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(2024年インド総選挙)第3回 モディ政権3期目の課題──分断を乗り越え、民主主義を取り戻せるか?
Agendas of Modi government’s Third term: Can it overcome division and restore democracy?
PDF版ダウンロードページ:https://hdl.handle.net/2344/0002001075
2024年8月
(4,505字)
モディ政権による権威主義革命
2014年の政権掌握以来、モディ政権はあらゆる方法を用いてインド民主主義を切り崩してきた。民主主義体制が権威主義体制に移行する過程を検証した『民主主義の死に方』で知られるレビツキーとジブラットは、独裁者を見極めるための行動パターンとして、次の四つをあげる。第一に、ゲームの民主主義的ルールを言葉や行動で拒否しようとする。第二に、対立相手の正当性を否定する。第三に暴力を許容・促進する。第四に、対立相手(メディアを含む)の市民的自由を率先して奪おうとする1。これらの特徴は、モディ政権の2期10年でいずれも見出すことができる。
具体例を挙げよう。第一点に関しては、新自由主義的な農業改革関連三法が典型例である。農業市場を自由化し、大企業に農業経営への参加を認める同法は、大企業によって農産物を安い価格で買い叩かれる事態を招くのではないかと農民から懸念されていた。というのも、これまでは農民の収入を安定的に確保するために政府が主要農産物の最低買取価格保証を行ってきたためである。モディ政権は、コロナ禍最中の2020年9月に開催された国会で、会期を半分に短縮し、野党から質疑の時間を奪ったうえで、同法を強引に成立させた2。
第二点に関しては、本特集第1回で辻田が指摘したように、有力野党指導者の逮捕・拘禁が代表例となる3。インド国民会議派の有力指導者R・ガンディーは、2019年総選挙の遊説で「モディ姓に泥棒が多い」と発言したことで名誉毀損に問われ、総選挙を控えた昨年になって逮捕・収監された4。さらに、デリー首都圏政府首相を務め、野党連合(インド国民発展包括連合)のスターであるA・ケジュリーワールを、汚職嫌疑で今回の総選挙直前に逮捕し、保釈されるまで遊説の機会を奪った5。
第三点については、牝牛保護団などの自警団の暗躍が象徴的である。モディ政権が成立して以降、ヒンドゥー教で聖なる存在とされる牝牛を保護するという名目の下、牛の屠畜業に関わるムスリムが自警団に襲撃され死傷する事件が急増した6。インドは世界最大級の牛肉輸出国であり、長年の慣行として牛の屠畜が行われ、これがヒンドゥー農家の収入向上に寄与してきたにもかかわらず、である。モディ政権は、これら牝牛保護団の活動に対して十分な取り締まりを行わず、今回の総選挙後も牝牛保護団によるとみられるムスリムの殺害事件が発生した7。
第四点については、政権に批判的なジャーナリストに対する攻撃が挙げられる。数多くの事例があるなかで、最近の事例としては、昨年10月に独立系ウェブメディアNewsClickの創設者が中国から資金援助を得たという嫌疑で反テロ法の枠組みで逮捕された8。これに遡る昨年2月には、モディ首相の関与が取り沙汰される2002年グジャラート大虐殺に関する特集(邦題『インド モディの真実』)を放映したイギリスの公共放送BBCに対し、執拗な税務調査を実施した。同特集はインドでは放映されなかったが、SNS上にアップロードされた動画を削除するために、モディ政権が2021年に制定した情報技術法令の非常事態条項を用いて各社に動画削除を要請した。上映会を企画した大学生は逮捕された9。
これらは、モディ政権2期10年の間に起こった権威主義化のほんの一部に過ぎない。民主主義指標の作成で世界的に知られるV-Dem研究所は、2020年からインドを民主主義体制ではなく「選挙権威主義」に分類し、2024年の報告書では「権威主義化の最悪の事例の一つ」と名指ししている10。現在進行している権威主義化は、独立後のインド政治史において、1975年6月から1977年1月まで続いた非常事態体制をその継続性と制度化においてはるかに凌いでいることから、筆者は「権威主義革命」と捉えている11。この権威主義革命を強力に進めたのが「服従の政治」であり、要は、モディが命じ、従えば褒美を与え、従わなければ罰する政治である12。この政治には、議論がない。
「服従の政治」の顛末──2024年総選挙
2024年インド総選挙の一番の意義は、モディ首相が進めてきた権威主義革命に一撃を加えた点にある。選挙分析については本特集第2回で近藤が優れた分析を行い13、筆者も他の媒体で分析を行ったため、そちらに譲りたい14。ただし、新政権の課題を論じるうえで選挙分析は重要となるため、要点だけ示せば次のようになる。
第一に、野党が結束に成功した。近藤が指摘するように加速する権威主義化に対し野党が危機感を強めたことが背景にある。第二に、「服従の政治」の「褒美」にあたる経済成長の実績が期待外れだった。佐藤が分析したように、失業問題、インフレ、貧困の三重苦はモディ政権への支持低下につながったと考えられる15。筆者がシンガポール国立大学のタベレーズ・ネヤジ博士と共同で行ったビハール州調査においても、失業問題が最重要争点として群を抜いて一位となり、しかも失業問題を最重要争点として挙げた若年層は、インド人民党(以下、BJP)よりもビハールにおける野党連合の要であるラーシュートリア・ジャナター・ダルを支持した。第三に、農村部の支持減少である。先述の農業改革関連三法が制定された後、これに反対する農民運動が1年以上にわたって展開され、モディ政権は結局撤回した。今回の総選挙直前にも小麦など主要農産物の最低価格保証の制度化を求めた農民運動が高揚したが、モディ政権はこの要求を受け入れずに弾圧に転じた16。第四に、ヒンドゥー至上主義である。ムスリムを意図的に排除した2019年市民権法改正法の制定などで、ヒンドゥー国家実現へ向けて着々と制度化を進めるモディ政権に対する反撥は、野党連合に対するムスリムの支持を大きく増やした。
新政権の課題
今回の選挙結果を受けて、モディ政権は、まずは経済問題の解決に取り組むことになるであろう。「褒美」なくして有権者の支持は得られず、したがって「ヒンドゥー国家」の実現も遠のくからである。先述の三重苦に加えて大きな問題は経済格差であり、1991年に本格化した経済自由化以降、所得格差、資産格差ともに拡大している17。とりわけ、資産格差は会議派政権期の2012年に上位1%が30.7%の資産を保有していたのに対し、モディ政権期の2020年には42.5%まで拡大している。これに対し、下位50%の資産は、2012年の6.4%から2020年には2.8%まで下落した。国際的にも上位1%が占める資産比率は、アメリカよりも低いものの、中国、日本を上回り、所得比率はアメリカ、中国、日本を上回る。インド最大財閥の一つであるリライアンスの御曹司が、世界の著名人を招いて約900億円かけたとも言われる豪華結婚式を挙行したことは、日本でも報じられたので記憶に新しいだろう。拡大する格差の象徴といえよう18。急速に拡大する格差をいかに解消していくか、先の三重苦の解決と共に求められている。
経済問題と異なり現政権による取り組みが期待できない深刻な問題が、①ヒンドゥー至上主義の展開と、②「ヒンドゥー国家」を実現するための権威主義革命である。
ヒンドゥー至上主義とは、インドを「ヒンドゥー民族」から構成される「ヒンドゥー国家」とすることを目指す思想と運動である。彼らの定義によれば、「ヒンドゥー」とは、共通の民族、共通の人種、共通の文化を持ち、インドが父の土地であるばかりでなく聖地である人々、となる。そのため、インドに生まれた者であっても、ムスリムやクリスチャンなど聖地がインドの外にある人々は「ヒンドゥー」とはなりえない。すなわちインドに居場所を失うことを意味する。このイデオロギーの制度化が、独立後初めて国籍要件として宗教的帰属を明示した2019年市民権法改正法であり、「ヒンドゥー国家」実現の布石と解釈されたためにモディ政権発足以来の大規模な反対運動が展開された。
この反対運動を潰すために用いられたのが、権威主義革命である。拡大する反対運動に焦りを募らせたモディ政権は、運動の中心拠点の一つであり、デリーのイスラーム系大学として名高いジャーミアー・ミリヤー・イスラーミヤー大学に警官隊を突入させ学生等を襲撃し逮捕した19。それでも収まらない反対運動に対し、BJPの母体である民族義勇団グループはデリーで暴動を起こし、反対運動参加者を襲撃する。ちょうどトランプ米大統領の訪印の最中に起こったため、インド国内はもとより国際的にも非難されたが、結局53人の死者を出し、その多くはムスリムだった。しかし、反対運動は暴力の脅しに屈せず、結局、新型コロナウイルス感染症対策の名の下に唐突に実施された全インド封鎖によって、運動は強引に終結させられることになった20。コロナ禍の厳しい外出制限のなかでも運動参加者の逮捕と拘禁は継続され、現在に至っている。これは冒頭でも述べた権威主義革命の一例に過ぎない。
今後の展望
独立以来、世俗主義国家を掲げ、民主主義を何よりも尊重してきたインドにとって、ヒンドゥー至上主義とこれを支える権威主義革命は、インドという国民国家の土台を変える動きに他ならない。今回の選挙結果を受けて、インドはどのような方向に向かうであろうか。モディ政権の今後について、次の二つの可能性を考えることができる。
第一が、穏健化する可能性である。単独では過半数を大きく割り込んだことから、重要政策の立案、実施については、連立与党である国民民主連合内の合意を取り付ける必要がある。そのため、ヒンドゥー至上主義的政策を進めるにしても、これまでのように唐突に実施するのではなく、与党内の協議を重視する方向に転換する可能性がある。例えば、2期目までで実施できなかった重要政策として統一民法典の制定があるが、BJP出身の法務大臣は、公約どおり制定することを明言した。これに対し、国民民主連合の要(かなめ)党となったジャナター・ダル(統一派)は、「統一民法典の制定に反対するわけではないが、制定に際しては合意が必要」と釘を刺している21。
第二が、過激化する可能性である。BJPにしても、親団体の民族義勇団にしても、そして何よりもモディ首相にとって、「ヒンドゥー国家」の実現は悲願である。そのため、連立与党の反対によって「ヒンドゥー国家」実現が阻まれるような事態になれば、解散・総選挙に打って出る可能性がある。そうなれば選挙戦でかつてのように暴力を用いて宗教感情を刺激し「ヒンドゥー票」を固める可能性がある。さらに2019年総選挙直前にジャムー・カシミール州で起こったテロ事件への報復としてパキスタン空爆を行ったように、パキスタンと戦火を開く可能性すらある。
政権発足から2カ月が経過した現在では、どちらの方向に進むか読み切れない。当面は、安全運転で第一の穏健化するシナリオを取る可能性が高い。ただし、統一民法典制定など、これまで長年にわたり掲げてきた重要政策が議題に上るとき、事態は動くであろう。これからの動きを注視する必要がある。
写真の出典
- 写真1 Prime Minister’s Office(GODL-India)
- インデックス写真(ラーマ寺院の定礎式で演説するモディ首相) Prime Minister’s Office(GODL-India)
参考文献
- 近藤則夫(2024)「(2024年インド総選挙)第2回 選挙結果の分析──インド人民党の大幅な後退」『IDEスクエア』7月。
- 近藤正規(2023)『インド──グローバル・サウスの超大国』中公新書。
- 佐藤隆広(2024)「総選挙後のインド㊦ 経済改革路線への復帰、必須」『日本経済新聞』2024年6月19日朝刊。
- 辻田祐子(2024)「(2024年インド総選挙)第1回 与党優位の背景」『IDEスクエア』5月。
- 中溝和弥(2020)「コロナ禍と惨事便乗型権威主義──インドの試練」『国際問題』697号(2020年12月)、15-26ページ。
- 中溝和弥(2023)「宗教国家への道──モーディーの静かな権威主義革命」『東亜』676号(2023年10月)、2-11ページ。
-
中溝和弥(2024a)「インド モディの権威主義革命──新しい暴力と『服従の政治』」
『外交』83号(2024年1/2月)、60-65ページ。 - 中溝和弥(2024b)「総選挙後のインド㊤ 権威主義化に一定の歯止め」『日本経済新聞』2024年6月18日朝刊。
- 中溝和弥(2024c)「権威主義革命は後退し『ヒンドゥー国家』実現は頓挫か」『公明』2024年8月号、34-39ページ。
- 中溝和弥(2024d)「インド総選挙とヒンドゥー至上主義の行方」『ボイス Voice』561号(2024年9月号)、216-225ページ。
- スティーブン・レビツキー、ダニエル・ジブラット著、濱野大道訳(2018)『民主主義の死に方──二極化する政治が招く独裁への道』新潮社。
- Nakamizo, Kazuya (2023) “Vigilantism and the Making of ‘New India’: Changing Strategies in Hindutva’s Repertoire of Violence,” in Chanwahn Kim and Misu Kim (eds.), Great Transition in India: Issues and Debates, Singapore: World Scientific, pp. 7-32.
著者プロフィール
中溝和弥(なかみぞかずや) 京都大学大学院アジア・アフリカ地域研究研究科・教授。博士(法学)。現代インド政治を専門とし、民主主義と暴力、貧困の関係について研究を進める。主著に、Violence and Democracy: The Collapse of One-Party Dominant Rule in India, Kyoto: Kyoto University Press and Trans Pacific Press, 2020、『インド 暴力と民主主義──一党優位支配の崩壊とアイデンティティの政治』東京大学出版会、2012年。最近の論考に、「第1章 国民国家と暴力」中溝和弥・佐橋亮編『世界の岐路をよみとく基礎概念──比較政治学と国際政治学への誘い』岩波書店、2024年など。
注
- レビツキー、ジブラット(2018)、41ページ、ないし42ページから43ページにかけての表1を参照のこと。
- 中溝(2020)22ページ参照。
- 辻田(2024)を参照のこと。
- Cherylann Mollan and Soutik Biswas, “Rahul Gandhi: India's Congress leader sentenced to jail for Modi 'thieves' remark,” BBC, March 24, 2023.
- Aaratrika Bhaumik, “Why has CBI arrested Arvind Kejriwal and what happens next? | Explained,” The Hindu, June 27, 2024.
- Nakamizo (2023)を参照のこと。
- Quratulain Rehbar, “Hindu mob lynchings stoke fear and anger among India's Muslims,” Nikkei Asia, June 26, 2024.
- “NewsClick: Raids on Indian media ‘aim to muzzle free speech’,” BBC, October 5, 2023.
- 中溝(2023)2ページ参照のこと。
- V-Dem Institute, Democracy Report 2021: Autocratization Turns Viral ; Democracy Report 2024: Democracy Winning and Losing at the Ballot.
- 中溝(2024a)を参照のこと。
- 中溝(2023)を参照のこと。とりわけ概念図として図1(5ページ)を参照のこと。
- 近藤(2024)を参照のこと。
- 中溝(2024b、2024c、2024d)を参照のこと。
- 佐藤(2024)を参照のこと。
- Neel Kamal, “62-year-old dies, farmers' toll rises to 5 in 10 days of 2nd Delhi march,” The Times of India, February 24, 2024.を参照のこと。
- 近藤(2023)145ページ、表5-1、5-2、5-3、5-4を参照のこと。
- 花田亮輔「インド富豪の息子 結婚式に900億円!?」、『日本経済新聞』大阪夕刊、2024年7月13日。
- Zoya Hasan, “An anatommy of anti-CAA protests,” The Hindu, January 1, 2020.
- この過程については、中溝(2020)を参照のこと。
- Deeptiman Tiwary and Nikhila Henry, “Day after Meghwal says UCC still on table, ally JD(U) says only through consensus,” The Indian Express, June 13, 2024.