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ナショナルインターネットゲートウェイ導入で強化されるカンボジアの言論統制

 

Cambodia’s speech control strengthened with introduction of National Internet Gateway

PDF版ダウンロードページ:http://hdl.handle.net/2344/00053058

2022年6月

(5,878字)

言論統制が進むカンボジア

カンボジアでは比較的自由と考えられてきた言論環境に対する統制が徐々に強まっている。2021年2月、政令第23号に基づきナショナルインターネットゲートウェイ(National Internet Gateway、以下NIG)の導入が決定された。これは、すべてのプロバイダがインターネット通信サービスを提供する際、国が管理する接続ポイントを介さなければならない仕組みであり、中国の「グレート・ファイアウォール」に類似する。政府による事実上のインターネット検閲として、国内外の人権団体やジャーナリストから懸念が示されている。

1993年に複数政党制を導入し、同年に制定された新憲法で表現の自由が保障されるようになって以降、カンボジアでは与党・人民党系以外の新聞記者らに対する暴力行為・取り締まりはあったものの、英字紙をはじめとする新聞を中心に政府批判は許容されてきた。その理由は、新聞、特に英字紙の影響力が流通や国民の英語識字力の問題から限定的であったためだ。2010年代に入るとインターネットが急速に普及し、政府の規制を受けない自由な言論の場が現れた。そしてクメール語での情報収集・発信が可能なソーシャルメディア上では政治議論が活発に行われるようになった。

しかし、2013年の国民議会選挙で野党・救国党がソーシャルメディアを活用して躍進すると、政権は危機感を抱き、言論統制の強化に舵を切った。その主たる対象はインターネット上の言論空間であった。人民党政権批判も厭わない独立系の英字新聞社やラジオ局を閉鎖するなどマスメディアに対する締め付けが強化されるだけでなく(初鹿野 2020, 15)、ソーシャルメディアへの投稿をめぐり一般人が逮捕される事態にまで至っている(新谷 2020, 82-83)。

以下では2013年以降、人民党政権がいかに言論統制を強化し、NIG導入に至ったのか、その経緯を法規制と取り締まり事例から概観するとともに、人民党の狙いとジレンマを考察する。

写真1 人民党支配の起点となる1979年1月7日から40周年を記念したバナー(2019年1月撮影)

写真1 人民党支配の起点となる1979年1月7日から40周年を記念したバナー(2019年1月撮影)
急拡大したインターネット利用

カンボジアでは2010年代に入りインターネット利用者が急拡大した。2000年代末までは利用者が少なく、2009年時点では4万4000人(人口の0.3%)だった。その後、2010年には32万人、2013年末には380万人へと急増した(LICADHO 2009; 2015, 9)。ソーシャルメディアの利用も拡大し、最も利用されているFacebookの利用者数は人口の16%(2013年)から23%(2014年)、48%(2016年)と年々増え、そのほぼ全員(97%)がスマートフォンからアクセスしている(Phong et al. 2016, 16)。

このようなソーシャルメディアの利用拡大に政府の規制が追いつかなかったこともあって、インターネット上に国内マスメディアと比較しても自由な言論空間が誕生し、政治的議論も活発となった(LICADHO 2015, 1)。その最たる例が、2013年の国民議会選挙でソーシャルメディアを活用して大躍進した野党・救国党である。テレビ、ラジオ、新聞などの既存メディアが人民党に支配されるなかで、救国党はソーシャルメディアを通じて「変えるのか、変えないのか?変えよう!」と呼びかけ、若者を中心に熱狂的支持を得た(初鹿野 2014, 262)。2015年8月にはFacebook上で「色の革命」1を主張した大学生が扇動にあたるとして逮捕される事態も起きた。

「自由」な言論の場は次第に人民党体制への脅威となり、党・政府はソーシャルメディアの政治的活用に対して警戒を強めてさまざまな規制を開始した。

コンテンツ規制から通信規制へ

当初、人民党政権はオンラインコンテンツの規制に着手し、2012年5月にテロや犯罪、悪意のある人物による国家機密の漏洩防止を目的としたサイバー犯罪法の導入を試みた。同法案は、違反者に対して拘禁刑および罰金刑、投票権を含む個人の公民権停止を科すとしていた。特に政府や公務員を「侮辱」したり、「政治的結束」に影響を与えたりするオンラインコンテンツを犯罪として処罰する第28条が議論を呼び、最終的には2014年12月の大臣会議で廃案となった(LICADHO 2015, 13)。翌年にもサイバー犯罪法の第2次法案が提出されたが成立していない2

言論統制は現行の刑法で対処可能ということもあり、人民党は同法の早急な制定に固執したわけではなかった。実際にオンライン上の言論活動を理由として逮捕された事案のほとんどが刑法を根拠としている。ただし、人民党政権は摘発のための仕組みは必要と考え、実働部隊を設立し、コンテンツの監視を開始した。2014年10月、大臣会議の報道・即応ユニットは、ソーシャルメディアなどウエブサイト上の情報を監視・収集する「サイバーウォーチーム」(Cyber War Team)創設を命令した(Blomberg and Naren 2014)。翌年8月には、司法警察職員も加えたサイバー犯罪対策部門が内務省内に新たに設置された(Vida 2015)。

コンテンツの監視・摘発組織を整備する一方、政権はインターネット通信そのものを規制する方向に舵を切った。その端緒が2015年に成立したテレ・コミュニケーション法である。同法は公的通信だけでなく、オンライン上のあらゆる私的通信をも対象としており、その通信が犯罪であると判断された場合には禁錮刑も含む罰則が科される。このような規制に対し、人権団体から電気通信機器を使った公私の表現がすべて監視され、犯罪として解釈される可能性があるという懸念が示された(LICADHO 2016, 2)。しかし、救国党が議会をボイコットしていた2015年11月30日に同法は国民議会で承認され、12月17日にシハモニ国王の署名をもって発効した。

その後もコンテンツ規制と言論統制の強化が続いた。第6回国民議会選挙前の2018年1月には表現の自由に関わる憲法第49条が改正され、国民は「国益・国民の利益に影響を及ぼす行為を行ってはならない」という文言が加わった。これにより、政府による恣意的な解釈で表現の自由が侵害される恐れが生じた(Asia Centre 2021, 7)。翌2月には、刑法改正により不敬罪(第437条附則:国王に対する侮辱行為)が導入された。これはフン・セン政権批判がシハモニ国王批判と結びつけて行われることと関係する3 。改正後、Facebook上で国王を批判したとして逮捕される事案が複数発生した(新谷 2020, 83)。

また実働部隊を強化するために、2018年5月にフェイクニュースの調査・立件に関する共同省令第170号「カンボジア王国におけるインターネット上のウエブページとソーシャルメディアを通じた発信の統制」が発令された。これを根拠として7月の選挙直前、国家の安全保障を脅かすようなフェイクニュースを監視・調査するための専門スタッフを配置した情報省、内務省、郵便通信省による省庁間ワーキンググループが始動した(Dara 2018; Sovuthy 2018)。当初、同組織は選挙前の一時的な監視組織だと思われたが、その後も監視対象を拡大するなど、恒常的な機関となった。

2020年の新型コロナウイルス感染症の流行に際しても、虚偽情報の摘発などメディア統制はさらに強まった4。2021年1月には、前述の省庁間ワーキンググループによるオンラインメディアの監視対象を、TikTokやプライベートメッセージプラットフォーム(WhatsAPP、Messenger、Telegram)にも拡大する方針を情報相が表明した(Socheath 2021)。その背景には、監視が厳しくなったFacebookではなく、利用者が急増したTikTokを通じてフン・セン首相を揶揄する動画投稿がなされ、逮捕者が相次いだことがある(Dara, Mech 2021)。

NIG導入で進むインターネット上の自己検閲

このような言論統制強化は、インターネットを利用する人々の自己検閲にも影響を与えている。カンボジア国内の人権団体LICADHO(2021, 23)によると、2020年にはオンライン上の表現をめぐり158人のカンボジア人が逮捕され、2020年末時点で73人が刑務所に収容されていたという。裁判では私的な会話を含むソーシャルメディア上の表現が唯一の証拠として取り上げられている。例えば、収監中の元救国党所属議員を父にもつ16歳の少年が2021年6月にTelegramのグループチャットにおいて社会不安を引き起こすような扇動や公務員への侮辱を行ったとして逮捕され、有罪判決となった(Kongkea 2021; Sokhorn 2021)。活動家やその関係者など当局から要注意人物と目されている人たち以外の私的な会話がどの程度監視されているのかは不明だが、自身が監視対象となっているか否か分からないなかでは、私的な会話においても自己検閲が強化されていることは想像に難くない。

2021年2月に導入が決定されたNIGは、これまでのコンテンツ規制と通信規制をより効率化する仕組みであり、自己検閲をさらに加速させる恐れがある。政令第23号第12条は「国益、安全、社会秩序、尊厳、文化、伝統、慣習に悪影響を与える場合、政府によるインターネット接続遮断やアクセス制限が可能」と定めている。政府はこれまでも政治的理由でウエブサイトをブロックしてきたが5、NIGの導入により特定のウエブサイトのブロックが容易になる。また、第14条では「インターネット利用者の利用履歴が12カ月間NIGに保管される」と規定されている。つまり、政府組織がユーザーの利用履歴にいつでもアクセスできることになり、効率的に監視・摘発を行える。このような状況下では、人々のインターネット上の発言のみならず、サイトの閲覧に対しても自己検閲が強化されると考えられる。

国営のファイアウォール導入をめぐっては、2010年にも計画案が発表されていたが、外国投資への阻害を懸念したプロバイダから強い反発を受けて中止された(LICADHO 2015, 5)。今回もプロバイダからはネットワーク接続の安定性への懸念が一部示されたものの(Kunmakara 2021)、2010年のように強い反対意見は表明されなかった。郵便通信省によると、NIG設立の政令は民間事業者と協議したうえで策定されており(Samean 2021)、プロバイダへの事前の配慮があったようだ。しかし、インターネットサービスを提供するプロバイダ側はライセンス剥奪を恐れたのが本音だろう。

2022年2月からカンボジアのすべてのインターネットが政府管理下のひとつのポイントを介す予定であったが、新型コロナウイルス感染症の影響で工事が遅れており、予定されていた2月の導入は先送りされた(Sarath 2022)。

言論統制強化を進める人民党の狙いとジレンマ

メッセージプラットフォームでの私的な発言内容をめぐって一般人の逮捕者が出るなど、カンボジアのインターネット上の言論空間はもはや「自由」とはほど遠い場所となった。そしてかつてと異なり、取り締まりが選挙の時期に限定されていない。人民党政権はソーシャルメディア全般における政府批判を恒常的に規制したいと考えているのだろう。

しかし、このような統制強化は人々の潜在的な不満の所在を政府が認知することを困難にするという弊害もある。これに対し、ソー・ケーン内相は2020年6月に自身のFacebookページ上で苦情解決チームを発足し、人々から寄せられた苦情を精査し、担当部局へ解決を促すという試みを開始した。同Facebookページで公開されている毎月の苦情・解決件数をみると、寄せられた苦情の大半が行政関連であることが分かる。ここに寄せられた苦情のなかには政府が2000年代より頭を悩ませてきた土地問題なども含まれており、LICADHOもこの試みを好意的に評価している(Dara, Voun 2021)。国民のソーシャルメディアの政治的活用を規制する一方で、政府は同メディアを通じて国民の不満に関する情報を収集し、解決する姿勢を示している。とはいえ、自己検閲が進むなかで、政府批判と捉えられかねない苦情を人々が正直に伝えるとは考えられない。

カンボジアは2022年にASEAN議長国に就任し、6月にはコミューン評議会議員選挙、さらに2023年には国民議会選挙、そして近い将来にはフン・セン首相から長男フン・マナエトへの首相交代という重要な政治イベントが控えており、政府批判に対する監視の目はより一層厳しくなる。とはいえ吐口がない国民の不満が爆発する可能性はゼロではない。言論統制を強化しながら国民の不満爆発を抑え切ることができるのか。人民党は自らに難しい課題を課したといえる。

※この記事の内容および意見は執筆者個人に属し、日本貿易振興機構あるいはアジア経済研究所の公式意見を示すものではありません。
写真の出典
参考文献
著者プロフィール

新谷春乃(しんたにはるの) アジア経済研究所地域研究センター東南アジアII研究グループ研究員。博士(学術)。専門はカンボジア地域研究(現代史・政治)。主な著書に、「若年層に対する人民党の諸戦略――締め付け、取り込み、記憶の政治――」初鹿野直美編『カンボジアの静かな選挙――2018年総選挙とそれに至る道のり――』(情勢分析レポートNo.31)アジア経済研究所(2020年)など。

  1. 「色の革命」は、冷戦末期から2000年代前半にかけて旧ソ連地域で権威主義的な体制を民衆の力によって打倒し、政権交代を促進した動きの総称である。ここでは、民衆の力によって政権交代を目指すものとして用いられている。
  2. 2020年10月にVoice of Americaが第三次法案をリークしたが、内務省の担当官は法案の存在は否定しないまでも、政府による承認は受けていないと説明した(Narin 2020)。
  3. 例えば、不敬罪成立後、小学校校長の男性が2017年に最大野党・救国党が解党されたことについて、このような政権の振る舞いを容認したとしてシハモニ国王を批判し、逮捕された(新谷 2020,83)。
  4. 政府が予防的措置を強化した2020年3月、情報省は虚偽情報監視委員会を設置し、新型コロナウイルスに関連した虚偽情報に加え、政府への不当な批判、国王への侮辱などが監視対象とされた(初鹿野 2021, 222)。同年4月には、非常事態宣言を発出する際の根拠となる緊急事態における国家管理法(緊急事態法)が制定され、報道規制の強化と通信傍受などの権限を国家に広く認めた(初鹿野 2021, 222)。
  5. 例えば、2018年の国民議会選挙直前の48時間にわたり、Voice of AmericaRadio Free Asiaなど多くの独立系メディアのウエブサイトがブロックされた。