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台湾 ・緑島――白色テロの歴史の記憶
/ 松本 はる香
台湾東部の台東からフェリーに乗り、太平洋の荒い波間を東へ進むこと約1時間。水平線の彼方に、緑色の小さな島影がゆっくりと姿を現す。それが緑島(リュイダオ)である。港に降り立つと、まず目に入るのは、透明度の高い海と、南国らしい強い日差しである。現在の緑島は、ダイビングやシュノーケリングを楽しむ観光客が訪れる、美しい自然に恵まれた島として知られている。そこは、台湾本島とは異なるゆったりとした時間が流れており、都会の喧騒から離れた「秘境」のような雰囲気を漂わせている(写真1)。島内にはサンゴ礁に囲まれた海岸や亜熱帯の植生が広がり、海岸沿いには世界的にも珍しい海水温泉も存在する。車で島をめぐれば、切り立った海岸線や荒々しい岩肌、太平洋へ続く雄大な景色が次々と現れる。緑島は、強烈な日差しや火山島特有の荒々しい地形から、かつて「火焼島」とも呼ばれていた。美しい自然に恵まれた島であるが、灼熱の過酷な気候を感じさせる雰囲気も、緑島のもうひとつの側面である(写真2・3)。
2026/07/16
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台湾・慈湖に集められた蔣介石の像――「移行期正義」と記憶の再構築
/ 松本 はる香
慈湖は、台北市街から約60キロ南西に位置する、桃園市大渓区にある小さな湖である 。小高い山々と森に囲まれた湖畔には、亜熱帯の植物が鬱蒼と生い茂り、周囲には山間の静けさが広がっている(写真1)。蔣介石は、この地の風景が故郷である中国浙江省奉化県渓口鎮に似ているとして、ここに総統の滞在施設である慈湖行館を置いた。また、慈湖の奥には後慈湖があり、大陸反攻を掲げる蔣介石政権のもとで、戦時の指揮や退避に備えるための施設が整備されていた。緑に包まれた湖畔の景観の背後には、冷戦時代の台湾の軍事的緊張や、中国大陸への反攻を目指した蔣介石政権の構想の痕跡が、いまも残されている。
2026/06/30