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発展途上国研究奨励賞

発展途上国研究奨励賞

第40回「発展途上国研究奨励賞」(2019年度)受賞作品

ジェトロ・アジア経済研究所は、1963年以来、発展途上諸国の経済などの諸問題に関する優秀図書、論文の表彰を行ってきました。1980年度に創設された「発展途上国研究奨励賞」は、発展途上国・新興国に関する社会科学およびその周辺分野における調査研究の優れた業績を評価し、この領域における研究水準の向上に資することを目的としています。

今回、選考の対象となった作品は、2017年10月~2018年9月の1年間に公刊された図書、論文など発展途上国・新興国の経済、社会などの諸問題を調査、分析したものです。大学や出版社等から推薦された29点の中から次の2点が受賞作品として選定されました。

表彰式は7月1日(月曜)に、ジェトロ・アジア経済研究所にて開催されました。

第40回(2019年度)受賞作品

書籍:サルゴフリー 店は誰のものか:イランの商慣行と法の近代化

『サルゴフリー 店は誰のものか:イランの商慣行と法の近代化』 (平凡社)

著者 岩﨑 葉子 日本貿易振興機構アジア経済研究所 開発研究センター 企業・産業 研究グループ長(著者の所属・肩書は出版当時)

書籍:エ・クウォス――南スーダン・ヌエル社会における予言と受難の民族誌

エ・クウォス――南スーダン・ヌエル社会における予言と受難の民族誌』(九州大学出版会)

著者 橋本 栄莉 高千穂大学 人間科学部 助教(著者の所属・肩書は出版当時)

受賞の言葉(岩﨑 葉子)

このたびは第40回発展途上国研究奨励賞を賜りたいへん光栄に存じます。選考委員の先生方ならびに関係者の皆様に、心より御礼申し上げます。

本書は、イランで「サルゴフリー」とよばれている店舗の用益権の売買制度を扱ったものです。通常の「賃貸」や「所有権売買」の選択肢もありながら、一見すると店子にきわめて有利な「サルゴフリー方式賃貸借契約」が、なぜかくも広範な店舗で採用されているのか、という疑問からこの研究は出発しました。

本書では、店子・地主双方の資産管理上のメリットを分析する経済学的アプローチ、契約を律する関連法制度や制度設計の特徴を検討する法学的アプローチ、過去のサルゴフリー売買慣行を探る歴史学的アプローチによって、この謎を解き、およそ100年間にわたる制度の歴史的形成・発展のプロセスを明らかにしました。

本書の内容は、おおまかな括りでいえば経済史に分類されるものかと思いますが、方法論上いくつかの特徴を持っています。

第1は、利用できる数量的データがきわめて限られているため、フィールド・ワークによって収集した質的データを分析の基礎に置いている点です。経済制度を扱ううえで数量的データが絶対的に不足していることは、深刻な障害といわざるを得ません。これをいかに補い、論証の精度を損なわないよう工夫するかが大きな課題であり、もっとも腐心した点であったように思います。  

第2は、サルゴフリーの制度をめぐる法的な枠組みの変遷を論証のもうひとつの軸に置いている点です。したがって本書は法制史としての側面ももつことになりました。

事物相互のインタラクションに光を当てるために、さまざまな方法論の力を借りて、いわば複眼的に研究対象をとらえようとした本書のアプローチは、諸領域に細分化した今日の学問研究のあり方に照らせば、いささか冒険的に過ぎるかもしれません。もとより筆者の力量不足もあり、こうした試みが本書の叙述において十分に奏功したとも思われません。しかし今回の受賞は、研究対象へのより総合的な接近法を模索していこうとする筆者の背中を力強く押してくれるものとなりました。これを励みとして、今後もささやかな挑戦を続けていく所存です。

略歴

1966年東京都生まれ。東京外国語大学ペルシア語学科卒業、同学にて修士号取得後、1991年アジア経済研究所に入所。2009年一橋大学大学院経済学研究科修了。博士(経済学)。

主要著作
  • 『テヘラン商売往来――イラン商人の世界』アジア経済研究所、2004年。
  • 『「個人主義」大国イラン――群れない社会の社交的なひとびと』平凡社、2015年。
  • Industrial Organization in Iran : The Weakly Organized System of the Iranian Apparel Industry. Springer, 2017.

受賞の言葉(橋本 栄莉 氏)

このたびは、第40回発展途上国研究奨励賞という大変栄誉ある賞をいただきまして誠に ありがとうございます。受賞作品である拙著『エ・クウォス』の出版に携わってくださった数多くの皆様と、賞の選定にかかわってくださった皆様に心より御礼申し上げます。

本書は、南スーダンのナイル系農牧民ヌエル社会を対象に、2008年から2013年にかけて行った現地調査によって得た資料に基づいて執筆されました。南スーダンといえば、日本では国家の独立や自衛隊の派遣、内戦、開発のイメージとともに語られます。しかし、南スーダンに暮らす人々が、一体どのようにこうした出来事を経験し、過去や未来、そして希望について語っているのかという側面はなかなか伝わってきません。本書は、南スーダンに暮らす人々の経験のあり方を、ヌエルというひとつの民族集団のなかで100年以上かけて発展してきた予言者信仰という観点から読み解こうとしたものです。

ヌエルの予言者とは、ヌエル語で神や精霊を意味するクウォスに憑依された人物です。20 世紀初頭に存在していたヌエルの予言者ングンデンによる予言は、南スーダンの軍事政治情勢と緊密にかかわってきました。本書の目的は、ヌエルの予言者が歴史的に生成されてきた過程を明らかにするとともに、100年以上前より伝わる予言が、どのように現在の人々の経験を編成しているのかを描き出すことです。

ングンデンの予言は時として、人々を紛争へと動員するために利用されたり、平和構築の手段として引用されたりしてきました。しかし、予言を語るヌエルの人々は、けっして外部の社会から切り離されたヌエルの「伝統」のなかに生きる人々ではありません。むしろ本書が明らかにしたのは、ヌエルの予言をめぐる信仰が、イギリスによるスーダン地域の植民地支配から二度の内戦、キリスト教の普及、そして近代的な通信技術など、社会が経験してきた歴史的変化とともに発達してきた側面でした。

そして、国家の独立と紛争という激動の時代を迎えた南スーダンで、人々は予言を信じたり、一転して疑ったりしながら、自身の経験を見つめ直していました。この状況のなかで、多くの人々に予言のもっともらしさを確信させたのが、「予言が成就した」という意味合いで用いられる「エ・クウォス」――直訳すると「それはクウォスである」の意――と表現される数々の出来事でした。

本書の出版後、私は国外へと逃れたヌエル人難民を対象に調査を継続しています。ここでも神話的過去が、人々の紐帯を創造し、難民としての経験と関わりあっていることが観察されています。今後も、クウォスの力と人々の経験とがどう関わりあっているのかを探求していきたいと思います。

略歴

1985年 新潟県生まれ
2008年 東京学芸大学卒業
一橋大学大学院社会学研究科より博士(社会学)取得(2015年)
高千穂大学人間科学部助教(2017~18年)、高千穂大学人間科学部准教授(2018~19年)を経て
2019年4月より 立教大学文学部准教授

主要著作
  • 「難民の実践にみる境界と付き合う方法」『質的心理学研究』第18号、2019年。
  • Prophecy and Experience: Dynamics of Nuer Religious Thought in Post-independence South Sudan. Nilo-Ethiopian Studies (22). 2017.

最終選考対象作品

最終選考の対象となった作品は受賞作品のほか、次の1点でした。

  • 『「移動社会」のなかのイスラーム-モロッコのベルベル系商業民の生活と信仰をめぐる人類学』(昭和堂)
    著者:齋藤 剛 神戸大学大学院 国際文化学研究科 准教授 (著者の所属・肩書は出版当時)

選考委員

委員長
田中 明彦 氏(政策研究大学院大学学長)

委員
上田 元 氏(一橋大学大学院社会学研究科教授)
大塚 啓二郎 氏(日本学士院会員)
栗田 禎子 氏(千葉大学文学部教授)
藤田 幸一 氏(京都大学東南アジア地域研究研究所教授)
深尾 京司(ジェトロ・アジア経済研究所長)