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(2024年インド総選挙)第5回 第3期モディ政権下のインド経済の課題

Economic Challenges Facing India under Modi’s Third Term

PDF版ダウンロードページ:https://hdl.handle.net/2344/0002001092

2024年9月

(4,571字)

モディ首相率いるインド人民党(BJP)は、今回の選挙公約のなかで、政権を担当した2014年からの10年間でインドを世界第11位から第5位の経済に成長させた実績を強調し、2047年までに先進国とするための基礎を次の5年間で築くと訴えた1。選挙公約として掲げられた24項目からなる「モディの約束」には、貧困層や若年層などの社会階層に関する項目、中小企業や製造業などの産業に関する項目、ガバナンスや教育、技術などの社会全体に関わる項目など多様な内容が含まれている。  

しかし、BJPは周知のとおり今回の選挙で大幅に議席を減らしており、この選挙結果に関する分析をみると、物価高騰と雇用・失業問題に対する対応への不満がそのおもな原因として指摘されている2。国内総生産を含む国民経済計算の集計や推計についての疑義が論じられるなど基本的な諸統計に依拠することに留保が必要ななかで3、経済という観点からの課題を論じることには難しさが伴うところがある。そのような制約に留意しつつ、現在のインド経済が抱えている課題について整理したい。

総選挙の結果に影響を与えた課題──物価と雇用

まず物価問題について瞥見する。モディ政権の第一期(2014~2019年)ならびに第二期(2019~2024年)の初期までにおいては、ほぼ100%輸入に依存している原油価格がおおむね低く推移し、為替レートも概して安定的に推移していた。天候による農作物への影響ももちろんなかったわけではないが、コスト・プッシュ型のインフレを招く深刻な要因はあまりなかったという好条件に恵まれてきた。

第二期の半ばに、ロシア・ウクライナ問題等の要因により原油価格が高騰すると、制裁により輸出先を大幅に失ったロシアより原油を安く購入するなどの対応をし、また小麦の供給不安に対しては2022年に輸出禁止措置を敷いた。2023年半ばからは天候不順により食料価格が高騰し、インフレ率が高まると、中央銀行であるインド準備銀行が利上げを実施するなどの対応をした。政府はさらに、国内における供給確保と価格上昇の抑制のため、小麦に加え2023年にはコメ、さらにはタマネギの輸出を禁止するなどの措置を取った。なお、モディ政権は、農産物の流通を改革することなどを目指した農業改革関連の三つの法を2020年に制定したが、農民の強い反対運動により2021年に三法は廃止に追い込まれている。原油についても小麦等の農作物についても、政府の上記のような対応には内外から批判もあり、新政権は、物価上昇をどう抑えるか、そしてそのためにどのような政策や措置を採用するかという課題に依然として直面している。

失業率の高さ、とくに若年層の雇用問題は非常に重要な課題である。生産可能年齢人口の全人口に占めるシェアが前年に比較して増加するという意味での人口ボーナス期が、インドの場合、少なくとも2030年代まで続くと推計されている4。ただし、人口ボーナスの果実が経済パフォーマンスとして反映されるかは、若年層が質の良い雇用を得られるかに大きく依存する。この点、就業者人口の増加に比べ、雇用、とりわけ正規雇用の増加は芳しくなく、とくに若年層の失業率の高さは深刻で、学歴が高いほど失業率が高いと報告されている5。つまり、2000年代以降のインドの高い経済成長率について、「雇用なき成長」と表現されることもあるように、非正規雇用の拡大傾向が続いている。  

また、雇用者人口のシェアが第一次産業から第二次産業、第二次産業から第三次産業という順に移っていくというペティ=クラークの法則として知られているプロセスを経た先行する国々、とくに中国の経験と異なり、インドの経済成長は第三次産業が牽引しているという意味で、「サービス主導成長」ということも指摘されてきた。そして、サービス産業の雇用創出力は製造業ほどではないのではないかという懸念から、インドの経済成長の持続可能性が議論されてきた6。  

もちろん、このような状況に対して政府は対策を展開してきた。とくに、モディ政権は第一期、第二期において、これまでのどの政権にとっても実施が困難であったプロ・ビジネスな改革を、時期が熟したという側面もあると考えられるとはいえ、いくつか実現することに成功した。たとえば、中央と州また州間で異なっていた間接税を統一した2017年の物品・サービス税法の導入、複数の法令が存在して複雑だった破産手続を統一した2016年破産・倒産法典の導入などである。さらには、林立していた労働関係の法令を2019年から2020年にかけて連邦の法令については四つの法典に整理して制定する改革も実施した。ただし、反対も強く2021年4月に予定されていた新労働法典の施行は先送りされて現在に至っている7。そのほか、内政面でのフリクションも大きい土地登記制度の改革や直接投資のさらなる規制緩和も進めてきている。

失業や雇用の非正規化に抗議する若者

失業や雇用の非正規化に抗議する若者
経済自由化路線と産業振興政策の混在

製造業について敷衍すると、1991年の経済自由化以降も歴代の政権は製造業の育成と振興を図ってきたが、周知のとおり、モディ政権も「メイク・イン・インディア」と呼ばれる政策パッケージを第一期から実施している。さらに、新型コロナ禍が始まってほどなく打ち出された「自立したインド」というキャッチフレーズも、製造業重視という側面がある。こうした政策のなかで、国内産業の振興政策を打ち出しており、また、縫製産業などとくに労働集約的な製造業分野においては保護主義的な貿易政策も垣間見られる8。たとえば、2010年代後半から平均実行関税率は上昇傾向にあり、2023年にはIT関連の製品についての輸入登録制度の導入が行われた。また、2020年には電子機器製造を促すため「生産連動型優遇策(PLI)」「電子部品・半導体製造促進政策(SPECS)」「電子機器製造クラスター計画(EMC2.0)」が導入され9、とくにPLIは医療機器、さらには自動車や自動車部品、セル電池等の14分野にも対象が広げられて展開されている。2021年には半導体の国内生産についてもさらに育成・支援する政策が発表された10。そのほか、周知のとおり、土地収用問題等で遅れているが、高速鉄道プロジェクトなどインフラの整備についても予算を大きく割いてきた。

その意味では、製造業の振興と製造業での雇用創出に政権は力を入れてきており、また第三期のモディ政権でも重要な課題として重視すると考えられる。ただし、製造業の成長や製造業での雇用創出については、そもそも政府の政策等の努力によりどこまで実現できるものなのかという問題もある。というのは、技術革新や流通・情報技術の進化により、製造業自体の生産性の向上がグローバリゼーションと結びつく形で著しく向上しており、「早すぎる脱工業化」という現象が後発国で生じているのではないか、という構造問題と関係しているからである11。先行して工業化した諸国に比べ、21世紀に入って工業化を試みる国々では、工業は先行諸国ほどには雇用を生まないのではないか、より具体的には、雇用人口全体に占める工業のシェアのピークは低いのではないか、さらに一人当たり所得がより低い段階で工業からサービス産業への労働人口の移行が生じるのではないかという問題である。

インドのサービス主導の経済成長については、はたしてサービス産業が工業ほどに質の良い雇用を生むのかという問題がつきまとう12。農業の生産性が上がり、農村から都市へと移動する労働人口が、工業での雇用ではなく、とくに「ペティ・サービス」と呼ばれる付加価値創造の低いサービス業種へ流れ込むことになると、人口ボーナスの果実の享受はままならないだろう。実際、2022年までに製造業において1億の新規雇用を創出するという「メイク・イン・インディア」の2014年当初の目標は達成されず、GDPに占める製造業のシェアを2022年までに25%とするという目標も2025年までにと達成時期が改定されたが、今現在もその実現は難しい状況である13

また、インド経済のグローバル・バリュー・チェーン(GVC)への参加度は高まってきてはいるものの、中国や東南アジア諸国に比し、今も低い14。地政学あるいは経済安全保障的な観点からGVCの再編が進んでいる現在、インドはその恩恵にあずかる可能性を持っていることも確かであり、上記のとおりインド政府も様々な製造業関連のインセンティブを設けて直接投資の誘致を進めている。ただし上述したように貿易については保護主義的な措置も散見され、また、自由貿易協定についても、地域的な包括的経済連携協定(RCEP)からの離脱にみられるように、貿易赤字、とくに製造業の赤字が増えることが見込まれる場合には概して消極的である。しかしながら、2022年のオーストラリアとの経済協力・貿易協定締結のように国内産業に大きな負の影響が見込まれず、国内の反対が強くないケースには積極的に取り組んでいるようにも見受けられる15

モディ政権の対応はある意味で一貫しており、大きな枠組みとしては大幅な規制緩和に舵を切った1991年以来の経済自由化路線を進めているが、同時に、国内産業保護も重視し、とくに製造業の育成に力を入れている。つまり、自由化政策・自由貿易政策と産業保護政策が混在しており、いずれの方向であれインドを世界的な製造業のハブとするというビジョンに資すると政権が考える措置を採用していると考えられる。

そのほか、「デジタル・インディア」といった政策で、金融包摂や生体認証付きID「アーダール」の普及など、知識集約的な産業の後押しを、貧困対策と合わせて進めてきたが、この方向での改革も継続されると考えられる。

質の良い雇用が十分に創出されるか

今回の選挙結果を受けて、とくに貧困層や農業部門、中小企業にとって痛みの伴う改革は困難となってくるのではないかと考えられる。たとえば、改革を試みたが棚上げせざるをえなかった分野や検討はされているが改革の進んでいない分野として、上に触れた、農作物取引の規制緩和等に関する農業改革関連法や雇用・解雇等の規制緩和に関する労働法分野のほか、土地収用制度の改革、肥料補助金や電力補助金の改革などがある。これらの改革がさらなる経済成長に向けて必要ではないかと議論されてきているが、新たな議会勢力図を前提とすると、こうした分野での改革は容易ではないだろう。

やはり、重要な問題は雇用である。農村部の公的雇用の核となる全国農村雇用保証法(MGNREGA)事業については、第二期モディ政権において予算が減らされる傾向にあったが、選挙の年ということもあり2024年2月発表の中間予算案では下げ止まっている16。また、新政権発足後の7月に発表された2024年度予算では、若年層の失業に対応するためトップ500社での1年間のインターンシップへの補助を1000万人の若者に今後5年間にわたり提供するなどの措置が盛り込まれている17。若年層の人口シェアが高いこともあり、とくに学歴の高い若者が求めるような質の雇用が十分に生まれる方向に経済が発展していくかが重要であると考えられる。

※この記事の内容および意見は執筆者個人に属し、日本貿易振興機構あるいはアジア経済研究所の公式意見を示すものではありません。
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著者プロフィール

佐藤創(さとうはじめ) 南山大学総合政策学部教授。博士(ロンドン大学)。専門は南アジア地域研究、経済発展論。おもな著作に、Varieties and Alternatives of Catching-up: Asian Development in the Context of the 21st Century(共編著), Palgrave-Macmillan (2016年)、『試される正義の秤──南アジアの開発と司法』名古屋大学出版会(2020年)など。

辻田祐子(つじたゆうこ) アジア経済研究所新領域研究センター。PhD。最近の著作に、“Intention to Emigrate Again and Destination Preference: A Study of Indian Nurses Returning from Gulf Cooperation Council Countries,” (共著) Migration and Development, Vol. 12 No.1 2023, “Post-school Experiences of the Youth: Tracing Delhi Slum Dwellers from 2007/08 to 2018,” in A. Mitra, ed., Youth in Indian Labour Market: Issues, Challenges and Policies, Springer, 2024, 『決定版 インドのことがマンガで3時間でわかる本』(共著)明日香出版社(2024年)など。


  1. BJPの公約文書Modi ki Guarantee: Committed to Building Viksit Bharat by 2024,” p. 40を参照。
  2. たとえば、近藤則夫「(2024年インド総選挙第2回)選挙結果の分析──インド人民党の大幅な後退」『IDEスクエア』2024年7月を参照。
  3. 各種統計の公表が見送られ、あるいは遅れているという問題を含む、本稿の事実や経緯に関する記述は、別に断りのないかぎり、アジア経済研究所『アジア動向年報』の2015~2024年版の「インド」の章に依拠している。
  4. Government of India, Economic Survey 2018-19, Chapter 7, 2019参照。
  5. International Labor Organization(ILO)and Institute for Human Development(IHD), India Employment Report 2024: Youth Employment, Education and Skills, New Delhi: ILO and IHD, 2024.
  6. たとえば、Santosh Mehrotra, Ankita Gandhi, Partha Saha and Bimal Kishore Sahoo, Joblessness and Informalization: Challenges to Inclusive Growth in India,” Institute of Applied Manpower Research (IAMR) Occasional Paper, No.9/2012, December 2012を参照。
  7. Zia Haq, “Implementation of 4 labour codes stalled,” The Hindustan Times, 8 May 2023.
  8. より詳しくは、椎野幸平「保護主義化するインドの貿易政策──関税引き上げ品目の特徴は?──」『アジ研ポリシー・ブリーフ』No.150、2021年、また、佐藤隆広「総選挙後のインド㊦ 経済改革路線への復帰、必須」『日本経済新聞』2024年6月19日朝刊、 を参照。
  9. 宇都宮秀夫「インド電子情報技術省が電子機器製造に関するインセンティブ・スキームを紹介」ジェトロ・ビジネス短信、2020年5月21日
  10. より詳しくは、小島眞「始動する半導体産業」『現代インド・フォーラム』No. 60、pp. 15-25、2024年を参照。
  11. Dani Rodrik, The Perils of Premature Deindustrialization,” Project Syndicate, 11 October 2013.
  12. サービス主導の経済成長の持続可能性や雇用創出を検討した研究としては、たとえば、Amrit Amirapu and Arvind Subramanian Manufacturing or services? An Indian illustration of a development dilemma,” Center for Global Development Working Paper, No. 409, 2015を参照。なお、インドの成長を「サービス主導」と把握することはそもそもミス・リーディングであり、製造業および製造業関連のサービス産業の成長が重要であったという研究もある。たとえば、Madhusudan Datta, Reform and the Structure of the Indian Economy: Output–Value Added Symbiosis, Cambridge: Cambridge University Press, 2020を参照。
  13. たとえば、Pravakar Sahoo, Make in India: Have we made it?Deccan Herald, 17 August 2021を参照。
  14. より詳しくは、佐藤隆広「インド経済と国際価値連鎖(GVC)」佐藤隆広編『経済大国インドの機会と挑戦──グローバル・バリューチェーンと自立を志向するインドの産業発展』白桃書房、2023年、pp. 3-38を参照。
  15. 広木拓「インド・オーストラリア経済協力・貿易協定、12月29日に発効」ジェトロ・ビジネス短信、2022年12月7日。
  16. Sobhana K. Nair, 2024 Interim Budget | Net zero gain for job guarantee scheme,” The Hindu, 2 February 2024.
  17. Puneet Gupta, Explained: Govt's new internship scheme for employable youth in top companies,The Economic Times, 24 July 2024.