ライブラリアン・コラム
オープンサイエンス時代のキューバの学術ジャーナル
村井 友子
2024年3月
ラテンアメリカの学術情報ネットワーク
ラテンアメリカでは、過去およそ25年以上にわたり、研究成果をオープンアクセス(OA)で提供する学術情報インフラを構築し、維持・発展させてきた。その間、数多くの学術情報プラットフォームが発足し、ラテンアメリカの学術情報のOA化を推進してきた。
例えば、OAジャーナルの共同出版プラットフォームであるSciELO(1997年にブラジルのラテンアメリカ・カリブ保健科学情報センターが創設)とRedALyC(2002年にメキシコ州立自治大学が創設)は、ラテンアメリカ諸国の大学・研究所が編集する学術ジャーナルを電子ジャーナルとして刊行する際に活用できる出版スキームを提供し、これらのプラットフォームに参加するジャーナルの論文はインデックス化され、データベースで論文検索し、本文データにアクセスできる仕組みになっている(村井2022)。
このほか、ラテンアメリカでは、社会科学・人文科学系学術ジャーナルの論文索引データベースCLASE(1975年にメキシコ国立自治大学が創設)や、ラテンアメリカ諸国とスペイン・ポルトガルで刊行されている学術ジャーナルのオンライン目録・ダイレクトリーLatindex(1997年にメキシコ国立自治大学が創設)など、学術機関の国際連携により、学術情報流通の基盤が整備されてきた。
これら一連の取り組みは、高額な商用データベース・電子ジャーナルの購読予算や研究資金が潤沢にない大学・研究機関で活動するラテンアメリカの研究者に、費用がかからない論文投稿と学術情報インフラの環境を提供してきた。その結果、ラテンアメリカは、世界で最も多くの非商業ベースのOAジャーナルが刊行されている地域に発展している(Alperin 2015)。
キューバのオンライン学術ジャーナル
近年、キューバにおいても、学術ジャーナルの電子出版が主流になり、上述の学術情報プラットフォームに参加しているジャーナルや、参加に向けて準備を進めているジャーナルが増えている。
キューバの学術活動を指揮・管理するキューバ科学技術環境省(CITMA)は、現在238タイトル(うち4タイトルは印刷版のジャーナルと電子ジャーナルの両方が登録されているため、実質的には234タイトル)の学術ジャーナルの刊行を公認している。このうち、SciELO Cubaに75タイトル、RedALyCに47タイトル、世界のOA学術ジャーナルのダイレクトリーであるDOAJ(Directory of Open Access Journals)に131タイトルのジャーナルが登録されており(2024年3月10日に各サイトにアクセス)、複数の異なる学術情報プラットフォームに参加し、ジャーナルの国際的認知度とアクセシビリティの向上を図っているジャーナルも多い。
しかし、その一方で、キューバの電子ジャーナルのなかには、アクセス不能や表示されるまで時間を要するサイトや、上述の学術情報プラットフォームに参加していないケースも散見される。さらにキューバは、下記のとおり、電子ジャーナル論文にDOI(Digital Object Identifier)を付与できないという長年の懸案も抱えている。
DOIは、電子ジャーナルの論文への永続的なアクセスを保障し、論文の相互参照や、異なる学術情報プラットフォーム、リポジトリ、検索エンジンとの相互運用性を実現するために重要な永続的識別子の一種で、ISOにより国際的に標準化された規格である。DOI登録サービスは、国際DOI財団から公認されたDOI登録機関(RA機関)によって提供されている。DOI登録を希望する者は、RA機関の会員となり、サービスを利用することでコンテンツにDOIを登録することができる(Japan Link Center)。
Crossrefは、オンライン学術ジャーナルで持続的な出版社間の引用リンクを可能にすることを目的として、2000年に設立されたRA機関である。このCrossrefに、キューバは、学術ジャーナルのDOI登録の交渉を試みてきたが、未だ実現していない。Crossrefは、会員規約でキューバを除外しておらず、キューバのジャーナル論文のインデックス化を拒んでいるわけではない。しかし、これまでキューバの学術ジャーナル論文のDOI登録が実現した事例はなく、登録の際、高額な登録料を請求される点も懸念されている。キューバの医学ジャーナル編集部が、CrossrefにDOI登録サービスを要求したところ、米国の国務省がキューバとの直接の接触を禁止していることを理由に謝絶されたという事例が報告されている(Alfonso Manzanet 2020)。
世界のメジャーな商用学術情報データベースであるWeb of ScienceやScorpusは、インデクス化するジャーナル論文のDOI登録を必須条件にしているため、キューバの電子ジャーナル論文がこれらのデータベースで参照される機会はない(Alfonso Manzanet 2020)。それだけに、キューバのアカデミアにとって、公的資金により非営利で運営され、学術機関に対して広く門戸を開いているラテンアメリカや、その他の国際的な学術情報プラットフォームへの参加は極めて重要といえよう。
キューバの主な社会科学系学術ジャーナル
キューバで刊行されている234タイトルの学術ジャーナルを分野別でみると医学系が60タイトルと最多で、多くの大学、病院、医療研究センターが専門ジャーナルを発行している。これに教育学系の38タイトルが続いている。
表1は、CITMAが公認する社会科学・文化人類学・歴史学分野のジャーナル36タイトルの一覧である。
表1
CITMAが公認するキューバの学術ジャーナル(社会科学・文化人類学・歴史学など)
本稿では、このなかからキューバの社会科学分野の主要学術ジャーナル6タイトルを選び、その特徴を紹介したい。
1. Cuadernos de nuestra América (本サイトは表示まで時間がかかります)
国際政策研究センター(以下CIPI)が季刊で発行している国際政治・国際関係分野の学術ジャーナルである。1983年に米州研究センター(CEA)が創刊した。
CIPIは、国際政治、国際関係分野の中長期的研究・調査を実施するキューバ外務省管轄の研究機関である。1970年代に設立され2010年に廃止されたキューバ共産党中央委員会直属のCEAを含む4つの地域研究所の研究事業を受け継ぎ、2010年に発足した。
Cuadernos de nuestra AméricaはCEAの廃止により一旦停刊したが、数年後、CIPIは、「Nueva Época=新時代」をタイトルの後に付与して復活させた。CIPIに受け継がれた同誌は、ラテンアメリカの問題だけでなく、世界の様々な地域について、ラテンアメリカ、特にキューバの視点から分析した記事を掲載している。
最新号No.09(Oct.-Dec. 2023)の巻頭は、在ハバナ中国大使のロングインタビューで、このほか、中国とロシアが1996年から2008年にかけて構築してきた戦略的パートナーシップを分析するメキシコ人研究者の論文なども掲載している。5月に刊行予定の次号では「ベネズエラの対外的影響と国際関係における役割」と題する特集記事を組むことがウェブサイトで告知されており、ベネズエラと緊密な関係にあるキューバならではの独自の視点が示されることを期待したい。
現在、同誌は、SciELO Cubaをはじめとする学術プラットフォームへの参加を準備中である。雑誌のサイトから掲載論文の本文にアクセスできる。 アジ研図書館は、1991年から2009年までにCEAが刊行していた号(冊子体)を所蔵。
ハバナ大学経済学部が年2回発行する経済学分野のOAジャーナルである。キューバと世界の経済と開発問題を専門とし、キューバ、カリブ海諸国、ラテンアメリカ等の研究者が執筆協力をしている。
冊子体とオンラインジャーナルの両方を刊行していたが、冊子体は2017年初めに刊行を停止している。ちなみに、創刊号(Jan.-March 1970)の巻頭論文は、フィデル・カストロ著「システムとしての社会主義は発展の条件になった」であった。
同誌は、OAジャーナルとして、SciELO、 RedALyC、Latindex、CLASE、DOAJなど数多くの学術情報プラットフォームと連携している。アジ研図書館は、1970年から2017年までに刊行された号(冊子体)を所蔵。
なお、以下に紹介するジャーナルも複数の学術情報プラットフォームに参加し、アクセシビリティと国際的認知度を高めている。
3.Estudios del desarrollo social : Cuba y América Latina
ハバナ大学と協力関係にあるラテンアメリカ社会科学部(FLACSO)キューバプログラムが年4回刊行する社会開発分野のOAジャーナルである。 2013年に創刊された。
社会開発全般を対象とし、具体的には、開発問題、ガバナンス、国際関係、開発に関連する法律と法的規制、地域開発、社会政策、不平等、 公共政策、持続可能な開発と環境、社会経済と協同組合経済、農業、食糧主権、 教育、文化、ジェンダー、家族と子どもなどのテーマを扱っている。
ハバナ大学の人口研究所(Centro de Estudios Demográficos: CEDEM) が、年2回刊行する学術ジャーナルである。人口学および人口研究の最新の研究成果を発信することをミッションとしている。主なテーマは、出生率、死亡率、移民、家族、高齢化、環境、労働資源、ジェンダー、人口政策などである。
2005年に電子ジャーナルとして刊行を開始し、冊子体は2010年に刊行を開始した。現在も、電子ジャーナルをOAで刊行しながら、印刷版の出版を継続している。
CEDEMと国連人口基金の資金で運営している。
キューバ法律家全国連合(Unión Nacional de Juristas de Cuba)が年2回刊行する法学分野のOAジャーナルで、1972年に創刊された。
同誌は1924年に創刊されたRevista trimestral de derecho privadoの流れを汲む100年の歴史と伝統を誇る法学ジャーナルである。2021年からはOAの電子ジャーナルとして刊行している。
6.Temas : cultura, ideología, sociedad(Revista Temas 刊行)
Temasは1995年1月に創刊され、キューバと世界の現代文化と社会思想の問題について批判的考察と討論の場を提供することを目的としている。芸術や文学、社会科学や人文科学の問題、政治理論やイデオロギーなどを扱っている。2002年に専用のウェブサイトを開設し、現在は電子ジャーナルとして刊行を続けている。
本誌のサイト情報(注参照)によると、創刊当時、キューバは経済危機のさなかにあり、紙不足問題にも直面していた。このような状況下に印刷版の新ジャーナル創刊が実現した背景には、当時の文化大臣アルマンド・ハートが、キューバを代表する研究者・文化人のひとりラファエル・エルナンデスに社会科学と文化研究の分野でキューバ思想の現状を纏めるジャーナルの刊行を依頼したことがあったという。
同誌には、キューバ、ラテンアメリカ・カリブ諸国に限らず、世界中の多彩な研究者が寄稿しており、編集部の人脈の広さがうかがえる。エルナンデスは現在も編集長を務め、2023年12月に ライフワーク部門国民文化研究賞(Premio Nacional de Investigación Cultural por la Obra de la Vida)を受賞している。
キューバ文化省の文化・教育開発基金のほか、ノルウェー人民支援(NPA)、ハーバード大学、スイス開発協力庁(SDC)、フォード財団、OXFAM、ユネスコ、マッカーサー財団などからの寄付が運営資金となっている。
アジ研図書館は1996年~2017年の刊行号(冊子体)を所蔵。
おわりに
キューバは、学術ジャーナルの電子出版・編集を強化する目的から、2017年以降、ハバナ大学やラス・ビヤス中央大学など、4つの大学に専門講座を開設し、学術出版のトレンドと国際基準に沿った情報専門家の育成を図ってきた(Paz Enrique 2024)。
今後、情報専門家の力により、キューバが抱える学術情報流通をめぐる諸問題の解決と、学術ジャーナルの電子出版機能の強化が実現し、グローバルな学術情報ネットワークのなかで、より多くのキューバの学術ジャーナル論文が参照され、利活用されることを期待したい。
注
- Revista Temasのウェブサイトhttp://www.temas.cult.cu/は2024年2月末までアクセス可能であったが、3月22日現在アクセス不能になっている。
参考文献
- 村井友子(2022) 「ラテンアメリカの学術情報プラットフォームの活動」『ラテンアメリカ・レポート』38(2)
- Alfonso Manzanet, José Enrique (2020) “¿Por qué Cuba no tiene DOI?” Revista Cubana de Información en Ciencias de la Salud, 31(4), e1816.
- Alperin, Juan Pablo (2015) “The Public Impact of Latin America’s Approach to Open Access.” A dissertation submitted to the graduate studies of Stanford University in partial fulfillment of the requirements for the degree of doctor of philosophy.
- Paz Enrique, Luis Ernesto(2024)“Especialización en edición de revistas científicas en la formación del profesional de la información en Cuba.” Palabra Clave (La Plata) Oct. 2023-March 2024, Vol.13, No.1.
著者プロフィール
村井友子(むらいともこ) アジア経済研究所学術情報センター図書館情報課。担当はラテンアメリカ。
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