BOPレポート(Bottom of the Pyramid)

アフリカ成長企業ファイルは2008年度~2009年度に実施した調査事業の成果です。

10. すべてをひとつに

購買力の形成、欲求の形成、アクセスの向上、各地域のニーズへの対応というBOP商業インフラの4要素は、互いに結びつけられている。1つの要素で革新が起きれば、それは他の要素の革新にも活用される。企業は参加者の一つにすぎない。MNCはNGO、現地の人々、地方政府、コミュニティと協力する必要がある。

さらに、誰かがこの革新を起こすために主導的役割を果たさなければならない。問題は、なぜそれがMNCなのかという点である。

MNCの経営者は、気持ちとしてはこの役割に納得するかもしれないが、大企業がほんとうに、小さな地域団体に利益を見出すかは明らかでない。MNCは農村企業のコストや対応力に勝つことができないかもしれない。実際、地域企業を活性化させることは第4層市場の発展のカギである。それでも、MNCがこの問題を主導するには説得力のある理由がいくつかある。

  • 資源: BOPのなかに複雑な商業インフラを構築することは、多くの資源や管理能力が要求する。環境的に持続可能な製品やサービスを開発するには、大がかりな研究が必要である。流通チャンネルと通信ネットワークは、開発と維持に費用がかかる。地域企業のほとんどが、このインフラを構築するための経営上または技術上の資源を持っていない。
  • 影響力: MNCは、エイボン、ユニリーバ、シティグループが示したように、中国からブラジル、またはインドへと、ひとつの市場から別の市場へ知識を移転することができる。実施方法や製品は地域のニーズに合わせてカスタマイズする必要があるものの、MNCには独自のグローバル知識蓄積があり、地域企業が簡単には持ちえない有利な点を持っている。
  • 橋渡し: MNCは、商業インフラの構築、知識へのアクセス、経営哲学、財源の提供において、橋渡し役になることができる。MNCという触媒がなければ、確固たる意志を持ったNGO、コミュニティ、地方政府、地元企業、さらには多国籍開発団体でさえ、底辺部の発展に対して四苦八苦し続けるであろう。MNCは、第4層市場の発展に必要な多様なアクターを統合する最適な位置にあるのである。
  • 移転: MNCは最貧困層から学習することができるだけでなく、革新を第1層に至るまでの市場に移転することができる。これまでみてきたように、第4層は持続可能な生活のための試験場となる。BOPにおける革新の多くは、資源、エネルギーを大量に消費する先進国の市場に採用することができる。

ただし、経営者は第4層におけるビジネスリーダーシップの態様を認識することが必須である。創造性、イマジネーション、曖昧に対する寛容性、スタミナ、情熱、共感、勇気は、分析スキル、知能、知識と同じくらい重要である。リーダーたちは、第4層における持続可能な開発の複雑性や敏感性を熟知する必要がある。最終的に経営者たちは、人間同士、異文化同士を結びつけるスキルによって、多様な組織や人々と協調していかなければならない。

MNCは、BOPにあるチャンスを生かすための、組織的インフラを構築しなければならない。これはつまり、地元サポートの構築、貧困層のニーズに合わせたR&Dの作成、新しい提携の形成、雇用の促進、コスト構造の改革が必要になるということである。これらの5つの組織的要素は明らかに相関関係にあり、相互に高めあっていくものである。

  • 地元ベースのサポートの構築: 貧困層に力を与えるということは、既存の力関係を脅かすということである。カーギルがインドにおけるヒマワリの種の事業で直面したように、すぐに地元の反対が起きることが予想される。カーギルの事務所は2度放火され、地元政治家は地域の種事業を破壊しているとしてカーギルを非難した。しかしカーギルは諦めなかった。カーギルが農家教育、訓練、農業資金の供給に投資したことで、農家は土地生産性を大きく向上させた。いまではカーギルは農家の友人とみなされている。政治的反対は消滅した。

類似の問題を乗り越えるため、MNCは地元ベースの政治的サポートを構築する必要がある。モンサントとGeneral Electric Companyが証明するように、NGO、地域リーダー、地元当局との連合を確立し、旧来の既存利益に対抗することが不可欠である。このような連合を形成することは非常に時間がかかるプロセスである。各プレイヤーにはそれぞれの目的がある。MNCはこれらの目的を理解し、共有された目標を作成する必要がある。中国では、この問題はやや軽減される。地元官僚は同時に地元の企業家であり、自身の企業とその農村、街、県の利益を簡単に見出すことができるためである。インドやブラジルでは、このような形態は存在しない。徹底的な議論、情報共有、各構成メンバーに対する利益の説明、地元の議論への気配りが必要である。

  • 貧困層に焦点を当てたR&Dの実施: 貧困層、地域、国ごとの独自の要求に着目したR&Dや、市場調査を行うことが必要である。たとえば、インド、中国、北アフリカでは、飲用、調理、洗濯、掃除に使う安全な水の供給に関する研究が、最優先事項として実施されている。研究では、地元ニーズに合わせた外部からのソリューションの適用も模索する必要がある。たとえば、各種食品や飲料製品に1日に必要なビタミンを加えることができる。コカコーラ社等、開発途上国内で流通網やブランドを確立している企業にとっては、水や栄養製品等において未開発の広大な市場が、BOPには存在している。

最終的な研究目標は、実用的な原則や、地元で行われている実践方法から使えそうなものを特定することにある。第4層では、重要な知識は世代から世代へ口頭で伝えられている。伝統を尊重しながらもそれを科学的に分析するという意志を持てば、新しい知識の獲得につながる。ボディーショップ社の創造性に富んだCEOであるRoddickは、地元の儀式や伝統の理解を前提としたビジネスを構築した。たとえば、彼女はアフリカ人女性が皮膚を洗うためにパイナップルのスライスを使用することに注目した。表面的には、これは意味のない儀式的なものに思える。しかしながら、パイナップルに含まれる有効成分が、化学薬品よりも死んだ皮膚細胞を除去する力が優れていることが研究で判明した。

MNCは中国、インド、ブラジル、メキシコ、アフリカ等の新興市場で研究施設を造るべきであるが、いまのところ積極的な動きをみせている企業はほとんどない。そのなかで、ユニリーバは例外である。ユニリーバは、インド国内に高い評価を受ける研究センターを持ち、「インドに似た市場」が抱える問題を専門分野とする400名の研究者を雇用している。

  • 新しい提携の形成: MNCは伝統的に、新しい市場に参入するためだけに提携を組んできた。今日のMNCはその提携戦略を拡げる必要がある。それによってMNCは、第4層市場に提携関係を作るための、開発途上国の文化や地域の知識に対する洞察力を得ることができる。同時に、MNCは自社の信頼性も高められる。また、原料への優先的、独占的アクセスを得られるかもしれない。我々は3つの重要な関係を予見する。それは、地元企業や共同組合との提携(Khira District Milk Cooperative等)、地元および国際NGOとの提携(スターバックスのConservation Internationalとの提携等)、政府との提携(Merck & Companyがコスタリカ政府と結んだ、生物資源調査権と交換に熱帯雨林保護の強化を約束した提携等)である。

国家、または中央政府との関係に依存したビジネスモデル(たとえば大規模インフラ開発)の構築に横たわる困難性と複雑性のなかで、我々は、地元や地方レベルでの提携を予想している。そのような提携関係を成功させるためにMNCの経営者は、自分とは異なる目的、教育、経済的背景を持つ者と協力していくことを学ぶ必要がある。課題は、(経済、知識、人種、言語等の)多様性から何を学び、どのように経営するかである。

  • 雇用の拡大: 第1層市場に慣れたMNCは、資本集約度と労働生産性の観点から考える。それとはまったく反対の論理が第4層には当てはまる。BOPには無数の人々がいることから、生産と流通アプローチはArvind MillsのRuf&Tufの事例のように、多くの者に仕事を提供しなければならない。Arvind Millsは、ジーンズのコストがリーバイスよりも80%低かったにも関らず、多くの地元仕立屋を在庫管理業者、販売促進業者、流通業者、サービス提供業者として雇用した。Arvindが示すように、MNCは多数の人間を直接従業員として雇用する必要はないが、第4層の組織的モデルでは、貧困層における雇用(と収入)を増やし、彼らを新しい顧客にする必要がある。
  • コスト構造の改革: 経営者は、第1層に比べ大幅にコストレベルを削減しなければならない。貧困層が買うことができる製品やサービスを生み出すには、MNCはコストを大幅に下げる必要がある。たとえば現在の10%に相当する分である。しかし、これは現在の製品開発、生産、物流アプローチをさらに高めることでは達成できない。ビジネスプロセス全体を、製品自体ではなく機能性に注目して再思考する必要がある。たとえば、金融サービスを支店のみにおいて午前9時から午後5時まで提供する必要はない。このようなサービスは、貧困層顧客にとって便利な時間、場所(例えば午後8時や彼らの自宅等)で提供することができる。またATMを安全なロケーション(警察署や郵便局等)に設置する方法もある。セキュリティ装置として用いられる虹彩認識は、個人を特定できる番号とIDカードに代えることができる。

コスト構造を下げることは、投資コストの削減に関する議論が必要となる。これには、情報テクノロジーを駆使して生産・流通システムを発展させることが不可欠である。先に述べたように、農村ベースの電話はすでに開発途上国世界の通信形態を転換しつつある。インターネットを加えれば、貧困地域や農村地域の通信方法、その経済発展に、まったく新しい道を切り開くことができる。ITをうまく使えば、これらの市場において製品、サービス、流通、信用管理へのアクセスに要するコストを、大幅に削減することができるだろう。

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