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ライブラリアン・コラム

アジア情報研修追記──中東の統計をめぐる二、三のこと

早矢仕 悠太

2026年4月

2025年度もアジア情報研修が実施された。この研修は、国立国会図書館関西館アジア情報課とアジア経済研究所(以下、アジ研)図書館が、アジア各地域の情報探索をテーマに10年以上にわたり共催してきたものである(過去の開催状況についてはこちら)。2025年度は共催以降初めて、西アジアを対象地域に据えた。西アジア、もとい中東1の公式情報、とりわけ社会や経済に関する基礎的なデータは日本語でたどろうにも、いまだ制約が多いことをテーマ設定の念頭に置いた。本稿は、講師を担当した筆者による、いわば研修のこぼれ話である。講義資料はすでにリサーチナビに掲載されている。

中東の統計は信用できないか

講義では、統計を参照する際の重要な論点として、その「信頼性」に触れた。中東諸国の統計には、これまでさまざまな立場から疑義や留保が示されてきたからである。

その背景としてしばしば指摘されるのが、政治体制と統計作成の関係である。中東の多くの国は権威主義体制に分類されるが(浜中 2006)、そのような体制のもとでは、社会の現状を統計によって把握し、その分析を土台として政策を組み立てるという、いわばボトムアップ型の政策形成が働きにくい、すなわち統計を整備し公開するインセンティブが相対的に弱い、と論じられることがある(AlSawahli 2021)。これは、中東政治に対して民主化を求める立場とも同調する。国際機関の指標には、中東の統計の「信頼性」をめぐるデータがある。世界銀行はかつて統計能力指数(SCI)を用いて、地域の統計作成能力を比較していた。2005年と2018年の2地点における比較では、中東・北アフリカ地域の指数だけ低下していることが指摘できよう(図1参照)。

図1: 中東・北アフリカ地域の経済発展と統計能力。

図1: 中東・北アフリカ地域の経済発展と統計能力。Arezki, Rabah; Lederman, Daniel; Abou Harb, Amani; El-Mallakh, Nelly; Fan, Rachel Yuting; Islam, Asif; Nguyen, Ha; Zouaidi, Marwane. 2020. Middle East and North Africa Economic Update, April 2020: How Transparency Can Help the Middle East and North Africa. © World Bank. p. 17, Figure 1. 8より。https://hdl.handle.net/10986/33475 License: CC BY 3.0 IGO.

しかし、このグラフから中東の統計能力を一様に低く判断することは早計である。世界銀行は2019年以降、SCIの後継指標として統計パフォーマンス指数(SPI)を各国ベースで公表している。中東諸国のあいだには、その水準にかなりのばらつきがある(図2参照)。トルコやサウジアラビアのような優等生の国もあれば、イエメンやシリアのように世界的に見ても下位にとどまる国もあるのが、中東「全体」の統計水準の現状である。つまり、権威主義体制という一点から、中東全体の統計を一括して論じることはできない。

図2: 中東各国のSPI全体値の各評価項目値(2024年時点)。

図2: 中東各国のSPI全体値の各評価項目値(2024年時点)。濃いブルーほど統計パフォーマンスは世界的な水準を上回り、オレンジほどそれを下回っている。

では、統計の信頼性はどうすれば確認できるのか。1つに、講義ではクロスレファレンスに触れた。各国統計局の数値に対して、国際機関や地域機関といった異なる主体が公表するデータをあわせて参照することである。たとえば教育統計であれば、ユネスコ統計研究所の数値と比較することが考えられる。もちろん、どの統計にも作成主体ごとの定義や集計方法があるため、完全に一致しないこともある。それでも、異なる出所の数字を突き合わせることで、数値の輪郭や偏りは見えやすくなる。

ここで強調しておきたいのは、万能な統計というものは存在しないということである。どの統計も、一定の枠組みによって切り取られた社会の一断面にすぎない。重要なのは、その数字が正しいか正しくないかを単純に判定することだけではなく、その数字がどのような制度、調査方法のもとで作られたのかを理解することである。統計の信頼性とは、数字そのものの性質だけでなく、それを支える行政能力や調査体制、さらには統計を必要とする政策上の姿勢まで含んだ問題だといってよい。

統計が伝えるメッセージ

各国統計局の統計は、国連など国際機関のデータにも吸い上げられる最新の基礎資料であると同時に、何を数えるかという点にその社会の関心や事情が表れやすい。講義で紹介できなかったパレスチナ中央統計局(PCBS)の特色ある統計は、まさにその好例であり、そこにはイスラエルとの関係を意識して作成された統計の一群がある。

例を2つ挙げよう。1つは、「第2次インティファーダの犠牲者数2」である。第2次インティファーダ3は2000年9月に始まったが、その終期については統一した見解がない4PCBSの統計では、この犠牲者数が2005年以後も継続して集計されてきた。ここには、停戦合意(2005年2月)にもかかわらず、イスラエルによる占領や暴力とそれに対するパレスチナの抵抗が現在でも続いている、という当局の認識が刻まれているといえよう。この統計は2022年で止まっているが、類似したソースで集計される「2023年10月7日以降のイスラエルによる占領攻撃の犠牲者数と被害状況」の統計がその性格を引き継いで、PCBS上のダッシュボードで、現在も更新されている5

PCBSが公開するイスラエルを意識した統計のもう1つの例は、「イスラエル入植者統計」である。空爆のような直接的な暴力に苦しむガザ地区とは少し異なり、ヨルダン川西岸地区では、組織的なイスラエル人の入植によるパレスチナ人の土地や生活の収奪が、歴史的にも現在でも問題となっている(ICJ 2024, 51-71)。この統計の特徴は、1994年のPCBS設立(自治政府は1993年)以前、すなわちイスラエルがヨルダン川西岸を占領していた1986年からの数値を扱っている点にある。これは統計値の出所が、イスラエルの統計年鑑の数値を主要ソースとしているために可能となっている。統計年鑑では、現在パレスチナ自治政府が統治しているヨルダン川西岸地域の居住人口が、イスラエルの地域別人口として集計されてきた。一方でPCBSでは、こうした数値が同地域へのイスラエル入植者として再集計されている。数値の転用は、自治政府の統計能力、ひいてはヨルダン川西岸における領域統治の限界を示唆しているが、同時にイスラエルが作成した数値に、PCBSが政治的関係を付与して再構成していることをここでは意味している。

統計とは、単に数を数える技術ではない。個々の数値それ自体は、一定の手続きにもとづいて集計されたものであっても、何を1つの統計項目として立て、どの範囲まで数え続けるのかという判断には、つねに社会的・政治的な意味がともなう。統計は、社会を把握し管理するための道具であると同時に、その国家や行政機関が何を重要な問題として可視化しようとしているのかを示す枠組みでもある。

統計が見る中東のこれから

12月にアジア情報研修を終え、ようやく後始末に取りかかったころ、中東情勢は再び大きく動いた。1月イランの全国規模の反政府デモだけでなく、2月末にはイランと米国・イスラエルの間で戦端が開かれ、湾岸諸国にも戦火が広がった。日本から見れば、それは突然起きた劇的な変化のように映るかもしれない。たしかに、ニュースの見出しを飾る出来事には、それ自体として大きな意味がある。しかしその一方で、中東の社会には、見出しにはなりにくいが、断続的に積み重なり、社会の行方を形づくっていく問題がある。統計はそれを部分的に映し出す。

暴力や紛争のニュースは、この地域のイメージを強く規定する。けれども、その大きな波の背後では、国家が何を把握しようとし、何を政策課題として位置づけ、そのためにどのような調査や集計を行っているのかという、もう1つの流れがある。統計を見ることは、単に過去に何が起こったかを確認することにとどまらない。社会がいま何を問題としており、これから何が起こりうるのかを考えるための、静かな手がかりを読むことでもある。今回の研修で伝えたかったことのうちの1つには、そうした統計の読み方があった。

※この記事の内容および意見は執筆者個人に属し、日本貿易振興機構あるいはアジア経済研究所の公式意見を示すものではありません。

参考文献

※特に言及のない限り、本稿で参照したウェブサイトの最終閲覧日は2026年4月14日である。

写真の出典
著者プロフィール

早矢仕悠太(はやしゆうた) アジア経済研究所学術情報センター図書館情報課。担当は中央アジアおよび中東・北アフリカ。最近の著作は以下のとおり。高橋理枝、早矢仕悠太「出版者と読者を繋ぐアリーナ:アラブの国際ブックフェア」『大学出版』、2025年、pp. 6-10。柳橋博之監修、小野仁美、狩野希望、早矢仕悠太、堀井聡江編著『イスラーム法研究入門』成文堂、2025年。第一東京弁護士会総合法律研究所現代中近東法研究部会著『エジプト民法典』第一書房、2023年(共訳と訳語表担当)。

  1. 研修で用いた「西アジア」という領域は、東はアフガニスタン、西はイスラエル、北はトルコ、南はイエメンの範囲にまたがる地域を念頭に置いた。中東として認識される地域から、アフリカ大陸の諸国を除いた範囲である。また、アフリカ大陸のうち北アフリカ諸国とあわせて、歴史的にイスラーム教徒が多数を占めることから、中東・北アフリカというより広い地域として言及されることもある。本稿では、重なる領域概念であることから、アジ研図書館で使用する地域区分の「中東」を以下では使用する。
  2. PCBSウェブサイトは2026年4月7日にリニューアルされた。そのせいか、一部のページにURLから正しく到達できない場合がある。正確な参照のために、ここでは旧サイトを示したが、新サイトにおいては以下のページの“Killed Palestinians (Martyrs) in Al-Aqsa Uprising (Intifada), by Year 2000- 2022”を参照されたい。https://www.pcbs.gov.ps/en/statistics/?selectedItemId=e98d9e0c-cc10-42de-8dee-c3e2857989bc
  3. 第2次インティファーダは、2000年9月に当時のイスラエル首相シャロン(Ariel Sharon, 1928-2014)が、ユダヤ教とイスラーム教の両者にとっての聖地であるエルサレムの神殿の丘を訪問し、同地がイスラエルの支配下にあることを表明したことに対する、パレスチナ人による蜂起である。蜂起に至る原因分析については、次に詳しい。Pressman, Jeremy. 2003. “The Second Intifada: Background and Causes of the Israeli-Palestinian Conflict.” Journal of Conflict Studies, 23(2), 114-141. https://journals.lib.unb.ca/index.php/JCS/article/view/220/378
  4. 第2次インティファーダの終期については、アラファト(Yāsir ‘Arafāt, 1929-2004)が死亡した2004年11月以降や、次期大統領であるアッバース(Maḥmūd ʿAbbās, 1935-)とシャロンの間の2005年2月の停戦合意とする者もいれば、後述するパレスチナ当局のように、イスラエルに対するインティファーダ(蜂起)はいまも続いているとする者もいる。第2次インティファーダの過程に焦点を当てた実質的な終期については、自爆テロに着目する研究がある。Matta, N., & Rojas, R. 2016. “The Second Intifada: A Dual Strategy Arena.” European Journal of Sociology, 57(1), 65-113. doi:10.1017/S0003975616000035; Schachter, Jonathan. 2010. “The End of the Second Intifada?” Strategic Assessment, 13(3), 63-70. https://www.inss.org.il/strategic_assessment/the-end-of-the-second-intifada/
  5. PCBS新サイトでは、2023年10月ガザ占領攻撃の統計ダッシュボードの扱いが変わった。第一にそれまで表示されていたトップページからは削除され、イスラエルに関する統計データのなかに収容された。さらに、統計に用いたソースの表示も削除されている。本稿ではリニューアルに際して、集計方法が大きく変わってはないと仮定した。https://www.pcbs.gov.ps/en/gaza-statistics/