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ブラジル情勢レポート 遠くて近いブラジル

 

PDF版ダウンロードページ:http://hdl.handle.net/2344/00050878

2008年8月

この記事は2008年8月5日にデイリープラネット(CS放送)「プラネットVIEW」でオンエアされた『遠くて近いブラジル』(近田亮平研究員出演)の内容です。


Question ここ数年、ブラジルはBRICsの一角に挙げられ、世界から注目されています。また、日本には多くの日系ブラジル人が生活していることなどから日本でもブラジルに対する関心が高まっています。また、今年は日本人がブラジルに移住して100周年ということで、6月には皇太子さまがブラジルをご訪問された際には記念式典にご出席されましたね。

ブラジルの日本移民の歴史

Answer そうですね、ブラジルへ最初の日本移民が到着したのは今からちょうど100年前、1908年6月18日でした。このことを記念して、両国の政府や民間、市民レベルで様々なイベントがブラジルと日本の双方で開催されています。

戦前の移民は主にコーヒー農園で働き、短期間での貯蓄と日本への帰国を目的とした、いわゆる“出稼ぎ”農業移民でした。戦前移民の数は約19万人で、そのほとんどが当時コーヒーの一大生産地であったサンパウロ州奥地へと入って行きました。しかし、当時のコーヒー農園での労働は、ブラジルで廃止されたばかりの奴隷制に代わるものだったこともあり、移民の人たちが直面した現実は非常に厳しいものでした。

また、当時の移民は日本への帰国を夢見てブラジルに“仮住まい”していたことなどから、現地の事情や言葉に精通していなく、このような状況下で第2次世界大戦が勃発したため、日本移民社会は大混乱の時期を迎えることになりました。

一方、戦後の移民は約7万人で、戦前と異なりブラジルへの定住を目的としていたこと、農業移民に加え技術移民や結婚のための花嫁移民などその形態が多様化したことなどが特徴として挙げられます。

現在のブラジルの日系社会

Question 現在のブラジルの日系社会はどのような状況なのでしょうか?

Answer 現在、日系ブラジル人の人口は約150万人ともいわれ、海外の日系人社会としては最大です。昔とは異なり農村ではなく都市部で生活する人が多く、その職業も多様化しています。

日系人が最も多く住む南米最大の都市サンパウロには東洋人街があり、日本をはじめ、主に戦後ブラジルに移民してきた中国や韓国系のレストランや食料品店が軒を並べています。また、国内各地の日系人が多く住むところでは相互の扶助や交流のための団体、日本語学校などがあります。
ただし現在では、非日系人との混血化やブラジル社会への同化などによる日系コミュニティ離れも進んでいるといわれています。

日本の日系ブラジル人社会

Question 一方で、現在日本に滞在する日系ブラジル人の数が急増しているようにも思えるのですが、どのような状況になっているのでしょうか?

Answer 現在、約30万人の日系ブラジル人が日本で生活をしているといわれています。“デカセギ”と呼ばれる日系ブラジル人の日本滞在は、日本の出入国管理法(出入国管理及び難民認定法)が改正され日本での定住と就労が可能になったことから、1990年以降に急増することになりました。

日系ブラジル人の人が多く住む東海や北関東地域では、ブラジルの日用品を販売する店やレストランが多くあり、ポルトガル語の新聞なども発行されています。多くのデカセギの人が、「お金を貯めて、いつかはブラジルに帰る」ことを考えていると言われていますが、日本滞在は長期化するとともに来日回数も増える傾向にあり、子供の教育をはじめ、日本だけでなくブラジル社会への適応問題が深刻化しています。

100年前の日本移民が、短期の出稼ぎからブラジル定住へと変わって行ったのと同じようなことが再び起きており、まさに歴史は繰り返すといえるのではないでしょうか。

Question 第二次世界大戦前には日本から多くの人がブラジルへ渡り、現在ではブラジルから日本へと人の流れが逆になっているということですが、その理由とは一体なんでしょうか?

Answer 主な要因として、ヒトの流れを送り出す側の経済不況と受け入れる側の労働力ニーズの一致という、経済的な要因を挙げることができます。ブラジルから日本へのデカセギが始まった1980年代後半、日本はバブル景気だった一方、ブラジル経済は混乱の時期にありました。また、「誰を受け入れるか」という受け入れ側の政治的な要因も重要だといえます。

近年のブラジルの動向

Question 最近のブラジル国内の状況はどうなのでしょうか?

Answer 近年のブラジルは3つの時代に分けて理解できると考えています。それらは、民主主義制度の構築を試みた1980年代、経済の安定を模索した1990年代、社会の不平等が是正されつつある2000年代初頭であり、それぞれ「政治の10年」、「経済の10年」、「社会の10年」と呼 ぶことが出来ると思います。

  1. 1980年代の「政治の10年」において、1985年までの21年間続いた軍事政権により失われた民主主義制度の再構築が、政府と民衆の双方から試みられた。そして、複数政党制の復活、大統領の直接選挙の実施などが実現し、1988年には一連の民主化の集大成ともいえる新憲法が制定された。
  2. 続く1990年代のブラジルは、経済の回復と安定を模索した「経済の10年」として特徴付けられる。1990年から新自由主義に基づく経済の自由化が進められたが、資産凍結などのショック療法によりインフレが再燃し、経済改革は失敗に終わった。しかし、1994年の経済政策によるインフレ終息後に誕生したカルドーゾ政権により、マクロ経済の安定、外資の誘致や国営企業の民営化、南米諸国の地域統合などが進められた。
  3. 「社会の10年」といえる21世紀最初のブラジルでは、過去30年間で最も低い水準まで所得格差が是正されるとともに、所得以外の社会指標も全般的に改善している。このような社会の不平等の是正は、政府による継続的かつ積極的な取り組みが主な要因として挙げられ、実際に政府の社会支出(GDP)は近年増加傾向にある。特に社会政策を重視するルーラ権下は、子供の就学などを条件に所得補助を行う政策を大々的に実施していることから、社会扶助政策の支出割合の増加が顕著になっている。

Question この3つの時代を得て、ブラジルの将来は楽観的といえるのでしょうか?

Answer 現在でも汚職や治安などの「ブラジル・コスト」と呼ばれる問題は依然として根が深く残っています。また、近年のブラジルの経済的安定は、中国の急激な経済成長や、石油や鉄鉱石などの天然資源、大豆やトウモロコシなどの農産物の国際価格の上昇といった外部要因に拠っている部分もあります。

しかし現在、ブラジルで創出されている政治、経済、社会の状況は、長い年月の試行錯誤がようやく実を結びつつあることの表れともいえると思います。

今後の日本とブラジル

Question 注目集まるブラジルと日本の今後の関係はどうなっていくとお考えでしょうか?

Answer ブラジルは国土と人口ともに世界5位で、GDPは世界10位です。鉄鉱石や石油、バイオ・エネルギーなどの豊富な資源に加え、農産品から工業製品までを生産する多様な産業構造を持ち、経済的ポテンシャルは非常に高いのです。そして近年、過去の経験を活かし、民主主義の定着、安定した経済発展、不平等の是正を実現しています。

また、日本の人にとってブラジルは依然として地理的にも、知識や意識の上でも遠い国であると思いますが、そこには日系社会という日本にとっての架け橋が存在しています。

今年のブラジルへの日本移民100周年は、未来に向け両国の結びつきを強めることを目的に「日本ブラジル交流年」と位置づけられています。高まりつつあるブラジルという国の重要性からも、「日本ブラジル交流年」をきっかけに日本の人がブラジルをもっと身近に感じるようになり、相互の交流がより活発化することが両国の更なる発展につながるといえるのではないでしょうか。