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(2024年インド総選挙)第2回 選挙結果の分析──インド人民党の大幅な後退
Analysis of the Election Result: Retreat of Modi’s Bharatiya Janata Party
PDF版ダウンロードページ:https://hdl.handle.net/2344/0002001057
近藤 則夫
Norio Kondo
2024年7月
(3,031字)
インドの第18次連邦下院議員選挙が6月4日に一斉開票された。結果は事前の予想と大きく異なり、ナレンドラ・モディ首相率いるインド人民党(BJP)は 前回2019年の303議席から今回は過半数にみたない240議席へと大きく後退した。BJPが率いる国民民主連合(NDA)は前回の352議席から293議席となった。一方、インド国民会議派(以下、「会議派」)を中心とする選挙連合は2019年の統一進歩連合(UPA)としては91議席であったが、2023年7月に結成されたINDIA連合(Indian National Developmental Inclusive Alliance,インド国民発展包括連合)は232議席を確保した。会議派は前回の52議席から今回の99議席へ勢力を回復した。
社会経済階層別の政党支持をみると、前回2019年から今回2024年にかけて確かに一定の変動はあった。投票行動の調査で定評があるデリーの発展途上社会研究センター(CSDS)の調査1によると、高カーストはBJP支持、ムスリムは反BJPという点では変化はなかったが、指定カースト(旧被差別民)や経済的に弱い中間カーストの一定割合は今回INDIA連合にながれたとみられる。しかし、そのような変化の規模は議席数の変動を十分説明するものではない。どのような要因が議席数の大きな変化につながったか、その要因を探ってみたい。
表1 第18次連邦下院議員選挙結果
2)2019年の選挙でタミル・ナードゥ州Vellore選挙区の補欠選挙は8月5日に行われドラヴィダ進歩連盟が勝利し1議席加算したが、この補欠選挙で加わった投票数は政党の得票率の計算には考慮されていない。
3)「その他」の所属政党、無所属議員がNDA、INDIAのどの連合に入っているかは新聞や雑誌で若干の差がある。
(出所)インド選挙委員会、および新聞雑誌資料より、筆者作成
野党連合のインパクト
第1の要因は、BJPに対抗するため野党が広範な連合を組んだことである。その大きな理由は2019年の第2次モディ政権の成立以来、同政権による野党、ジャーナリズム、学界、宗教的少数派などへの圧迫がますます顕著になったことである。モディ政権のヒンドゥー民族主義を背景とした権威主義化が政治的自由を大きく蚕食したのは明かである2。これに多くの野党が危機感を高めたことが、会議派率いるUPA構成党のみならず、インド共産党(マルクス主義)など左翼政党、州政党など26政党が民主主義と憲法を守ることを旗印として結集し、INDIA連合ができた理由である。
INDIA連合はイデオロギーも利害関係も異なる政党の共闘組織で安定性に欠け、選挙で成果を上げるのは難しいともみられていた。例えば、INDIA連合内でも同じ州を基盤とする政党同士は対立し選挙協力が難しい。西ベンガル州では州政権につく全インド草の根会議派は他のINDIA連合の政党と議席調整を行わなかった。ケーララ州では会議派連合と州政権の座にあるインド共産党(マルクス主義)を中心とする左翼民主連合との間で議席調整はなかった。またINDIA連合結成に参加したが、州政権維持のためNDAに鞍替えするビハール州のジャナター・ダル(統一派)のような例もあった(2024年1月末)。このような協力を組むのに不利な条件があるにもかかわらず、広範な選挙連合が形成されたのは、BJPに対する反発が広範囲に広がっていることの裏返しであった。
野党連合の効果は大きく、表1のように得票率においてBJPは1.2%ポイント減、会議派は1.5%ポイント増と変動は小幅であったが、小選挙区制度をとることとあいまって、議席数は大きく変動した。特に、会議派と社会主義党が共闘したウッタル・プラデーシュ州ではBJPの得票率が50.0%から41.4%に減少したこともあり、同党の議席は62から33に大きく減少した。反対に会議派と社会主義党は前回選挙の各々1および5議席から、今回は6、37議席へと増加した。マハーラーシュトラ州では前回NDAの議席は41、うちBJPは23であったのに対して、今回NDAは17、うちBJPは9となった。BJPは両州で合計43議席を失った。
一方、BJPは従来支持基盤が弱かったタミル・ナードゥ州やオディシャ州では得票率を伸ばしたが、前者では州政権の座にあるドラヴィダ進歩連盟に阻まれ議席獲得はならなかった。後者では定数21議席のうち20議席を獲得し、同時に行われた州議会選挙でも躍進し勝利を収めたことが特筆される。
政権に対する人々の積極的評価の停滞
第2の要因は、モディ政権に対する人々の積極的評価の停滞である。BJPは他党を圧倒する潤沢な資金3を背景に、モディ首相を前面に立て、支持母体である民族奉仕団の関連組織を通じて人々への働きかけを行い、既成のメディアやSNSを通じて宣伝を大々的に行い、前回以上の支持を集めたようにみえた。しかし、BJPの組織力、資金力、そしてモディ首相の個人人気にもかかわらず、2019年と比べて人々の支持は、むしろやや減少した。
今回の選挙直後のCSDS調査4によると、5年間の第2次モディ政権の全体的評価として、満足とやや満足が59.0%、不満足とやや不満足が36.2%となっている。しかしこの総論的認識はBJPの得票率から大きな乖離があり、満足度調査が政権支持の指標とは必ずしもなっていないことは明らかである。モディ政権の具体的な実績に対する人々の評価が重要である。例えば「モディ政権がこの5年でやったことで最も評価することは?」という問いに対する答えの集計は、以下のとおりである。第1位は、ウッタル・プラデーシュ州アヨーディヤーの「ラーマ神をまつる寺院の建立」5(22.4%)、第2位は「どの仕事も評価しない」(14.2%)、第3位は「貧困削減」(6.4%)、第4位は「雇用創出」(5.6%)となっている。反対に、最も評価しない実績として、第1位は「物価高騰」(23.8%)、第2位は「失業」(23.1%)、第3位は「貧困の拡大」(11.2%)、第4位は「宗派・宗教紛争」(7.4%)となっている。これをみる限り、ラーマ神の寺院を建立したことには一定の評価が与えられているものの、物価高騰や失業など生活レベルの経済的不満が政権に突きつけられ、政権の評価を大きく下げていることは明らかである。またモディ政権下の宗派・宗教紛争に批判的な人々も一定数いることも注目される。
第2次モディ政権期の成長は格差拡大を放置した成長であって、雇用創出は遅れ、農村などに滞留する経済的弱者層の状況はあまり底上げされなかったとされる。また2020年初頭からの新型コロナで弱者層は大きな被害を被った。国際機関が推定した超過死亡者数6は、政府発表の約9.8倍の470万ともみられ、モディ政権の対応は国民に不満を蓄積させた。さらに宗派・宗教対立による社会的緊張の広がりを好ましく思わない層も広がっている兆候がある。このような実態は政府への積極的評価を停滞させたことは間違いないだろう。
最後に、選挙前の世論調査のみならず、選挙後の出口調査でさえもそのほとんどの調査7はNDAの大勝を予想したが、それらは大きく外れた。それは調査方法に問題があることを示すと同時に、選挙委員会が大筋において公正な選挙を実施し、民意をほぼ正しく顕在化できたことにもよる。モディ政権は犯罪調査機関、税調査機関などを恣意的に使い野党へ圧力を加えたとの批判が絶えない。選挙委員会についても政権の影響があるのではないかと懸念されたが8、現場レベルで混乱はあったものの、結果的にみると公正な選挙であったと評価されている。モディ政権はかろうじて選挙を切り抜けたが、BJPは単独過半数を失い、それだけ連立する他の政党の意向も尊重せざるを得ない。今後の政権運営が注目される。
写真の出典
- インデックスページ Prime Minister’s Office, Government of India(Government Open Data License – India(GODL))
参考文献
- Das, Sabyasachi. 2023. “Democratic Backsliding in the World’s Largest Democracy” (January 31, 2024)SSRN.
- Jaffrelot, Christophe. 2021. Modi's India: Hindu Nationalism and the Rise of Ethnic Democracy, Princeton: Princeton University Press.
- Yadav, Yogendra, Shreyas Sardesai, and Rahul Shastri. 2024. “The sociology of 2024 Lok Sabha elections in 10 charts” (June 13)The Print.
- 湊一樹 2024.『「モディ化」するインド──大国幻想が生み出した権威主義』中央公論新社.
著者プロフィール
近藤則夫(こんどうのりお) 拓殖大学政経学部・非常勤講師(元アジア経済研究所地域研究センター研究員)。博士(地域研究)。専門はインドと南アジアの現代政治、および、比較政治学。おもな著作に、Indian Parliamentary Elections after Independence: Social Changes and Electoral Participation, Institute of Developing Economies,(2003)、『現代インドの国際関係──メジャー・パワーへの模索』(共編著)アジア経済研究所(2012年)、『現代インド政治──多様性の中の民主主義』名古屋大学出版会(2015年)など。
注
- Yadav, Sardesai and Shastri(2024)。
- 以下を参照。Jaffrelot(2021); 湊(2024)。
- 最大の資金源は2018年3月にモディ政権によって設立された選挙債制度による献金である。同制度は献金する企業・個人が銀行を通じて無記名で債券を購入し政党の口座に入金する制度で、それによって政党は献金した企業・個人を特定できず、よって企業・個人の影響を遮ることができるとされた。しかし、実際は匿名化された便利な集金システムとなっていると批判された。2018年3月から2024年2月までの選挙債券購入額1652億ルピーのうち、BJPは50.0%を受け取り、2位の会議派の11.8%を大きく引き離している。選挙債は2024年2月に最高裁の判決で廃止されたが、選挙直前であり、選挙には大きな影響はなかったと思われる。
- Lokniti website. 応答者数はインド全土から1万9663人。
- アヨーディヤーにはムガル朝時代に建立されたモスクがあったが、ヒンドゥー教徒の間では、モスクはその地にもともとあったラーマ神の生誕をまつる寺院を破壊して建てられたものであるという言説があった。ラーマ神とはインドの大叙事詩『ラーマーヤナ』の主人公である。そのような言説を背景にヒンドゥー民族主義勢力は1992年12月にモスクを破壊した。それはヒンドゥーとムスリムの間の暴動を招き多くの犠牲者をだした。2019年11月に最高裁の判決により、同地でラーマ寺院建立が許され、2024年1月に奉献式が行われた
- 「超過死亡」とは, 過去のデータに基づき予測される死亡数を超える死亡を指す(国立感染症研究所)。
- CSDSの出口調査はかなり正確にBJP、会議派の得票率を推定できた。
- 2019年の選挙ではBJPが政権につく州で、かつ、BJP候補が接戦を演じている選挙区では、統計的に有意にBJP候補が当選しているとの統計分析がある(Das 2023)。選挙運営の公正さに疑問を呈したこの論文の著者は与党勢力から批難をうけた。なお、1977年以降の連邦下院選挙で公正さが疑われるのは2019年の場合だけと分析されている。