発展途上国研究奨励賞

第32回「発展途上国研究奨励賞」(2011年度)受賞作品

アジア経済研究所は、1963年以来、発展途上諸国の経済などの諸問題に関する優秀図書、論文の表彰を行ってきました。1980年度に創設された「発展途上国研究奨励賞」は、発展途上国に関する社会科学およびその周辺分野における調査研究の優れた業績を評価し、この領域における研究水準の向上に資することを目的としています。

今回、選考の対象となったのは、2010年1月~12月までの1年間に公刊された図書、論文など開発途上国の経済、社会などの諸問題を調査、分析したものです。各方面から推薦のあった42点のなかから、6月1日(水曜)の選考委員会で受賞作品が決まりました。

田辺明生氏、右は研究所林理事
左より鈴木拓氏、岩﨑一郎氏
   



表彰式は7月1日(金曜)に、ジェトロ本部で行われました。

第32回(2011年度)受賞作品
『カーストと平等性 —インド社会の歴史人類学』 (東京大学出版会)

カーストと平等性—インド社会の歴史人類学
田辺明生(京都大学大学院アジア・アフリカ地域研究研究科教授)著
出版:東京大学出版会2010年02月発行/ISBN978-4-13-056106-8 C3036/12,000円+税

『比較経済分析 —市場経済化と国家の役割』 (ミネルヴァ書房)

比較経済分析 —市場経済化と国家の役割
岩﨑 一郎(一橋大学経済研究所教授)、鈴木 拓(帝京大学経済学部経済学科専任講師) 著
出版:ミネルヴァ書房2010年04月発行/ISBN 9784623054756/6,000円+税

受賞の言葉(田辺明生氏)

このたびは発展途上国奨励賞という栄えある賞をいただきまして、ほんとうにありがとうございます。

本書では、史料分析と臨地調査を組み合わせることにより、過去と現在を往復しながら、18世紀から2009年現在までのインド社会のダイナミズムを理解することを試みました。特に注目したのは、カースト間関係の歴史的変容、そしてそこにおける人々の行為主体性(エ ージェンシー)のはたらきでした。 

本書の主張のひとつは、現在のオリッサ地域社会では、ヒエラルヒーと権力のヘゲモニー構造を乗り越え、生活世界のなかに維持されてきた〈存在の平等性〉という価値を媒介として、在地の供犠的倫理とデモクラシーとを接合しようとする〈ヴァナキュラー・デモクラシー〉への動きがみられるのではないかということです。

ここでいうヴァナキュラー・デモクラシーとは、デモクラシーの価値と実践が、地域の生活世界という文脈に根付き、民衆にとって意味ある言葉で語られ実践されるような、在地に根ざしたデモクラシーのありかたをさしています。多元的社会集団が公正な参加と権利を主張する、現在のインド政治の活況は、こうしたヴァナキュラー・デモクラシーの成立によって可能になっている部分があるのではないかと、私は考えています。

民主化と経済発展の地域的なかたちに注目していくことは、グローバル化の将来を展望する上でも重要かと思います。今回の受賞を励みに、世界の歴史性をみる広い視野と、人間の日常性をみるミクロな視点を両方大事にしながら、なお一層精進してまいりたいと存じます。

<田辺明生氏 略歴>
1964年 岡山県生まれ
1983年 United World College of the Atlantic 卒業
1988年 東京大学法学部卒業
1993年 東京大学大学院総合文化研究科博士課程中退
1993年 東京外国語大学アジア・アフリカ言語文化研究所助手
1998年 京都大学大学院アジア・アフリカ地域研究研究科助教授
2004年 京都大学人文科学研究所助教授
2009年 京都大学大学院アジア・アフリカ地域研究研究科教授 
2010年 同研究科附属現代インド研究センター長(併任)

<主要著作>
田中雅一・田辺明生編『南アジア社会を学ぶ人のために』世界思想社 2010年。
杉原薫・川井秀一・河野泰之・田辺明生編『地球圏・生命圏・人間圏—持続的生存基盤とは何か—』京都大学学術出版会 2010年。
The State in India: Past and Present (co-edited with M.Kimura). New Delhi: Oxford University Press, 2006.
Dislocating Nation-States: Globalization in Asia and Africa (co-edited with P.N. Abinales and N. Ishikawa). Kyoto University Press, 2005.
Gender and Modernity: Perspectives from Asia and the Pacific (co-edited with Y. Hayami and Y. Tokita-Tanabe). Kyoto University Press, 2003.
受賞の言葉(岩﨑一郎氏・鈴木拓氏)

第32回発展途上国研究奨励賞受賞の報に接し、喜びもひとしおですが、それが、多様な地域、国、経済の比較研究を専らとするアジア経済研究所の学術賞であることに、私達はとても感慨深い気持ちでおります。何故なら、本作『比較経済分析』には、海外比較研究の面白さと有益性を喧伝しようという二人の意図が、強く込められているからです。

本書では、市場経済を標榜した体制転換プロセスにおける国家/ 政府の役割を、市場化政策の立案や実施に止めず、法の支配や民主主義の確立にまで拡張した上で、それが、中国を含む旧社会主義諸国の経済成長、外国直接投資の誘致及び汚職の防止に果たす効果を、実証的に検証しています。総じて我々の分析結果は、地域や国の違いを超えて、政策推進の首尾一貫性や不屈さは、約束された成果に結実することを強く示唆しています。これは、一部の独裁専制的な旧ソ連諸国や、近い将来同じ道を歩むことになるかもしれない北朝鮮にとっても、重大な教訓となるでしょう。

移行経済に研究範囲を絞っても、国家と経済の関係解明には、まだまだ多くの未開拓領域があります。本作のあとがきにも記しましたが、岩﨑は、両者の媒介項としての制度や組織に注目しながら、この問題を更に掘り下げていきたいと考えています。鈴木は、現代経済学における国家論の意義と全容の理解に向けて、研究活動を続ける所存です。今次発展途上国研究奨励賞の受賞は、そのような志を持つ私達の背中を強く押してくれるものとなりました。深く感謝申し上げます。

<岩﨑一郎氏 略歴>
1966年 愛知県生まれ
2000年 一橋大学大学院経済学研究科博士課程単位取得(2001年経済学博士号取得)
2002年 一橋大学経済研究所講師
2004年 同助教授(後准教授)
2009年 同教授

<主要著作>
(単著)『中央アジア体制移行経済の制度分析』東京大学出版会 2004年。
(共編著) Organization and Development of Russian Business: A Firm-Level Analysis . Basingstoke: Palgrave Macmillan, 2009.

<鈴木 拓氏 略歴>
1973年 東京都生まれ
2007年 一橋大学大学院経済学研究科博士課程単位取得(2008年経済学博士号取得)
2008年 一橋大学大学院経済学研究科特任講師
2010年 帝京大学経済学部専任講師

<主要著作>
(単著)「体制移行経済諸国の経済成長における国家の役割」『アジア経済』第49巻第5号2008年。
(共著)“ Transition Strategy, Corporate Exploitation, and State Capture: An Empirical Analysis of the Former Soviet States.” Communist and Post-Communist Studies 40⑷, 2007.
最終選考対象作品

選考委員会で最終選考の対象となった作品は授賞作のほか、次の2作品でした。

  • 増原綾子著『スハルト体制のインドネシア——個人支配の変容と1998年政変——』(東京大学出版会)
  • 袁 堂軍著『中国の経済発展と資源配分 1860-2004』(東京大学出版会)
選考委員

委員長
小島麗逸(大東文化大学名誉教授)

委 員
酒井啓子(東京外国語大学大学院総合国際学研究科教授)
豊田利久(広島修道大学経済科学部教授)
西島章次(神戸大学経済経営研究所教授)
広瀬崇子(専修大学法学部教授)
白石 隆(ジェトロ・アジア経済研究所所長)