アジア経済研究所発展途上国研究奨励賞

第43回「アジア経済研究所発展途上国研究奨励賞」(2022年度)受賞作品

ジェトロ・アジア経済研究所は、1963年以来、発展途上諸国の経済などの諸問題に関する優秀図書、論文の表彰を行ってきました。1980年度に創設された「発展途上国研究奨励賞」は、発展途上国・新興国に関する社会科学およびその周辺分野における調査研究の優れた業績を評価し、この領域における研究水準の向上に資することを目的としています。

今回、選考の対象となった作品は、2020年10月~2021年9月の1年間に公刊された図書、論文など発展途上国・新興国の経済、社会などの諸問題を調査、分析したものです。大学や出版社等から推薦された57点の中から次の2点が受賞作品として選定されました。

第43回(2022年度)受賞作品

書籍:国家の「余白」メコンデルタ 生き残りの社会史

『国家の「余白」 メコンデルタ 生き残りの社会史』(京都大学学術出版会)

著者 下條 尚志 神戸大学大学院国際文化学研究科准教授

書籍:緑の工業化 台湾経済の歴史的起源

『緑の工業化 台湾経済の歴史的起源』(名古屋大学出版会)

著者 堀内義隆 三重大学人文学部准教授

表彰式は2022年7月1日に、オンラインで開催されました。

下條尚志氏 左は村山理事

  堀内義隆氏 左は村山理事

受賞の言葉(下條 尚志 氏)

この度は、長い歴史を持つアジア経済研究所発展途上国研究奨励賞を賜り、誠に光栄に存じます。選考委員会の先生方、本書を執筆するにあたり貴重な助言をして頂いた京都大学学術出版会の方々、これまで多様な形でご支援して頂いた先生方や関係者の皆様に、厚く御礼を申し上げます。

本書の舞台は、ベトナム南部メコンデルタです。なかでも、クメール人、華人、ベト人の民族的混淆が顕著に進んできたフータン社(行政村に相当)という地域社会において、長期の現地調査で得られた歴史語りと民族誌的資料に依拠し、議論を展開しました。この現地調査とともに、地誌や公文書、新聞なども活用し、20世紀以降のメコンデルタにおける人々の歴史経験と現在について検討しました。

植民地化と脱植民地化、その過程で生じた国際戦争、社会主義、市場経済化という歴史のうねりのなかで、生活の激変を迫られた人々は、どのように自身や家族らの生き残りを模索し、地域社会の秩序を再編してきたのか。この問いと向き合うなかで、ベトナム戦争期に仏教寺院が徴兵逃れの場となったり、社会主義改造下で闇市や非合法越境ルートが形成されたりするなど、国家の介入しにくい空間が、地域社会を取り巻く様々な場で、時代状況に応じて出現してゆく過程に着目しました。

20 世紀後半、ベトナムやその周辺諸国は、戦争や社会主義に起因する動乱に巻き込まれました。動乱のなかで顕在化した民族・宗教、移民・難民をめぐる問題は、現在のグローバリゼーションや新自由主義、民族紛争といった諸問題と連続性があると、私は考えています。20 世紀後半にベトナムに関わった諸国家は、戦争や社会主義という喫緊の問題に直面し、予測不能でとらえにくい人やモノ、情報の動きを何度も制御しようとしてきました。そして 21 世紀以降、人やモノ、情報の動きは、世界各地でますます加速化するようになりましたが、Covid-19のパンデミック下で、一瞬にして国家によって制御されるという事態を私たちは目の当たりにしました。こうした歴史のサイクルをいかに理解すべきなのか。今後も民族誌的な「小さな歴史」にこだわりながら、ナショナル、グローバルな「大きな歴史」も視野に入れ、より長期的なスパンのなかで今起こっている諸現象をとらえていきたいと考えています。

様々なディシプリンを専門とする研究者の方々に本書の議論が伝わったことは、著者として心より嬉しく存じます。あらためて、このような貴重な賞を賜りましたこと、関係者の方々に深く御礼を申し上げます。

受賞の言葉(堀内 義隆 氏)

このたびは、アジア経済研究所発展途上国研究奨励賞という伝統ある賞を賜り、大変光栄に存じます。選考委員ならびに関係者の皆さまに厚く御礼申し上げます。また、出版にあたりご尽力いただいた名古屋大学出版会の方々にも改めて御礼申し上げます。

本書では、農業植民地であるといわれてきた日本統治期の台湾社会において、植民地的状況への現地人による主体的な対応の結果として工業化の動きがあったことを歴史的に考察しました。

私が考える本書の新しさは、以下の三点です。 第一は、工業化を担う主体として、規模の小さな経営主体に注目し、台湾の工業化社会の形成過程の特徴を「小経営的工業化」として描き出したことです。通常は、工業化が進めば経営主体の規模は拡大してくると考えられますが、日本統治期の台湾では、そのような意味での大工業は、製糖業など一部の産業で成立しただけでした。しかし、当時の資料を見ていくと、家内工業の形態で輸出用の帽子を編んだり、収穫した米を籾摺・精米する零細規模の経営が大量に存在しています。台湾の工業化の特徴は、実はこうした中小零細規模の主体の方に強く現れていると考えました。

第二は、「農業社会のなかの工業化」という視点によって当該期の台湾の工業化を捉えたことです。一般的に農業社会であったとされる日本統治期の台湾において、工業化という経済発展のプロセスが始動していたことを理解するうえで、キーとなるのが農家経営のあり方です。宗主国日本は台湾を食糧供給基地と位置づけ、台湾の農家もそれに応えて米やサトウキビを増産しましたが、それと同時に農家が工業労働力の供給者でもありえたということ、そして、農産品加工を中心とする農村工業が発達したことが台湾に独特の工業化パターンを生み出したということを示しました。

第三は、工業化社会の成立という視角から台湾社会の変容・近代化を見たことです。台湾が新興工業国として台頭してくるよりも前、植民地時代の 1920 年代から戦時期・戦後の解放を経て 1960 年代に至る時期を工業化社会の形成期として把握しました。特に、1920 年代以降の島内市場の発展をいわゆる植民地的モノカルチャー構造を脱する契機であるとしました。なかでも、機械の普及に伴う関連市場の発展は重要です。こうした島内市場の発展は、現地の中小零細規模の経営主体が新たに生じたビジネスチャンスに参入してくることで生じた変化だといえます。

植民地的状況におかれた社会における工業化あるいは経済発展には相応の限界もあります。本書でも「植民地工業化」という概念を使うことで、台湾の工業化の従属的な側面を随所で指摘しました。現在の台湾は既に発展途上国ではありませんが、ほとんどの発展途上国にはかつて植民地であった過去があり、過去の植民地時代の研究も、極めて現代的な意味を持つと考えています。

最終選考対象作品

最終選考の対象となった作品は受賞作のほか、次の1点でした。

  • 『ベネズエラー溶解する民主主義、破綻する経済』(中央公論新社)
    著者:坂口 安紀(ジェトロ・アジア経済研究所地域研究センター主任調査研究員)

選考委員

委員長
倉沢 愛子氏(慶應義塾大学 名誉教授)

委員
上田 元 氏(一橋大学大学院社会学研究科 教授)
大塚 啓二郎(ジェトロ・アジア経済研究所新領域研究センター 上席主任調査研究員)
栗田 禎子 氏(千葉大学大学院人文科学研究院 教授)
竹中千春 氏(元・立教大学法学部 教授)
深尾 京司(ジェトロ・アジア経済研究所 所長)
藤田 幸一 氏(青山学院大学国際政治経済学部 教授)

担当部課
ジェトロ・アジア経済研究所 研究推進部 研究イベント課
TEL: 043-299-9536 FAX: 043-299-9726 E-mail: shourei E-mail