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エルドアンの総力選挙──2023年5月トルコ大統領・国会選挙

Erdogan’s Election Politics: Turkey at the Polls in May 2023

PDF版ダウンロードページ:http://hdl.handle.net/2344/00053744

2023年6月

(4,620字)

2023年5月28日にトルコの大統領選挙決選投票で、レジェップ・タイップ・エルドアン大統領が勝利した。選挙戦では、エルドアンが当初世論支持で優位だった野党候補を破った。これは、エルドアン政権の強靱性を示すのか。また、選挙予想さえも欺く強さなのか。本稿は、エルドアン政権がどのような方法を用いて劣勢を挽回したのかを考察し、20年を超える長期政権の選挙力学を理解する助けとしたい。

経済に不満、地震は不問

この選挙は国内外で大きな注目を集めていた。それは、エルドアン政権のウクライナ紛争での仲介の役割やスウェーデンの北大西洋条約機構(NATO)加盟への抵抗などが関心を呼んでいたからだけではない。

第1に、この選挙ではエルドアン政権成立以降、政権交代の可能性が最も高かった。2018年以来の経済失政が最大の理由である。2022年秋以降、エルドアン大統領の世論支持率は徐々に持ち直す方向にはあったが(「エルドアンの巻き返し──選挙前トルコの政治経済」IDEスクエア、2023年1月)、大地震をめぐる新たな政権批判が選挙に与える影響が注目されていた(「トルコ大地震──エルドアン政権の復興選挙」IDEスクエア、2023年3月)。

第2に、政権交代すれば、現在の集権的大統領制(「トルコ型大統領制のための憲法改正・無改正」IDEスクエア、2017年4月)から、より民主的な議院内閣制に戻ることが、野党合意により決められていたからである(「選挙と野合──トルコにおける野党合意の力学」IDEスクエア、2022年6月)。

5月14日のトルコ大統領・国会同日選挙の直前、多くの世論調査結果では、ケマル・クルチダロール共和人民党(CHP)党首がエルドアン大統領におおむね2ポイント程度の僅差で優位に立っていた。しかし蓋を開けてみると、エルドアンの得票率は49.5%で、クルチダロールの44.9%に対して4ポイントの差をつけ、前回2018年選挙と比べても3ポイント減にとどまった(表1)。

表1 2023年5月トルコ大統領・国会同時選挙結果*

表1 2023年5月トルコ大統領・国会同時選挙結果*

(注)*大統領選挙結果は、第1回投票上位2候補のみ。**他の4党候補含む。
(出所)トルコ新聞報道より筆者作成。

2018年通貨危機に始まる経済悪化が、エルドアンの支持率低下をもたらしていることは世論調査で示されていたが、2023年2月の大地震がそれに追い打ちをかけたようには見えない。図1が示すように、経済悪化が大きい県ほどエルドアンの得票率は前回選挙と比べて下がる傾向にはある。しかし地震被災11県(県名表示)のうち9県では、この経済悪化から予想されるほどの支持率低下(点線上の値)はおきていない。

図1 県別経済成長率とエルドアンの得票率変化

図1 県別経済成長率とエルドアンの得票率変化

(注)県名は、地震被災全11県(当初は10県が認定されたが、1県が追加認定された)。
得票率変化推計値(点線上)を下回った地震被災県は2県しかない。
エルドアン得票率変化は、2018年第1回投票結果(第1回でエルドアンが当選)と2023年第1回投票結果の比較。
今回の第2回結果は、上位2候補のみの選挙であるため、比較に適さない。
(出所)選挙結果新聞報道とトルコ統計局ウェブページのデータより筆者作成。

実際には被災地での有権者登録の不備や他県への避難者続出などで、地震への不満が反映されていない可能性はある。一方で、これら11県の大半が宗教的保守性の強い、エルドアン支持者の多い地域だった。そのため、地震による被災の責任をエルドアンに求めなかったことは充分考えられる。また、地震から3カ月が経ち、被災者はこれからの復興に意識が向いている。この選挙を復興選挙と位置づけたエルドアンの言説が次第に効果を発揮していたかもしれない。

地震被災県のカハラマンマラシュで選挙遊説するエルドアン大統領(2023年5月)

地震被災県のカハラマンマラシュで選挙遊説するエルドアン大統領(2023年5月)

5月14日の大統領選挙第1回投票と同時に行われた国会選挙で、与党連合は国会での過半数議席を維持していた。そのためエルドアンは上位2候補による決選投票に向けて、「議会少数派の大統領では政治が混乱する」と有権者に訴えることができた。5月28日の決選投票で、両候補はほぼ3ポイントずつ票を上積みしたため1、両者の得票差は縮まらなかった。

エルドアンの動員力2

第1回大統領選挙についてのアンケート調査は、どこで間違っていたのか。エルドアン支持者の一部がアンケートに真意を隠した可能性は否定できないが、エルドアンの動員力にも注目するべきではないか。エルドアンの動員力とは、投票するつもりのない有権者に選挙で重い腰を上げさせる力のことである。

世論調査結果と選挙結果を比較すると、エルドアンを党首とする公正発展党(AKP)の予想得票率は当たっていたが、AKPの連合相手である民族主義者行動党(MHP)と新福祉党(YRP)は予想以上の支持を得た。YRPはAKPと政党の起源を一にするが、今回の選挙から与党連合に加わっている。

MHPとYRPの支持増加に貢献した有権者は、エルドアン政権の経済失政などに不満を持つが、民族主義あるいは宗教保守の傾向が強い。そのため、世俗主義のCHPが主導する野党の選挙連合は支持したくない。世論調査では投票先未定だったと見られる。

実際に、選挙前の2023年1月から2月にかけてコチ大学のAli Çarkoğlu教授と著者が実施したパネル世論調査第1回のデータからも3、それは読み取れる(表2)。前回2018年総選挙で政権与党のAKPとMHPに投票した人は、野党に投票した人に比べて、今回の大統領選挙で投票先を決めていない比率が高い。

しかもその未定比率はAKPが23%なのに対し、MHPでは34%にものぼる4。MHPは2015年までは野党として、AKPの批判票を引きつけてきた(“Ideological Consolidation? The Predominant Party System in Turkey,” IDE Research Columns, Oct. 2022)。2018年から連立与党としてAKPを支えているが閣僚を出さず、AKP政権の閣僚や政策を批判できる立場を維持している。

表2 過去の支持政党ごとの大統領選挙投票先

表2 過去の支持政党ごとの大統領選挙投票先

(注)*与党。数値はウエート付けされている。
(出所)2023 Turkish General Election Panel Surveyデータセットより、筆者作成。

話を元に戻すと、エルドアンは宗教保守、民族主義的有権者を動員するため、クルチダロールに対するネガティブ・キャンペーンに徹した。彼はクルチダロールをイスラム教徒ではないと印象づけるとともに、テロ組織クルディスタン労働者党(PKK)と協力していると主張し、宗教保守的または民族主義的な有権者の危機感を煽った。

宗教心と愛国心を駆り立てられた有権者たちも、与党として腐敗したAKPを支持する気はないため、国会選挙では自分たちの考えに近いMHPやYRPに投票し、同日の大統領選挙ではエルドアンを支持したのである。

エルドアンの動員力はその言説力にあったと考えられる。言説力とは、発言や文章を用いて社会の共通認識を形成し、人々の考え方や行動に影響を与える能力をさす5。このような言説力による浮動票の動員が、英国のEU離脱国民投票や米国トランプ候補勝利などで見られた「世論調査の外れ」現象とも関係しているかは、興味深い。

選挙の信頼性6

しかし、世論調査結果と実際の選挙結果の乖離の理由は、エルドアンの動員力だけだろうか。選挙不正の可能性はないのだろうか。トルコにおける選挙の公平性についての信頼(「選挙公平性への信頼低下──トルコ」『アジ研ワールド・トレンド』2016年9月号)は過去10年間、とくに2017年の集権的大統領制をめぐる憲法改正の国民投票以来、下がり続けている(The Electoral Integrity Project)。今回の選挙は選挙不正を疑う訴えがかつてないほど聞かれた。

トルコでは政党による選挙監視制度が存在するが、野党はすべての投票所に設置される投票所委員会に野党系委員や選挙立会人を確保できるわけではない。とくに治安が良くない地域や、与党が圧倒的に強い地域では投票所監視が甘くなる。

与党の戦略は、このような監視の甘い投票所を多くすることである。それは、選挙速報で与党圧勝という仮想現実を作り出し、野党の投票監視意欲を喪失させることである。その手順は以下のとおりである。投票終了後に開票が始まると、テレビで選挙速報が流されるが、その情報源は選挙管理で最終権限を持つ高等選挙委員会ではなく、政権の統制下にある通信社である。

その通信社がテレビ局に配信する与党の得票率は、かなり高い率から始まり、徐々に下がった。これは、エルドアンの得票率の高い地域の得票率をもとに、エルドアンの(暫定)全国得票率を知らせるからである。同時に、野党が優勢な投票所においては、与党が繰り返し異議申し立てを行い、集計作業を遅延させて野党の得票状況の速報値への反映を遅らせた。

投票所にいる野党の代表や立会人は、開票の早い段階で「与党圧勝」を見せつけられると投票監視を放棄するため、野党監視のない投票所が発生する。

このように野党監視が弱まった場所で疑われる集計操作の規模ははっきりとわからないが、野党連合の善良党(IYI)の党首顧問であるトルコ統計局元局長ビロル・アイデミルは、(1)近隣地域に比べて与党の得票率が異常に高い、または(2)投票率が100%に近い、という点で不正を疑わせる2万以上の投票所を特定している(Cumhuriyet, May 23, 2023)。彼によれば、異常に高いエルドアン票の合計は、有効投票数の1.5%に相当する。

これとは別に、選挙人登録操作を疑わせる事例も聞かれた。自分の自宅に見知らぬ人物が住民登録されていることが、2022年秋以来マスコミで報道されるようになった。これと関連するかのように、前回2018年の大統領・国会選挙から今回の同選挙のあいだに、登録有権者数が国内人口増加率の2倍の率で増加したとの統計専門家の指摘もある(Fusun S.Nebil, “Sosyal Medyadaki Hile Bilgileri ve sts.chp.org.tr Üzerine Notlar,” Turk-internet-com, 17 May 2023)。

選挙不正が疑われる事例は、選挙結果を変える規模ではないかもしれないが、それがエルドアンの動員力と合わされれば、世論調査の事前予想を狂わせる結果に繋がった可能性は、充分考えられる。

エルドアンの「次の選挙」

エルドアンが6月3日に発表した新内閣は、テクノクラートが要職を占めるとともに政治的強硬派の内務相が去るなど、若干の穏健性を見せている。また、財務相には、2009-18年に財務相や経済担当副首相を務め、国際金融界の信頼が厚いシムシェキ氏を、また経済官庁調整役としての副大統領に、経済開発相や経済担当副首相を務めたユルマズ氏を任命して経済改革の姿勢を示した。

ただし、エルドアンの直近の目標は、2024年3月の統一地方選挙でイスタンブルやアンカラなどの大都市での市政を奪還することである。経済シフトの布陣も、それまでの経済危機回避とインフレ抑制が狙いである。

しかし、大統領選挙まではなんとか続けられた為替介入も、外貨準備が枯渇したことで、為替相場の下落は避けられない。これまでの経済政策の矛盾が露呈する状況では、政権は選挙戦で苦戦を強いられる可能性がある。野党勢力が強い大都市部では、印象操作や集計操作は効果が限られる。それは、大統領選挙ではイスタンブルやアンカラでクルチダロールがエルドアンよりも得票したことからもわかる。

そこで政権の戦略として考えられるのが、政権にとって最大の挑戦者を、司法を用いて封じ込めることである。現イスタンブル広域市長で、次期CHP党首選に名乗りを上げる可能性もあるエクレム・イマモールは、高等選挙委員会を侮辱したとの理由で有罪判決を2022年12月に受けている(「エルドアンの巻き返し──選挙前トルコの政治経済」IDEスクエア、2023年1月)。現在は控訴中であるが、そこでも早期に有罪となり、さらに最終審で有罪判決が確定し、政治活動の禁止に追い込まれる可能性もある。今後のエルドアン政権の選挙力と戦略は、間もなく試されることになる。

(6月9日脱稿)

※この記事の内容および意見は執筆者個人に属し、日本貿易振興機構あるいはアジア経済研究所の公式意見を示すものではありません。
写真の出典
  • Orhan Erkılıç, Voice of America, Türkiye.(Public Domain)
参考文献
著者プロフィール

間寧(はざまやすし) アジア経済研究所地域研究センター中東研究グループ主任研究員。博士(政治学)。最近の著作に、『エルドアンが変えたトルコ──長期政権の力学』作品社(2023年)、“From activism to resilience: the Turkish constitutional court in comparative perspective,” Turkish Studies, 24(3-4), Feb 2023、『トルコ』(シリーズ・中東政治研究の最前線1)(編著)ミネルヴァ書房(2019年)など。

  1. 第1回目の第3位、第4位の候補に投票されていた6ポイントの票を、ほぼ3ポイントずつ分け合った。
  2. 本節について詳しくは、研究ブログ「エルドアンの動員力:なぜ世論調査は間違ったのか」参照。
  3. トルコ全土を代表する14県から確率標本として抽出された1532名との対面調査を1月28日から3月5日の間に実施した。
  4. 今回の選挙での与党連合に含まれるAKPとMHP以外の政党は、2018年選挙での支持率が極めて低いため、2018年の支持政党区分では「他の政党」に含まれている。「他の政党」は合計数が少ないうえに野党も含まれるため、これを用いた推測は避けるのが妥当であろう。
  5. Phillips and Hardy(2002, 4-11), van Dijk(1993, 275).
  6. 本節について詳しくは、研究ブログ「トルコ選挙の信頼性:選挙『速報』」と『見知らぬ』家族」参照。
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