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スリランカの20次憲法改正――大統領の権限強化

PDF版ダウンロードページ:http://hdl.handle.net/2344/00051908

2020年12月

(5,259字)

19次改正とは真逆の改正

スリランカで2020年8月5日に行われた国会議員選挙で、マヒンダ・ラージャパクセ元大統領が率いるスリランカ大衆党(SLPP)が、憲法改正を可能にする国会議席の3分の2の150議席にせまる148議席を獲得した。そして選挙からわずか2カ月半後の10月22日に、1978年憲法の20次改正案が国会を通過した1

2015年に行われた19次改正では、大統領の権限が縮小された。理由は、マヒンダ・ラージャパクセが大統領を務めた時期(第一期2005~2010年、第二期2010~2015年)に大統領およびラージャパクセ一族に権限が集中し、汚職や中国への過度な依存などが大きな問題となったからだ2。マヒンダの三選を阻止するためにラニル・ウィクレマシンハ統一国民党(UNP)総裁(肩書はすべて当時のもの)とスリランカ自由党(SLFP)幹事長のマイトリパーラ・シリセーナが手を組んでマヒンダを破り、大統領の権限を縮小すべく憲法改正を行ったのである。

マヒンダ・ラージャパクセ首相(2020年8月就任)と弟のゴタバヤ・ラージャパクセ大統領(2019年11月就任)が率いる現政権下で行われた20次改正の最大の特徴は、19次改正とは正反対で、大統領への権限集中、権限強化である。具体的には、大統領は重要ポストの人事をほぼ独断で決めることができるようになった。また、大統領および国会議員の資格要件にはラージャパクセ一族の政治参加を容易にするような変更がなされた。これらの改正が今後の政治に対する懸念を生んでいるほか、法案に記載がなかった条文が可決の直前に追加されたことから、法案審議プロセスに対する疑念も出ている。

写真:2020年10月末、スリランカを訪問したアメリカのポンペオ国務長官(右)とゴタバヤ大統領(左)

2020年10月末、スリランカを訪問したアメリカのポンペオ国務長官(右)とゴタバヤ大統領(左)
大統領の任免権限を強化

20次改正の目玉となったのは大統領の人事権の強化である。なかでも各種独立委員会の監督や人事について勧告を行う憲法評議会(Constitutional Council: CC)の廃止が象徴的である。各種独立委員会とは、選挙管理委員会、公務員の人事委員会、人権委員会、汚職調査委員会、国家物品調達委員会などである3。CCは17次憲法改正(2001年)で導入され、18次憲法改正(2010年)で廃止され、19次改正で復活するなど、政権が替わり憲法改正が行われるたびにその扱いが変更されてきた。19次改正憲法では、大統領はCCが推薦した候補のなかから独立委員会メンバーの任命を行わなければならなかった。最高裁判事、控訴審判事、法務長官、警察長官の任命についても、大統領はCCの承認を得る必要があった。

CCに代わって設置される議会評議会(Parliament Council: PC、18次改正で設置され19次改正で廃止)の構成員数は5人で、CCが10人であったのに対して数が少ない。国会議員以外の専門家3人が含まれるCCに対してPCは国会議員のみで構成され、首相、国会議長、野党リーダーのほかは、首相が指名する者1名、野党リーダーが指名する者1名のみとなった。結果として少数派の意見を取り入れる余地が減る危険性がある。PCは大統領に対して各種委員会の人選にかんして意見を提供するが、大統領がそれに従う必要はない。これにより大統領の方針に従わない者はそもそも任命されず、任命されたとしても、容易に罷免される可能性もある。

このほか20次改正で大統領は、最高裁判事、控訴審判事、法務長官、警察長官などの罷免にかんする権限を再び手にした。前任者のシリセーナ大統領(在任2015~2019年)は、2019年4月に発生したイースター・テロ事件を防げなかった責任は警察長官にあるとして警察長官を辞めさせようとしたが、19次憲法の規定により罷免できず、警察長官は休職(compulsory leave)とされた。今回の改正によって、ゴタバヤ大統領は同様の問題に直面せずに済むようになった。

首相解任のプロセスについては、19次改正では、首相は国会議員を辞任するか、国会で不信任決議が可決されない限り、その地位を失わないことになっていた。しかし20次改正では、大統領が一方的に首相を解任できる。現体制においてゴタバヤ大統領が、兄のマヒンダ首相を解任する事態になることはまずないが、前政権期に生じた、大統領が首相を強引に交代させようとして司法に阻まれる出来事は、今回の改正で生じ得なくなった。

大統領の人事権は内閣にもおよぶ。19次改正では、大臣の任命と解任は首相の助言に基づいて行うことが義務付けられていた。だが20次改正によって、大統領は自身が必要と認めた場合にのみ首相に相談することとされた。大臣の解任については、大統領は一方的に解任することができるようになった。さらに、19次改正では大臣は30人以下、その他の大臣(無任所大臣、副大臣等)を含めて合計40人までに制限されたが、20次改正ではこの制限が取り除かれ、任意の数の議員を大臣として任命することが可能になった。

19次改正の背景には、マヒンダ政権期に大統領が野党議員に大臣職を用意してクロスオーバー(党籍替え)させるという出来事があった。党籍変更に応じる議員が続出した結果、国会議員の半数ほどが大臣(無任所大臣、副大臣を含む)となった。大臣職の数の制限は、こうした出来事が再び起きないようにするためのものであった。また19次改正では、大統領はいくつかの大臣職を兼任できないとされていたが、20次改正でその条項はなくなり、国防大臣などを兼任できるようになった。大臣の数が増えれば省庁の数も増える。それによって財政負担も当然増えると予想される。

その他のおもな改正点
20次改正には大統領の人事権強化のほかに、大統領と議会、司法との関係に影響を与える条項が含まれている。おもな改正点は以下の諸点である。
(1)国会との関係

大統領は、選挙から4年半たてば国会を解散できた(議員の3分の2の賛成があればそれより前でも可能)。国会の任期は5年なので、ほぼ任期を満了できるはずであった。20次改正では、過半数の議員の賛成があれば総選挙から2年半後には解散が可能となった。これにより、大統領は国会に対して、以前より強い立場に立てる。

(2)大統領や国会議員の資格要件

19次改正では二重国籍者は大統領になれないとされた。アメリカ国籍を得ていたゴタバヤは、出馬の前にアメリカ国籍を放棄したものの、米国籍放棄者リストに名前が掲載されたのが選挙終了後の2020年5月であったため、大統領選挙戦中も立候補そのものが問題視されていた。20次改正では二重国籍者も国会議員および大統領への立候補資格を持つ。これによりマヒンダのもう一人の弟のバジル・ラージャパクセの政治参加が可能となった。

19次改正では、大統領の年齢要件が30歳から35歳に引き上げられた。これは、マヒンダの長男のナーマル・ラージャパクセの出馬を遅らせるためと推測されていた。20次改正ではこれを元に戻した。

(3)最高裁判事と控訴裁判事の増員

最高裁判事を11人から17人に増やし、控訴裁判事を12人から20人に増やす改正がなされた。この条項は官報には掲載されていなかった。通常なら人員の増加は、審理の遅れを解消するものとして歓迎されるかもしれないが、大統領の任命権が増大した状況にあるため、大統領寄りの判事ばかりが任命される可能性もあり、司法の中立性が侵害されかねないという懸念もある。

(4)20次改正でも残った条項

20次改正では19次で行われた改正の多くが廃止・修正されたが、いくつかの項目はそのまま残った。一つは知る権利であり、各省庁のもつ情報の開示を求めることができる。

18次改正(2010年)で大統領の三選禁止を撤廃したことで、マヒンダは2015年の大統領選挙に出馬したが、シリセーナに敗れた。その後の19次改正で大統領の三選は禁止となった。大統領の権限拡大を目的とする20次改正ではあったが、この条項は残った。また、大統領の任期と国会の任期は5年のままとされた。

最高裁による法案の事前審査

スリランカでは、憲法改正法案を含むすべての法案について、国会上程の前に市民が最高裁による合憲性の審査を申し立てることができる。今回の憲法改正についても、事前に最高裁による審査が行われた。その結果、大統領権限の強化につながるいくつかの条項が取り下げられたり修正されたりするなど、大統領への権限の集中に一定の歯止めがかけられた。

19次憲法における立法の過程は以下のとおりであった。法案は、まず官報4に掲載される(国会の議事次第に載る14日前)。法案に憲法違反の疑義があると判断した者は、議事次第に載ってから7日以内に最高裁に申し立てできる。最高裁は法案に違憲性がないか審査し、問題がなければそのまま法案として国会で審議される。憲法改正法案の場合、国会の3分の2の賛成で成立する。一方で最高裁が問題ありと判断した改正条項については、成立のためには国会で3分の2の賛成を得るほか国民投票が必要とされる。実際に問題ありと指摘があった場合、その条項について取り下げるか、国会の各種委員会で審議を行う際に国民投票を行わないで済むよう変更を加えるといった対応がとられる。

20次改正によって、官報掲載から議事次第に載るまでが1週間短くなった。そのため、違憲性について国民が検討する期間が短くなった。さらに20次改正では、緊急法案を復活させた。この場合は市民による最高裁への提訴の機会は失われる。ただし憲法改正については緊急法案を提出することはできない。

今回の20次改正にも39件の申し立てがあり、最高裁は改正案の4つの項目(官報の3項、5項、14項および22項)について違憲性を指摘した5

第1に、大統領の義務として、選挙委員会の要請に従い自由公正な選挙ができるようにする、という項目が20次改正では廃止されていたが(3項)、最高裁の審査により復活した。

第2に、20次改正法案に盛り込まれていた大統領の免責事項の拡大(5項)を最高裁は退けた。大統領の免責に関して、19次改正でその範囲が縮小されたが、20次改正法案にはこれを19次改正前に戻す条項が含まれていた。シリセーナ前大統領は、2018年10月の突然の国会解散命令・首相罷免、イースター・テロ攻撃に先立つ不作為にかんする件、死刑の再導入にかんする件、などに関して訴訟が起こされている。今回の改正が実現すれば、今後、これらを理由に大統領が訴えられることはないと見込まれた。しかし、最高裁はこれについて国民が大統領の行為について判断を下す権利を奪うべきでないと判断した。

第3に、大統領が国会を解散できるのは、官報では1年経過後となっていたが(14項)、最高裁は2年半への変更を求めた。

第4に、20次改正案では104GG条の、公的機関の職員は選挙や国民投票において委員会に協力しなければならないという条項を削除していたが(22項)、最高裁の判断により、104GG条はそのまま残ることになった。

以上見てきたように、20次憲法改正によって大統領の人事権は拡大した。ゴタバヤ大統領はスリランカ軍の出身であり、20次改正が成立する以前から国防省、保健省、外務省、農業省の事務次官に軍出身者を据えている。さらに今後は元軍人だけでなくラージャパクセ一族からの起用が行われる可能性がある。

写真の出典
  • Ron Przysucha (U.S. Department of State), Secretary of State Michael R. Pompeo meets with Sri Lankan President Gotabaya Rajapaksa in Colombo, Sri Lanka, on October 28, 2020 (Public Domain).
著者プロフィール

荒井悦代(あらいえつよ) アジア経済研究所地域研究センター南アジア研究グループ長。著作に『内戦終結後のスリランカ政治――ラージャパクサからシリセーナへ』アジア経済研究所(2016年)、『内戦後のスリランカ経済――持続的発展のための諸条件』(編著)アジア経済研究所(2016年)など。

書籍:内戦終結後のスリランカ政治

書籍:内戦後のスリランカ経済


  1. 国会での審議と可決を経た改正案(2020年10月29日)。
  2. 荒井悦代『内戦終結後のスリランカ政治――ラージャパクサからシリセーナへ』(アジア経済研究所、2016年)「第1章 マヒンダ・ラージャパクサ大統領政権下の政治」を参照。
  3. 汚職調査委員会と国家物品調達委員会は19次改正で設置されたが、今回の改正で条項は廃止された。
  4. 官報に掲載された改正案(2020年9月2日)
  5. 申し立てに対する最高裁の判断
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