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スリランカ大統領による政変の帰結――さらなる混乱の始まり
PDF版ダウンロードページ:http://hdl.handle.net/2344/00050662
2018年12月
首相解任に続いて、大統領が国会を解散し選挙を宣言
10月26日金曜日、大統領は突如ラニル首相を解任し、マヒンダを首相に任命した。ラニルはこの措置を違憲と主張するとともに彼自身が総裁を務める統一国民党(UNP)を中心とする統一国民戦線(UNF)が国会における多数派であることを理由に首相官邸に居座った。
大統領は、首相人事の後に国会を11月16日まで休会させ、その間にマヒンダが多数派工作できるようにした。しかし、国会議長の反発や国際社会からの圧力を受け、国会の再開は14日に前倒しとなった。そして14日には、雌雄を決する投票が行われることになった。スリランカの国会は225議席なので、113議席を得た方が多数派ということになる。10月26日の時点でUNPを中心とするUNFは106議席、大統領のスリランカ自由党(SLFP)およびマヒンダのスリランカ大衆戦線(SLPP)は合わせて95議席であった。
大統領がマヒンダを首相に指名したことで、マヒンダ側はUNPから党籍替え(クロスオーバー)があると踏んでいたに違いない。UNP内部でラニルの方針に反対のもの、ポストに不満を持つものを吸収できると考えた。しかし、11月5日のカル・ジャヤスーリヤ国会議長の「マヒンダを首相と認めない」発言がまず、シリセーナ大統領とマヒンダ側の出鼻をくじいた。
UNPからのクロスオーバーは期待を大きく下回った。多数派工作が不調と判断したマヒンダは11月9日に国会過半数の113議席に8議席足りないとの会見を開いた。同日、大統領による特別官報が発布され、国会の解散、2019年1月5日の国会議員選挙、1月17日の国会開催が明らかになった。10月26日の突然の動きもこの発表も金曜日に行われたことから、金曜爆弾と呼ばれた。
UNP側はこれまで州評議会選挙を延期し続けるなど選挙に及び腰な一方、マヒンダ側は2018年2月の地方選挙に大勝していることから、選挙を行えば有利な結果が導けると踏んだようである。
ただ現在の憲法では、大統領が国会を解散できるのは国会の任期が4年半を過ぎた時点であり、発表当初からこの官報は憲法違反であるとされ、11月13日には最高裁判所が国会の解散に関する官報の一時停止命令を発出した。その結果国会は再開することになった。
国会におけるUNPの巻き返しと司法判断
ここから国会の活動、司法を巻き込んだUNPの巻き返しが始まった。
11月14日と16日には怒号が飛び交うなど混乱の中、マヒンダ首相の不信任動議が採決され、賛成多数で可決した。しかし、二度にわたる不信任決議にもかかわらず大統領はこのプロセスが正当なものではないとして無効と判断し、マヒンダも首相に居座った。その後UNP側とマヒンダ側は解決策を模索し、議員選任委員会を設置することで合意したものの、その人選で再び揉め、与党(大統領とマヒンダ側)が国会をボイコットする異例の事態となった。
与党不在の国会ではマヒンダ首相の不信任に続き、首相と新閣僚らの支出の妥当性が審議され、11月29日に妥当性なしと判断された。さらに12月3日、控訴審が首相・大臣らについて適切な法の権限に基づいてその職に就いていない、として機能の一時停止命令を発出した。12月12日には、国会でラニルの信任投票が行われ、可決している。そしてだめ押しとなるような判断として、12月13日、最高裁が国会解散は違憲であると7人の判事の意見が一致した最終判断を下し、翌14日には3日の控訴審判断を追認した。これにより国会の解散はなくなり、選挙もなくなった。
国会および司法によって、マヒンダとシリセーナの企ては退けられた。15日にマヒンダは首相を辞任し、翌16日に大統領がラニルを再び首相に任命した。
大統領はそもそもなぜ、何を根拠に今回の判断に至ったのか
大統領は首相の解任後、何度か声明を出している。声明で大統領は、ラニルやUNPが汚職にまみれていること、大統領である自分をないがしろにすること、国家の資産を売り払う・弱者に不利な経済政策を相談もなく行おうとすることなどを非難した1。
大統領は、2015年1月の大統領選挙で対立したマヒンダの人気が回復し、復活を遂げたのを見て、ラニルからマヒンダに乗り換えた。マヒンダと共に選挙を戦えば勝てるとの見込みがあったのであろう。そして選挙を実施するためには多少強権的な手法をとる必要があるが、ここを甘く考えたようだ。大統領・マヒンダ側に寝返るUNP議員が予想外に少なかったことから国会の多数派形成に失敗したこと、司法が大統領の判断に違憲判断を下したことから、大統領の権限をもってしても選挙を実現できなかった。明らかに憲法違反を犯している大統領に対する市民社会の反対もこれまでになく大きかった。
修復不能な大統領と首相の関係
ラニルが首相に返り咲いたことから、人事だけ見れば10月26日以前の状態に戻ったことになる。西欧諸国やインドは歓迎する意向を示している。しかし、上記のような混乱を経た後で大統領とラニル首相が政権運営をスムーズに実施できるかは大いに疑問である。
大統領は、10月26日以降、12月15日までの間に何度も「ラニルを首相にすることはない」「国会議員全員がラニルを推薦してもラニルを首相に任命しない」と繰り返し述べていた2。
さらに大統領はラニルを首相に任命する前に「大統領として閣議を主催するが、意思決定プロセスに参与しない」と不可解なことを述べている3。行政が機能不全に陥りかねない。その前に今回の騒動でシリセーナに対する不信感はUNPだけでなく自身の所属するSLFPにも広がっており、大統領罷免決議が出てもおかしくない。
二大政党間の亀裂もあからさまに
亀裂は大統領と首相の間だけではない。マヒンダが首相を辞任するときのスピーチ4は、執行大統領制度、北・東部への権限委譲におけるUNPとSLFPとの意見の相違を際立たせた。これらは2015年以降棚上げになっていたが、今後、1年以内に州評議会選挙、大統領選挙、国会議員選挙などが行われる際に、大きな争点となりそうだ。
著者プロフィール
荒井悦代(あらいえつよ)。アジア経済研究所地域研究センター動向分析研究グループ長。著作に『内戦後のスリランカ経済――持続的発展のための諸条件』(編著)アジア経済研究所(2016年)など。
写真の出典
- マヒンダ・ラージャパクサ前大統領:Prime Minister's Office (GODL-India) [GODL-India (https://data.gov.in/sites/default/files/Gazette_Notification_OGDL.pdf)], via Wikimedia Commons.
- マイトリパーラ・シリセーナ大統領:Prime Minister's Office (GODL-India) [GODL-India (https://data.gov.in/sites/default/files/Gazette_Notification_OGDL.pdf)], via Wikimedia Commons.
- ラニル・ウィクレマシンハ首相:By U.S. Department of State from United States [Public domain], via Wikimedia Commons.
注
- "MR as PM totally in accordance with the Constitution: Prez," Daily Mirror, October 28, 2018.
- "President vows never to reappoint ousted premier," Daily Mirror, November 25, 2018.
- "Sirisena not to participate in decision making in cabinet if Wickremesinghe is Prime Minister," NewsIn.Asia, December 14, 2018.
- "I resigned to make way for Prez to form new Govt-MR," Daily Mirror, December 15, 2018.