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ライブラリアン・コラム

戦火から資料を守り歴史をつなぐ――パレスチナのデジタルアーカイブ

高橋 理枝

2024年10月

2023年10月7日にガザ地区を支配するハマースがイスラエルを奇襲攻撃したことに端を発した両者の戦闘は、1年を超えた。ガザで人々は未曽有の人道危機に直面し、図書館や文書館も壊滅的な打撃を受けている。文化施設の破壊で失われるのは、物理的な本や記録だけではない。人々の記憶や文化、歴史もともに失われていく。以下では、パレスチナのデジタルアーカイブを取り上げ、戦火で失われていく資料や記憶を救出する試みについて紹介したい。

ガザの図書館・文書館

しばしば「天井のない監獄」と表現されるガザは、イスラエルの封鎖や度重なる戦争により貧困率は65%(2022年6月時点、OHCA 2023)にのぼるとされる。しかしそれは文化的な営みの不在を意味するわけではない。パレスチナ文化省によると、2022年時点でガザには公共図書館が80、文化センターが76、出版社・書店が15あったとされる(Palestinian Ministry of Culture 2024)。

1999年にフランスのダンケルク市と世界銀行の協力で建てられ、1948年(イスラエル建国の年、ナクバ[大破局]の年)以前の出版物を含め数十万冊の資料を所蔵していたガザ市中央図書館(the Gaza Municipal Library、ガザ市のインフラ情報や地図などに加え150年以上前の歴史文書も収められていたガザ市中央文書館(Central Archivesが、市の記録と歴史を保管する中核的な組織である。歴史文書を保存していた施設としては、大ウマリー・モスク(Great Omari Mosqueが重要だ。このモスクには1277年に図書館が併設され、14世紀に遡る文書をはじめ、預言者ムハンマドの言行録、ガザの法廷文書、イスラム神学から医学、科学、文学まで幅広い分野の資料が収められていた。

図書館や書店は「包囲された状況で遠く離れた地域の異なる文化や生活について学」んだり「別世界にいるように感じ」たりすることができる特別な場でもあった(Kamal 2022)。ガザの文化活動で中核的な役割を果たしていたのが、1988年に建てられたラシャード・アッ=シャワー文化センター(Rashad al-Shawa Cultural Center2019年にセンターで開かれたブックフェアの動画を見る)で、数万冊の資料を所蔵するディヤーナー・タマーリー・サッバーグ図書館(Diana Tamari Sabbagh Libraryがあり、文化イベントや読書推進キャンペーンなどを行っていた。

写真1 ラシャード・アッ=シャワー文化センター(2020年以前)。

写真1 ラシャード・アッ=シャワー文化センター(2020年以前)。
壁の下方のプレートにはアラビア語で「ディヤーナー・タマーリー・サッバーグ図書館」と書いてある

イスラエルの封鎖により物資の輸入が困難なガザで、度重なる破壊を受けても、人々は挫けることなく図書館や書店を起ち上げてきた。例えばガザで最初の英語資料専門図書館を建てたムスアブ・アブー・トーハ(Mosab Abu Toha)氏は、2014年のイスラエルの攻撃で廃墟と化した大学構内を歩きながら図書館建設を思いつき、2017年にエドワード・サイード公共図書館(Edward Said Public Libraryを建設したという(Toha氏とその図書館に関する記事を見る)。またサミール・マンスール書店(Samir Mansour Bookstoreは、2021年のイスラエルの攻撃で破壊されたが、パレスチナ内外の活動家たちの協力で再建され2022年2月に再オープンした。

写真2 サミール・マンスール書店の再オープン。左手の旗には「灰の下から不死鳥のように蘇る。2022/2/17」と書かれている。

写真2 サミール・マンスール書店の再オープン。
左手の旗には「灰の下から不死鳥のように蘇る。2022/2/17」と書かれている。
ガザの図書館・文書館への戦争の影響

2023年10月に戦争が始まると、これらの施設は所蔵している資料もろとも完全に破壊されたり、深刻なダメージを受けたりすることとなった。『ワシントン・ポスト』紙は、中央図書館とラシャード・アッ=シャワー文化センターが瓦礫と化したことを報じ、一面の瓦礫の中に、崩れた本棚と書籍が散乱する館内の写真を掲載した(El Chamaa 2023)。大ウマリー・モスクや中央文書館も砲撃や火災により破壊されたと報じられている(Al Jazeera 2023 ; Malvisi 2024)。ガザの文化財の被害についての包括的な報告書は、パレスチナ文化省(Palestinian Ministry of Culture 2024、報告書を見る)や、パレスチナを支援する図書館員とアーキビスト(Librarians and Archivists with Palestine報告書に関する記事を見る1が出しているのでそちらを参照されたい2

パレスチナのデジタルアーカイブ

ガザの文化施設の破壊を止めることができないなかで、期待を集めたのはデジタルアーカイブだ。筆者が購読しているアメリカの中東ライブラリアン協会(Middle East Librarians Association)のメーリングリストでもパレスチナのデジタルアーカイブに関する投稿が相次いだ。以下では、特色あるデジタルアーカイブのいくつかを挙げてみよう。

(1)Manuscripts Collection of the Great Omari Mosque Library
フランス軍のパレスチナ遠征、第一次世界大戦、2014年のイスラエルの攻撃と、幾度にもわたる戦火で既に多くの資料が失われてきたこの大ウマリー・モスク図書館の資料については、大英図書館と米国のセント・ジョンズ大学ヒル博物館写本図書館(Saint John’s University, Hill Museum & Manuscript Library)が、2000年から写本の補修とデジタル化を進めてきた。デジタル化された資料211点はウェブ上で閲覧できる。原本が失われてしまった今、このデジタルアーカイブが資料を後世に伝える唯一のツールである。

写真3 デジタル化された1543年の歴史書

写真3 デジタル化された1543年の歴史書

(2)Palestinian Museum Digital Archive
ヨルダン川西岸のパレスチナ博物館(Palestinian Museum)をはじめとする様々な機関の協力により構築され、2021年に公開された。博物館のコレクションを含め、写真、芸術作品、音声記録、新聞、雑誌や地税の支払い証明書のような文書類も含む十数万点が収録されている。アラブ女性連盟や青年会議の議事メモ、個人の日記など、内容は多岐にわたっており、人々の息遣いが聞こえてきそうなコレクションである。

(3)Palestine Poster Project Archives
デザイン会社を経営するダン・ウォルシュ(Dan Walsh)氏が修論執筆のために作成し始めたアーカイブ。彼が1970年代から集めているポスターをデジタル化して収録しており、その数約2万点にのぼる。時代や主義主張、作成者、言語を問わず「パレスチナ」という語が表示されているもの、現イスラエルを含む歴史的パレスチナで発行されたもの、シオニズムあるいは反シオニズムに関するもの等、5つの要件を定めて収集している。例えば1948年のコレクションには、双方の戦闘への動員を促すようなポスターなどが収録されており、興味深い。

こうしたアーカイブは手持ちのパレスチナ資料や写真を投稿できるものも多く、記憶と歴史を守ろうとする強い姿勢が窺える。他にも、様々なアーカイブがあるので、ぜひアクセスしてみていただきたい3

  • Palestinian Oral History Archive ──レバノンのパレスチナ難民第一世代へのインタビュー録画などを収録。ベイルート・アメリカン大学(American University of Beirut)とナクバ・アーカイブ(Nakba Archive)が作成。
  • UNRWA Film and Photo Archive ──UNRWA(国連パレスチナ難民救済事業機関)のカメラマンが撮りためた写真や映像を公開。
  • Palestinian Stories ──1967年以前のパレスチナ人の個人や家族の手紙や写真を収録。

これらのデジタルアーカイブは、パレスチナの資料や記録のごく一部を収めているに過ぎない。システムの陳腐化やサーバ維持コストといったデジタルアーカイブ共通の課題に加えて、パレスチナにサーバがあるデジタルアーカイブは、戦闘による物理的な破壊やイスラエルによる様々な制約などにより、決して存続を見通せる状況にはない。それでも、瓦礫と化した図書館の何もかもが失われたわけではないことに救いを感じるのも事実だ。資料保存で大切なのは、媒体を変えてバックアップを作成し、離れた場所で保管することだ。サーバを域外に設置すれば、デジタルアーカイブは資料を後世に残す有力なツールとなるはずだ。

写真の出典
  • インデックス写真 Alaa El halaby, via Wikimedia Commons.CC BY-SA 4.0
  • 写真1 Raedwahid, via Wikimedia Commons.CC BY-SA 4.0
  • 写真2 Mustafa Alanzi, via Wikimedia Commons.Public domain) 
  • 写真3 British Library, EAP1285/1/11/1.CC BY-NC 4.0
参考文献

※特に言及のない限り、本コラムで参照したウェブサイトの最終閲覧日は2024年10月2日である。

著者プロフィール

高橋理枝(たかはしりえ) アジア経済研究所学術情報センター図書館情報課。担当は中東・北アフリカ、アフリカ。

  1. この報告書については、多くのメディアで取り上げられた。例えば下記。ArabLit Staff, ”A Talk About Israeli Damage to Archives, Libraries, and Museums in Gaza”, ArabLit Quarterly, 8 Feb. 2024.
  2. こうした事態に対し、国際図書館連盟(IFLA)はじめ、国際公文書館会議(ICA)、国際児童図書評議会(IBBYなどの国際機関、アメリカ図書館協会(ALAカナダ・アーキビスト協会(ACAイギリスのオーラルヒストリー協会、日本では図書館問題研究会(図問研)も声明を発表し、すべての当事者に対して、人命の尊重、人道支援と即時停戦、図書館など文化施設の保護などを求めてきた。国際機関や図問研の声明については「カレントアウェアネス」にリンクがまとまっている。
  3. アクセス不能だったため紹介しなかったが、The Birzeit University Digital Palestinian Archive説明を見る)は、ビルゼイト大学イブラヒーム・アブー・ルゴド研究所の所蔵資料を中心に構築され、1909年以降の新聞やポストカード、オスマントルコ時代の写本なども含んでいるとされる。Kanaan.psは、ガザで最初のデジタルアーカイブとしてアルジャジーラで報道されている(アルジャジーラの記事を見る)。