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ライブラリアン・コラム

ニュースの波の積み重ね──社会科学資料としての新聞コレクション

坂井 華奈子

2023年11月

『燃えあがる女性記者たち』

『燃えあがる女性記者たち』というインドのドキュメンタリー映画をみた。舞台はインド北部、ウッタル・プラデーシュ州の農村地帯の女性たちが設立した新聞社である。ダリト(ダリット)1 と呼ばれる被差別階層出身の女性たちが作った「カバル・ラハリヤ(ニュースの波)」という新聞は、独自の視点による真摯な報道で、社会に文字どおり波を起こしていった。彼女たちはスマートフォンを武器に、警察が取り合ってくれないレイプ事件、マフィアが取り仕切る違法な採石場、州議会選挙、トイレのない農村の実情などを粘り強く取材する。ときには女性記者を軽視する政治家や警察に邪険にされ、差別を受け、危険な目にあいながらも、都会の大手メディアが報じない、しかし地元の読者や彼女たち自身のような弱い立場の人々が求めるニュース2 を信念をもって取材し、社会に切り込んでいく様子は深く心に響いた。

ドキュメンタリー映画『燃えあがる女性記者たち』特報

映画では動画を取り入れ始めた2016年からの女性記者たちの様子を追っているが、アジア経済研究所図書館(以下、当館)では「カバル・ラハリヤ」がまだ動画やSNSを導入する前の、草創期のプリントメディア主体の活動をつづった資料Waves in the hinterland: the journey of a newspaperを所蔵している。「カバル・ラハリヤ」の前身である「マヒラー・ダーキヤー(女性の郵便配達人)」は1993年から2000年頃まで発行されていた大判の一枚ものの壁新聞ともいうべきメディアだった。政府の女性教育プログラムで読み書きを学んだ女性たちが、地元の言葉で綴ったこの無料のローカルメディアから始めた取り組みは、やがて「カバル・ラハリヤ」という大きな波に成長していく。映画に出てきたミーラやカヴィタも登場する本書では、デジタルメディアを活用する以前から変わらない彼女たちの姿勢と立ち上げ時期の試行錯誤が描かれている。

以下では、こうした社会的重要性をもつ新聞というメディアの図書館における収集と保存の舞台裏を紹介したい。

図書館資料としての新聞

新聞は、第一義的にはその名のとおり速報性の高い報道(=ニュース)を主目的として編集された出版物だが、図書館で保存されたものは蓄積情報としての遡及的資料価値がある(『図書館ハンドブック』)。時代を経た過去の新聞は歴史資料としても利用される。しかし、日刊紙は保存にスペースやコストがかかるため、図書館でもニュースを知るための資料として購読・提供され、保存期間が短い場合も多い。

日本の大手新聞はバックナンバーが縮刷版やデータベースとして提供されており、歴史的な資料としてはそちらを利用できる。ただし、そういった縮刷版、データベースは東京本社版の場合がほとんどである。そのため日本に限らず、公共図書館などでは地方版や地元の新聞を購読し、別途製本したりマイクロフィルム化したりしたバックナンバーを独自に保存していることがあり、新聞の地域資料としての重要性がうかがえる。

写真1 2018年に現地調査で訪れたインド北東部マニプール公共図書館の新聞棚

写真1 2018年に現地調査で訪れたインド北東部マニプール公共図書館の新聞棚
アジ研図書館新聞コレクションの舞台裏

当館の場合、日本の新聞ではなく対象地域である途上国・新興国の新聞を購読・保存・提供しているが、その裏には並々ならぬ苦労がある。

当館所蔵資料のなかでも海外の新聞は他館にない貴重なコレクションであり、需要も高い。当研究所の研究成果でも、現地新聞は頻繁に引用されている。また、本コラムでも所蔵新聞に関して取りあげた記事はすでにいくつかある3 。『アジ研図書館を使い倒す』という利用者視点から書かれた過去の雑誌連載でもさまざまな研究者が当館の新聞コレクションに言及している。

当館の開館間もない1964年に文献解題シリーズの8作目として出版された『アジア・アフリカの新聞』という資料がある。それによると、当館では当時すでに「インドで発行される20紙をはじめ、アジアの80余紙、アフリカの10余紙を定期購読」していたそうだ。朝日新聞社調査研究室員の3名により執筆された本書は、対象地域の新聞紙面の精読に加え、アジア経済研究所図書資料部(当時)を通じて各国の新聞社131社にアンケートを送付(回答があったのはうち23社)し、さらに各国駐日大使館への訪問、政府情報局への照会などを通じて得た情報をもとにしている。各国の概観、主要な新聞の特徴や部数、設立経緯などが日本語でまとめられた今読んでも興味深い資料である。

写真2 『アジア・アフリカの新聞』表紙

写真2 『アジア・アフリカの新聞』表紙

筆者が当館で最初に担当した業務は新聞・雑誌の収集であった。一口に新聞といっても、英字紙と現地語紙、一般紙と経済紙、政府系と独立系、首都のほかに地方の重要な都市で発行される新聞など、性格はさまざまであり、需要に応じて一国で複数紙購読している場合もあった。

アフリカや中東をはじめとする日本から遠い国々や、アジアでも小さな国の新聞は、日本の書店・代理店では取り扱ってくれないことが多く、購読手続きには苦労した。当時はまだインターネットやデータベースで途上国の新聞を安定して利用することができなかったため、現在の3倍ほど、120タイトル以上の新聞を購読していたと記憶している。そのうち半分近くについて国内代理店ではなく現地の書店や版元から直接購読していた。当然、欠号が出た場合のクレーム等も現地との直接のやりとりになる。

その日に届いた新聞が図書館の棚に並ぶ時刻を把握しており、待ち構えたように姿を見せる研究員もいる。この新聞に欠号が出るとあの人が困る、という顔が浮かぶため、届いた新聞の日付が飛んでいたり、購読更新手続きがスムーズにいかなかったりしたときには冷や汗をかいた。購読更新のためにメール、FAX、郵便を駆使し、何度も連絡してやっとインボイス(見積書)が届いても、決裁をとり、外国送金手続きを終えるまでに購読期間が切れて次の購読開始までに間が空いてしまいそうなときなどは、必ず購読を更新するので欠号が出ないように取っておいてほしい旨をあらかじめ新聞社にお願いすることも多々あった。現地とのやりとりは基本的に英語だが、お互い母語でないこともあり、クレームや送金トラブルなど込み入った話になると何度連絡しても音沙汰がなく、現地語のできる同僚に現地語でメールやFAXを書いてもらったり、現地で調査をしている研究員に貴重な1日を割いて新聞社を訪問してもらったりもした。

また、新たに希望があって初めて購読を開始するタイトルについては、本当に日本まで新聞を送ってくれるのかどうか送金後も気が気でなく、最初の一号が届いた時には感動を覚えたものである。

歴代の担当者もこのように(インターネットやEメールの使えなかった時代はそれ以上に)苦労して集めたであろう途上国の新聞コレクションも、現在は紙で購読を続けているのは厳選された約40タイトルほどになった。最新のニュースに関しては海外の主要な新聞を約3カ月分読むことができるデータベースを契約している。しかし、社会科学の研究資料としては過去3カ月分のデータベースでは十分でなく、長期的に蓄積された過去の新聞はいまだ重要な情報源である。

主に1960年代頃(一部タイトルはそれ以前)から蓄積された当館の新聞コレクションは、マイクロフィルムまたは原紙で保存されている。通常、新聞は次の日には古新聞になってしまうため、紙質も保存を意図されていないし、日刊紙は書庫にどんどん山積みになりスペースを圧迫する。省スペースのためにマイクロフィルム化されていても、フィルム作成当時には知られていなかった「ビネガーシンドローム」と呼ばれる材質劣化の問題があり、保存のためには媒体変換などの対策が必要だが、予算と人手がかかる4

このような舞台裏は表には見えにくいが、新聞の収集・保存・提供には苦労が付きまとい一筋縄ではいかない。しかし、新聞コレクションは記者たちが時に命がけで取材したさまざまな国のニュースの蓄積であり、当時日本で当館でしか収集できなかったような数々の外国の新聞の貴重性を考えると、嘆いてばかりもいられない。図書館は時間と空間を越えて情報を伝えることができる。もしかしたらすでに本国にも残っていないものもあるかもしれない。形あるものはいつかなくなるものである。けれども、そこをなんとか、集めた資料をできる限り後世に受け渡すこと、それこそがライブラリアンとしての使命かもしれない。

家父長制や差別の残るインドの農村で、家族の反対やさまざまな障害にも屈することなく勇敢に現実に立ち向かう「女性記者たち」の様子は、筆者に自分の仕事への向き合い方や信念のありかについて振り返るきっかけも与えてくれた。

写真の出典
  • すべて筆者撮影
参考文献
  • 梶谷善久 [ほか] 著『アジア・アフリカの新聞』アジア経済研究所, 1964年9月
  • 辛島昇他監修 『南アジアを知る事典 : インド スリランカ ネパール パキスタン バングラデシュ ブータン モルディヴ』新版, 平凡社, 2012年
  • きろくびと・contrail編『『燃えあがる女性記者たち』公式パンフレット』きろくびと, 2023年9月
  • 日本図書館協会図書館ハンドブック編集委員会編『図書館ハンドブック』第6版, 日本図書館協会. 2005年5月
  • Naqvi, F. & Nirantar (Organization : New Delhi, India) 2008, Waves in the hinterland: the journey of a newspaper, 1st pbk. edn, Zubaan and Nirantar.
著者プロフィール

坂井華奈子(さかいかなこ) アジア経済研究所学術情報センター図書館情報課主幹。担当は南アジア。最近の著作に「インド情報の探し方・文献案内」(堀本武功・村山真弓・三輪博樹編『これからのインド──変貌する現代世界とモディ政権』東京大学出版会、2021年)、“A Guide to the Japanese Literature on the Battles of Imphal and Kohima.”(in Mayumi Murayama, Sanjoy Hazarika and Preeti Gill eds. Northeast India and Japan: Engagement through Connectivity, Routledge, 2022) など。

  1. ダリト/ダリット(Dalit)とはサンスクリット語に語源を持ち、インド現地諸語で<抑圧された者たち>を意味する。広義には被抑圧層全体を指すが、狭義にはもと不可触民を指し、通常は後者の意味で用いられる。『南アジアを知る事典』参照。
  2. 「カバル・ラハリヤ」のマニフェスト動画“The Khabar Lahariya Manifesto”(英語字幕付き)では、「デリーはとても遠いので、知らないでしょう」と言いながら、彼女たちが知らせたい農村のニュースの例がいくつも述べられる。
  3. たとえば、『アジ研図書館のお宝コレクション──イラク、フセイン政権時代の反体制派機関紙』(高橋理枝)、『『人民日報』がいっぱい』(狩野修二)など。
  4. マイクロフィルム劣化の問題や保存のための試行錯誤については同じく本コラムの『資料を守るライブラリアン──マイクロフィルム編』(能勢美紀)に詳しい。