アジア経済研究所
発展途上国研究
奨励賞

アジア経済研究所発展途上国研究奨励賞

第44回「アジア経済研究所発展途上国研究奨励賞」(2023年度)受賞作品

ジェトロ・アジア経済研究所は、1963年以来、発展途上諸国の経済などの諸問題に関する優秀図書、論文の表彰を行ってきました。1980年度に創設された「発展途上国研究奨励賞」は、発展途上国・新興国に関する社会科学およびその周辺分野における調査研究の優れた業績を評価し、この領域における研究水準の向上に資することを目的としています。

今回、選考の対象となった作品は、2021年10月~2022年9月の1年間に公刊された図書で発展途上国・新興国の経済、社会などの諸問題を調査、分析したものです。大学や出版社等から推薦された49点の中から次の2点が受賞作品として選定されました。

第44回(2023年度)受賞作品

書籍:The Dictator’s Dilemma at the Ballot Box:Electoral Manipulation, Economic Maneuvering, and Political Order in Autocracies

The Dictator's Dilemma at the Ballot Box:
Electoral Manipulation, Economic Maneuvering, and Political Order in Autocracies
University of Michigan Press

著者 東島 雅昌 東京大学 社会科学研究所 比較現代政治部門 准教授

書籍:奴隷貿易をこえて-西アフリカ・インド綿布・世界経済

奴隷貿易をこえて-西アフリカ・インド綿布・世界経済』(名古屋大学出版会)

著者 小林 和夫 早稲田大学政治経済学術院 准教授

表彰式は7月5日(水曜)に、オンラインで開催されました。

(講演中の東島 雅昌氏)

(講演中の東島 雅昌氏)

(講演中の小林 和夫氏)

 (講演中の小林 和夫氏)

受賞の言葉(東島 雅昌 氏)

この度は,第44 回アジア経済研究所発展途上国研究奨励賞をいただき,大変光栄に存じます。選考委員の先生方,そして本書の出版でお世話になった皆様に御礼申し上げます。

本書のきっかけは,2008 年末に中央アジアを訪れて現地調査をはじめたことです。ソヴィエト連邦の解体で生まれたカザフスタンとキルギス共和国は,双子のようでした。ソ連構成共和国であった歴史,90 年代の経済破綻と急進的経済改革,ロシア系住民など多民族社会,類似した政治制度,強力なクライアンテリズムなどの点で似ていました。

しかし,両国はその命運を大きく分かちます。カザフスタンでは,選挙操作が少なくなる一方,キルギス共和国では選挙操作が著しくなりました。さらに,ナザルバエフ大統領は選挙実施のたびに自らの体制を強固にしましたが,アカエフ大統領は選挙で求心力を削がれ,やがて2005 年「チューリップ革命」で瓦解します。独裁制の代名詞といえる不正への依存が少なくなるカザフスタンで体制が安定化し,その逆のキルギス共和国で体制が崩壊したのは,一体なぜか。この謎から出発しました。

独裁者も抑圧や暴力など強制的手段のみに頼ることはできません。抑圧を恐れて人々が体制批判をしなくなると,内政の課題がわかりにくくなります。対して,選挙が公正だと,圧勝することは難しい。本書では,この「選挙のジレンマ」を緩和する方法として,独裁者の大規模なバラマキ政策に着目しています。経済的果実を分配して大衆支持を引き出せば,不正や選挙制度の操作に訴えず選挙で圧勝できます。逆に,このジレンマへの対処を見誤ると,クーデタや野党の選挙勝利,抗議運動をつうじ選挙は独裁者を苦境に陥れます。

ナザルバエフ体制は,2000 年代はじめから天然資源の輸出で国庫が潤います。この財政資源を選挙前のバラマキに投入して,選挙操作の水準を低減させつつ選挙に大勝し,体制の盤石性を示しました。対照的に,アカエフ体制は,資源に乏しいため選挙不正の水準を徐々に高めました。選挙結果の改ざんは抗議運動を引き起こし,体制は瓦解しました。この傾向は,世界の独裁制を含む統計分析でも支持されました。すなわち,天然資源を有し政党組織などを駆使して効率的に経済分配を施す独裁制ほど,露骨な選挙不正を慎み,与党の議席を増幅させる選挙制度を採用していました。さらに,経済分配と選挙操作のバランスをとり損なうと,クーデタや抗議運動の勃発が独裁体制を危機に晒す傾向も見いだされました。

フィールドの知見をいかにして他の独裁制と比較可能なかたちで位置づけ,叙述できるか。多国間統計分析の知見は中央アジアの現状を分析する上でどのように役立つのか。この葛藤に苦しみつつ,それでも一般性と特殊性の間の絶えざる往復運動が,比較政治研究を発展させると信じ,研究を進めてきました。今後もこのジレンマを抱きつつ研究を続けると思いますが,今回伝統ある賞をいただくことができ,大きな励みとなりました。

<東島 雅昌氏略歴>

1982 年沖縄生まれ,福岡育ち。早稲田大学政治経済学部卒業。ミシガン州立大学政治学部にて Ph.D.( Political Science)取得。
2023 年より東京大学社会科学研究所准教授,現在に至る。

<主要著作>

『民主主義を装う権威主義―世界化する選挙独裁とその論理―』千倉書房,2023 年(単著)。
“Economic Institutions and Autocratic Breakdown.” Journal of Politics 81-2: 601-615(共著).

受賞の言葉(小林 和夫 氏)

このたびは,歴史のある第44 回アジア経済研究所発展途上国研究奨励賞をいただき,本当にありがとうございます。審査委員の皆さまをはじめ,学部・大学院の恩師たち,同僚,友人諸氏,両親と妻と息子,そして,本書を世に出す機会を与えてくださった名古屋大学出版会の編集者・三木信吾さん,校正でお世話になった井原睦朗さん,魅力的な装丁を作って下さった耳塚有里さんに心より御礼申し上げます。

本書は,18 世紀から19 世紀半ばの西アフリカの消費者の需要が,大西洋奴隷貿易とそれに続く換金作物貿易,西ヨーロッパの工業化,それから近代世界経済の形成(工業国と一次産品生産地との間での分業構造の確立)とどのように結びつき,影響をおよぼしたのかを論じたものです。

その背景としては,今世紀に入ってからのアフリカ経済の成長やグローバル・ヒストリーと呼ばれる歴史研究の潮流のなかで,アフリカ経済史研究が「ルネサンス」と形容されるほど活性化したことがあげられます。そこでは,アフリカ大陸の人びとのエージェンシー(行為主体性)を他地域との関連のなかで再評価しながら,アフリカ諸地域の経済を長期的視点のなかに位置づけることが大きな話題になっています。

本書の目的は,これまでの研究でしばしば「周辺」とみなされた西アフリカの人びとをアクターとして取り上げることで,かつてわが国でも流行した従属理論や世界システム論とは異なる,新しい世界経済史像を描きだすことです。

具体的には,貿易統計を用いて,18 世紀の大西洋奴隷貿易を軸とした大西洋経済の発展や,19 世紀の西ヨーロッパの工業化と西アフリカの換金作物貿易の成長などにおいて,西アフリカの人びとのインド綿布に対する需要の意義を論じました。それを通じて,18 世紀であれば,いわゆる「三角貿易」という,ヨーロッパ・アフリカ・南北アメリカ大陸とカリブ海域から成立する枠組みの問題点を明らかにし,それに代わる枠組みとして,南アジアを加えた「傘モデル」を提示しました。

また,西アフリカの人びとのインド綿布に対する需要が,ヨーロッパ人の対外貿易や南アジアにおける綿布生産におよぼした影響を明らかにするために,本書では,イギリスやインド,セネガル,フランス,ガンビアといった国々の文書館や研究機関で収集した史料や文献を用いて,西アフリカの消費者に加えて,南アジアの織工や西ヨーロッパの商人の活動を具体的に論じることも試みました。

これらを通じて,様々なアクターの利害関係が交錯しながら,近代世界経済が多元的に興隆した過程を示そうとしました。今回の受賞を励みに,ローカルな局面の動きとグローバルな現象の相互作用を重視する視点を大事にしながら,今後は,本書で取り上げられなかった時代も射程に含め,より一層研究に精進してまいりたいと存じます。

<小林 和夫氏略歴>

1985 年 埼玉県生まれ
2016 年 ロンドン・スクール・オブ・エコノミクスにてPh.D.(Economic History)取得
2019 年より早稲田大学政治経済学術院准教授

<主要著作>

Indian Cotton Textiles in West Africa: African Agency, Consumer Demand and the Making
of the Global Economy, 1750-1850 (Cham: Palgrave Macmillan, 2019)(単著).
前川一郎編『歴史学入門―だれにでもひらかれた14 講―』昭和堂,2023 年(共著)。

最終選考対象作品

最終選考の対象となった作品は受賞作のほか、次の1点でした。

  • 『現代アラブ君主制の支配ネットワークと資源分配-非産油国ヨルダンの模索』(ナカニシヤ出版)
    著者:渡邊 駿(一般財団法人日本エネルギー経済研究所 中東研究センター 主任研究員、京都大学 大学院アジア・アフリカ地域研究研究科 特任助教)

選考委員

委員長
倉沢 愛子 氏(慶應義塾大学 名誉教授)

委員
上田 元 氏(一橋大学大学院社会学研究科 教授)
栗田 禎子 氏(千葉大学大学院人文科学研究院 教授)
竹中 千春 氏(元・立教大学法学部 教授)
深尾 京司(ジェトロ・アジア経済研究所 所長)
藤田 幸一 氏(青山学院大学国際政治経済学部 教授)

担当部課
ジェトロ・アジア経済研究所 研究推進部 研究事業開発課
TEL: 043-299-9667 FAX: 043-299-9731 E-mail: shourei E-mail