IDEスクエア

世界を見る眼

政治改革を求めたスリランカ――2024年大統領・国会議員選挙

Sri Lanka seeks for political reform: 2024 presidential and parliament election

PDF版ダウンロードページ:https://hdl.handle.net/2344/0002001210

2024年12月

(5,428字)

スリランカ政治史の転換点

スリランカでは2024年9月21日に大統領選挙が行われ、人民の力(NPP)代表のアヌラ・クマーラ・ディサナヤケ(通称AKD)が当選した。NPPは、大統領選挙の時点で国会にわずか3議席しかもたない小政党だった。ところが11月14日の国会議員選挙でもNPPは躍進し、過半数議席を獲得した。

1978年に大統領制が導入されて以来、基本的にスリランカの大統領は伝統的な二大政党である統一国民党(UNP)とスリランカ自由党(SLFP)のどちらかから選ばれてきた。また国会選挙においては、単一の政党が過半数議席を得ることはなかった。今回、第三勢力だったNPPから大統領が選出され、同党が単独で議会の過半数を制したことは、スリランカ政治史の転換点として記憶されるであろう。本稿では、この転換点に至るまでの経緯をみるとともに、NPPとその指導者AKDの出自と台頭の背景を考察する。

新大統領に選出されたアヌラ・クマーラ・ディサナヤケ(2019年当時)

新大統領に選出されたアヌラ・クマーラ・ディサナヤケ(2019年当時)
アラガラヤとシステム・チェンジ

スリランカ政治に変革をもたらす原動力となったのは、経済危機に端を発した市民の抗議運動である。

2021年末ごろからスリランカは経済危機に陥った。外貨不足のため輸入ができなくなり、燃料が不足して物価が高騰した。事態は徐々に深刻化し、ガソリンやガスボンベを求める長い行列ができた。電力の供給も滞り、一日の停電時間が10時間を超えることもあった。しびれを切らした人々は、ろうそくや手書きのメッセージを掲げて静かに反政府の意思を示し始める。彼らは、当時の与党スリランカ大衆党(SLPP1政権を率いるマヒンダ・ラージャパクサ首相、ゴタバヤ・ラージャパクサ大統領らの失政2と、歴代政権の汚職や不正が経済危機を引き起こしたと批判したのである(荒井2022a)。

2022年4月になると、コロンボの中心部の緑地ゴールフェイス・グリーンに全国から市民が集まり、テントを張って長期にわたる反政府デモを始めた。「アラガラヤ」(シンハラ語で闘争を意味する)と呼ばれたこのデモは、指導者不在の市民運動であり、政治の全面的な変革を意味する「システム・チェンジ」と大統領の辞任を求めた。5月にはマヒンダ首相が辞任したが、ゴタバヤ大統領は「負け犬として去る」ことはないと述べて退任を拒んだ。これが市民の怒りを買い、7月に大統領公邸がデモ参加者に占拠された。結局、ゴタバヤ大統領は海外に逃れ、シンガポールから辞表を提出した(荒井2022b)。

ラニル大統領の経済復興策

マヒンダ首相とゴタバヤ大統領が辞任したことで、アラガラヤの要求の一部は実現したが、システム・チェンジが実現したとはいえなかった。なぜならゴタバヤに代わる新たな大統領には、国会議員による投票でラニル・ウィクレマシンハが選出されたからである。ラニルが党首を務める統一国民党(UNP)は、かつて二大政党のひとつであった。ところが2020年2月に分裂し、議員の多くが新党に移籍した結果、同年8月に行われた国会選挙でUNPは1議席しか獲得できなかった。そのUNPに所属するラニルが大統領に選出されたのは、与党SLPPの支持を得たからである。つまり、アラガラヤはマヒンダとゴタバヤの追放には成功したものの、彼らの支持に頼る人物が新たな大統領に就任するという皮肉な結果となったのである。任期途中に辞任した大統領の後継者を国会議員による投票で選出するのは、憲法に従ったプロセスである。しかし市民のあいだには、本来大統領は国民の直接選挙で選ばれるべきだとし、ラニルの大統領就任を批判する声もあった(DeVotta 2022)。

大統領就任後、ラニルは経済復興に注力した。2022年9月には国際通貨基金(IMF)から資金提供の合意を得る。付加価値税(VAT)の税率引き上げ、課税対象の拡大、新税の導入や、電気料金引き上げ、国有企業の再編など、財政再建のために必要だが国民には不人気な政策を断行し、財政収支を改善した(Aneez 2024)。2022年7月には輸入の1.1カ月分しかなかった外貨準備は、1年後には2.7カ月分、2年後には3.9カ月分まで回復した。対ドル為替レートは、2022年7月の1ドル=360.8ルピーから2024年7月には1ドル=303.7ルピーに改善した。経済復興にある程度めどがついたところで、ラニルは任期終了3にあわせて大統領選挙を実施すると発表した。経済復興という十分な功績があるので大統領選挙を乗り切れると考えていたようだ。

大統領選挙でAKDが前回の41万票から563万票に大躍進

大統領選挙は直接選挙で行われる。今回の選挙ではこれまでで最多の39人が立候補したが、実質的には現職のラニル、UNPから2020年に分離した統一人民の力(SJB)のサジット・プレマダーサ、NPPのアヌラ・クマーラ・ディサナヤケの3人の戦いとなった。現職ラニルは、汚職や不正、政策の失敗で国益を損ねたマヒンダやゴタバヤらラージャパクサ一族と同類とみなされていた。しかし、立候補登録の締め切りを目前に、SLPPがマヒンダの長男ナマルを大統領候補に擁立すると発表したことによって流れが変わる。SLPPと袂を分かったラニルは、ネガティブなイメージを払拭して勢いづいた。その後SLPP議員やSJB議員のなかから、離党してラニル支持を表明する者が相次いだ。他方、サジット支持を表明するSLPP議員、タミル政党議員が出るなど、国会議員のあいだでは他党の大統領候補を推す動きがさまざまなかたちでみられた。

ラニル、サジット陣営がライバル陣営議員の支持表明を当然のごとく受け入れたのに対し、NPPは他党議員の受け入れを拒否した。汚職や不正の一掃を唱えるNPPは、既存の政治から脱却する姿勢を堅持したのである。

議員らがラニル支持を次々と表明したものの、有権者のラニル支持は低迷し、選挙はSJBのサジットとNPPAKDの一騎打ちとなった。

前回の大統領選挙(2019年)では、当選したSLPPのゴタバヤの得票数は692万票(52.25%)次点のサジットが556万票(41.99%)だったのに対して、AKDはわずか41万票(3.16%)しか獲得できなかった。そのため民間の世論調査ではAKDがリードしていると伝えられたものの、当選に必要な過半数を得るのは難しいのではないかというのが大方の見方であった。

しかし、AKDは予想を上回る票を獲得することになった。NPPは大統領選挙実施のかなり前から、草の根レベルの支持固めをするなど選挙の準備を整えていた。伝統的な二大政党がどちらも分裂を解消できないまま、各々が候補者を立て票が割れたことも影響した。

AKDは、1回目のカウントで563万票(42.31%)と過半数を取れなかったものの、サジット(436万票、32.76%)やラニル(229万票、17.27%)を大きく引き離した。そして2回目のカウントで過半数を得て4、大統領に当選した。スリランカの有権者が選んだのは、既存の政治の汚職や不正を失くすことを主張したNPPであった。

NPPAKDの来歴

新大統領AKDの率いるNPPは、人民解放戦線(JVP)を中心に21の労働組合や団体が2019年に創設した政党である。NPPは新しいが、母体となったJVPは新しい政党ではない。

JVPは1965年に、それまでの左翼政党に飽き足らない青年らによって設立された。1971年に反政府暴動を起こしたものの、すぐに鎮圧された。その後も活動を続け、1980年代後半には反インド、シンハラ民族主義を掲げて再び反政府暴動を起こす。政府の転覆を試み、数年にわたり警察や軍、治安部隊との間で激しい攻防があった。JVPの勢力が強い地域では、同党は「夜の政府」と呼ばれていた。後のスリランカ司法当局の発表によれば、JVPと治安当局の抗争による死者・行方不明者は数万人に達した。

しかし、政府軍や治安部隊によって1989年末に平定されてからわずか5年後、JVPは過激な左翼思想を路線変更し、国会を舞台として活動することになる。2004年の国会議員選挙では39議席を獲得し、連立政権に加わった。その後は議席は少ないながら野党として存在感を保っていた。

NPPのリーダーAKDは、中央州マータレー県の農村に生まれ、1987年ペラデニヤ大学在学中にJVPに参加した。1997年に党中央委員会委員に任じられ、2004年以降国会議員を務めている。議員としてはベテランに属する。2004年から1年ほどであるが農業・畜産大臣に就き、2014年から党リーダーを務めている。

2024年の大統領選挙でAKDは、独立以来続いた二大政党による政治が不正と汚職にまみれ、国を混乱状態にしたことを批判し、清廉で無駄のない国づくりを行うと宣言した。大統領選挙戦の終盤には、JVPの暴力的な過去を想起させるような発言や経験不足を指摘する声が対立候補からあった。しかし不正や汚職、前政権の失策によって深刻な経済危機を経験した国民にとって、二大政党に対する不信感は強く、汚職や不正から遠いJVPに対する期待感が強かった。2022年のアラガラヤが求めたシステム・チェンジが2年越しで実現したといえる。

AKDは就任演説で、自分は奇跡を起こす魔法使いではないと語り、問題解決に時間がかかることへの理解を求めた(Srinivasan 2024a)。その一方で、AKDは大胆な決定を迅速に下していく。就任からわずか2日後の9月24日には国会を解散し、11月14日に国会議員選挙を行うと発表した。同時に自身とNPP議員2人の3人からなる暫定内閣を組閣した。近年のスリランカでは政治的忠誠をつなぎとめるために多くの議員に大臣ポストをあてがう傾向にあったことから、暫定内閣とはいえ3人という数字は驚きをもって迎えられた。他党からの党籍替えを受け入れていたなら実現しなかった思い切った決断である。首相に学者で国際NGOでも経験を積んだ女性のハリニ・アマラスーリヤを起用したことも注目された。

総選挙でNPPが定数の3分の2を上回る圧勝

大統領の迅速な動きにライバル政党は、国会議員選挙の準備どころか大統領選敗北の分析・対応さえできていない状態であった。SJBUNPは国会議員選挙での協力や再統合により支持を増やすこともできたはずだが、どちらも実現しなかった。前与党SLPP党首のマヒンダは立候補さえ見送った。

有権者は政治的不安定をもたらしかねない大統領と国会のねじれを嫌う。くわえて、大統領選挙から間もなく、有権者とNPPのハネムーン期間に実施される選挙となったため、同党の勝利はほぼ確実とみられていた。NPPが有利との観測が広がるなか、ライバル政党はアルファベットの「L」が書かれた板をかざして対抗した(Lanka Leader, 12 November 2024)。Lボードは「運転練習中」の表示で、日本の「初心者マーク」にあたる。つまり旧来の勢力は、政治経験のない議員に国を任せる危険性をアピールしたのである。  

結果はNPPの大勝であった。NPPは、686万票(61.5%)を得て225議席中159議席を獲得した。第2党となったSJBは196万票(17.6%)で40議席、 対してSLPPの得票数はわずか35万票(3.1%)で、3議席に終わった。内戦の終結に貢献したことで国民から圧倒的な支持を得ていたマヒンダの神通力はもはや跡形もない。

NPPがタミル人の多い北部でも議席を獲得したことは注目に値する。同党は選挙運動中はシンハラ民族主義的な主張を控えていたものの、その母体であるJVPは、決してタミル人に寄り添う政党ではない。にもかかわらず、北部でNPPが議席を得たことは、タミル政党への不信感や変化に対する期待感の現れであろう(Balachandran 2024)。

女性議員が多く選出された点も目新しい。前回、前々回の国会では、女性議員の数はそれぞれ13人、12人だったが、今回の選挙では22人の女性議員が選出された。

新政権に対する懸念

過半数を大きく超え、憲法改正も可能な全議席の3分の2を上回る議席数を獲得したNPPではあるが、ライバル政党が指摘したように圧倒的に経験が不足している点が危惧される。AKDを含む数人が短い期間、大臣職についていたのみである。

もう一つの懸念事項は経済運営である。ラニルが道筋をつくり推進した経済復興を、NPPがどれほど継続するかに関心が集まっている。AKDは就任早々IMFとの協議を速やかに開始すると述べたことから(Srinivasan 2024b)、IMFの関与は継続するだろう。ただIMFから資金を得るためにはマクロ指標を改善させるだけでは足りず、各種の改革を実行しなければならない。改革については、国会で安定的な議席数を得たことから実現の難易度は下がった。国民も変化を求めている。しかし、NPPにはいくつかの労働組合が参加しており、すでに前政権が2024年に承認した電力公社改革法を改正すると宣言している(Business Standard, 5 November 2024)。

新大統領とNPPがスリランカを復興に導けるか否かは、国民の信任が得られているあいだに政権基盤を安定させ、長期的な経済戦略を実現できるかどうかにかかっている。

※この記事の内容および意見は執筆者個人に属し、日本貿易振興機構あるいはアジア経済研究所の公式意見を示すものではありません。
写真の出典
参考文献
著者プロフィール

荒井悦代(あらいえつよ) アジア経済研究所地域研究センター南アジア研究グループ長。著作に『内戦終結後のスリランカ政治──ラージャパクサからシリセーナへ』アジア経済研究所(2016年)、『内戦後のスリランカ経済──持続的発展のための諸条件』(編著)アジア経済研究所(2016年)『モルディブを知るための35章』(編著)明石書店(2021年)など。


  1. 2016年にSLFPから派生した政党。マヒンダ・ラージャパクサを党首とする。
  2. 2021年、ゴタバヤ大統領は突如として化学肥料の禁止を発表し、農業生産特にコメ生産に多大な影響を及ぼした。
  3. 任期途中で大統領職を辞したゴタバヤの本来の任期終了が後任大統領の任期終了となる。
  4. スリランカの大統領選挙では、候補者が4人以上の場合、有権者は当選させたい順に1、2、3の数字を記入する。1回目のカウントでは1が記入された票を数える。ここで過半数を得た候補があれば、その候補が当選者となる。1位の候補者が過半数に達しなかった場合、3位以下の候補者が得た票について2が記入された票を上位2位の候補者に配分する。2024年の大統領選挙では、初めて再カウントが行われた。
この著者の記事