてみる。

写真:2019年3月30日に開催された大統領候補同士の4回目の公開討論会

写真 2019年3月30日に開催された大統領候補同士の4回目の公開討論会
副大統領候補選びから見る――誰がターゲットか?

今回の大統領選に立候補しているのは現職のジョコ・ウィドド(通称ジョコウィ)大統領と、元陸軍将校のプラボウォ・スビアントである。これは5年前の2014年大統領選と同じ顔合わせである。しかし、それぞれの大統領候補とペアを組む副大統領候補は、前回とは異なる人物が選ばれた。

現職の副大統領は、企業家出身で、政界入り後は政府の要職を歴任してきたユスフ・カラである。しかし、カラは、2004〜2009年にスシロ・バンバン・ユドヨノ政権の副大統領をすでに経験しているため、「正副大統領は2期10年まで」という憲法の規定に抵触して、2019年の大統領選には出馬できなかった。

そこでジョコウィが選んだのが、マアルフ・アミンであった。マアルフは、ジョコウィよりも18歳年上、76歳のイスラーム教指導者である。インドネシア最大のイスラーム組織ナフダトゥル・ウラマー(NU)の総裁や、半官半民組織のインドネシア・ウラマー評議会(MUI)議長などの要職を務めてきた人物である。この経歴だけ見れば、ジョコウィはイスラームの組織票をあてにしたのだろうと推測される。しかし、マアルフは単に有力なイスラーム指導者というだけでなく、イスラーム保守派の主要人物だというところがポイントである。

インドネシアのイスラームは、暴力に訴えてイスラーム的価値観を実現しようとする過激派から、多元主義や世俗主義を尊重するリベラル派までその内実は多様である。このなかでマアルフは、多元主義的な教義解釈を否定する保守的なイスラーム指導者なのである。イスラーム保守派の影響力が強まるなか、リベラル派に近い立場のジョコウィは、あえてイスラーム保守派の中心人物を取り込むことで、自らの支持が最も脆弱である「敬虔なイスラーム教徒」の有権者からの支持を得ようと目論んだのである。

一方で、67歳になったプラボウォが副大統領候補に選んだのは、1969年生まれの若手実業家、サンディアガ・ウノ(通称サンディ)であった。2015年に政界入りしたサンディは、2017年のジャカルタ州知事選に副州知事候補として参戦し、当選を果たしている。

サンディが選ばれた理由は、プラボウォと最も相互補完性が高いとみなされたからである。若くてフレッシュなイメージがあり、容姿端麗なサンディをパートナーに据えることで、プラボウォは、有権者の半数を占める女性や、過半数以上を占める10〜30歳代の「ミレニアル世代」からの支持を固める戦略に出たのである。また、若手実業家であるサンディであれば「経済に強い」ことを有権者にアピールできるうえ、有力な華人実業家に対抗できるマレー系原住民出身の実業家として有権者のシンパシーも獲得できる。敬虔なイスラーム教徒というイメージもサンディは持っているため、イスラーム票を逃すこともないだろう。

ジョコウィは、5年前の大統領選でイスラーム組織の影響力が強い地域で苦戦を強いられた。だからこそ、イデオロギー的には自らと反対の立ち位置にいるイスラーム保守派のマアルフを副大統領候補に選んだ。一方、もともとイスラーム票の支持が強いプラボウォは、ジョコウィとは異なる戦略をとることで女性や若者といった新たな支持層を掘り起こそうとしているのである。

争点から見る――実績かフェイクニュースか?

今回の大統領選では何が争点となっているのだろうか。インドネシアの選挙では、政策論争が戦わされることはほとんどない。どの人物が選ばれたとしても、政府が目指すべき政策目標は共通したものであり、政府がとれる政策手段は限られているからである。前回2014年の大統領選でも、争点となったのは政策ではなく、政治家としての指導者像や政治スタイルであった。一般家庭に育ち、家具商から市長、州知事へと政界の階段を上ってきたジョコウィが「庶民派」という指導者像を有権者に提示し、市民目線を大事にする政治スタイルを訴えたのに対して、ジャワ貴族の家系に育ち、エリート陸軍将校として名をはせたプラボウォは「強い指導者」像をアピールし、リーダーシップによって国民を引っ張っていく政治スタイルを売りにした。

2019年の大統領選挙でも、両者がアピールする指導者像や政治スタイルは基本的なところでは変わっていない。しかし、この違いはもはや有権者へのアピールポイントとしてはそれほど重要ではない。

現職大統領のジョコウィがまずアピールするのは、5年間の実績である。ジョコウィ政権に大きな失政はない。2014年の政権発足直後は不安定だった政局は、2016年までに政権の基盤固めに成功したことで落ち着いた。2018年はテロ事件や大きな自然災害が続いたが、政府の対応が大きな批判を浴びることもなかった。経済運営にも安定感がみられる。経済成長率は目標の6%には届かないが、経済状況に暗さは見られず、政権に対する評価の足を引っ張るまでには落ち込んでいない。目玉政策であるインフラ建設、貧困削減や低所得層向けの政策、地域開発政策なども着実に実行されつつある。

そのため、ジョコウィ大統領に対する国民の支持は高いレベルで維持されている。各種世論調査における政権運営に対する国民の満足度は、2016年以降60%以上の高いレベルを保ち、2017年後半以降は70%台で安定した。

図 ジョコウィ大統領に対する満足度

図:ジョコウィ大統領に対する満足度

(出所)世論調査機関Saiful Mujani Research & Consulting(SMRC)社と日刊新聞Kompas紙による世論調査より筆者作成。

こうした盤石の支持に対抗するためにプラボウォ陣営が盛んに使っているのが、インターネットを使ったジョコウィの個人攻撃である。5年前の大統領選でもプラボウォ陣営は、「ジョコウィは偽のイスラーム教徒である、共産主義者である、華人である」といった根も葉もない噂を拡散させて、ジョコウィの個人的な人気を傷つける戦略を展開した。

それ以降、インターネットを使ったフェイクニュースの拡散は手法も洗練化され、影響力が拡大している。表面上は多様な宗教や民族の共存を呼びかけるプラボウォだが、ネット上では「ジョコウィ陣営は偽のイスラーム教徒や非イスラーム教徒ばかり」、「ジョコウィが大統領になればイスラームの祈祷に制限がかけられる」、「性が解放され道徳が乱れる」といった嘘の情報がソーシャルネットワーキングサービス(SNS)を通じて大量にばらまかれている。

選挙演説や正副大統領候補者による公開討論会では、ジョコウィ陣営は、建設された道路の長さやダムの数など具体的な数値をあげて自らの実績を懸命にアピールしている。一方プラボウォは、フェイクニュースを拡散させることでジョコウィのイメージに傷を付け、有権者の感情に訴えることでジョコウィ離れを引き起こそうとしているのである。

世論調査から見る――どちらが勝つか?
政権に対する高い支持率を背景に、ジョコウィはこれまで選挙戦を優位に展開してきた。各種世論調査でも、選挙戦開始当初からジョコウィはプラボウォに20ポイント以上の差を付けてリードしてきた。

表 ジョコウィ=マアルフ組とプラボウォ=サンディ組の支持率(単位:%)

表:ジョコウィ=マアルフ組とプラボウォ=サンディ組の支持率(単位:%)

(出所)各種世論調査より筆者作成。

3月に入り、両者の差は若干縮まってきているようである。3月20日に有力紙コンパスが発表した世論調査(3月上旬実施。表の6行目)では、両者の差は11.8ポイントまで縮まっているという数値が示され、現地でも衝撃が走った。

この差を前回の大統領選の時と比べてみよう。2014年のときは、選挙戦が始まる前の段階ではジョコウィが30ポイント近くプラボウォをリードしていた。ところが、選挙1カ月前になると両者の差は6ポイント差に、投票日の数週間前には数ポイント差にまで縮まり、最終的には大接戦となった。しかし、5年前と比べると、今回のプラボウォにそこまでの勢いは感じられない。選挙では何が起こるか分からないが、依然としてジョコウィが大きくリードしていることにはかわりはない。

それでは、ジョコウィはこのまま逃げ切れるだろうか。それを考える際のポイントとなるのは、投票率だと考えられる。2014年の大統領選では、投票率が高い地域ではジョコウィの方がプラボウォの得票を上回る傾向にあり、投票率が低い地域ほどジョコウィとプラボウォの得票率の差は小さくなるか、プラボウォがジョコウィの得票率を上回るところもあった1。今回も、投票率が低くなるとプラボウォに有利に働く可能性がある。

前回の大統領選でジョコウィの勝利を支えた市民運動やボランティア関係者のなかには、ジョコウィの実績に満足していない人たちやジョコウィに失望した人たちがいる。ジョコウィが大統領になれば汚職の撲滅が進む、過去の人権侵害事件の解明が進む、自由で開かれた社会への道が開ける、と彼らは期待していた。

しかし、ジョコウィは、汚職取締りを進める国家機関である汚職撲滅委員会(KPK)に対して、摘発を恐れる国会議員らから権限を弱めようという動きが出ても、それを防ごうとしなかった。過去の人権侵害事件を究明しようという動きに対しても、ジョコウィは常に消極的な姿勢だった。さらに、イスラーム保守派の影響力が強まると、急進派に対しては強引な手法で活動を非合法化する一方で、選挙前には保守派にすり寄るようにマアルフを副大統領候補に選んだ。

ジョコウィの大統領就任でインドネシアの民主主義がさらに進化すると考えた人たちは、期待を裏切られたと感じている。かといって、排外的ナショナリズムを掲げるプラボウォは彼らの選択肢にはない。彼らにとっては棄権という選択肢しか残されていないのである。彼らが棄権して投票率が下がれば、選挙戦中は開いているように見えるジョコウィとプラボウォの差も、実際には縮まる可能性がある。ジョコウィもそれを理解していて、国民に対して必死に投票を呼びかけている。やはり選挙は投票が終わるまで分からない。

著者プロフィール

川村晃一(かわむらこういち) 。アジア経済研究所学術情報センター主査。専門はインドネシア政治研究、比較政治学。おもな著作に『新興民主主義大国インドネシア――ユドヨノ政権の10年とジョコウィ大統領の誕生――』(編著)、アジア経済研究所(2015年)、『東南アジアの比較政治学』(共著)アジア経済研究所(2012年)など。

書籍:アジ研選書 新興民主主義大国インドネシア

書籍:アジ研選書 東南アジアの比較政治学

写真の出典
  • 2019年3月30日に開催された大統領候補同士の4回目の公開討論会:総選挙委員会Facebookページ(https://www.facebook.com/KPURepublikIndonesia/)。
  1. 川村晃一・見市建「大統領選挙――庶民派対エリートの大激戦――」(川村晃一編『新興民主主義大国インドネシア――ユドヨノ政権の10年とジョコウィ大統領の誕生――』アジア経済研究所、2015年所収)、84〜85ページ。