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(2019年インドネシアの選挙)大統領選挙におけるイスラーム主義指導者の「闘争」

PDF版ダウンロードページ:http://hdl.handle.net/2344/00051455

2019年8月

(5,726字)

大統領選挙における分極化

近年の東南アジア各国においては、選挙前に社会の顕著な「分極化」が生じている(川中 2019)。2019年4月17日に投票が行われたインドネシアの大統領選挙では、過去半世紀にわたって争われてきたイスラームの宗教観をめぐる亀裂が顕在化した。選挙に出馬したジョコ・ウィドド(通称ジョコウィ)とプラボウォ・スビアントは、それぞれ異なるイスラーム勢力を抱き込んだ1。ジョコウィは国内最大のイスラーム大衆組織ナフダトゥル・ウラマー(NU)に接近した。現NU執行部は他宗教との共存を前提とした宗教的多元主義を掲げ、イスラーム主義を「過激派」と呼んで攻撃した2。他方でプラボウォは、イスラーム主義勢力を取り込んだ3。インドネシアのイスラーム主義勢力は、多数派であるムスリムの共同体(ウンマ)の利益が優先されるべきであると唱え、宗教的多元主義は宗教間の平等を説く点で誤りであるとして否定してきた。かねてから現職のジョコウィに批判的だったイスラーム主義勢力は、ジョコウィ政権に「反イスラーム」のレッテルを貼った。つまり、両候補者の支持基盤であるイスラーム勢力が互いを攻撃しあったことにより、分極化が進行したということである。

ジョコウィ陣営は現職の特権と国家機関を通じてNU執行部に資源をばらまくことで組織の結束力を高め、大票田の中ジャワ州と東ジャワ州での勝利を確実にした。他方で、野党のプラボウォ陣営には国家資源がないうえ、自己資金の不足も伝えられていた。それにもかかわらず、ジャカルタの周辺都市やムスリムが多数派の外島(スマトラ島やスラウェシ島など)ではおおむね勝利した。これらの地域においてはイスラーム主義の指導者たちによる活動がプラボウォの得票に貢献したと考えられる。

イスラーム主義の指導者とはどのような人物なのだろうか。彼らはどのようにして人々から支持を集めているのだろうか。ここでは、プラボウォへの投票を促した人気説教師アブドゥル・ソマド・バトゥバラの役割に焦点を当てながら、イスラーム主義指導者が大統領選で果たした役割をみてみる。

オンライン説教師アブドゥル・ソマドの台頭

ソマドはスマトラ島リアウ州にある国立イスラーム大学の講師であった。汚職や薬物、性道徳の乱れなど現代社会における身近な問題を軽妙な皮肉を交えて批判しつつ、イスラームの聖典クルアーンや預言者ムハンマドの言行録ハディースに基づく宗教規範についてわかりやすく説明するスタイルがネットで話題になり、一般のムスリムの間で爆発的な人気を得た。

ソマドはエジプトとモロッコへの留学経験があり、ハディース学の学位も取得している。従来の多くの人気説教師が宗教教育を受けたことのない都市中間層を主要なターゲットとしてきたのと違い、ソマドは地方の宗教寄宿学校でも頻繁に講演活動を行ってきた。さらに、その説法が多くのインドネシア人ムスリムにとって馴染みの深い、ムハンマドの誕生祭(マウリド)のような行事や預言者を賛美する詩歌(サラワット)を重視する伝統主義に則ったものであったため4、都市部から外島の周縁地域に至る幅広い地域でオーディエンスを得た。

選挙の直前にはインスタグラムのフォロワーは900万人を超え、ユーチューブ上の説法には1000万回の再生回数を記録するものもある。ソマドは良きムスリムとしての務めを説き、イスラーム主義の指導者たちを賞賛する一方で、ジョコウィに対するムスリムの有権者の不満を巧みに吸収して自らの支持に還元した。2019年大統領選挙においては支持者を動員し、プラボウォの集票に貢献した。

(写真1)アブドゥル・ソマド

(写真1)アブドゥル・ソマド
ジョコウィ政権との攻防

ジョコウィ政権は大統領選挙の約2年前から、プラボウォを支持するイスラーム主義勢力への締め付けを強化してきた。最も象徴的だったのは、2017年7月のインドネシア解放党(HTI)非合法化であった。HTIはカリフ制国家樹立を目指す国際運動であり、インドネシアでは1980年代から大学キャンパスを中心に組織を拡大してきた。ジョコウィに敵対する各地のデモの主戦力であった。

そこでジョコウィ政権は、HTIが国是であるパンチャシラ(建国五原則)や1945年憲法に反していると主張し、大統領権限で強引に組織の非合法化を決定したのである。NUは1990年代から本拠地である中ジャワや東ジャワにも徐々に浸透し始めたHTIの存在に脅威を抱いており、ジョコウィ政権によるHTIの非合法化を強く支持した。

HTIが非合法化されると、NUのメンバーらはジャワの地方都市で支持者を増やしていたソマドへも攻撃を開始した。NU青年組織アンソールの会長は2013年にソマドがHTIの集会で講演した様子をユーチューブにアップロードし、「HTIのメンバーである過激派の説教師」と呼んで攻撃した(Arbuckle-Gultom and Sirait 2019)。実際にソマドは過去にカリフ制を支持する発言を行い、HTIの人気説教師フェリックス・シャウとも共演してきた。これを受けてソマドは脅迫の被害を訴え、バリ島やジャワの地方都市での講演を次々と中止した。

ソマドの反撃

ソマドはスマトラ島やカリマンタン島の都市を中心に野党政治家や他の人気説教師とともに数万人規模の講演を行い、イスラーム的価値の実現を求める純粋な宗教活動が不当な圧力によって脅かされているとの主張を繰り返した5。具体的な言及は避けてきたものの、非難の矛先がNUやジョコウィ政権であることは明白だった。

さらにプラボウォ陣営は、ジョコウィ政権下でイスラーム指導者が「過激派の危険分子」とみなされ、弾圧が行われていると主張した。ユーチューブやインスタグラム上で頻繁に更新される講演の動画を通じて、ソマドへの同情と支持はジョコウィ政権への怒りへと効果的に転換された。ソマドが自らの窮状を訴えるたびにフォロワーは増加した。主要メディアもソーシャルメディア上で多大な影響力を持つ説教師の動向を逐一報道しはじめた。こうしてソマドは、「反イスラーム的」なジョコウィ政権の抑圧に果敢に抵抗する「反体制派のシンボル」として、巧みに自らのイメージを形成していった。

(写真2)2018年7月にリアウ州で行われたアブドゥル・ソマドの大集会

(写真2)2018年7月にリアウ州で行われたアブドゥル・ソマドの大集会

ソーシャルメディアを通じて存在感を示したソマドは、2018年7月にプラボウォ陣営のイスラーム主義指導者たちから副大統領候補に推薦された。しかしソマドは出馬の可能性を否定し、あくまで宗教指導者としての立場を維持した。自ら政界進出し、露骨な政治的野心を見せれば宗教権威としてのイメージが損なわれ、支持者も減少することを見込んでの選択であった。

2019年4月11日、大統領選挙を目前にしてソマドがプラボウォと対話する動画がテレビで公開され、ソーシャルメディアで広く拡散された。プラボウォよりも26歳も若いソマドが67歳のプラボウォに「助言」を与え、プラボウォが涙し、最後にソマドが勝利のために祈祷する内容だった6。プラボウォが抑圧的な政権に抵抗する勇敢な指導者からお墨付きを得る、という演出であった。

ソマドはこれまで野党陣営に近かったことから、その支持者がプラボウォに投票することはすでに予想されていたものの、ラストスパートの演出によりソマドの支持者によるプラボウォへのコミットメントが強められた。ソマドをはじめとしたイスラーム主義の説教師たちが選挙前に大規模な講演を行った西スマトラ州でプラボウォは85.95%、アチェ特別州でも85.54%と圧勝した。

大統領選挙後の静寂

大統領選が終わるとソマドは講演活動やソーシャルメディア上の活動を停止した。インスタグラムのアカウントは削除され、ソマド自身は博士号を修めるためにスーダンに向かった。ほどなくインスタグラムは新しいアカウントに移行したが、もっぱらスーダンからの活動報告と短く穏やかな調子の説教がアップロードされるのみである。ソマドはその政治的役割に一区切りをつけたようである。

2019年大統領選挙では、異なる宗教観を掲げるイスラーム勢力が2人の候補者の支持基盤となり、互いを攻撃したことで、既存のイデオロギー的亀裂に基づく分極化が進行した。特に資金力に欠くプラボウォ陣営は、イデオロギーを利用した動員に頼る必要があった。そのため、ソマドのようなイスラーム主義説教師に役割が与えられたのである。ソマドはジョコウィ政権への不満や怒りを吸収することで巧みに自らを演出する一方、ジョコウィに「反イスラーム」の否定的なイメージを徹底的に植え付けて、一般のムスリムをプラボウォ支持に動員した。

ソマドを含むイスラーム主義指導者たちは2019年大統領選挙で勝利を逃したものの、民主主義の制度的枠組みを前提としたうえで活動を行うようになっており、着実に社会的支持を得ている。選挙を通じて創出されたジョコウィ政権への嫌悪や不信感も潜在的な不安定要素としてくすぶり続けている。今後の5年間で、ジョコウィ政権がイスラーム主義勢力にいかに対処するのかが注目される。

写真の出典
  • 写真1 Muhraz, Ustadz Abdul Somad, an Indonesian Muslim preacher, speaking at a school event in Pekanbaru, Riau. Originally shot by Tengku Said Muhtarom Ismail, uploaded with explicit permission, via Wikimedia Commons [CC-BY-SA-4.0(https://commons.wikimedia.org/wiki/File:Abdul_Somad.jpg)].
  • 写真2 Bagian Humas, Pemerintah Kabupaten Bengkalis, Kondisi di Lapangan Tugu Bengkalis, saat Ustadz Abdul Somad sedang memberikan tausiyah. Official Website of Bengkalis Regency [Public domain].
参考文献
  • 川中豪 2019.「流動化する東南アジアの選挙政治」(『IDEスクエア』2019年7月)。
  • 末近浩太 2012.「用語解説」(酒井啓子編『中東政治学』有斐閣、253ページ)。
  • 見市建 2014.『新興大国インドネシアにおける宗教市場と政治』NTT出版。
  • Arbuckle-Gultom, H. and R. Sirait. 2019. "Abdul Somad: ustadz jaman now," new mandala, 10 June 2019.
著者プロフィール

茅根由佳(かやねゆか)。筑波大学人文社会系助教。博士(地域研究)。専門はインドネシア現代政治。おもな著作に、「民主化以降のインドネシアにおける社会アクターの政治的影響力――石油ガス政策の事例から」(『東南アジア研究』第56巻第1号、2018年、90-112ページ)、「現代インドネシアにおける宗教的少数派抑圧のメカニズム――マドゥラ島サンパン県のシーア派追放事件を手がかりに」(『イスラーム世界研究』第11巻、2019年、207-224ページ)、「現代インドネシアにおけるシーア派排斥運動の台頭とその限界」(『アジア・アフリカ地域研究』2019年刊行予定)など。

  1. その直接のきっかけを作ったのは、2017年のジャカルタ州知事選挙を前に展開された「イスラーム防衛行動」を名乗る大規模なデモである。2016年9月末に華人キリスト教徒のジャカルタ州知事バスキ・プルナマ(通称アホック)がイスラームへの宗教冒涜にあたる発言を行ったとして、イスラーム主義勢力は全国から数十万人を動員してアホックを糾弾する運動を展開した。彼らは「ムスリムの指導者」の擁立を訴え、対立候補でアラブ系のアニス・バスウェダンを支持した。その結果、2017年4月に行われた州知事選挙(決選投票)でアホックは敗北したうえ、その発言が宗教冒涜罪に問われ、禁錮2年の刑に処せられた。「イスラーム防衛行動」は州知事選後、ジョコウィを標的に据えて動員を継続した。
  2. ジョコウィの副大統領候補となったマアルフ・アミンは、アホックの宗教冒涜を認定したことから、一般にイスラーム主義勢力に近い「保守派」と形容される。しかしマアルフの行動を規定するのは極めて柔軟な政治的機会主義であり、これまでの政治、宗教活動においてイスラーム主義に基づくイデオロギー的一貫性は見られない。
  3. イスラーム主義とは、現行の西洋近代的な政治や社会制度に対する不満を背景として、これに代わるシャリーア(イスラーム法)の適用やイスラーム国家の樹立など、イスラーム的制度の導入を最終的な目標とする政治的イデオロギーを指す(末近 2012, 253; 見市 2014, 71)。現代のインドネシアでイスラーム主義を代表する政治組織は、エジプトのムスリム同胞団の系譜をひく福祉正義党(PKS)と後述のインドネシア解放党(HTI)に加えて、伝統主義のイスラーム防衛戦線(FPI)が挙げられる。
  4. インドネシアの伝統主義はスンナ派の4大法学派、特にシャーフィイー学派の権威に従う一方で、スーフィズムや土着の慣習も広く取り込んできた。このイデオロギーを代表する組織が1926年設立のNUである。正式なメンバーシップはないものの、NUに帰属意識を持つムスリムは4000万人を超えると言われる。
  5. 例えばプラボウォ陣営を支持する民放テレビ局TV Oneの特集番組(2019年8月2日アクセス)を参照。
  6. 動画はTV Oneの独占映像として2019年4月11日にテレビとユーチューブ・チャンネルで公開された。ユーチューブにアップロードされた映像(2019年8月4日アクセス)には数日で4万7000件以上のコメントが付いた。