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(2024年インド総選挙)第1回 与党優位の背景
India‘s 2024 General Election: Why the ruling party is likely to win a third consecutive term in power
PDF版ダウンロードページ:https://hdl.handle.net/2344/0002000987
2024年5月
(4,641字)
第18回総選挙のあらまし
4月19日、酷暑期のなかでインド国民は総選挙最初の投票日を迎えた。今後、6月1日までの44日間に合計7回に分けた投票が全国で実施される。一斉開票日は6月4日である。今回の総選挙では、6月中旬に5年間の任期満了を迎える連邦議会下院の議員543人が、18歳以上の男女約9億6800万人の有権者により小選挙区制で選出される。
インドでは、1947年の独立以降、1970年代中盤の非常事態期を除いて定期的に選挙が実施され、その結果に基づき政権が樹立されてきた。1950年代初頭の第1回から数えて今回で18回目の総選挙となる。インドの選挙の特徴として、人口比に基づき経済社会的弱者層に留保枠が設置されている点が挙げられる。今回は、旧不可触民の「指定カースト」への84議席、そして地理的に隔絶され、固有の文化を持ち、経済社会面で後進的とみなされる「指定部族」への47議席である。2023年に全議席の3分の1を女性に留保する法案が連邦議会で可決されたが、今回の選挙では適用されない。センサスの実施とそれに基づく選挙区割りの確定後の導入と定められているからである。今回の変更点としては、543議席のほかにアングロ・インディアンと呼ばれる集団に割り当てられた大統領任命の2議席が2019年憲法(第104次改正)法(2020年施行)により廃止されたことが挙げられる1。
インドの電子投票は1980年代から州議会選挙などでの試行錯誤を重ね、徐々に拡大してきた。
連邦議会下院選挙での電子投票は2004年に全選挙区で導入され、2019年総選挙からは投票を印字により確認できる機械も導入された。
盤石な与党
各種世論調査からは、ナレンドラ・モディ2首相率いる与党インド人民党(BJP)の優勢が伝えられる。今年2月の現地誌の世論調査によると、BJPが過半数を大きく上回る304議席、与党連合の国民民主連合(NDA)としては335議席の獲得が予想される3。前回2019年総選挙でBJPが303議席(NDAで352議席)を獲得して地滑り的勝利を収めた勢いをほぼ維持する見込みである。今年の3月末から4月にかけて実施された現地調査機関の世論調査でも、BJP率いる与党連合への投票が46%で、最大野党インド国民会議派を中心とする野党連合(34%)を12ポイント上回っている(その他の政党が20%)。
同じ世論調査4では、「現政権にもう一度政権を担う機会を与えるべきか」という質問に対して44%が肯定的な回答をしている。その理由としては、全般的な業績(42%)、福祉事業(18%)、モディ首相の強い指導力(10%)と続く。現政権は、インフラ開発、貧困対策事業、政府事業の受益者に対する銀行口座への電子送金の拡大などを進めてきた。そして、こうした功績を実態以上にアピールする術にも長けている。モディ首相は2023年にG20議長国として首脳宣言をまとめるなどの外交手腕を発揮してきたが、これもイメージアップ戦略の格好の材料となった。首相はこの機を捉えて、米中対立の長期化のなかでインドを西側陣営に引き寄せたい欧米を手玉に取りつつ、国際社会でのインドの存在感を高める指導者、というイメージを巧みに演出したのである。
現政権は、人口の約8割を占める多数派のヒンドゥー教徒の権利を優先する国家運営を基本方針として掲げる。モディ政権2期目には、1980年代から党の政策であり、選挙公約でもあるヒンドゥー教ラーマ神生誕地への寺院建設を実施するとともに、パキスタンとの係争地を抱え、ムスリム人口が多数を占めるジャンムー・カシミール州に「自治権」を与える憲法370条を廃止した。残る主要課題は、すべての宗教に共通の統一民法典の制定である。
BJPのヒンドゥー教重視の政策は徐々にインド社会に浸透し、マイノリティの排除と宗教的不寛容が大きな分断や軋轢を生んできた。しかしながら、強権的ながらもリーダーシップを発揮するモディ首相の率いる政権は一定の支持を得ている。アメリカのシンクタンクによる世論調査によると、インドは調査対象24カ国中最高の85%もが「指導者が議会や裁判所に干渉されずに意思決定できる制度」を支持しているのである5。
投票初日まで1週間を切った4月14日、BJPは「モディの保証」というタイトルのマニフェストを発表した。そのなかでは、2014年以降のモディ政権の実績と今後の継続が強調され、これまで取り組んできた統一民法典の制定、連邦、州、地方自治体の同時選挙の実施、現在進行中のインフラ開発、貧困対策、福祉事業の拡大を含む24の公約が掲げられる。そのうえで、「不安定な世界情勢において大多数により選ばれた強い政府の継続が重要である」と主張される。
一方で、反BJPを拠り所に結集したインド国民会議派や多くの地域政党からなる通称INDIAと呼ばれる野党連合は、異なるイデオロギーや党利党略を持つ政党間の調整に難航した。2023年6月から協議を重ねてきたが、地域政党のなかには、与党連合に寝返った党や支持基盤とする州では選挙協力を行わない党も出てきた。4月5日、インド国民会議派は、社会的正義を核としたマニフェストを発表し、政治と宗教の分離を規定したインド憲法や民主主義を守る者と破る者の戦いであると訴えた。しかしながら野党連合は、モディ首相に対抗する強力な首相候補を擁立できないまま、選挙戦に突入した。
草の根レベルにはメッセージングアプリやSNSを通じてBJPのプロパガンダを拡散するためのボランティア部隊が豊富に存在し、党の綱領や選挙公約だけでなく、マイノリティに対する攻撃的言説、虚偽の情報、多数派のヒンドゥー教徒の不安を煽るメッセージが大量に送られているとも報じられる。
総選挙に向けたさらなる与党の足固め
与党が選挙戦で優位な状況にあるのは、現政権の実績やモディ首相の人気だけが理由ではない。選挙が与党有利になるようにさまざまな制度を変更し、統制を強化してきた点も指摘される。
第一に、BJPの豊富な政治資金である。この背景のひとつにあるのが「選挙債」と呼ばれる政治献金である。2018年、個人または法人は公共部門の銀行であるステート・バンク・オブ・インディア(SBI)の債券を購入することで、匿名で無制限に政党に寄付できる制度が導入された。今年2月15日、最高裁は汚職や企業による政治への「見返り文化」を招くとしたうえで、国民の政治資金に関する知る権利に反するとの違憲判決を下し、選挙債の即時発行停止を命じるとともに、SBIに情報の開示を求めた。3月中旬に公開されたデータによると6、2019年4月から2024年1月までに現金化された約1277億ルピー(約2421億円)の全献金額のうち、47.5%に当たる約606億ルピーがBJPに献金されていた。これは野党上位6党への献金額とほぼ同額である。選挙債を含めた圧倒的な資金力を背景に、BJPは選挙戦を優位に進めている。
第二に、連邦政府機関や連邦政府任命の州知事を通じた野党の締め付けである。3月16日に総選挙日程が発表された後も、その手を緩める様子はみられない。3月21日、デリー首都圏ケジュリーワール首相(庶民党党首)が酒類販売の汚職容疑で財務省強制執行局により逮捕された。野党の州首相が逮捕されるのは、1月末のジャールカンド州ソーレーン首相(ジャールカンド解放戦線)に次ぎ、2024年に入って2人目である。また同日、インド国民会議派は、所得税の還付手続きの遅延で所得税局により銀行口座が凍結されていると発表し、選挙キャンペーンが十分にできない不公平な状況を訴えた。
こうした状況下では、自由で公正な選挙を実施するための憲法機関である選挙管理委員会の役割が重要となる。しかし2023年に、同委員会の人事、権限に関連する法が、与党の意向が反映される形に改正された。先の世論調査7では、選挙管理委員会への信頼が前回選挙よりも20ポイント低下し、58%にとどまっている。とくに、与党が投票機を操作する可能性があるとの回答が45%にものぼった。総選挙投票2日目の4月26日、最高裁は、電子投票の際に投票を印字確認するための機械から出力される用紙により全投票を再点検することや、投票用紙による投票制度の復活を求めた非政府組織らの訴えを退けている8。
第三に、政府に批判的な言論の統制である。国境なき記者団の『報道の自由度ランキング(2023年)』9において、インドは180カ国中161位であった。とりわけ、ジャーナリストの安全と報道の独立性のスコアが低い。かつては、紙・電子媒体、放送局をはじめとする多くのメディアに対して政府の介入がないことがインドのメディアの強みのひとつとして挙げられた10。しかし、今では政府の報道ガイドラインが設けられるとともに、政権や党利党略の宣伝を目的とした報道への偏向、首相に近い大財閥によるメディアの買収、「反国家的な」ジャーナリストへの攻撃、逮捕、拘留、名誉棄損での訴訟が増加している11。2023年に英国放送協会(BBC)がグジャラート州首相時代のモディ首相の宗教暴動への対応に批判的な内容を含むドキュメンタリーを英国で放映すると、政府はインド国内での上映やオンライン上の投稿・拡散を禁止しただけでなく、所得税局がBBCデリー、ムンバイ支局の家宅捜索を行った。インド在住の外国特派員は滞在許可を失わないように「取り扱いが難しいテーマ」の報道を自粛していると伝えられる12。もはや当局による外国メディアや外国人に対する検閲も例外ではない。
こうした状況を含めて、近年、インドの民主主義の急速な後退が懸念されている。スウェーデンV-Dem研究所の「民主主義報告書」では、インドは2020年からもはや民主主義ではないと評価され、複数政党制による選挙は実施されるが、表現や結社の自由、自由で公正な選挙などの民主主義の基本的条件が不十分な「選挙権威主義」に分類されている13。
前回総選挙では南部5州1連邦直轄地の130議席中29議席のみの獲得であった。
3期目入りの不安材料?
モディ政権の3期目入りは確実なようにみえる。それでも僅かな不安材料があるとしたら、経済面の影響だろう。先の世論調査では現政権の最も評価できない点として、物価上昇(24%)、失業(24%)、貧困(9%)が挙げられている14。選挙の争点としても、失業(27%)、物価上昇(23%)、開発(13%)が上位に浮かび上がった15。
インドは2020年にコロナ禍で41年ぶりにマイナス成長となったが、2021年以降は3年連続で7%を超える高い経済成長を遂げている。IMFによれば、来年にも日本の名目GDPを上回る見込みである16。しかし、コロナ禍以前から経済成長が十分な雇用を生み出しておらず、人口構成で厚みのある若年層、とりわけ教育水準の高い若年層の失業が深刻化している。
物価は、過去の総選挙でもしばしば争点となってきた。現政権も、小麦や非バスマティ米の輸出禁止をはじめとして、農作物の輸出制限などで食料品価格の抑制を図ってきた。併せて、全国食糧安全保障法に基づく公共配給制度下で穀類(米、小麦、雑穀)を2023年から無償で消費者に提供している。それでも、2019年4~5月の前回総選挙前よりも庶民の生活に深く関連する物価、とくに食料品価格の上昇が庶民の食卓に打撃を与えている(図1)。
図1 消費者物価指数の変化(%)
(出所)National Statistical Office, Press Release各号
写真の出典
- 写真1 Election Commision(GODL-India)
- 写真2 Bharatiya Janata Party(CC BY-SA 2.0)
- 写真3 Bollywood Hungama(CC BY 3.0)
著者プロフィール
辻田祐子(つじたゆうこ) アジア経済研究所新領域研究センター。PhD。最近の著作に、“Intention to Emigrate Again and Destination Preference: A Study of Indian Nurses Returning from Gulf Cooperation Council Countries,” (共著) Migration and Development, Vol. 12 No.1 2023, “Post-school Experiences of the Youth: Tracing Delhi Slum Dwellers from 2007/08 to 2018,” in A. Mitra, ed., Youth in Indian Labour Market: Issues, Challenges and Policies, Springer, 2024, 『決定版 インドのことがマンガで3時間でわかる本』(共著)明日香出版(2024年)など。
注
- アングロ・インディアンは、父親もしくは父方先祖がヨーロッパ人であり、インドで生まれて暮らしている国民と憲法上定義される。2011年センサスでは296人であった。
- インドの公用語ヒンディー語ではモーディーであるが、本稿では日本の報道で一般的に用いられるモディと綴る。
- India Today, February 19, 2024.
- Suhas Palshikar, “CSDS-Lokniti 2024 Pre-Poll Survey | Do voters think that present govt. should get another opportunity?” Hindu, April 13, 2024.
- Laura Silver and Janell Fetterolf, “Who likes authoritarianism, and how do they want to change their government?” Pew Research Center, February 28, 2024.
- Frontline, April 29, 2024.
- Sandeep Shastri, “CSDS-Lokniti 2024 pre-poll survey | Level and intensity of voter trust in select institutions and processes,” Hindu, April 12, 2024.
- Krishnadas Rajagopal, “SC backs EVMs, rules out revival of paper ballots,” Hindu, April 27, 2024.
- Reporters without Borders.
- J. Drèze and A. Sen, An Uncertain Glory: India and its Contradictions, Princeton: Princeton University Press, 2013.
- たとえば次の記事を参照。“Media freedom in India is under threat, again,” Economist, September 3, 2022.
- Reporters without Borders, “Reporters censor themselves in India to avoid losing residence permits, RSF investigation finds.”
- V-Dem Institute, Democracy Report 2021: Autocratization Turns Viral, 2021.
- “CSDS-Lokniti 2024 Prepoll Survey | BJP has an edge, but a tough fight is possible,” Hindu, April 13, 2024.
- Lokniti-CSDS X posted on April 11, 2024.
- Ryosuke Hanada, “India to Surpass Japan as 4th-Largest Economy in 2025, IMF Says,” Nikkei Asia, April 21, 2024.
- Nitin Kumar Bharti et al., “Income and Wealth Inequality in India 1922-2023: The Rise of the Billionaire Raj,” Working Paper No. 2024/09, World Inequality Lab., 2024.
- “Lokniti-CSDS 2024 Pre-poll Survey | Jobs, Inflation Key Issues in 2024 Lok Sabha Elections,” Hindu, April 11, 2024.
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