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仲介に奔走するパキスタン――なぜイランをめぐる戦闘の終結を望むのか?
Pakistan’s Mediation Efforts: Why Does Pakistan Seek an End of the US-Israel-Iran War?
2026年4月
(5,734字)
なぜパキスタンが仲介国となったのか?
2026年2月末に始まったアメリカ・イスラエルとイランとの戦争は、4月8日に一時的な停戦合意に至った。この合意形成において主導的な役割を果たしたのが、パキスタンだった。同国は同時期に交戦状態にあったアフガニスタンに爆撃を行う一方で1、イランをめぐる戦争の早期鎮静化に向け一貫した外交努力を続けた。停戦に合意したイランとアメリカは、シャハバーズ・シャリーフ首相とアーシム・ムニール国軍兼陸軍参謀長の仲裁努力を称賛した。
この背景には、アメリカや中国といった大国のみならず、サウジアラビア、イラン、トルコなど地域主要国と密接な関係を構築してきたパキスタン外交の特性があった。加えて、外交・安全保障分野で絶大な影響力を持つ軍部が独自のネットワークを活用し、首相府や外務省と連動する形で関係国とのコミュニケーションを円滑にとれた点も、停戦実現の重要な要因であったと考えられる。すなわち、文民政府と軍部が非公式に権力を分有する政治体制2と、インドとイスラエルを除くほぼ全方位に協力を志向する外交方針とが相まって生み出された成果と言えよう。
では、なぜパキスタンが仲介を行うに至ったのか。同国はアメリカとイラン双方とのネットワークを有しているが、これは仲介者としての要件の1つに過ぎない。むしろ、一連の行動をみてみると、開戦当初から戦争のエスカレーション回避を目指した行動の積み重ねが、パキスタンを仲介当事国へと押し上げたことが分かる。このエスカレーション回避には、エネルギー危機による経済的影響を最小限に食い止めるだけではない、より戦略的な動機があった。すなわち、戦争が激化して、湾岸諸国とりわけ相互防衛協定を結ぶサウジアラビアが参戦した場合に、パキスタン自身が戦争に巻き込まれる事態を強く警戒していたのである。
本稿ではまず、戦闘開始から停戦合意に至るまでのパキスタンの外交行動を概観し、同国が開戦当初から一貫して戦争のエスカレーションの回避を試みた結果、仲介当事国に躍り出た経緯を示す。次いで、そのエスカレーション回避行動の動機を、サウジアラビアおよびイランとの関係に規定されたパキスタンのジレンマに着目して説明する。
エスカレーション回避のための一貫した立場
パキスタンは、開戦後から一貫して戦争のエスカレーションを回避する行動をとってきた。その立場は、開戦直後に出された声明に端的に表れている3。その骨子は、アメリカとイラン双方の攻撃を批判し、早期の戦闘停止と外交による平和的解決を求める点にある。まずイランへの攻撃については、アメリカの名指しを避けながらも地域全体の平和と安定を損なうものとして非難した。他方で、イランによる湾岸諸国への攻撃については、イランを名指ししたうえでより強い調子で非難し、最大限の自制を求めるとともに、湾岸諸国との連帯を示した。そのうえで、国際法遵守の必要性を強調し、当事国に対して外交による危機解決を促した。
アメリカを公然と非難することを控えた背景には、2025年5月の印パ交戦以降に劇的に改善した米パ関係が悪化することへの懸念があった。名指しを避けることで、アメリカの体面を全面的に損なうことなくあらゆる攻撃に反対する立場を確保した。この立場は、被攻撃国としてのイランに寄り添う姿勢を示すと同時に、攻撃国イランへの非難を可能とする。これにより、パキスタンはイランの立場に一定の理解を示しつつ、イラン自身の攻撃にも強く反対することができた。さらに、湾岸諸国への連帯表明は、イランによる攻撃の正当性を弱め、戦争拡大の阻止を求めるメッセージにもなる。この姿勢は国連安全保障理事会での投票行動にも反映された。バーレーンとロシアが3月11日にそれぞれ提出した2つの決議案について、ほぼすべての理事会構成国が関係国との力学に応じて投票行動を使い分けるなか、パキスタンは両決議案に賛成し戦闘の早期停止を一貫して求めた4。
サウジアラビアへの連帯とイランとの紐帯の両立
この外交アプローチの要諦は、サウジアラビアとイランという対立する二国との関係をいかに両立させるかにあった5。パキスタンは、事実上の同盟関係にあるサウジアラビアへの連帯を示しつつも、それがイランを切り捨てることを意味しないよう、慎重に関与を続けたのである。
パキスタンはサウジアラビアと防衛協定を締結しており、イランによる攻撃を受けた同国に対して明確な連帯を示した。開戦後、シャリーフ首相が最初に電話会談を行った相手がサウジアラビアのムハンマド・ビン・サルマーン皇太子であったことは、その象徴である6。さらに、ムニール参謀長は3月7日にサウジアラビア国防大臣と会談し、相互防衛協定に基づく対応について協議した。パキスタンが、サウジアラビア防衛のために自国軍を派遣するという最悪の事態まで念頭に置いていたことがうかがえる7。そして3月12日には、シャリーフ首相とムニール参謀長らがサルマーン皇太子と会談し、サウジアラビアへの支持を表明しつつ、地域全域の平和回復のために尽力する意向を伝達した8。
しかし同時に、パキスタンはイランの孤立を防ぐべく関与を一貫して継続した9。サウジアラビアへの連帯は、イランを切り捨てることを意味しなかったのである。例えば、シャリーフ首相はハメネイ最高指導者の死去に際し、国際法規範の侵害への懸念とともに、イラン国民への弔意を表明した10。新最高指導者モジタバ師が選出された際も祝意を表し、同師がイランを平和、安定、繁栄へと導くと確信していると語るなど、折に触れてイランとの紐帯を示した11。首脳電話会談とは対照的に、外相級電話会談の最初の相手はイランであり12、その後も停戦合意に至るまで高頻度の接触を維持し、危機鎮静化のための自制を求めてきた。さらに、3月18日にサウジアラビアで開催されたアラブ諸国を中心とするイスラーム諸国の外相会合では、会合の最中にイランによる弾道ミサイル攻撃が発生して湾岸諸国がイランへの非難を強めるなか、パキスタンはイスラエルの侵略行為など危機の根本的要因への対処の重要性を喚起した13。一部報道によれば、トルコとパキスタンが共同声明作成過程において、イラン批判のトーンを和らげるべく働きかけたとされる14。このようにパキスタンは、サウジアラビアへの連帯と同国防衛へのコミットメントを示しつつも、イランを孤立させない形で関与を続け、緊張緩和を図った(サウジアラビアとイランを含む関係国との高官級外交接触については、表1を参照)。
もっとも、この段階で情勢は鎮静化しなかった。イスラエルとアメリカによるイラン攻撃が続いたため、イランによる湾岸諸国への攻撃も止まらなかったのである。3月中旬までのパキスタン外交は、サウジアラビアをはじめとする湾岸諸国とイランとの反目をどのように抑えるかに重点を置いていたと思われる。もちろん戦争当事国のアメリカとの接触は続いていたようだが15、同時期までに軍部を含む首脳級の高官同士の接触があったのかは明らかではない16。少なくとも、パキスタンがアメリカやイスラエルの攻撃を阻止できるほどの影響力を有していたとは言い難い。
4カ国枠組みの成立から仲介当事国へ
緊迫する情勢のなかで結成されたのが、エジプト、パキスタン、サウジアラビア、トルコによる4カ国枠組みである。3月19日に成立したこの枠組みは、アメリカとイランとの停戦合意につながる重要な転換点となり、両国間の意思疎通を可能とする土台を形成した。元々、サウジアラビア、トルコ、パキスタンは開戦前から防衛協力を深める動きを見せており17、そこにエジプトが加わった形である。パキスタンがこの枠組みに参画できたのは、開戦前からのサウジアラビアとトルコとの緊密な連携に加え、アメリカとイランの双方にネットワークを有する点、そして開戦後に一貫してエスカレーション回避を志向してきた実績があったからだろう。
この過程において、パキスタンは文民政府と国軍がそれぞれのネットワークを活用し、仲介プロセスを主導した。戦闘継続によって生じる経済的な影響や後述する戦略的損失の可能性は存在したものの、仲介失敗自体による外交的失点は少ないと判断して大胆に動いた。ムニール参謀長18がアメリカとイランの双方に強いパイプを有していた点は、仲介を担ううえで重要であった。戦争の出口戦略を模索していたアメリカにとって、前年から関係改善を進めてきたパキスタンであれば、アメリカの利益を確保したうえでイランとの調整を担えるとの期待が働いた可能性がある。他方イランも、対テロ分野などでのこれまでの協力関係に加えて、開戦後一貫して見捨てることなく関与を続けてきたパキスタンを信頼に値する仲介者と見なしたのだろう。停戦合意については、パキスタンがこの過程に中国を関与させた点も合意成立を下支えした要素であったとされる19。まさに、全方位にネットワークを有するパキスタン外交の特性が、停戦実現に大きく寄与したのであった。
このように、戦争のエスカレーション回避を志向した行動を重ねるなかで、パキスタンが仲介当事国へと浮上していったのだった。
表1 4月8日の一時的停戦合意に至るまでの高官級電話会談の実施状況
(出典)各種報道、パキスタン首相府および外務省の発表に基づき、筆者作成
対サウジ・対イラン関係に縛られるパキスタンのジレンマ
繰り返しになるが、パキスタンが開戦当初からエスカレーション回避を図ったのは、イランによる攻撃に反発した湾岸諸国、とりわけ事実上の同盟関係にあるサウジアラビアが戦争に参戦し、自らも戦争に巻き込まれる事態を避けるためである。パキスタンは、サウジアラビアの要請に基づく集団的自衛措置の発動を拒否できない立場にある一方で、イランを敵国に回すことは自国の利益を大きく損なう可能性があるというジレンマを抱えていた。
サウジアラビアが戦争に参戦して集団的自衛措置を発動した場合、パキスタンにそれを拒否する選択肢はない。両国は防衛協力の発展と侵略行為に対する共同抑止力の強化を目的として、2025年9月に戦略的相互防衛協定を締結し、「いずれかの国に対するいかなる侵略も、両国に対する侵略とみなされる」という条文を共有している20。パキスタンがこの協定を反故にできないのは、自国経済の存続がサウジアラビアによる経済・財政支援に大きく依存しているためである。パキスタンは慢性的な外貨不足と対外債務の返済圧力にさらされる脆弱な経済を抱えており、現在もIMFや二国間の融資を受けることで財政運営を成り立たせている。なかでもサウジアラビアは、財政支援やその債務返済期限の延長、「延べ払い」を通じた原油の供給などで便宜を図り、パキスタン経済の延命を支えている21。また2025年10月には、両国は経済協力枠組みを立ち上げてエネルギー、IT、農業などの分野で貿易・投資を加速させようとしてきた22。すなわち、パキスタン経済の存立にとってサウジアラビアは重要な位置を占めており、防衛分野において同国へのコミットメントを示さないことは経済・財政面での支援環境を悪化させる恐れがあった23。
他方で、イランを敵国に回すシナリオは、国民統合や国際関係の点からパキスタンにとって致命的な結果を招きかねない。パキスタンの人口の大多数はムスリム(イスラーム教徒)であり、その多くはスンナ派で構成されているが、相当数のシーア派も存在する24。イランを敵にして攻撃を加えるような事態は、国内のシーア派からの強い反発を招き、国内情勢の不安定化につながりかねない。実際にハメネイ最高指導者が殺害された際、パキスタン全土で抗議行動が発生して20人以上の死者を出す事態となった25。さらに、両国にまたがって居住するバローチ人の民族運動への影響も懸念される。イラン国内の情勢不安定化は、同国の体制に反対するバローチ系組織の活動を後押しし、その動きがパキスタン国内のバローチ民族主義勢力へと波及する可能性がある。パキスタンでは近年、バローチ系武装組織による分離独立を志向したテロ活動が活発化しており、当局にとって深刻な治安上の課題となっている。
国際関係の観点からは、パキスタンがイランにおけるインドの存在を強く意識している点も重要である。最大の敵対国であるインドは、チャーバハール港開発を通じた国際経済回廊構築など、イランとの間に深い協力関係を築いてきた。今回の戦争においても、インドは経済的実利確保を目的とした関与だけでなく、国民による寄付を通じた人道支援物資の送付など、イランとの紐帯を維持する姿勢を示している26。こうした状況下で、パキスタンがイランを見放して敵国にすることは、イラン国内におけるインドの影響力を相対的に高め、自国の戦略的環境を一層不利なものにしかねない。
このようなサウジアラビアとイランとの関係によって規定されるジレンマから、パキスタンは自らが戦争に巻き込まれないよう、開戦後一貫してエスカレーション回避を図ったのだった。
中東への関与は続く
先述のサウジアラビアとの相互防衛協定やトルコを含めた防衛協力に向けた動きなどからも明らかなように、パキスタンが中東の安全保障環境に関与していく流れは既定路線にあった。今回の仲介は、その流れが危機対応の局面で顕在化した事例といえる。
パキスタンの中東関与の背景には、サウジアラビアの思惑が強く働いているとみられる。サウジアラビアの脅威認識は、イランやその代理勢力ヒズブッラー(ヒズボラ)に加え、イエメンやスーダンなど周辺地域で代理勢力を通じ対立するアラブ首長国連邦(UAE)にも向けられており、その背後にいるイスラエルへの一定の警戒感も否定できない。こうした複層的な関係のなかで、パキスタンがいかなる役割を果たし得るのかは現時点では見通せない部分が多いが、イランをめぐる戦争がいかなる帰結を迎えるかにかかわらず、その関与は今後も続くだろう。他方、そのUAEはインドとの間で防衛協力を進める構えを見せており27、パキスタンはこれを無視できるはずがない。中東と南アジアの安全保障上のリンケージが、動向分析の重要テーマになりつつある。
写真の出典
- 写真1 The White House(Public Domain)
- 写真2 Tasnim News Agency(CC BY 4.0)
著者プロフィール
工藤太地(くどうたいち) アジア経済研究所地域研究センター動向分析研究グループ研究員。修士(地域研究)。専門は南アジア地域研究
注
- 両国は、2026年2月下旬から戦闘状態に入っていた(Dawn, 27 February 2026)。背景には、アフガニスタンに拠点を置く武装勢力がパキスタンへ越境して破壊行為を行う「越境テロ」問題をめぐる対立があり、2025年10月以降から武力衝突が頻発している。
- パキスタン国内では、「ハイブリッド・システム」や「ハイブリッド・モデル」などと呼ばれている(Arab News, 20 June 2025, Dawn, 21 June 2025)。
- Ministry of Foreign Affairs – Pakistan , 28 February 2026, X投稿。
- パキスタンのほか、非常任理事国のソマリアも両決議案に賛成した(Dawn, 12 March 2026; United Nations, 11 March 2026)。
- 両国は2023年3月に中国の仲介をうけて外交関係を回復させたが、その後も域内安全保障環境をめぐる対立を背景に相互不信は続いていたとみられる。今回のイランによるサウジアラビアへの攻撃で、その対立関係が改めて顕在化した。
- Dawn, 11 April 2026; Shehbaz Sharif, 28 February 2026, X投稿。
- Dawn, 8 March 2026. ダール外務大臣も議会答弁で、サウジアラビアとの防衛協定の存在をイランに伝達したことを認めた(The Express Tribune, 4 March 2026)。
- Dawn, 13 March 2026.
- イランへの関与は、戦闘の鎮静化に加えて経済的な実利の確保という目的もあった。パキスタンは3月中旬と下旬に、同国向けタンカーのホルムズ海峡通行許可を確保した(Business Recorder, 19 March 2026; Al Jazeera, 28 March 2026)。
- Shehbaz Sharif, 1 March 2026, X投稿。
- Shahbaz Sharif, 10 March 2026, X投稿。シャリーフ首相は3月23日のペジェシュキアン・イラン大統領との電話会談で、勇敢なるイラン国民(Iranian People)に対する連帯を表明した(Shahbaz Sharif, 23 March 2026, X投稿)。
- Dawn, 11 April 2026.
- Ministry of Foreign Affairs – Pakistan, 19 March 2026, X投稿。
- Dawn, 20 March 2026; Middle East Eye, 24 March 2026.
- Dawn, 12 March 2026.
- 公開情報を通じて、ムニール参謀長とトランプ大統領との接触が確認できるのは、3月下旬以降である(Samaa TV,24 March 2026)。
- Dawn, 10 January 2026.
- 公開情報によると、ムニール参謀長は陸上自衛隊富士学校の課程を修了している(Geo News, 4 December 2025)。
- Business Recorder, 9 April 2026; Ministry of Foreign Affairs – Pakistan, 31 March 2026, X投稿。イランとアメリカとの仲介を図る一方で、パキスタンは同時に中国の仲介をうけて、交戦状態にあったアフガニスタンとの協議に参加した(The Express Tribune, 9 April 2026)。
- The Express Tribune, 18 September 2025.
- Dawn, 4 February 2025; Dawn, 5 December 2025.
- Ministry of Foreign Affairs -Pakistan, 28 October 2025.
- 実際に、パキスタンは停戦合意後、相互防衛協定に基づいて戦闘機や部隊をサウジアラビアに派遣した(The Express Tribune, 11 April 2026)。これは、戦闘再開を想定したサウジアラビアがパキスタンに要請した措置と思われる。これと対応するように、パキスタンはサウジアラビアからの追加融資30億ドルと既存融資50億ドルの返済条件緩和を確保した(Dawn, 16 April 2026)。
- 公式な統計データは存在しないが、シーア派人口は全体の15~20%とされる(U.S. Department of State, 2023 Report on International Religious Freedom: Pakistan)。
- Al Jazeera, 2 March 2026.
- The Hindu, 26 March 2026; Reuters, 13 April 2026; The Indian Express, 12 April 2026.
- Reuters, 20 January 2026.
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