発展途上国研究奨励賞

第27回「発展途上国研究奨励賞」(2006年度)受賞作品

アジア経済研究所は、1963年以来、発展途上諸国の経済などの諸問題に関する優秀図書、論文の表彰を行ってきました。1980年度に創設された「発展途上国研究奨励賞」は、発展途上国に関する社会科学およびその周辺分野における調査研究の優れた業績を評価し、この領域における研究水準の向上に資することを目的としています。 今回、選考の対象となったのは、2005年1月~12月までの1年間に公刊された図書、論文など発展途上国の経済、社会などの諸問題を調査、分析したものです。各方面から推薦のあった57点の内から、6月7日(水)の選考委員会で次の作品に授賞が決定しました。   表彰式は7月5日(水)に当研究所で行われました。

第27回(2006年度)受賞作品
『複雑適応系における熱帯林の再生-違法伐採から持続可能な林業へ』

『複雑適応系における熱帯林の再生-違法伐採から持続可能な林業へ』
関良基(地球環境戦略研究機関(IGSE)・客員研究員)著
出版:御茶の水書房 2005年11月発行/ISBN4‐275‐00398‐5/5,985円

受賞の言葉(関 良基氏)

私が研究を始めた当時、熱帯林の未来は限りなく暗いように思えました。東南アジアの熱帯林消失に関するポピュラーな学説は、商業伐採活動とともに伐採道路が敷設され、開拓入植者たちが流入して伐採跡地はとめどなく破壊されていくというものでした。私自身も、調査を始めた当初はこうした悲観的な見方をしていたものです。

しかし、ルソン島のシエラマドレ山脈の伐採跡地で開拓民たちと生活を共にしながら調査を続けるうちに、破壊から再生への転換が可能であると教えられたのです。イサベラ州の北部シエラマドレ山麓での調査期間中、違法伐採者たちが、人工林育成林業という持続可能な生業活動への転換を、自ら選択していく様子を目の当たりにしたのです。

この転換プロセスにアプローチするため、私は複雑適応系のシステム理論を用いました。持続可能な生業構造の生成過程は、臨界状態に陥ったシステムにおいて、逸脱が正のフィードバックを受けて増幅し、新しい秩序を生み出すという複雑系であることに気付いたからです。調査地での構造生成は、天然資源の残存状況、木材価格、林野保有権の協同組合への付与、政府の違法伐採規制、技術伝播など、複数の要素の相互作用の結果でした。ここで個別の要素に焦点を当てる還元主義的な分析を行なえば、フィールドの現実を正しく記述できないでしょう。そこで私は、自然環境・市場・制度・人口圧といった外的諸要素の変化に対し、地域住民は生業・組織・規範・技術といった文化的内的要素を変革させながら適応していくという、複雑適応系アプローチを試みたのです。この異端のアプローチを評価して下さった審査員の先生方に心より感謝を申し上げます。私は現在、中国の植林現場で研究を実施中です。本書のアプローチの有効性を別のフィールドでも示すことで期待に応えていく所存です。

関 良基氏 略歴

1969年生まれ
1994年 京都大学農学部卒業
2000年 京都大学大学院農学研究科博士課程修了[2002年に京都大学博士(農学)]
2000年 早稲田大学アジア太平洋研究センター助手
2003年 同大学現代中国総合研究所リサーチアシスタント
2004年 (財)地球環境戦略研究機関客員研究員(現在に至る)
2005年 同志社大学社会的共通資本研究センター客員フェロー(現在に至る)

主要著作

(共著)「森林の国家管理から住民管理へ」『フィリピンの環境とコミュニティ —砂糖生産と伐採の現場から—』明石書店、2000年、12-43ページ。
(分担執筆)「東南アジア熱帯における造林戦略 -農家造林と政府造林のどちらが有効か?-」『東南アジアの環境変化』法政大学出版、2002年、139-159ページ。
(分担執筆)“Forest Policy and People’s Survival Strategy in the Postlogging Community in the Sierra Madre,” In Communities at the Margines, Ateneo de Manila University Press, 2004, pp.126-162.
(分担執筆)「中国の退耕還林と貧困地域住民」『破壊から再生へ アジアの森から』日本経済評論社、2003年、149-209ページ。 
(分担執筆)「『生態移民』に頼らない森の再生」『中国の環境政策・生態移民』昭和堂、2005年、97-124ページ。
(単著)『複雑適応系における熱帯林の再生 —違法伐採から持続可能な林業へ—』御茶の水書房、2005年。

主要論文

(単著)“Internal Constraints on Community-Based Forest Management in a Post-Logging, Upland Community,” Philippine Quarterly of Culture and Society, vol. 28, 2000, pp.399-437.
(共著)“Forest Sustainability and the Free Trade of Forest Products: Case from Southeast Asia,” Ecological Economics, vol.50, 2004, pp.23-34.
(単著)「人間社会—森林系を複雑適応系として把握する試み」『林業経済』第58巻第4号、2005年、1-16ページ。

最終選考対象作品

選考委員会で最終選考の対象となった作品は受賞作のほか、次の3作品でした。

  • 『移行期中国の中小企業論』駒形哲哉 著(税務経理協会)
  • 『中国国有企業の金融構造』王京濱 著(御茶の水書房)
  • 『東アジア鉄鋼業の構造とダイナミズム』川端望 著(ミネルヴァ書房)
選考委員

委員長
中兼和津次(青山学院大学国際政治経済学部 教授)

委員
遠藤健(朝日新聞社 論説委員)
白石隆(政策研究大学院大学 教授・副学長)
寺西重郎(日本大学商学部 教授)
原洋之介(アジア科学教育経済発展機構 理事長)
藤田昌久(ジェトロ・アジア経済研究所長)