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ライブラリアン・コラム

時空を超えて次世代に繋ぐアーカイブ――山﨑元幹文書の電子画像と目録の公開

村井 友子

2021年2月

2021年2月、アジア経済研究所(以下、アジ研とする)図書館は、南満洲鉄道株式会社(以下、満鉄とする)最後の総裁、山﨑元幹が保管していた満鉄業務文書538点の目録と原本の電子画像を公開した。本稿では、山﨑文書の史資料としての特徴とこの文書をめぐるアジ研図書館の活動史を紹介する。

満鉄最後の総裁山﨑元幹と山﨑文書

満鉄は、日本が中国東北を支配・経営するための中心的組織として、1906年に勅令により発足し、終戦後1945年9月に解散するまで、約40年間にわたり存続した日本最大の国策会社であった。

山﨑元幹は、満鉄創立十周年にあたる1916年に同社に入社し、以降, 渉外、総務など、常に満鉄経営の中枢を担い、理事退任後,1936年に一旦帰国するも、請われて満洲電業株式会社副社長に迎えられ、その後満鉄に戻って副総裁となり、終戦間近の1945年5月に総裁に就任した。満鉄最後の総裁として、日本の敗戦後に同社の解散処理を指揮した山﨑は、生え抜きの満鉄人として、満鉄に生き、満鉄を支え、最後に満鉄を統率してその終りを全うさせた人物であった。

山﨑文書は、緻密で几帳面な性格であったという山﨑が小田原の自宅に保管していた業務文書・書簡類の集積である。終戦後、満洲をはじめ、日本の占領地にあった機関の文書の多くは、焼却・廃棄、国共戦争下での散逸、中国側による接収などの命運を辿った。山﨑文書は、同氏が戦時中に日本に持ち帰り、私文書として保管していたが故に後世に引き継がれることになったのである。

現在、山﨑文書は、山﨑本人が蔵書を寄贈した小田原市立図書館の他、国立国会図書館、早稲田大学図書館、アジ研図書館が所蔵している。

満洲事変直後に奉天事務所⻑から⼭﨑総務部次⻑に宛に送られた電報

満洲事変直後に奉天事務所⻑から⼭﨑総務部次⻑に宛に送られた電報
(近現代アジアのなかの⽇本「⼭﨑元幹デジタルアーカイブ」で提供)。
本文は、「本日午後 10 時 40 分頃奉天を去る北約七粁(ロウメイビョウ)に於ける日本守備隊分遣隊支那兵に襲撃せられ目下交戦中との報あり。唯今守備隊よりの依頼に依り約 500 名の兵を送る為軽油動車、二輌及客車、又は貨車五輌よりなる列車編成なり右編成次第出動の模様なり。」
アジ研図書館の山﨑文書

アジ研図書館所蔵の山﨑文書は、氏が社長室文書課参事に就任した1923年から任期満了により理事を退任した1936年までの期間に作成された文書が主体となっている。

文書は、主として以下の4つのテーマに関するものである。

  1. 満洲事変前の張学良政権との鉄道交渉
    張学良政権との鉄道敷設問題をめぐる交渉過程と張学良政権による東支鉄道利権回収に関わる文書が中心となっている。
  2. 満洲事変への満鉄の対応
    満洲事変に協力した満鉄が、柳条湖事件勃発(1931年9月18日)から同年12月までの期間に作成・受領した文書である。満鉄・関東軍・政府間で交わされた電報類、および、柳条湖に近接し、情報収集の拠点となった奉天(現在の瀋陽)事務所をはじめとする地方事務所と満鉄本部との間で取り交わされた電報や時局情報がある。後者の満鉄社内間でやり取りされた電報・報告書類は、合計211アイテム収録されており、山﨑文書の全538アイテムの約40%を占めている。満洲事変における満鉄社内の動向を克明に伝えるこの一次史料はアジ研山﨑文書の中核部分といえよう。ちなみにこの時期、山﨑は総務部次長として、満鉄社内外のやり取りを管理し、情報を掌握する立場にあった。
  3. 満洲事変処理
    重役会議における満鉄の方針決定、鉄道委託経営、新線建設関係の文書で構成されている。
  4. 満鉄改組問題
    満洲事変後、1932年の満洲国建国を経て、満鉄が事業を拡大する過程で、満鉄の改組・改造案が満鉄の上層部と関東軍の間で具体化し、政府との折衝が進められた。新聞報道がきっかけとなり政治問題化した満鉄の改組案の策定には、山﨑自身も理事として関わっていた。そのため、この文書群には、山﨑自身が作成・収集した報告書や山﨑が発信元・宛先となっている電報等が多数含まれている。
山﨑文書の編成

アジ研図書館が所蔵する山﨑文書は、山﨑の死後、散逸した同氏の私文書が市場に出回り、古書店で売りに出された1994年に当館が購入したものである。入手した時点で既に文書群の原秩序は失われていたが、国文学研究資料館の加藤聖文先生のご協力により、下記のとおり再編成された。

アジ研図書館の山﨑文書は、「シリーズ」「サブシリーズ」(「ファイル」)「アイテム」の3~4階層で構成されている。

「シリーズ」は、山﨑の文書課参事時代(No.1)、文書課長時代(No.2)、渉外課長時代(No.3)、総務部次長時代(No.4)、理事時代(No.5)の5つの時代で区分されている。

「シリーズ」の下位の「サブシリーズ」は事業・案件別に纏められており、例えば、文書課長の文書群(シリーズNo.2)は、鉄道敷設交渉(対張学良)、懸案解決方針、東支鉄道問題の3つのテーマのサブシリーズで構成されている。詳しくは、冒頭でご紹介した目録をダウンロードし、山﨑文書全体の構成と階層構造をご確認いただきたい。

ダウンロードしたエクセル形式の目録は、全階層のメタデータを含んでいる。各アイテムのメタデータには電子画像のURLが記載されており、山﨑文書デジタルアーカイブの該当ページにリンクしている。山﨑文書の各アイテムの画像は、目録のリンクをクリックして閲覧することをお勧めしたい。

山﨑文書をめぐるアジ研図書館の活動史

アジ研は、①アジアをはじめとする開発途上国の現地に根ざした基礎的総合的研究の推進、②開発途上国専門図書館の設立・運営、③研究成果の公開普及をミッションとして岸信介内閣時代に財団法人アジア経済研究所として1958年に発足した。②のミッションを受け、1959年に設置された図書資料部が現在のアジア経済研究所図書館の前身である。アジ研には、設立当初から研究者とライブラリアンが協力して、アジア諸国を中心に地域研究に資する資料を精力的に収集してきた歴史がある。

この収集活動のなかで、戦前・戦中期に日本が占領していたアジア諸地域で日本政府の関連機関が刊行した資料の収集も重要な一角を占めていた。結果、アジ研図書館は、20世紀前半に台湾総督府、朝鮮総督府、旧満洲・関東州、満鉄、南洋庁、樺太庁、およびその関係機関で刊行された史資料約6000点を所蔵している。

満洲関係資料については、満鉄の旧社員を中心に設立された満鉄会(1946年~2016年)から長年に渡り何度もご寄贈いただいた一方で、山﨑文書のように、古書店から購入したり、国内外の図書館や文書館が所蔵する関連資料のマイクロフィルムを収集したりしてきた。この中には、国立国会図書館所蔵満鉄資料や、米国議会図書館所蔵満鉄資料のマイクロフィルムも含まれる。後者は、米国議会図書館が所蔵する満鉄資料(戦後GHQが接収し米国に持ち帰った資料)のうち、国内に所蔵されていない資料のマイクロフィルム化を国立国会図書館が米国議会図書館に依頼して出来上がったマイクロフィルムを当館が購入したものである。アジ研図書館はこれらのマイクロフィルムに収められている資料と独自に収集した資料の一部を電子化し、デジタルアーカイブ「近現代アジアのなかの日本『戦前・戦中期日本関係機関資料』」で公開している。

この一連の活動のなかで1994年に入手した「山﨑文書」は、2000年代半ばから5年の歳月をかけてアジ研図書館職員の手により翻刻されている。山﨑文書は、手書き資料、蒟蒻版資料、青焼きコピー、和文タイプ文書の写しなどが多く、劣化が進行し、読みにくいものが多数含まれている。アジ研図書館は、この翻刻と、アジ研のOBで満鉄の研究者である井村哲郎先生と先述の加藤聖文両先生の解説・解題を収録した『史料満鉄と満州事変:山﨑元幹文書』を2011年に岩波書店より刊行した。

そしてこの度、上記の書籍刊行から10年の歳月を経て、デジタルアーカイブを公開する運びとなった。デジタルアーカイブの構築と公開は当館の「資料情報委員会 非刊行物整理・保存・公開推進分科会」のメンバーによる3年越しの検討と準備により実現したものである。

さらに来年度は岩波書店の書籍の電子版の配信開始や、国立公文書館アジア歴史資料センターでの山﨑文書の公開も予定されている。

この一連の活動の結果、山﨑文書の認知度がさらに高まり、同文書がアジアの近現代史研究の発展に資することを期待したい。

以上のように、山﨑文書デジタルアーカイブの公開は、貴重な所蔵資料を世に送り出すというライブラリアンシップのもとで、アジ研図書館のライブラリアンの世代を超えた連携により実現したプロジェクトなのである。

関連資料のご紹介

最後に、本稿の結びに代えて、アジ研図書館が所蔵する、満洲事変と満鉄に関する蔵書を2冊ご紹介したい。

  • 芳井研一解説 『満洲事変日誌記録』(十五年戦争極秘資料集補巻33)全3冊 東京 不二出版 2009年
    本書は、満鉄の総務部調査課時局資料総合班が作成した「特秘 満洲事変日誌記録」の全文である。調査課が満洲事変について収集した1931年9月19日から10月31日までの44日分の情報のうち、時局資料総合班が特に重要と考える資料を選んで整理したものである。「満洲事変日誌記録」の原本は中国社会科学院近代史研究所が所蔵しており、本書は、同研究所と新潟大学環東アジア研究センターの共同編纂により刊行されたものである。
  • 南滿洲鐵道株式會社總務部資料課編『滿洲事變と滿鐵』上下編 大連 南滿洲鐵道株式會社 1934年
    アジ研図書館所蔵のこの資料は、1974年に原書房が復刻版として刊行した『滿洲事變と滿鐵』(明治百年史叢書, 235-236)の原本にあたる。「満洲事変における満鉄の貢献について」と題する上編は、事変に対応するために満鉄が臨時に設置した機関、軍事輸送の手配、鉄道・車両の整備、職員や派遣従業員の配置、調査活動、救護活動などの記録報告であり、「満洲事変期間における会社の業績」と題する下編は、満洲事変当時の満鉄および関連会社の業績報告が収録されている。上下編とも当時の写真が多数掲載されている。

アジ研図書館は、山﨑文書や、満洲事変関係以外にも満鉄関係の貴重な史資料を多数所蔵している。是非併せてご利用いただきたい。

参考文献
  • アジア経済研究図書館編 2011.『史料 満鉄と満洲事変 (上) 満洲事変前史:山﨑元幹文書』アジア経済研究所図書館編 ; 井村哲郎, 加藤聖文編集協力, 岩波書店
  • アジア経済研究所図書館『史料 満鉄と満洲事変 (下)満洲事変勃発後:山﨑元幹文書』アジア経済研究所図書館編 ; 井村哲郎, 加藤聖文編集協力, 岩波書店
  • 芳井研一解説 2009.『満洲事変日誌記録』(十五年戦争極秘資料集, 補巻33) 不二出版
  • 南滿洲鐵道株式會社總務部資料課編 1934. 『滿洲事變と滿鐵』 南滿洲鐵道株式會社
  • 満鉄会編 1973.『満鐵最後の總裁山崎元幹』 満鉄会
  • 加藤聖文 2019.『満鉄全史』 (講談社学術文庫) 講談社
  • 井村哲郎 2010.「戦前期アジア関係日本語資料コレクション」(特集アジ研図書館五十年の足跡と未来:蔵書構築・情報発信の課題)『アジ研ワールド・トレンド』(174):10-11
著者プロフィール

村井友子(むらいともこ) アジア経済研究所図書館長。

(2021年2月18日 誤字修正)