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スリランカ連続爆破テロの背景

PDF版ダウンロードページ:http://hdl.handle.net/2344/00050906

2019年4月

(2,278字)

スリランカで痛ましい事件が起こってしまった。4月21日の日曜日、3つのキリスト教教会と3軒の高級ホテルを含む8カ所で爆弾テロが発生した。うち6件は首都コロンボで起こっている。

スリランカは1983年から2009年まで内戦状態にあり、その間、都市部では爆弾テロが頻発していた。長く非常事態宣言下にあり、街中のチェックポイントや銃を構えた兵士の姿は当たり前に見る光景だった。

しかし、内戦終結後は10年間にわたりテロは発生していなかった。平和が定着し、政府は観光ビザを期間限定で無料にするなど、観光業を振興しようとしていた矢先であった。さらに、今回のテロが従来のものと対象や規模が大きく異なり、近年のスリランカ社会の動向からは想像しがたいものだったため、非常な驚きと混乱を現地にもたらしている。

内戦中、政府軍と戦っていたタミル人の武装組織「タミルイーラム解放のトラ」(LTTE)はテロ攻撃を多用したが、その対象は政府の要人・政治家や軍、空港、駅、バスターミナルなどであった。宗教施設が狙われたケースとして、1990年のカッタンクディのモスク襲撃、1998年の仏歯寺襲撃があったものの、キリスト教徒は襲撃の対象ではなかった。

また、外国人も直接の対象になっていなかった。LTTEは、スリランカ政府との戦いに際して、西欧諸国の目を気にしており、外国人に被害が及ばないようにしていたとみられる。そのため、筆者も内戦中(1994-1996年および2008-2010年)にキャンディとコロンボで生活していたが、常に緊張を強いられていたわけではなかった。

規模でいえば、例えば1996年の中央銀行爆破事件では、死者は91人であった。駅やバスターミナルでのテロでは被害が拡大し、150人あまりが死亡することもあった。それに比しても、今回のテロは格段に規模が大きい。ほぼ同時に6カ所、捜査の過程で追加的に2カ所で爆発があり、死者は250人を超えた。近年アジア各地で発生したテロと比較しても被害は甚大である。

なぜこのような事件が、平和なはずのスリランカで発生してしまったのだろうか。政府は23日、海外の支援を受けた国内のイスラム過激派(NTJ)が実行主体であり、3月にニュージーランドで発生したモスク襲撃の報復であると発表した。

この発表は驚きをもって受け止められた。なぜなら、スリランカの社会構造や近年の宗教組織の動きと全く相いれないからだ。まず、イスラム教徒によるキリスト教会襲撃という点だ。内戦中は独立を求めるタミル人を中心とするLTTEとシンハラ人を中心とする政府が対立していたものの、対立の軸は宗教ではなかった。内戦後、過激な主張を振りかざす仏僧集団がモスクやイスラム教徒の営む商店、新興の小規模なキリスト教会などを襲撃する事件が報告されていた。最近では、2018年2月、3月に仏教徒とイスラム教徒の些細ないざこざから、放火などが引き起こされ、一時期非常事態宣言が発令されたこともあった。

シンハラ人は大半が仏教徒で、人口の7割を占める多数派であるが、かれらの間に、近年イスラム教徒の人口が増えているのではないか、中東からの支援がスリランカに入り込みムスリムとの所得格差が拡大しているのではないか、という危惧が広がっているといわれている。

また、新興キリスト教会も津波以降のスリランカを舞台に信者を増やしているといわれており、シンハラ人の中に不安感があるとされている。過激な仏教集団は、これらの不安感に乗じてムスリムや新興キリスト教会を襲撃することで自らの存在感を高めようとした。しかし、注意してほしい。今回襲撃の対象となった伝統的なカトリック教会とムスリムという対立の構造は近年報告されていないのだ。

そして次に犯行の主体となったとされるNTJだが、2018年12月にマーワネッラという町で仏像を破損する事件を起こしてメンバーが逮捕された。その時は、犯人が住民に取り押さえられ木に縛り付けられて、警察に引き渡されている。そんなグループがこれほど大規模なテロを引き起こすとは、にわかに信じがたい。

2019年1月にはこの事件に関連する捜査の過程で、プッタラムで爆薬100キロが発見された。過激な行動をとるムスリムグループと爆薬100キロが結びついた時点で、捜査を本格化しておけば事件は未然に防げたかもしれない。さらにスリランカの政局の混迷により、事前のテロ情報が適切に処理されていなかったという指摘もある。コロンボのマルコム・ランジット司祭は、イースターの特別礼拝を中止することもできたと述べている。

事件後、捜査当局は全力を挙げて事件の捜査に取り組んでいる。諸外国も支援の手を差し伸べている。大統領および首相には協力して事件の全容解明にあたってもらいたい。

写真:自爆テロの標的になったコロンボの聖アンソニー教会(2017年4月)

自爆テロの標的になったコロンボの聖アンソニー教会(2017年4月)
写真の出典
  • 自爆テロの標的になったコロンボの聖アンソニー教会(2017年4月1日):AntanO [CC BY-SA 4.0 (https://creativecommons.org/licenses/by-sa/4.0)]
著者プロフィール

荒井悦代(あらいえつよ) 。アジア経済研究所地域研究センター動向分析研究グループ長。著作に『内戦終結後のスリランカ政治――ラージャパクサからシリセーナへ』アジア経済研究所(2016年)、『内戦後のスリランカ経済――持続的発展のための諸条件』(編著)アジア経済研究所(2016年)など。

書籍:内戦終結後のスリランカ政治――ラージャパクサからシリセーナへ――

書籍:内戦後のスリランカ経済――持続的発展のための諸条件――