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予測と異なったブラジル大統領選挙の第一回投票

 

The First Round of Brazilian Presidential Election Votes Different from Predictions

PDF版ダウンロードページ:http://hdl.handle.net/2344/00053508

2022年10月

(4,668字)

世論調査で示されなかったボルソナロ支持

ブラジルでは2022年10月の第一日曜日となる2日、大統領をはじめ、下院議員と一部の上院議員、州知事と州議会議員を選出する4年に一度の選挙が行われた。大統領選挙では、第一回投票で有効票の過半数を獲得する候補がいない場合、10月の最終日曜日に決選投票が行われることになっている。事前の多くの世論調査での支持率では、かつて政権与党だった左派の労働者党のルーラ元大統領が40%強で最有力候補であり、現職のボルソナロ大統領が約30%で2番目につけ推移していた。そして投票日の直前に、10%ほどの投票先が未定の人などを除く、選挙の「有効票」と想定される回答に絞った世論調査において、ルーラの予想得票率が50%を超えたため、第一回投票で決着がつくのでは、との見方が強まった。

しかし、実際の選挙結果は世論調査の予測と大きく異なった。ルーラの得票率48.4%は誤差範囲内といえるが、事前に30%台であったボルソナロの得票率は43.2%に達した。ボルソナロ支持の予測と実際の得票率が約10%も乖離していたため、選挙結果とともにその要因が国内外で取り沙汰された。本稿では、第一回投票の結果を踏まえたブラジルの大統領選挙において、世論調査で示されなかったボルソナロ支持について、軍政から民政移管して37年経つブラジルにおける保守主義、および、ボルソナロ政権の「貧困」対策に焦点を当て分析を試みる。

2022年9月7日のブラジル独立200周年記念行事で支持者に挨拶するボルソナロ大統領

2022年9月7日のブラジル独立200周年記念行事で支持者に挨拶するボルソナロ大統領
潜んでいた保守主義の顕在化

ブラジルは1985年に軍政から民政移管した後、民主主義の定着とともに、社会的な弱者やマイノリティを擁護する左派の政策や政治勢力が支持されてきた。そして、2003年に誕生した左派の労働者党政権は、ルーラとルセフという2人の大統領のもと2016年までの長期にわたり、人権にもとづくエスニシティや性の多様性などを重視する、「ポリティカル・コレクトネス」を追求する政治を展開した(Matos 2018; 近田 2022)。しかし労働者党政権は、自らが引き起こした汚職や景気後退により国民の反感を招き、2018年の大統領選挙では保守で右派のボルソナロが当選することとなった。ボルソナロの当選は、民主化以降、とくに労働者党政権下で推進された多様性や社会的包摂を重視する左派的な政治に、必ずしも賛同していなかった保守派層の反動だったといえよう。ブラジル社会における「ポリティカル・コレクトネス」を是とする傾向により、保守主義は身を潜めることになったが、左派の労働者党の失政やボルソナロの登場をきっかけに顕在化するようになったと考えられる。

保守主義を象徴するかたちで大統領となったボルソナロの政権は、BBBと呼ばれる3つの集団を支持基盤としている。BBBとは、キリスト教保守派を示すBíblia(聖書)、銃器を表すBala(銃弾)、アグリビジネスを象徴するBoi(牛)の頭文字で、各分野の推進や普及のために活動する保守主義の人々や政治家を意味する(近田 2019)。

キリスト教保守派に関して調査会社Datafolhaによれば、ボルソナロ政権の主な支持基盤である新興プロテスタントの福音派(evangelical)は、2020年に国民の31%が信者とされるまで勢力を拡大している1。議会では福音派の政治家が議員団などを通じて、同性婚や人工中絶などに反対する活動を活発に行っている(Pitanguy 2011; 近田 2016)。ボルソナロ大統領は選挙期間中、SNSの登録者数が何千万人もいる福音派の牧師や政治家を通じて、信者に対して自身や保守派候補への投票を訴えた。潜んでいた保守主義の顕在化を象徴する例として、今回の選挙で最も多くの票を獲得した連邦下院議員が、ボルソナロ支持の福音派の候補2だったことが挙げられる。同候補が掲げた主張は、「キリスト教信者、保守派、家族の擁護者」(cristão, conservador e defensor da família)であった。一方、反民主主義的で過激な言動を行うボルソナロに対しては、福音派のなかに不支持を表明する人々もいた。しかし、保守主義や宗教的な家族観を最終的に重視して、第一回投票でルーラではなくボルソナロに投票した人がいたと思われる。

銃器に関しては、ボルソナロ政権下で銃の保有条件が緩和されたため、銃関連(CACs)の登録者が最近急増している(図1)。CACsとは銃に関連する人々を称するポルトガル語の略語で、銃器コレクター(colecionadores de armas)、職業射撃手(atiradores profissionais)、狩猟者(caçadores)を意味する。また、ブラジルにおける銃器の管理は軍が行っているが、連邦政府内の文民職(通常は非軍人が務めるポスト)に就いている軍人の数は近年増加傾向にある。行政府である政権が国民からの支持が低く基盤が脆弱な場合、行政府とは異なる別の諸機関が国家運営の機能を果たそうと存在感を高めることがある。そして、ブラジルの軍に関して、支持率の低いルセフやテメル政権で連邦政府内の職に就く軍人の数が増え、軍出身のボルソナロ政権誕生により、連邦政府内での軍の影響がさらに高まったとする見解もある3。近年における銃の規制緩和と普及、および、連邦政府内の軍人職員の増加も、潜在していた保守主義の顕在化を端的に表す事象だといえよう。ただし、今回の選挙に際してブラジル軍の上層部は、誰が当選しようとも政治には介入しない旨を表明しており、世界の他の地域でみられるような軍事クーデターの可能性は低いとみられている。

図1 銃関連登録者数および連邦政府内の軍人職員数の推移

図1 銃関連登録者数および連邦政府内の軍人職員数の推移

(出所)「連邦政府内の文民職に就いている軍人職員数」はSchmidt(2022)。「銃関連(CACs)登録者数」
は、Estado de São Paulo4に掲載されたブラジル軍、連邦警察、民間調査機関「ブラジル治安フォーラム」
(Fórum Brasileiro de Segurança Pública)のデータ。世論調査の数値(「悪い・非常に悪い」の割合)は
Datafolha。これらのデータをもとに筆者作成。
財政圧迫だが功を奏した支持率優先の「貧困」対策

ブラジルでは2010年代前半に経済状況が悪化し、左派の労働者党のルセフ大統領が政府財政の粉飾会計を理由に弾劾裁判で2016年に罷免された。経済の立て直しを試みた次のテメル政権は、20年にわたり政府の歳出を抑えるべく上限を設定する、歳出上限法を制定した。ボルソナロ大統領も2019年の政権発足以降、歳出上限法を踏襲し経済改革に着手したが、最終的には選挙で再選するために自身の支持率を優先し、錬金術的な財政支出を行うこととなった。

ボルソナロ大統領の支持率である政権運営への評価は、その時々の貧困対策と強く関連しているといえる(図2)。新型コロナウィルス(以下、新型コロナ)に関して、ボルソナロ大統領は対策に消極的だったが、2020年に感染が拡大し世論調査での支持率が低下すると、「緊急アウシリオ」(「アウシリオ」[auxílio]はポルトガル語で「支援」)という新型コロナの困窮者への現金給付策を実施した。その影響もあり、ボルソナロ大統領の支持率は2020年後半に上昇したが、「緊急アウシリオ」を終了させると支持率は再び低下した。その後、ボルソナロ大統領が反民主主義的な言動を繰り返し司法府や立法府と対立したこともあり、2021年後半には支持率調査において「悪い・非常に悪い」とする割合が50%以上に達した。

図2 ボルソナロ大統領の政権運営への評価(支持率)の推移

図2 ボルソナロ大統領の政権運営への評価(支持率)の推移

(出所)Datafolhaのデータなどをもとに筆者作成。

大統領選挙での再選を目指すボルソナロ大統領は、労働者党政権下で開始された既存の貧困対策に代わり、支給額を増額させた「アウシリオ・ブラジル」を2021年11月に開始した。その際、「アウシリオ・ブラジル」の支給額が歳出上限法に抵触するため、ボルソナロ政権は憲法修正を行い錬金術的な財政支出を可能にした。その結果、2022年前半にボルソナロ大統領の支持率は若干改善した。しかし、「悪い・非常に悪い」という評価の割合は依然40%台後半と高かったため、ボルソナロ大統領は「アウシリオ・ブラジル」の際と同様に憲法を修正して、さらに複数の「貧困」対策を2022年7月に実施した。それらは、大幅な財政支出を伴い翌年以降の政府財政を大きく圧迫するため、自死的な行為を意味する「カミカゼ憲法修正」とゲデス経済大臣が呼称したものだった。

さらなる「貧困」対策と括弧を付した理由は、それらが大統領選挙を見据えていたとの見方があるためである。具体的には、「アウシリオ・ブラジル」の支給額のさらなる増額や、ウクライナ情勢による燃料費高騰の影響を受けているタクシーやトラック運転手へ対象を絞った現金給付である。なおトラック運転手は、前述のBBBのひとつのアグリビジネス(Boi:牛)の輸送部門を担うため、ボルソナロ大統領の支持者が多いことで知られている。また、エネルギー価格の上昇から物価高が続いていたため、市民生活を逼迫させているインフレを抑制すべく、税金(商品流通サービス税――ICMS)の減額も行われた。

これらの措置を実施するに当たり、歳出上限法の適用外とするよう憲法修正が行われた。そのため、選挙前に特定分野の有権者を優遇することを禁ずる選挙法に違反するとの見解もあった。しかし、実際に国民が直面している生活苦を緩和する「貧困」対策という大義名分のもと、選挙直前の財政的な大判振る舞いではあったが、議会では賛成多数で可決され、ルーラをはじめ他の候補者からの異論もほとんどなかった。そして、これらの諸対策が実施に移されると、ボルソナロ大統領への評価は改善に向かった。

ボルソナロ政権の「貧困」対策が7月に開始された後、大統領の政権運営に対する評価は好転していった。「アウシリオ・ブラジル」などの対象者は、多くがルーラを支持する貧困層である。しかし、第一回投票のボルソナロの高い得票率からは、現金給付や減税の恩恵を受け、これらの政策を打ち出した彼への評価を変え、今後も利益に与りたいと考えた人々が少なからずいた可能性がうかがえる。今回の選挙戦に関してボルソナロ陣営は、現職の強みを活かした戦略を展開したといえる。

多難であろうブラジルの前途

世論調査の予測と異なった第一回投票の結果を踏まえ、本稿ではブラジルの大統領選挙の世論調査で示されなかったボルソナロ票に関して、主に保守主義と「貧困」対策に焦点を当てて分析を試みた。

ブラジルでは近年、潜在していた保守主義が顕在化してきたものの、ボルソナロ大統領の消極的な新型コロナ対策や反民主主義的な言動などから、世論調査では、保守派ではあるがボルソナロ派だとは自認せず、投票先が未定と回答した人々が、少なからず存在したと考えられる。しかし選挙戦が、革新で左派のルーラと保守で右派のボルソナロの一騎打ちという構図になると、人工中絶や性の多様性などに反対する保守派層は、ボルソナロという個人よりも、まずは保守主義の候補者であることを重視して票を投じたと考えられよう。

一方のボルソナロ政権の「貧困」対策は、決選投票でどちらの候補が勝つにせよ、将来的な政府財政を悪化させるため、新政権に難しい政権運営を強いることになる。再選を目指し支持率を優先させたボルソナロ大統領は、本来支持基盤ではない貧困層や物価高で困窮する特定の対象者向けの現金給付や減税を矢継ぎ早に実施し、憲法を修正してまで財政支出を増大させた。この負担は大統領選挙の当選者が負うことになる。

ブラジルでは、革新左派および保守右派の2候補の合計得票率が第一回投票で90%を超え、国民の政治的な分極化がメディアなどで指摘されるなか、規制緩和により銃器が以前より市中に多く出回っている。2023年1月に発足する新政権だけでなく、10月30日の決選投票に至るまで、または、その直後に関しても、ブラジルの前途は多難であるかもしれない。

※この記事の内容および意見は執筆者個人に属し、日本貿易振興機構あるいはアジア経済研究所の公式意見を示すものではありません。
写真の出典
  • Alan Santos/PR, Palácio do Planalto(CC BY 2.0
参考文献
著者プロフィール

近田亮平(こんたりょうへい) 地域研究センターラテンアメリカ研究グループ長。東京外国語大学より博士号(学術)。専門はブラジル地域研究、都市社会学、社会政策。主な著作に、『躍動するブラジル――新しい変容と挑戦』(編著)アジア経済研究所(2013年)、The Housing Movement and the Urban Poor in São Paulo: Agency, Structure, and Institutionalization, Lexington Books(2020年)など。

  1. Matheus Pestana, “As religiões no Brasil.” Religião e Poder, 2021年8月24日。
  2. ボルソナロ大統領が所属する自由党のNikolas Ferreira候補。26歳の男性で、Twitterのフォロワー数は約100万人とされる。
  3. Letícia Mori, “Independentemente do presidente eleito, militares não abrirão mão do espaço conquistado, dizem pesquisadores.” BBC News Brasil, 2022年8月20日。
  4. Vinícius Valfré e Julia Affonso, “CACs já superam total de PMs e de integrantes das Forças Armadas em todo o País; veja a evolução.” Estado de São Paulo, 2022年7月26日。
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